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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第7章 鉄血の国との聖魔戦争
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110話 屍山血河・5(翼をもぎ取る氷の槍)


 その頃、帝国軍本陣では、度重なる凶報にゼクトシュタイン公爵の堪忍袋がいよいよ限界を迎えようとしていた。


「どういうことだ!? あれ程の兵数があってまだ中央部を撃破できないとは!」


 右側も左側も、想定の範囲に収まる程度の激しい抵抗に合いつつも善戦を続けている。

 あとは中央部だけ落とせれば、包囲陣が完成し彼らの勝利は決定的になる、そのはずだった。


「たった10匹にも満たない程度の魔物ではないか! それが何故落とせぬ!」

「……お、畏れながら……! 敵魔術師の攻撃範囲がやたらと広く……! 一定のラインを越えると広範囲の炎が襲って来まして……!」


 そして対魔術防御に長けた聖盾騎士団の精鋭や銀杖騎士団の魔術師達もすでにこの戦場で多くを失い、残された騎兵や歩兵達としては命令さえあれば焼かれると分かって先に進まねばならない文字通りの地獄絵図であった。


「……それにより、前線の兵達の間では士気の低下や戦意の喪失も見られ、突撃の勢いが確保できずに押し返されてしまう悪循環が……!」

「もうよい!」


 今にも死にそうなほどに顔面を蒼白にした伝令兵の話を遮り、ゼクトシュタイン公が思案する。

 もしこれが首都攻めのような最終決戦であったなら、現存の兵力を全て強引に前進させて敵の魔力や手数を越えた物量で押し潰すこともできように。


「……後々のことを考えると、ここでこれ以上の犠牲を増やす事はできぬ! 残存の鉄槍騎士団を3隊に分けてそれぞれ別方向から強襲させよ! 魔力も無限に続く訳は無い! そろそろ底をつくに決まっておる!」


 そして彼が選んだのは、少数精鋭による強行突破。内心、せめて今ここに“炎の聖剣の勇者”が居ればと思うが、今更嘆いても仕方が無い。代わりに声を張り上げ、兵達の戦意を取り戻す為の餌を鼻先に吊るした。


「士気が必要なら鼓舞せよ! 敵主力の白い魔女の首を持ち帰った者にはその魔眼を片方褒美として与えると!」





「《火炎嵐(ファイアストーム)》! 3連っ!」


 一方、本人の知らないところで勝手に戦利品に認定された白い魔女ことセレスティナは、今日何度目になるか数える気にもならない《火炎嵐(ファイアストーム)》を放ち、3方向から鬼気迫る程の勢いで突進してきた敵の騎馬兵力を一瞬で壊滅させていた。


「――()っ」

「っ!? おい! ティナ!? その腕……!」


 その直後、呟く程度に小さく漏れた悲鳴をヴァンガードが耳ざとく拾い上げ、セレスティナの真っ白いドレスの右袖の辺りに血の染みがあるのを見咎めて追求する。


 慌てて隠そうとするセレスティナの手首をフィリアが捕まえたかと思うと、問答無用で袖を捲り上げて諭すように言った。


「……強力な魔術の使いすぎね。あちこち裂傷が走ってるわ。《治癒(ヒール)》かけるから少しじっとしてなさい」

「うぅ、かたじけのうございます」

「いつの時代の生まれなのよ」


 呆れられつつも大人しく治療を待つセレスティナ。自分でも合間を見てこっそり《治癒(ヒール)》を使ってはいたが、如何せん治癒系は女子力依存型魔術なのであまり得意ではなく、魔力の割に治りがあまり良くない弱点があるのだ。


 フィリアは一見すると目つきが鋭く冷たい印象のある顔立ちだが、その治癒魔術は温かく優しい。恐らくは隠れ女子力強者だろう。

 急に眩しさを感じてセレスティナは思わず目を細める。


「はい。外傷は塞いだわ。だけど中までは流石に届かなかったから、痛みは我慢しなさい」

「充分です。ありがとうございました」

「痛みって、やはり、ティナの身体が魔眼の魔力に耐え切れてないのか!?」


 以前に聞いた、魔術を全力で撃つと腕が吹っ飛ぶという話を思い出してヴァンガードが慌てる。フィリアの言葉が正しいなら今のセレスティナは全身の魔力伝達路が焼け付いており、魔術を使う度に激痛が身体を苛むだろう。


「ティナ、これ以上は危険だわ。今からでも……」


 クロエも心配そうな顔で撤退を薦めるが、セレスティナにはこの場を離れる意志はないようだ。


「大丈夫ですよ。それに、以前にルーナリアさんも言ってましたから。痛みも一線を越えたら快楽になるのじゃー、と……」

「ちょっと待った! それは越えてはいけない線だ! 早まるな!」


 怒涛の勢いでヴァンガードが制止をかけてくるが、実際に今のセレスティナにとって心と身体の痛みを手放したくないのも確かだった。

 頭はガンガンするし身体も焼けるような痛みが続くし喉の奥からは胃液とも血液ともつかないものが込み上げて来る不快感があるが、不思議と彼女にそれらを拒絶する気持ちは無かった。


 自分が“人を殺しても何とも思わない魔物”ではない事の証になるかは自分ではまだ分からないが、少なくとも笑いながら敵を虐殺するような“人でなし”ではないことに少しの安堵を覚えているということだ。

 それはストレートに言うなら自罰感情でしかなく、ルーナリアが言っていた痛みを友とする上級者向けのプレイに比べると不健全なものであったが、とはいえ今の彼女の心の支えになっているのも事実なので一概に否定できるものではない。


 願わくは、この先も人間でありたい。そうなる為にもこんな戦争は最初で最後にしようと改めて決意する。あと敵軍は早く降伏して欲しい。


 そのような訳なので、周囲の心配をよそに彼女は不動の意志を込めて言葉を続けた。


「それに、敵兵を何十人、何百人と殺しておいて、いざ自分がちょっと腕が痛くなったら逃げ出すのは、格好悪くて嫌です」

「格好って……そんなん気にしてる場合じゃ――」

「気にしますよ。外務省の看板背負って来てる以上、命が惜しくて逃げたとか絶対に言わせたくないですから」


 セレスティナの表情がつい不機嫌なものに変貌する。会議の席でとある軍幹部に自分自身のみならず外務省全体を馬鹿にされた件を相当根に持っている証拠だ。

 そこに、フィリオの楽しそうな笑いが響いた。


「ははっ。セレスティナって意外と子供(ガキ)みたいな意地を張る奴なんだな」

「……否定はしません」

「あぁ、貶してる訳じゃないぜ。お堅いお嬢様よりはよっぽど親しみが持てるってことだ」


 先刻の騎馬兵3隊以来、敵軍の襲撃は無く、警戒は続けつつもつい無駄話が増えていく。

 そうしていると、背後からしわがれた老人の声が聞こえた。


「勝手な事ばかり言いおって……ティナは軍部相手に喧嘩でも売っておるのか?」

「っ!?」


 セレスティナがびくん、と背筋を伸ばし恐る恐る振り返ると、祖父のゼノスウィルがそこには立っていた。


「参謀長閣下……!? い、いえ、むしろ喧嘩吹っかけられたのは私の方でこれは正当防衛だと認識しておりますがっ」


 総司令部から誰か伝令が来る可能性は考慮していたが、参謀長自らというのは予想外で、慌てた様子でセレスティナが弁解する。


「言い訳は後からいくらでも聞くとしよう。さて、総司令部の決定を言い渡す――」


 そんな彼女のペースに付き合う事はきっぱりと拒絶し、作戦の変更を伝えるゼノスウィル。

 後方で待機するルーベル伯爵の部隊をこの先苦戦が予想されるバルバス伯爵のサポートに動かす方針はセレスティナも想定していた通りだったので特に驚きは無かったが、それに関連して一つ追加の命令を賜ることになった。


「右翼側の戦力交代が終わるまでは中央部が空白になる。よってお主らにはこの戦線の死守を命じなければならぬが……この分じゃと心配は無さそうじゃな」


 セレスティナ達のこれまでのえげつない奮闘の数々により、敵軍の士気の低下が著しいまでに落ちているのがこの距離からでも見て取れる。

 更に、進軍を繰り返す度に増産された敵兵や馬の焼死体が血と灰とで舗装された境界線上に塁壁のように積み上がり、物理的にも行く手を阻む障害と化していた。


「敵軍の戦争目的を考えますと、これ以上の犠牲が出ればこの先火吹き山を制圧するのも無理になりますから、そろそろ撤退の決断を下す事になると思いますが……最後に決死の全軍攻勢が無いとも言い切れません……」


 正常な損得勘定ができるならありえない選択肢だが、相手は人命や人権の価値の低い帝国である。内心早く撤退して欲しいと思いつつ警戒は緩めないセレスティナに、祖父ゼノスウィルは「ふむ」と一つ頷いた。


「念の為聞くが、魔力はまだ残しておるか?」

「私は、残り4割ぐらいでしょうか」

「……化け物かよ。俺らはそろそろキツいぜ」


 節約する余裕の無い激戦区でほぼ全力の魔術を撃ち続けてきたのだ。魔力量の自信のあるダークエルフの双子やヴァンガードも限界が近そうに見えた。


「ならば、行きがけの駄賃にわしも一撃浴びせて行くことにするか」


 そして彼は、ニヤリと不敵に笑うと魔眼の能力を解放する。


「――っ!?」


 血のような暴力的な赤みを帯びた魔眼が強く輝き、ゼノスウィルの周囲に強烈な魔力の奔流が立ち上った。

 セレスティナの魔力を篝火とするならゼノスウィルのそれはもはや火山の噴火に近く、その膨大なエネルギー量に、訓練で見慣れていたセレスティナ以外の4人が言葉も無く一歩後ずさる。


 続けて彼は、暗黒竜の爪を加工した漆黒の杖を構え、眼前に巨大な魔術回路を描き始める。


「少し時間の掛かる魔術を練る。その間の援護を頼むぞ。それとティナよ、今デアボルス公爵が上空(うえ)の部隊の再編を進めておる。それを手早く進めるのに援護射撃があると心強い。やれるな?」


 彼の言葉に遥か上空を仰ぎ見ると、そこでは自前の翼で飛ぶ上位魔族による精鋭部隊と飛行魔術の掛けられた絨毯に乗った聖翼騎士団とが、未だ激しい戦いを続けているところだった。

 《飛空(フライト)》を維持しながら攻防の魔術も同時に扱うのが得意なセレスティナであれば援護も充分にできる、そういう判断なのだろう。


 その命令を迷い無く受諾するセレスティナだったが、返答の言葉は祖父の予想と若干のズレがあった。


「畏まりました。では地上(ここ)から狙うことにします。《飛空(フライト)》で近づくと敵に警戒されて効果が薄くなるのと、何より参謀長閣下が今から撃つ魔術を間近で見る機会を逃したくありませんので」

「ほう。この距離で届くのか?」

「最近届くようになりました」


 そう言うとセレスティナは、比較的無事な左手に杖を持ち替えるとそれを上空に向けて掲げる。

 重力に逆らって上空に撃ち上げる場合には通常に比べて遥かに多くの力が必要であり、普段のセレスティナは勿論、クロエの弓やゼノスウィルの攻撃魔術でも届かない距離だが、彼女には秘策があるようだ。


「“銀の弾丸(シルバーバレット)”にはこういう使い方もあります――《魔力弾(マジックミサイル)》!」


 杖の先から、細く小さいダーツのような魔力の矢が空へと放たれた。攻撃力を極限まで落としてその分を射速に注ぎ込むことで、射程距離を通常よりも伸ばしている。

 そしてその魔力の矢が聖翼騎士達に届かず失速したところで、矢の先端に新たな魔術回路が輝いた。


「何だ!? まさか……!」

「《魔力弾(マジックミサイル)》の先から、《氷槍(アイスジャベリン)》を!?」


 興味半分で上空を見上げた双子の驚きの声が上がる。

 フィリアの言葉の通り、セレスティナが《魔力弾(マジックミサイル)》に乗せて飛ばしたのは《氷槍(アイスジャベリン)》だ。形状的に空気抵抗を受けにくく射程距離を伸ばし易いのがその選定理由だった。


「《魔力弾(マジックミサイル)》を攻撃用ではなく運搬用として使いました。いわゆるコロンブスの卵ですね」

「何処よコロンブスって」


 異世界では通じない人名はさて置き、二段ロケットの要領で飛ばした氷の槍は、聖翼騎士団の一組が乗る絨毯を真下から貫いた。

 利き腕でない左手で撃ったのと距離が遠いのとがあり流石に操縦者を狙撃する精度は出せないが、それでも死角となる真下から突然氷の槍が突き刺されば一瞬の驚愕と動揺を生むことはできる。


 その隙を見逃さず、竜人族(ファフニール)の精鋭の一人が火炎魔術を撃ち出して聖翼騎士団を吹き飛ばした。大破した絨毯から3人揃って墜落する様子にセレスティナは顔をしかめつつも、目を逸らさずに二発、三発と続けて“銀の弾丸(シルバーバレット)”を放ってゆく。


「――ふぎゅっ!」


 年頃の令嬢が上げてはいけない類の悲鳴と共に、今度はセレスティナの左腕から血がしぶいた。それを見て軽く溜め息をついたフィリアが、なけなしの魔力を集めて再度治癒魔術を施す。


「……お手数おかけします」

「ま、面白い魔術も見れたし、その見物料代わりってことにしといてあげる」


 複合魔術に興味津々といった様子のフィリアに続き、ゼノスウィルも大魔術の構築途中にも関わらず面白い物を見たという風情で会話に割り込んできた。


「今のは“狐火”の奴が生前編み出した複合魔術か? あの時は使い勝手が悪かろうと思っておったがこういうこともできるとはな」

「一瞬で見抜かれましたか……流石は師匠ですね」


 大陸最強と言われる魔術師の知識と観察眼に舌を巻くセレスティナ。

 性差の壁もあり単純な火力では一生かかっても届かないであろう相手でありその代わり技術と工夫で驚かせてやりたいという密かな野心は持っていたが、そうできるのはまだまだ先の事になりそうだ。


「我が孫だけあって大した物じゃ。だが戦場を蹂躙する影響力なら、わしもまだまだ若い連中には負けぬことを見せてやろうじゃないか」


 戦術や戦略を度外視で、ただ最近急速に力をつけた孫にして弟子に対する対抗心に動かされて今この前線で魔術を組み立てていることに自分で気付き思わず苦笑するゼノスウィル。歳は取ったが闘争心や向上心は健在らしい。


 上空ではデアボルス公爵が親戚筋の獄魔族(グレーターデーモン)を数人引き連れて、こちらに合図を送りつつ次の戦場へと移動するところだった。セレスティナはそれを敬礼で見送る。


 戦場は、佳境に向かって流れる勢いを強めていく――



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