099話 鉄血の秋・1(スポーツの秋の上位版みたいな)
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▼大陸暦1015年、黒鉄蠍の月3日
時は少し戻って、黒鉄蠍の月3日、セレスティナが二度目に帝都へ向かった日の朝のこと。
帝都アイゼンベルグで盛大な出征式が始まり、その式典の最高潮として、ゼクトシュタイン公爵率いる遠征軍を鼓舞すべく皇帝ヴォルフラム・フォン・シュバルツシルトがここノイエ・アイゼンベルグ城のバルコニーから直々に演説を行っているところだった。
城下を一望できるバルコニーにはアルテリンデを含む皇子皇女が勢揃いしており、寒さを感じる時期にも関わらず臣下や国民達の熱量を帯びた視線を集めている。
聖盾騎士団が周囲に配置され最大限の警戒をしているとは言え、この場に暗殺者が攻撃を仕掛けてきたら国そのものが機能不全に陥りかねないが、だからこそこの場に皇族が並んで遠征軍を見送ることが国の威厳や兵士達の士気を高めるという訳だ。
『平和を愛する我が国民達よ、平和とは部屋で祈っていれば天から無条件で与えられるような軽いものではない! 諸君らが日々のパンを銅貨を支払って買うように、平和な治世は鉄と血をもって買い付けねばならないのだ!!』
拡声の魔道具の効果で帝都全域へと達する皇帝の言葉に、アルテリンデが自分に対するあてつけを感じて歯噛みしそうになる。だが笑顔で遠征隊や帝都の民に手を振らねばならない立場上、その思いを力任せに飲み下した。
『しかし、ここに居る我が忠実な懲罰代理人であるゼクトシュタイン公爵の働きが、必ずや神聖帝国による大陸統一への道標の一つとなり、未来永劫続く平和と繁栄をもたらすであろう!』
表向きの出兵理由としては流石に“聖杯”の利権確保とは言わず壊滅したルイーネの町の報復となっており、それに対する群集の支持も高く熱狂的な空気が帝都上空にまで立ち上る。
対照的に理由がどうであれ平和を得るのに戦争が必要だという論調に矛盾を感じるアルテリンデであるが、だからと言って何か行動を起こすには今の彼女は立場も経験も不足しているのが実情で、時代の波の強さと自らの弱さを痛感する。
『征け、精悍なる神聖帝国の兵達よ! 行って、邪悪な魔物どもを蹴散らし、我らに勝利を捧げよ!!』
「皇帝万歳!!」
「帝国万歳!!」
皇帝の演説が終わると、割れんばかりの歓声が上がり、高揚した帝都市民達に見送られながらゼクトシュタイン公が遠征軍を引き連れて出立してゆく。
表向きは笑顔の仮面を貼り付けながらも、アルテリンデの胸中は複雑だ。意気揚々と進軍を開始する未来の夫に対するロマンチックな愛情がある訳ではないが、その心の内には「失敗しても良いからできるだけ多くの兵が生きて戻って来るように」と皇帝の描く戦略図に喧嘩を売る願いと祈りを抱いていた。
かくて、後の歴史の教科書で『聖魔戦争』と呼ばれることになる、神聖シュバルツシルト帝国と魔国テネブラとの間の大規模武力衝突に向けて、時代の歯車が大きく動き出す――
▼大陸暦1015年、黒鉄蠍の月5日
朝一番でアルビオン王国を出発し、高速飛行を駆使して僅か半日で魔国首都に帰還したセレスティナがその足で外務省へと登庁すると、新たな命令書が彼女を待っていた。
「戦時体制が宣言されたわ。7票共賛成の満場一致。それで、こっちが外務省への命令書」
「…………自国待機、ですか。了解しました」
要は『お前は何もするな』ということだ。帝国との衝突が近づく情勢の下、セレスティナに事態を引っ掻き回して欲しくない軍部としては灼然たる結果と言えよう。
裏を返せば働かなくても給料が出る訳で、そんな潤いのある天下り役員のような生活をこよなく愛するサツキ省長は笑顔を隠しきれないご様子だった。
「それで、帝国からの証書と、帰り際に王都で受け取った公国からの親書がこちらになります。ご確認をお願いします」
「は~い」
早くも休暇モードに入りかけたサツキが、水を差されて眉根を寄せつつそれらの書類を確認する。
「“宣戦布告証明書及び免責証書”かあ……日付も3日付けだし命令書の発効日にはギリギリ間に合ってるのね。よく半日でサイン貰えたわね? 一体どんな魔術を使ったのよ?」
感心した口調でその証書を大事に仕舞いこむサツキが、事件のトリックを暴く探偵のような顔になってセレスティナの取った手口を絞り込んで行く。恐らくは最近仕事中にミステリー小説をよく読んでいるのでその読書傾向に引っ張られているのだろう。
「……家族を人質に取るのはティナは嫌いそうだし、色仕掛けは…………うん。ないわ。そうすると賄賂で釣ったか隠し子とかのスキャンダル方面で脅した、ってとこかしら?」
なんだかんだでセレスティナの事を良く把握している名探偵サツキの推理に、セレスティナは乾いた笑いだけ浮かべて回答を保留し、本題へと戻ることにした。
「……帝国としては、戦争に勝つことで有耶無耶にするつもりじゃないでしょうか」
「ま、これが役に立つ状況は随分限定されそうな気がするけど……もしもの時の備えにはなりそうね」
「戦争でテネブラが勝利して更にその上で外務省が戦後交渉を任される局面にならないといけませんからね……せめてあと1週間あればもっとマシな書類が用意できたと思うのですが……」
「まあまあ、ティナは十分頑張ったわよ」
上質の執務机に両手を突いてがくーんと項垂れるセレスティナの銀色の頭をサツキ省長が優しく撫でる。
折角の書類であるが、戦争でテネブラが負ければ勝者の帝国が敗者の言い分を聞く筈も無いのでそこで終了するし、勝利を得た場合も議会や軍部が戦後交渉を外務省に任せるかどうかできっと一悶着あるだろう。
発言力の無い外務省としては、上位からトップダウンで通達される国家戦略に対してどうしても受動的な立場になるのは避けられなかった。
「それで公国からの親書の方はっと……………………ふむふむ、国交と貿易に関して前向きに話したいから、実務者会談をセッティングするのはどうだろうって提案ね」
「本当ですかっ!?」
優雅な所作で封を開けて中身に目を通すサツキ省長。その予想以上の手応えに、明るい声でセレスティナががばっと顔を上げた。
勿論公国は実利主義者揃いなので交渉の席で油断はできないが、どこかの失礼な国のようにいきなり喧嘩腰の対応をされるよりはずっとマシである。
「ま、場所はアルビオンの王都かそれに準ずる安全で中立の都市で、時期も秋冬飛ばして来年の春以降にって事だから、急いでどうこうする問題じゃなさそうね」
冬が移動に適さないのは自明の理として、秋も戦争の季節として有名だ。気候が良く食料の調達もし易い為、この大陸の歴史でも主要な戦争は秋に起きる事が多い。
会談の準備や移動の為の時間を確保する目的も勿論あるのだろうが、公国側でも魔国と帝国が衝突する情報を独自に仕入れておりその戦争の結果を確認した後にあわよくば有利な条件で国交を結ぼうと考えているのかも知れない。
既に挨拶の段階から外交戦が始まっているという訳だ。
「それでも返事は早めが良いでしょうから、返信のご準備と王都への出張許可の取り付けをお願いします!」
「はいはい」
今の段階で公国に直接飛ぶのも不用意に刺激することになりかねないし、王都であればシャルロットに返信を預けつつ王子なり宰相なりに開催地の設営についての相談もできて一石二鳥という事だ。
国内待機を命じられた都合上、出張一つにも議会の許可が必要なのが面倒なところだが、それでも帝国との戦争中に時間を浪費しなくて済む事を喜ぶセレスティナだった。




