表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第6章 北の帝国の会戦前夜
107/154

【番外編】魔物娘アンソロジー・8(クロエの直談判)

※恒例の番外編です。096~097話辺りの裏側でのクロエの話になります。

 帝国編は全体的にシリアスっぽい雰囲気で進んでいる関係上、今回の番外編も概ね本編の延長となる空気感となっております。予めご了承下さい。


▼大陸暦1015年、黒鉄蠍(第10)の月4日


「軍を辞めたい、と? 本気で言っているのか?」


 テネブラ軍務省情報室、クロエの直属の上官であるヴェネルムの執務室。

 その部屋の主であるダークエルフの魔剣士は、クロエが決死の覚悟で差し出した辞表を見て元から鋭い目つきを更に細め、圧力を加えた。


 プレッシャーに晒されつつも、「はい」と声を絞り出すクロエに、ヴェネルムは目線を落とすと一つ溜息をついた。


「理由は……大体予想がつくが。セレスティナ・イグニス外交官の事だな?」

「そうです! ティナに護衛もつけずに国の外に行かせるなんて危険すぎます! あたしが付いて行ってあげないとっ!」

「命令以外での行動は単なる個人旅行だ。そんなのに軍部から人員を出す訳にはいかん」

「分かってます! だから、こうやって……っ!」


 こうやって辞表を提出し、フリーの立場になった上でセレスティナに同行するつもりなのだろう。

 だが、上官(ヴェネルム)は彼女の差し出す書類を受け取ろうとせず、諭すように続ける。


「辞表は受理しない。第一、クロエにはまだ給料分の働きをして貰ってないからな。知っているか? 軍に限らずどこの職場でも最初の3年は一人前にする為の教育期間だから、それを過ぎるまでは収支がマイナスなのだよ」

「……っ! 働いて返します!」

「それに、クロエの潜入と諜報と生存のスキルは軍としても手放したくない」


 外交官と一緒に他国に赴く事で相手国の情報を探る任務は、単独行動では不可能な領分であり、“外務省のお守り”という立場が有利に働く。

 つまり、状況が落ち着けばまたクロエが元の職務に復帰する可能性を指し示していた。


「ですが、今がティナにとって重要で、危険な時期ですから。もしもティナに今何かあれば、あたしは一生後悔すると思います」

「聞くところによると、セレスティナ・イグニス外交官は魔術師として優秀だそうだが、クロエが居なくても一人で大抵の危険は何とか切り抜けるんじゃないかね?」

「……ぐっ!」


 痛い所を突かれてクロエが一瞬言葉に詰まる。確かに、セレスティナの状況把握力や先の展開を読む思考力やそれに備えて幾つも手を打っておく対応力はとても同じ15歳には思えない程に突き抜けている。

 クロエとしても、自分の存在意義に疑問を抱くこともあった。

 だが、一人では限界がある。孤立無援の状況下では一つのミスで全てが終わる恐怖がある。


「それでもっ! ティナはああ見えて割とポンコツだからあたしがティナの苦手な所を助けたいんですっ!」


 思えば、小さい頃に誘拐されかけた時からセレスティナには助けられる事の方が多かった。

 軍人としての栄達も惜しくないと言えば嘘になるが、その未来の可能性もセレスティナがくれたものと思えば、どちらが大事かは考えるまでも無い。


 そんなクロエの覚悟を感じたか、ヴェネルムは真っ向勝負をここで中断する。


「成程……よく分かった。クロエはきっと疲れているんだな」

「え!? そんな! あたしは体力には自信が――っ!」

「これよりクロエ諜報官に休暇を命じる!」


 彼女の反論を遮ってヴェネルムが細身の身体に見合わない強い声を張った。


「尚、休暇中にクロエが何処に行って何をしようと軍部は一切関与しない。それと国の労働規定を超えた分の休暇は無給として扱うのでそのつもりで」


 突き放した口調だが、問題を一旦先送りにしてクロエを自由にさせた上で情勢が変わった頃にまた細部を話し合おうという事だ。

 意外とお役所的な処置であるが、ヴェネルムなりにクロエの能力や国の行く末を考慮した結果の妥協点というところだろう。


「あ……ありがとうございます! クロエ諜報官、休暇を満喫してきます!」


 元気良くぴしっと背筋と尻尾を伸ばして敬礼し、大声で返答するクロエ。その眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。






▼一方その頃


 単身でシュバルツシルト帝国に飛びその翌日に今度はアルビオン王国に飛んだ異国の空の下のセレスティナ。

 この日はフィリップ外交官と面会し、その後学園寮で留学生のシャルロットにルミエルージュ公国からの親書を受け取り、王城敷地内の迎賓館で一泊することになった。


「じゃあティナは、今夜は旦那さんの居ない寂しい夜を自分を慰めて過ごす訳ね。うわー可哀相ー」

「旦那とは違いますし他所様の建物内でそんな非礼なことはしませんが、迎賓館の広い部屋で一人寝はどうも落ち着かないですね……」

「あー、わかるわそれ。あたしも庶民出身だから迎賓館(ここ)のバカでっかい天蓋つきのベッドは調子狂うのよね。もっと狭くて固いベッドの方が落ち着くわ」


 食堂で勇者パーティの3人と共に夕食をご馳走になった後、食後のお茶を飲みつつアリアと庶民派の話が盛り上がる。


「それでも、友好国のアルビオンに入れてようやくゆっくり休めそうです。クロエさん抜きで帝国で一昼夜を過ごすのはなかなか神経すり減らしましたから……」


 連日の移動疲れが出たのか、そう言ってテーブルにくてんと胸から上を預けるセレスティナ。そこにリュークの意外そうな声がした。


「ティナにも意外と繊細な部分はあるんだな。図太いおっさんとばかり思ってたが」

「防御力が低いですから不意打ちとか夜襲とかは天敵なんですよ……仮にクロエさんが敵側に居たら三日以内に射殺されてると思います」


 四六時中気を張っているとやはりどこかで綻びが生じる訳で、今更ながら二人旅の利点を実感するのだった。


「おっさん云々は否定しないのね……」

「そこまで自惚れてはないつもりですから。ですが人の事をおっさん呼ばわりするならリュークさん達だって――」


 呆れたような感心したようなアリアに今度はセレスティナがブーメランを全体攻撃化して投げ返す。


「リュークさん達だって、おっさんと熟女ばっかりの熟年パーティじゃないですか」

「だっ、誰が熟女ですの馬鹿ーーーーーーっ!!」


 それを聞いたアンジェリカが両拳をぶんぶん振りつつ柳眉を逆立てる。しかし彼女の両手に連動して上下にぶるんぶるん揺れる豊かなお胸は本人の自己評価に反して完璧なまでに完熟であった。収穫したい。


「で、でも褒めてるんですよ!? 19歳にして完成されたセクシーファイアボールボディに加えて色っぽい泣きぼくろに潤んだ唇に艶っぽい髪、どう見ても人妻です! 私もあと4年頑張ればアンジェリカさんのようなしっとりした熟女になれる可能性があると思うと勇気と希望が湧いてきます!」

「あー、そんなティナに悲しいお知らせだけど、アンジェは13歳ぐらいの頃にはもう大人顔負けの発育だったから、あたし達みたいな庶民とは存在の本質が違うって思った方が良いわよ。猫がいくら頑張っても虎になれないみたいな」


 残酷な事実を前にセレスティナの顔から色彩が消えた。そんな彼女を元気付けるかのようにアリアは横から抱き締めてくる。


「ま、ティナはびっしょりした小娘が丁度良いわよ。という訳だから後でいつもの白ワンピ着てお風呂場に集合ね」

「意味が分かりません……あ、でもアンジェリカさんもご一緒されるなら喜んで」


 瞳に色と光が戻ったセレスティナがアンジェリカに向き直る。

 以前アリアとの試合後に一度だけアンジェリカと半ば介護状態で一緒に入浴した事があったが、あの時は大怪我で動けずにいた間に気付いたらタオルを巻いた姿になっていたので決定的瞬間を目にしていないのだ。


 なので夢よ希望よもう一度、と期待を込めた眼でアンジェリカを見上げていたが――


(わたくし)は一人で入りますから結構ですわ! それにしっとりなんてしてませんし熟女でもありませんわっ! それとアリア様も、そんな昔の話まで掘り返さないで下さいましっ! ああもう! 何だかもう突っ込みが追いつきませんわっ!!」

「――ふぎゅ」

「――わぷっ」


 一人でモグラ叩きのように突っ込み続けて処理が飽和(オーバーフロー)したらしいアンジェリカは、とうとうクッションを二人の顔に押し当てて言論そのものを封殺する実力行使に出た。


 貴重な突っ込み役でもあるクロエ不在の弊害がここにも顕在化した形だと言えよう。



活動報告にこれまで寄せられました「Q&A集6」を纏めました。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/590758/blogkey/1992438/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ