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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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012話 外務省長サツキ・ノエンス女伯(けだるい系)

▼大陸暦1015年、走牛(第4)の月2日


 いよいよ外務省への入省、すなわち初出勤の日となった。


「それでは、行って参ります!」と華やかな笑顔で敬礼して家を出たセレスティナは、鼻歌交じりに早朝の中央通りを踏みしめる。


 外務省に限らず、軍務・内務・法務・財務各省とも今日が入省日だ。友人達も皆きっと、新たな門出を迎えるのだろう。


「にゅふふふふー」


 時折含み笑いを漏らしつつ、右手に持った黄金色に輝く杖に頬ずりしたりする。美少女でなければ通報されてしまうぐらい怪しいが、その杖の品質を考えれば無理も無い。

 伝説級の素材、雷を放つ古代竜(エンシェントドラゴン)から頂戴した髭を編みこんだ、彼女の身長よりも長く立派な杖。一生物どころか大陸でも最高級の魔術補助具だ。

 セレスティナ本人が春休み中の自由時間の殆どを費やして加工し、精錬し、調整した逸品である。それゆえ愛着もひとしおであった。


 その代償として、春休みの毎日午前は母に引っ張られて女子力修行の日々を送らされた。

 彼女にとっては興味の薄い事柄なので苦痛の時間と言って差し支えなく、頭と心を空っぽにする勢いで来る日も来る日も家事や美容や所作について叩き込まれたのだ。

 時間をかけた分の成果はそれなりにあり、今日の外務省デビュー用に気合いを入れた髪型やメイクは全て自力で施したものだった。


 但し、卒業試験と称して行われた料理のテストは文句無しの不合格であった。

 母の出した試練の内容が“残り物の食材を使ってレシピ無しで何か料理を作りなさい”という無理難題だったので、とりあえず全部纏めて鍋に入れてシチューにしたら泣かれた。マジ泣きだった。


「わたしの娘が山賊になっちゃったわー」


 そう母が嘆く姿を見るのは何かの罰を受けるよりも罪悪感を受けたが、人には得手不得手があるのもまた事実である。

 セレスティナにとってはレシピ無しで平凡な家庭料理を作るよりも、手本無しで大陸最強クラスの杖を作る方が容易いことを実証した、そんな有意義な春休みだった。


 これまで愛用していた霊木の枝の短杖(ワンド)は一旦両親に返した。元々は母が学生時代に使っていたのを譲り受けた物であるし、もしもこの先に弟や妹が誕生するならまたお下がりとして受け継がれるのだろう。


 話が逸れたが、セレスティナが暫く歩くと各省の建物が立ち並ぶ国家中枢とも言えるエリアに到着する。日本風に言うなら魔国(テネブラ)の霞ヶ関だ。

 その中でも特に大きいのはやはり国の力の象徴たる軍務省と内政全般を司る内務省の2つだった。

 法務省と財務省については、職務的に公平性を保つために内務省から独立しているだけで実質は内務省の外局扱いなので、この国の国家戦略は現在のところ内務と軍務の2本柱ということになる。


「いずれは外務省も加えて、3本柱まで持って行きたいところですね……」


 不遜な野望を口にしつつ、5省の中では最も小さい外務省の本館へと向かう。ただその外観は思ったよりも小奇麗なもので、最低限の予算は出ていてきちんと維持管理されていることを窺わせている。


 一つ深呼吸して本館の扉を潜ると、受付デスクの側に居た白い服の少女がハイテンションな様子で歓待してきた。


「あ、いらっしゃい! 噂の新人さんだね、話は聞いてるよ! ボクは歌鳥族(セイレーン)のジレーネ、宜しくね!」

「は、始めまして。魔眼族(イビルアイ)のセレスティナ・イグニスです」


 まるで天使のような少女だった。毛先にくるくると癖がある赤味がかった金髪――ストロベリーブロンドとでも言うのだろうか――に、天界の住人のような白いシンプルな衣装にガードの固そうなレギンス。背中には真っ白い翼を背負って、にぱっと人好きのする笑顔が愛らしい。

 そして何より、耳に心地よいソプラノボイスが特徴的だ。通称“空の歌姫”と呼ばれる歌鳥族(セイレーン)の中でもここまで良い声は滅多に聞けない。


「じゃあ早速、建物の案内でもしてあげるよ」

「え? まずは省長にご挨拶とかじゃないのですか?」

「ああ。サツキ女伯は大体午前中寝てて昼頃にならないと来ないから、それまでの時間潰しも兼ねてね!」


 ジレーネのあんまりな言葉に、思わず言葉を失うセレスティナだった。





 外務省長に限らず、外務省職員は総じて勤労意欲が低く、勤務時間が始まった後からちらほらと登庁する有様であった。

 ジレーネの場合は種族的な性質で早寝早起きなので例外的に朝から居たのである。その健康的な生活と飛行能力とよく通る声により、いつの間にか彼女は省長の秘書兼伝令係のような役割が定着したということだ。


「ここって、仕事、あんまり無いのですか?」と訊くセレスティナにジレーネが「控え目に言ってほとんど無いね!」と威張って答えたのが現状を端的に表している。


 実際、他国との国交が途切れた現状で外交関連の業務があるはずもなく、大抵は他省の要請に応じて書類仕事等のヘルプを行うか、または目当ての男性の居る子が用も無いのに他省に押しかけてお茶を煎れたりお菓子を振る舞ったりするぐらいのものらしい。

 ちなみに外務省は省長も含めて女所帯で、職員も若い間に結婚退職することが多い。そうやって抜けた分を補うために学院に求人を出している訳だ。


 さて、館内を一通り見て回り、それから外で軽い昼食を摂った二人は省長室の前まで来ていた。外務省には経費削減の為、職員用の食堂などという便利なものは存在しないのだ。


「ジレーネです! 入ります!」


 彼女はノックをして返事も待たずに扉を開け放つ。省長がたまに居眠りをしていて部屋の中に居ても返事を返さない事案があるからだ。


「よく来たわね、セレスティナ・イグニス」


 だが、今日の省長は居眠りもしていなければ遊んでいる訳でもなかった。尻尾のボリュームの関係で背もたれの無い皮張りソファに座りゆったりと、そして悠然とこちらを見つめる姿には妙な迫力や貫禄がある。


「……いや、久しぶりかしら、ティナ。立派になったわね」

「お久しぶりです。サツキ・ノエンス女伯」


 今日の為にしつらえた、手持ちの中では比較的豪奢なドレスの裾を摘み、セレスティナが淑女の礼を取る。その様子に一瞬ぽかんとするジレーネ。


「え? 知り合いなの? ……ってそっか! 社交界か! ティナは侯爵令嬢だったね! 良いなあお嬢様!」


 そう。両親に連れられて参加した社交の場で何度か会ったことのある間柄であった。そこでのサツキは正に社交界の華と呼ぶに相応しく、率直なところ外務省長の席に座っているよりダンスホールで踊っている方が似合う印象だ。


 さて、そのサツキ・ノエンス女伯爵であるが、種族は狐の獣人族。但し獣人の中でも彼女は魔力の高いいわゆる変異種で、黄金色の狐の尻尾を9本、陽炎のようにゆらゆらと振っている。

 長い金髪に金色の狐耳を持ち、瞳にも金色のミステリアスな光を宿した妖艶な美人で、セレスティナが知る着物によく似た艶やかなドレスを纏い、その衣装から今にもこぼれ落ちそうな豊かな胸の双丘が美しい顔立ちと同等の存在感を放っていた。


 部屋の内装も彼女自身の美しさに負けていない豪華なもので、艶のある重厚な執務机、壁際には歴史書や各種資料が収められた本棚の列、背後の壁には大きな大陸地図が掛けられており、その側には羽ばたく(ドラゴン)のバックに7本の異なる武器が交差した意匠の魔国(テネブラ)国旗が勇ましく掲げられ、部屋の隅には華美な天蓋付きのベッドが……


「えっと、あれも、インテリアの一つですか……?」

「ん? お昼寝用のベッドよ」


 どうやら実用品だったらしい。


「さて、フォーリウム学長からは話を聞いてるわ。外交官の任命が欲しいのよね。上に申請は出しておくから、早ければ今月中には辞令が出ると思うわ」

「思ったより早いですね」

「あなたみたいな働き者はこの館内に居ても全体の歯車が狂って誰も得をしないからね」


 要はサツキ女伯も含めて怠け者が多い為、さっさと追い出してしまおうということだ。実際、午前中に館内を観て回った際も、職員達は給湯室でお菓子を食べながらガールズトークしていたり会議室で刺繍しながらガールズトークしていたり執務室で爪を磨きながらガールズトークしていたりという光景ばかりだった。

 そのガールズトークの中身も、男子にはとても聞かせられない闇の深いものだったことを追記しておく。


 ちなみに、サツキ女伯が言う“上”とは、この国の公爵3名と侯爵4名による“三公四侯(セプテントリオネス)”と呼ばれる意思決定機関のことである。

 この国も昔は“魔王”と呼ばれる上位者による絶対王政だったのだが幾つかの要因により今ではこの合議体が大きな国家戦略を決めている。

 外務省の弱体により現在は外務省単独での外交官任命権限が無いので、この合議体にお伺いを立てなければならないという、なんとも奇妙な構造になっているのだった。


 その三公四侯(セプテントリオネス)のメンバーには勿論セレスティナの祖父ゼノスウィル侯爵も含まれており、彼を含めて軍務省だけで7人中の4人を占めていることから、軍部の発言力の強さが分かるだろう。

 残り3人はそれぞれ内務省、法務省、財務省の省長だ。外務省だけ省長が伯爵で女性なのも現在の外務省の扱いの軽さを示していると言える。


 余談であるが公爵3家は過去に魔王を輩出した家系、侯爵4家は魔王の側近級を輩出した家系だ。

 身体能力、魔力共に高い水準の公爵家に比べて、侯爵家は大体どちらかに偏った傾向を持っている。


「――ということだから、必要な書類は全てティナが自分で用意すること。良いわね?」

「はい。承知いたしました」


 そうこうしている内に、事務的な通達が完了。最初は面倒臭い書類仕事が中心だが、少しずつセレスティナの外交官生活に向けて動き出す。


「じゃ、あたしは少し休憩するから、おやつの時間になったらお茶とお菓子持ってきて~」

「……ええ。承知いたしました……」

「まあ、分からないことがあったらいつでもボクに聞いてね! 書類の場所ぐらいは全部知ってるから!」

「ありがとうございます。助かります」


 外務省随一にして唯一の良心のジレーネが、笑顔でセレスティナに助けを差し伸べる。

 セレスティナには彼女の優しさと明るさが眩しく、そして嬉しかった。



活動報告に大陸地図をアップしてみました。イメージの一助になりましたら幸いです。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/590758/blogkey/1424518/


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