【番外編】魔物娘アンソロジー・9(魔物にだって愛はある)
※恒例の番外編です。112話の続きの話になります。
帝国編は全体的にシリアスっぽい雰囲気で進んでいる関係上、今回の番外編も一部を除き本編の延長となる空気感となっております。予めご了承下さい。
▼大陸暦1015年、轟弓の月1日
大きな法廷、その被告人席に、セレスティナは立たされていた。
両手は魔封じの手枷で繋がれ、足首も重量のある鉄球に繋がれたその姿は、さながら重罪人のようだ。
いや、まさに今、彼女は重罪人として裁かれようとしていた。
「被告セレスティナ・イグニス様、貴女はフルウィウス草原での戦闘で、何の罪も無い帝国兵2万5千人を殺害した、この事実に偽りはありませんわね?」
何故か裁判長席から見下ろすのは、白き法衣に身を包んだ裁判長アンジェリカ。
だが、その問いにセレスティナはどう答えるか窮してしまう。帝国兵2万5千人の死の責任は一体誰が負うのだろうか?
「異議あり! 何の罪も無いって何よ!? 侵略してきたから返り討ちにしただけじゃないの! 文句あるの!?」
向かって左側の弁護人席からクロエが吼えた。
それに対し、今度は右側の検事席から赤いドレスに身を包んだアルテリンデ姫が声を上げる。蝶のような仮面をつけて素顔が見えないが、何故かセレスティナは彼女がアルテリンデ姫だと確信していた。
「帝国兵の殆どは徴兵された農民兵か上の命令に逆らえない一般兵なのだから、彼らにまで戦争責任を要求するのは間違っているわ」
「知らないわよそんな事!」
クロエが論戦を放棄したところで、今度はセレスティナが挙手をする。
「正直、少し納得行かないです。私が直接手を下した人数は……まあ居ないとは言いませんが、間接的な要因まで含めても無茶な侵略を決定した帝国上層部を無視して私一人が全責任を負わなければいけないものですか?」
「謙遜することないわよ! 正面の敵軍を足止めしたのはティナの作戦勝ちなんだし、それで浮いた戦力の鉄爪連隊を右翼側に強襲させて戦況を決定的なものにしたのもティナの手柄なんだから、事実上この戦争の勝利はティナのおかげよ!」
……駄目だこの弁護人、とセレスティナが頭を抱える。そこにアルテリンデ姫が追撃を仕掛けてきた。
「それに、元はと言えばセレスティナ外交官が国際会議の席で“聖杯”なんかをちらつかせるからこんな事になるのよ。自分からエサで釣っておいて帝国のせいにしないでくれる?」
「そこまで遡りますか!?」
「重要な要素ですわ」
木鐸を大きく鳴らし、アンジェリカが注目を集める。
「判決理由として、被告人は無駄に戦争を煽り、戦争を止める為の努力を惜しんできましたわ。従って、この戦争責任の大部分は被告人が主体となるのも当然ですわ」
「いえっ、私は戦争を止める為に必死で……っ!」
「努力は否定しませんが、ベストを尽くしたとは言い切れないですわね?」
アンジェリカの強い視線がセレスティナの言葉を遮った。
「被告人は外務省の国内の立場、それと外交官としてのご自分の立場に拘泥して、軍務省に対してあくまで従属的な態度を崩しませんでしたわ。あの時に国内での職や地位や名声を捨てる覚悟で例えば帝城の会議室を襲撃するなりすれば、痛ましい戦争が始まる前に終わらせる事もできた筈ですわ」
そのような選択肢は、セレスティナも考えなかった訳ではない。
だが、他国での軍事行為は軍務省の管轄であり、もし発覚すれば彼女は確実に処罰されることになる。
その結果、彼女が外交官の立場を剥奪されたなら、テネブラの外交戦略はまた振り出しに、つまり暴力主体の強硬路線に戻る事になり、長期的には被害が大きい訳であり。
と、心の中で正当化の理論を組み立てるセレスティナだったが、その本質は――
「本質は、保身故に真の最善に取り組まなかったことですわ。保身とは言いましてもむしろ命より名誉を重視した、短慮で意地っ張りな少年のような向こう見ずなものですけれど……」
そこまで言うと無駄に色っぽい溜め息を挟みつつ、言葉を続けるアンジェリカ裁判長。
「そうして衝動的に突っ走って最善を勝手に諦めて次善に逃げて、その結果が帝国にとっての最悪となってしまったのですわ」
「ぅぐ……ですが、そこまでして、私が積み上げてきたものを犠牲にしてまで最善を求めないといけないのですか?」
「当然ですわ」
搾り出すかのようなセレスティナの問いに、アンジェリカは豊かな胸を張って即答。
「被告人には常識を超えるほどの知識と知恵と力があるのですから、それ相応の責任が要求されるのですわ。国と言う垣根を越えて大陸全体の平和の為にその能力を活かせないのなら、それは大陸全土に住まう命への背任であり罪なのですわ」
「相応の責任、ですか……」
大陸全土の命が自分の実力相応かと問われると、正直全く自信は無い。その細い肩が潰れそうになる程のプレッシャーを感じる中、アンジェリカが厳かに判決の主文を読み上げる。
「果たすべき責任を怠った罪の償いとして、被告セレスティナ・イグニス様には終身刑を言い渡しますわ。かつて重い罪を犯した巨人が罰としてこの大地を支えるようになった神話に因んで、一生涯、私の下乳を支える労役に就くことで犯した罪の償いを果たして下さいまし」
「あ、そういう労役でしたら喜んでっ!」
「…………と思いましたが、目つきがいやらしいですのでやっぱり死刑ですわ」
「ふええええっ!?」
酷い理由で判決が上書きされると、死刑執行官のアリアがセレスティナを引きずって処刑場へと運ぶ。穴の開いた紙袋を被っていて素顔が見えないが、何故かセレスティナは彼女がアリアだと確信していた。
やがてセレスティナは、処刑場に設置されたベッドに押し倒され、両手両足を支柱に頑丈な鎖で繋がれた。
「くふふ。罪人を拘束して笑い死ぬまでくすぐり倒す、王国で最も残酷な処刑方法よ。本当はあたしも辛いんだけど仕事なんだから仕方ないわね。あー辛いわー」
「めっちゃ楽しそうに見えますがっ!?」
悲鳴のような声を上げて拘束から逃れようと身をよじらすセレスティナだが、拘束具が手首足首に食い込むだけだ。
ふと気付くと、まるで手品のような早業で、セレスティナの着ていたガードの固いドレスが薄手でスカスカなピンクのフリフリ寝間着に替わっていた。服の隙間から指先を侵入させてくすぐりの殺傷性を高める目的だろう。
「さて、じゃあ覚悟は良い?」
紙袋の奥でぐふぐふと含み笑いを浮かべたアリアが、セレスティナに組み敷くようにのしかかり両手をわきわきさせる。
「だ、駄目、許して……助けて……」
涙目でセレスティナが哀願した、その時。
手枷足枷が甲高い音を立てて砕けたかと思うと暖かい手が唐突にセレスティナの手を掴み、刑場から引っ張り出して――
そこで目が覚めた。
▼
「――――っ!?」
がばっ、とバネで弾かれたように跳ね起きたセレスティナは、見覚えの無い寝具に一瞬混乱しながらも、周囲の様子と自分の記憶との整合を取るべく寝起きの頭を早速回転させる。
書斎のように執務机や書棚が見えるこの部屋は、彼女が何度も訪れた外務省の省長室だ。つまりはこのベッドは、省長室に設置されたサツキの昼寝用のものということになる。
窓からは早朝の日の光が差し込み、遠くで鳥の鳴き声もしていた。
昨日サツキ省長と二人でお酒を交わしつつ愚痴交じりの報告を果たしたところまでは覚えているので、きっとそのまま寝落ちしてしまったのだろう。
「あら? 目が覚めた? ……そうね。まずはお帰りなさい」
そして、ベッドの側に座って、セレスティナの手をしっかりと握り締める女性が一人。
「……母、様……」
そちらに顔を向けると、母セレスフィアのルビーを思わせる赤い瞳が彼女を見守っていた。
明るいオレンジ色のドレスを隙無く着こなし、無事に目を覚ましたセレスティナの姿に花が咲くような笑顔を浮かべる彼女は、いつもの事ながら乙女力が高く眩しさすら感じる。
気が付くと、セレスティナの両腕の包帯が取れており、神経を灼くような痛みも完全に引いていた。
身体の内部の怪我を癒すばかりか傷ついた魔力伝達路はむしろ前より強靭になった感触さえあり、セレスフィアの高い魔力と女子力とによる《治癒》が施された事は想像に難くない。
更には服も、寝るには窮屈なドレスからいつの間にか薄手でスベスベなピンクのフリフリ寝間着に替わっていた。母の仕業だろうと思い至ると同時に、先程の悪夢もこれのせいかとつい複雑な心境になってしまうセレスティナだった。
そこに、優しい笑顔に陰りを混じらせつつも握った手を離そうとせず、母が告げる。
「ずっとうなされてたのよ。許して、助けて、って……」
ふと、目の端の辺りに、少し疲れたような色合いが見えた。恐らくはサツキ省長からジレーネ経由で話を受けてずっと徹夜で付き添ってくれていたのだろう。
「……辛かったのね」
彼女はそのまま手を引っ張って娘を抱き寄せようとするが、一瞬早くセレスティナは逃げるように母親の腕から抜け出し、背中を向ける。
「…………いえ。私は加害者ですから、辛いとか弱音吐いたり慰めて貰ったりなんかする資格は無いんです」
「ティナ……」
「……だって、私のせいで、何万人も死んだんですよっ? 戦争を止める手段は持ってたのに、今にして思えば軍部に少し煽られたぐらいでついカッとなって、帝国に当り散らして……っ」
会戦から二日ほど経過し平和な首都へと戻って戦時特有の高揚感が薄れたことで反動が襲ってきたのと、同時に夢の中で自分の弱さや甘さを鋭く指摘されたのとの相乗効果で、いつになく弱気な言葉を発するセレスティナ。
「帝国でも魔国でも沢山の人が二度と家に帰って来れなくなって、その人たちの家族が今どんな気持ちでいるか考えると、私のしたことは到底許される訳がっ――」
「はいはい。そういう話はまた今度でいいからまずは食事になさい。お腹空いたでしょ?」
深刻なトーンで胸中を吐き出そうとするセレスティナを、優しい声が遮った。少し目を話した隙に母セレスフィアは部屋の脇にあるサイドテーブルに持参してきたらしいシチューをよそった皿を用意して魔術で軽く温めているところだった。
相変わらずのマイペースぶりに毒気を抜かれたセレスティナの腹がくー、と鳴り、じっとり目で母親を見つめる。
「ええと……割と真剣に悩んでたのですが……」
「だって、今のティナの心は傷だらけの上に凍えてお腹を空かせてるみたいな色をしてるのだから、親なら我が子がそんな惨状で帰ってきたら難しい話なんかよりもまずは暖めて手当てしてお腹一杯食べさせるのが最優先よ」
「……母様は人の心が見えるからズルいです……」
だから家に帰り辛かったんです、と小さく呟くセレスティナ。そんな彼女の手を引っ張って母はうふふー、と勝ち誇った笑みで椅子に座らせる。
「人の親ならみんな心ぐらい読めるわよ。だって泣くしかできない赤ちゃんの頃から一緒なんだし。わたしの魔眼はそれに少ーし色が付いて見えるだけ。ティナも母親になったらわかるわ」
「母親ですか……」
自分にとっては現実味の伴わない未来図につい首を傾げる。元男としての抵抗感もあるにはあるが、それ以上にこんな自分の夫や子になる相手に申し訳無くて全裸靴下土下座しなければという気持ちの方が強いのが実情だ。
それはさておき、まだ具体的な計画の一端すらも挙がって来ない将来をあれこれ考えていると折角のシチューが冷めてしまう。パンと肉と野菜が絶妙なバランスで投入された贅沢なシチューをまずは一口、彼女はゆっくりと味わった。
「うふふー。ティナの大好きな山賊シチューよ。どう? 美味しいでしょ?」
「美味しいのは同意しますが、普通の山賊はこんな風に具材の一つ一つを丁寧に下ごしらえなんかしません」
「わからないわよー? 中には勤めてたレストランが閉店してそのまま山賊に身をやつしたシェフとか居るかもしれないじゃない?」
「数学的にはどこぞの最終定理と同じく、存在しないことの証明がえらく困難なだけでただの無理寄りの難題じゃないでしょうか……?」
母親のペースに巻き込まれたように見えて、気付くといつの間にか自分のペースを取り戻していることにセレスティナは内心舌を巻く。
戦闘や魔術とは違うステージで、この魔族にはきっと一生頭が上がらないだろうと痛感した、そんな一時であった。
活動報告にこれまで寄せられました「Q&A集7」を纏めました。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/590758/blogkey/2143419/




