113話 論功行賞(勲章とか報奨金とか反省文とか)
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▼大陸暦1015年、轟弓の月11日
秋の空は高く、竜の鱗のように連なった雲が冷たい風に流れていく。
遠くの山では紅葉や秋の実りが色鮮やかに、しかしどこか寂しげな彩を見せていた。
一見すると長閑な空気が漂う魔国テネブラ首都セントルムテネブラであるが、シュバルツシルト帝国との戦争状態は未だ継続中だ。
つまりは戦時体制もまだ続いており、セレスティナは外交官らしい仕事が引き続きできないまま秋の日々を過ごしていた。
「……ふぅ。只今戻りました……」
「あら、ティナお帰り。随分遅かったわね」
そんな束の間の平穏の中、首都中心部にそびえる大宮殿にて論功行賞――先の“フルウィウス草原の決戦”での戦功を労い褒賞を与える式典が、この日に執り行われた。
その式典に出席していたセレスティナはサツキ女伯の待つ外務省省長室に帰って来るや、疲れきった様子で窮屈そうな儀礼用ドレスのリボンタイを緩める。
「……反省文書かされてきました。命令書の曲解が命令違反スレスレだったとの判断で。こんなのは学生の時以来です……」
そう零してばったりと執務机に突っ伏すセレスティナ。上質な黒檀のひんやりした感触が頬に心地よい。
サツキ省長はそんなセレスティナの様子を苦笑して見やり、それから彼女が持ち帰った化粧箱にふと目を留めた。
「でも叙勲も無事受けられたようで良かったじゃない。戦功は戦功として正当に評価されたってことね」
「どれどれ? うわあ! 紅玉中綬章だ! 初陣なのに凄いよ!」
そこへお茶を持って現れたジレーネも会話に加わり、一気に場のテンションが上がる。
このルビーを中心に二本の杖が交差する意匠の施された紅玉勲章は主に魔術や知略で功績を立てた人物に贈られる物で、中綬章は6勲等中の上から3番目に当たる。ジレーネの言葉の通り、セレスティナの年齢や立場を考えると最上級の評価であろう。
ついでに補足すると、武功に対して授与される勲章は、紅玉勲章の他には近接戦の戦果と勇猛さを讃える黒曜勲章と指揮官や司令官に贈られる翡翠勲章の3系統が用意されている。
セレスティナの周囲ではフィリオとフィリアが彼女と同じ紅玉勲章、ヴァンガードが初陣で賜る事例が極めて稀な翡翠勲章を授与されていた。
「紅玉中綬章に減額された報奨金に反省文の合わせ技か……軍部の中でもティナの評価が真っ二つに割れてるからバランスを取った結果、でしょうね」
紅い輝きを秘めた勲章を空中にかざしてしげしげと眺めていたサツキが、やがてそう結論付けて持ち主の手へと返した。
「あー、作戦って具体的な影響が実証しにくい分野だもんね。見る人が見ればティナの勇戦が巡り巡って最後の大攻勢に出られたのは明らかなんだけど……」
「認めたくない人は頑なに認めようとしないのよね。特に前線でがむしゃらに殴り合ってた連中ほど、この勝利は自分のお陰だ、って思っちゃったり……」
好き勝手に論評し始めた女性陣二人だが、当事者のセレスティナは落ち着きを取り戻した声で会話に割り込む。
「ですが、私としてはお金目当てで戦った訳じゃありませんからまあ悪くない落とし所かと思います。私にとって一番重要なのは勲章……と言いますかそれに付随する会議での発言力ですから」
「そうだとしても! 報奨金減額されたらティナの奢りで飲みに行けないじゃないか! アテにしてたのに! してたのにっ!」
「えええ……」
理不尽な怒りを表しながら机をばしばし叩くジレーネにちょっぴり引いた目を向けるセレスティナ。
やがて怒りが収まったらしいジレーネは過去を吹っ切って未来に進むことにした。
「この埋め合わせは新作の劇の脚本売って稼ぐしかないね。“初陣で2万5千人殺して反省文書かされた女”とか、お客さん集まりそうだと思わない?」
「……流石に単身で敵兵を何万人も殺すのは現実とかけ離れてますし、そういう誇張や捏造が巷に溢れるとまた軍部から目の敵にされてしまうんですが……」
特に軍事の分野で必要以上に手柄を主張するのはこれまで以上に軍部の不興を買うだろう。下手をすれば劇の公開停止もあり得る。
そんな訳でしっかりと釘を刺すセレスティナに、サツキ省長が微笑ましく見守りつつ次の話を持ち出した。
「さて、その軍部との対決の通達が来たからティナにも伝えておくわ。次の国家戦略会議の開催が明後日に決まったから、出たければ予定を空けておきなさいな」
「了解しました。どうせ今は毎日暇ですからいつでも問題ありません」
拗ねたように返すセレスティナだが、戦時体制に伴う待機命令が今も持続中なのを考えると彼女の不満も分からなくもない。
実際、ここ最近はずっと省内の書類仕事を手伝いつつ空いた時間に魔道具の研究を進めるなど、意識の低い学生バイトみたいな生活が続いていてこのまま時代に取り残されそうな焦りが出ていた。
「いい加減、外交官らしい仕事に戻りたいところですね」
会議の議題はきっと、これからの帝国への対応だろう。戦争を継続するか融和路線を取るか。
そして軍部は恐らく前者の方針を主張するものと思われる。
そこでセレスティナの望む対話への道を切り拓く為にも、次の国家戦略会議では前回のリベンジを果たさなければならない。そう意気込むセレスティナにサツキ省長が茶化すような口調で言う。
「んー、昔の人も、戦争は物理的な手段を以って行う外交の一形態だって言ってたし、この際戦場で敵兵を焼き尽くすのも外交官の主要業務の一つってことにすれば魔国らしくて良いんじゃない?」
「あ、その台詞劇に使えそうですね。頂きっ」
「確かに魔国らしいと思いますがむしろ悪い意味ですよね? あとジレーネさんもメモ取らないで下さいっ。私はもっと平和的な解決を望んでるんですっ」
苦情を申し立てるセレスティナだったが、その彼女の目に元気が戻っていることに女性陣二人は目ざとく気付いた。会戦の直後は言い返す気力も無いぐらい憔悴していたのでサツキもジレーネも心配していたのだが、一度の挫折で潰れたり闇に堕ちたりといった結果にならなさそうで一安心と言ったところか。
「ティナって、見た目だけは繊細なお嬢様風なのに結構しぶといわよね」
「なんか褒められてるように聞こえないですが……失敗した時はそれを嘆いて終わりじゃなく要因を分析して克服するのが技術者のあるべき姿ですので」
特に国家や軍部といった強大な相手に個人で立ち向かうにはどうしても限界がある。負けて当然と断ずるのは弱気だとしても、現実的な考え方をすれば百戦百勝は望めない。その事実を受け入れた顔で彼女は言葉を続ける。
「それに、どうにもならない障害に押し潰されたのは既に二度目ですし……生きてさえいればいつか次のチャンスは訪れますから、その機会をみすみす見逃さない為にもこのまま軍部に屈してなんか居られないです」
一度目の時――抵抗空しくも闘病の末に死んでしまった前世と比べると、今生きておりまだ未来が閉ざされていないのは大きな違いだ。
敵味方問わず戦争で散ってしまった命にどう供養できるか、その答えはまだ見つかっていないが、まずはこれ以上悲惨な戦争を続けることにならないよう全力を尽くす決意を新たにするのだった。
▼大陸暦1015年、轟弓の月12日
「ところでサツキ省長」
翌日のこと、目前に控えた国家戦略会議に向けて資料を纏めつつ意見の通し方についてサツキと相談していたセレスティナが、どうしても気になった事柄を尋ねた。
「ん? 今度は何かしら?」
「えっと、先日約束しました、お胸様揉み放題チケットの件で、まだ頂いてないのですが忘れてらっしゃいませんよね……?」
本人はずっと覚えていたが、物が物だけに催促するのも気が引けて今までずっと待ち続けていたという次第であった。
指摘されたサツキ省長は、服の上からでも存在感を放つその二つの至宝をたゆん、と揺らしつつ、「いいことティナ」と彼女の肩に手を置いて諭す。
「あたしの胸は元気の無くなった子の為のお薬なんだから、既に元気になった子には必要ないのよ。そうでしょう?」
「……うう、詐欺に遭った気分です……あの場で文書と署名を貰っておかなかったのは外交官として失格になるぐらいの致命的なミスでした……」
「むしろそこまでやると人として失格になりかねないわよ」




