095話 内調のダークエルフ・2(高防御キャラの概ね正しい倒し方)
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「という訳だ。お前に勝ち目は無いからさっさと観念しなよ」
「《雷撃》以外に取り柄が無いように思われるのは心外です……」
フィリオの勧告に対しセレスティナはそう強がって見せたが、なるべく傷つけずに撃退することを目指すと他の魔術は使い勝手が劣る。特に明確な敵との戦闘ならば新しい切り札になりえる《水斬》に至ってはオーバーキルを考えると論外だ。
「その新素材スーツには恐らく防御力強化の付与もされてるとお見受けしますが、私だって帝国の聖盾騎士団との再戦に備えて防御力特化を崩す為の新技の一つや二つぐらい鋭意開発中なんです。なので実験台になりたければどうぞ覚悟の上でかかって来て下さい」
「ははっ、大方俺らの連携を崩したいんだろうが、そんなボロボロの格好で下手な挑発してもその手には乗らねーぜ」
「うむぅ……意外と冷静に見てますね」
丁度フィリアがクロスボウに次弾を装填している最中を狙っての挑発だったが、双子ゆえに互いの攻撃のリズムは正確に把握しているらしく不発に終わった。
とは言え、相手の準備が終わるまで待ってやる義理もない訳で、火力に物を言わせた強行突破が苦手なセレスティナとしては小技で戦いの主導権を取り戻しておきたい。
「《氷壁》!」
「え!? そんなっ!?」
まずは立ち並ぶ石柱の間を埋めるように氷の壁を横一杯に展開し、フィリアからの視線と射線を遮る。
少しの時間稼ぎにしかならないが、その短時間で決着をつければ良いだけの話だ。
「一対一なら何とかなるとでも思ったか!?」
「実は割と! ――《石弾》!」
「ふっ。舐めるな!」
次いでセレスティナが近距離から散弾のように《石弾》をばら撒いた。だがフィリオはそれらのことごとくを回避し、剣で弾き、《防壁》で受け止めながら間合いを詰める。
後ろに跳んで距離を稼ごうとするセレスティナだったが、そこで濡れて重くなったドレスが脚に纏わりつき一瞬バランスを崩す。
「しまった!」
「ドジったな! 悪く思うなよっ!」
その隙を逃さず、フィリオが一気に踏み込んで今度は凍てつく冷気を纏わせた突きを繰り出す。先程のように水を用いて防御しようものなら周囲の水ごと氷漬けにするつもりのようだ。
そこに、《飛空》で浮かぶ事でようやく視界を確保したフィリアが慌てた声を投げてきた。
「馬鹿っ! そんな三文芝居に釣られるなんて――」
「もう遅いです。――《短飛空》っ!」
セレスティナが杖に魔力を込めた瞬間、杖が前方に凄まじい勢いで飛び出し、カウンターになるようにフィリオの鳩尾を強烈に打ち据えた。
「ぐはっ!?」
セレスティナの持つ杖のリーチはフィリオのレイピアよりも長く、理論上は相手の攻撃が届くより前にこのように殴り飛ばす事が可能ということだ。
そして小柄で非力な魔術師が体勢を崩した状態から杖で殴りかかってくるのはフィリオにしてみても想像力や常識の枠外で、完全に虚を突かれた形となる。
雷竜の髭という伝説級の素材を使っており武器としても最上級品の杖に、大海蛇をも釣り上げる程の推進力を誇るセレスティナの飛行魔術が加わり、力負けしたフィリオは為す術も無く後方へと吹っ飛ばされた。
「フィリオ!?」
「ぐっ……まだだっ!」
フィリアが立てた石柱の1本に激突して粉砕しつつ路上に大の字に倒れ込んだものの、新素材スーツの防御力の高さは伊達ではないらしくすぐに立ち上がる素振りを見せる。
だがそれより早く、先程の《短飛空》の慣性で前方に大きく飛んだセレスティナが上から《氷槍》を撃ち出し、フィリオの動きを封じるように手足のすぐ側の地面に突き刺した。
それからフィリオの近くに着地したセレスティナは、鞄から澄んだ紫色の液体の入った親指程の小さな瓶を取り出して掲げ、フィリオとフィリアに向けて声を上げる。
「動かないで下さい! 降参して頂かないと、この瓶を割ります! 猛毒アゲハの鱗粉を煮詰めて作った毒液ですから、防具の性能に関係なく即死しますよ!?」
「なあっ!?」
毒と聞いて思わず顔を引きつらせるフィリオ。だがフィリアの方は落ち着いた様子を崩さずにクロスボウをセレスティナへと向ける。
「嘘ね。猛毒アゲハの鱗粉は回収が難しいことで有名だから。毒にやられる危険を冒しつつ粉末を拾うなんて気の遠くなる作業が続く訳ないわ」
「実は羽根に電流を流すと素材が変質して簡単に鱗粉が剥離する特性があるんです。それで学生時代に夏休みの宿題で昆虫を集めるついでに調達していた取って置きなのですよ」
「…………そう言えば夏休み明けに猛毒アゲハの標本を学院に持ち込んで教室をパニックに陥れた馬鹿が居るって聞いたことあるけど……まさか…………?」
「……あはは。鱗粉を全部回収済みでしたから問題無いと思ってましたがあの時は相当絞られました……」
セレスティナの言葉に真実味を感じ取ったフィリアは、これ以上の戦闘継続が不利な事を認めた。
実際のところその小瓶は母セレスフィアに持たされた化粧品の一つなのだが、「コイツならやりかねない」と思わせることでハッタリを押し通したのが真相である。
「…………分かったわ。降参するからフィリオを解放して」
「承知しました。……あ、ただ、当事者だけの口約束はあっさり反故にされることもありますので出来れば立会人の同席を要求したいのですが」
その要望に足元で倒れていたフィリオが「うぐ」と言葉に詰まって目を背ける。どうやら図星だったらしい。
それから余談であるが、足元から見上げてくるフィリオだが今のセレスティナは濡れた服が全身に張り付いた状態なので膝から上はきっちりガードしている点を追記しておく。
「……しょうがないわね。で、誰を呼ぶのよ?」
そう尋ねたフィリアに、セレスティナは軍務省情報室に顔が利き外務省のセレスティナにも公平な立場で接してくれる一人の人物の名を挙げた。
「サングイス公爵家のルーナリアさんをお願いします。ここから近いですし、日が沈んでもう起きてる頃でしょうから」
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「ふむ。濡れた女子は色気が3割増になると言うがティナの場合元値がゼロゆえにただのドブネズミじゃのう」
「……来て第一声がそれですか? ――へぶしゅっ!」
やがてルーナリアが現場に到着し、セレスティナが女子力の低いくしゃみを一つ響かせつつフィリオを解放する。
「フィリオ!」
そこにすぐさまフィリアが駆け寄って助け起こし、冷えた身体に厚手のマントを被せた。
ちなみに今のフィリアも同様のマントをゆったりと羽織っている。彼女の場合は身体にぴっちりフィットしたスーツが恥ずかしいというのが主な理由だ。
「さて、それで国家反逆罪の嫌疑の話に戻りますが、告発に足る程の確かな物証があっての事でしょうか?」
「何じゃ。そんな話になっておったのか。人の世はかくも移ろいに満ちておるのぅ」
軍務省情報室長サングイス公爵の末娘がこの場に居ることで、フィリオとフィリアはやや緊張した面持ちで答える。
「それはっ……だって、税金の無駄遣いじゃないか! 軍が迎撃を決めた以上、軍の方針に歯向かうような仕事をして給料が出るなんて、おかしいって事だ!」
「おや、内調のお仕事に徴税官の任務は含まれていなかった筈ですが、いつの間に財務省の業務まで代行するようになったのでしょうか?」
「ぐ…………!」
襲撃当初と比べて主張がトーンダウンしてきたところを見逃さず反撃に出るセレスティナ。
「見たところ、証拠無しに軍の都合で足止めをする目的だったということでしょうか。でしたら私としても大事にするつもりもありませんからここで退いて頂きたいのですが……他の外務省職員の身の安全も含めて」
穏便な落とし所を提案するセレスティナだったが、今度はフィリアの方が彼女に噛み付いてくる。
「うるさいっ! 平和な家でぬくぬくと暮らすお嬢様に私らの気持ちなんて分からないわよ! 親を殺された経験も無い癖に!」
「……うむぅ」
確かに、セレスティナには実家に戻ると優しい両親や厳しくも魔術の師匠として頼れる祖父が居る。母親の女子力の高さは時折無言のプレッシャーになるが、国全体の中でも恵まれた家庭環境なのは間違いない。
「仮にセレスティナ、お前が親を殺されたとしても、今と同じようにニンゲンの国との和平を貫く覚悟はあるの!? 復讐は望まないの!?」
「そう、ですね……ジャンさんの事件からずっと考えてはいましたが…………」
感情に任せたフィリアの問いに、セレスティナが静かに語りだす。
ジャン――以前にアルビオン王国での事件で関わった、妹を人間に殺された獣人の少年の復讐に付き合った時以来、もし自分が大切な人を殺されたとしたら復讐者になるかどうかの問いは地味に彼女を悩ませてきた。
復讐は何も生まないと分かっていても感情がそれを受け入れられない場合、自分がどちら側を選ぶのか、予想がつかなかった。
「それでも確実に言えるのは、私が仮に復讐を選ぶとしたらまず最初にゴールを決めます。誰にどれくらいの肉体的或いは社会的ダメージを与えたら復讐完遂という目標を設定します。それで、無関係の人には迷惑をかけない形で復讐を果たして、その後は……外交官に戻れるのかは分かりませんが、また外務省の職員として復帰して働きます」
フィリアに睨まれながら真正面から視線をぶつけるセレスティナの魔眼には、確かな決意が宿り、フィリアは気圧されるように一歩下がる。
「フィリアさん達の境遇は同情しますが、母君が亡くなったのが大陸暦951年でその復讐にルイーネの町を壊滅させたのが1001年というのは…………ちょっとダークエルフの時間感覚に染まりすぎだと思います」
セレスティナの言う通り、フィリオとフィリアが攫われて母親フィリィが殺害されてから彼らが力をつけて復讐を果たすまでに実に50年の年月を挟んでいる。
これが先程彼女がサツキ省長に渡された報告書を読んで頭が痛くなった点で、魔国の立場ではルイーネの町への攻撃は正当な反撃だが帝国の主観だといきなり襲撃を受けて滅ぼされた事になっており、外交的に難しい案件と化している訳だ。
「人間族の世代交代サイクルを考えますと、50年過ぎればその事件の当事者はもう死んでるか、でなければ歳を取って引退してるかで、大半は事件と無関係の子や孫世代になっています。親の罪を子や孫に被せるつもりですか?」
「うるさいっ! だからって、笑って許すなんて無理に決まってるわ!」
時間が経ちすぎて直接の仇ももういない今となっては、いわば復讐の“ゴール”を見失って迷子になりつつ闇雲に突っ走っている状態で、あとは双子の気が済むかどうかの感情論でしかない。
それでセレスティナとしては無関係の相手に刃を振るうことはもはや復讐ではなくただの八つ当たりという感想であるが、とはいえ初対面の相手にそこまでストレートに言ってしまうのも気が退ける。
なので、この場を上手く収めて貰うべく、年長で家格も高いルーナリアへと視線で助けを求めることにした。
「ふむ……まあ、双方の言い分は確かに聞き届けたのじゃ。この場合はフィリオとフィリアが自分達の主張を押し通すべくティナに戦いを挑んで、その結果ティナが勝った訳じゃから、思うところはあるとしてもティナの行動を尊重するのが魔国流というものじゃろう?」
勝者が正義というお国柄ゆえに、ルーナリアの言葉に渋々納得の様子を見せる双子。
ただセレスティナにしても、平和路線を推し進める為に戦って勝たなければいけないのは、なんかこう違うと感じる。
そして、大陸全体の平和を目指すならもしかすると一番厄介な敵が自国の軍部なのではと思うと、つい難しい表情になってしまう彼女だった。
「戦闘跡は双子が責任を持って片付けること。それとティナよ、風呂ぐらいは用意するから家で温まって行くと良い。ついでに今回の出張費代わりに鎖骨を一噛みさせるのじゃー」
「えぇと、明日も朝が早いのですが……」
ものぐさなルーナリアがタダで手伝ってくれるというのは甘い考えだった。溜息を零しつつもサングイス家へと足を運び始めた時、片づけを開始した双子に呼び止められた。
「セレスティナ。俺らは納得してないしこのままじゃ気が済まないが、お前が本当に豪語した通りの生き様を送れるかどうか、時間を掛けて見届けてやるよ。もし自分で言った言葉を守らなかったら全力で馬鹿にして笑ってやるから、覚悟しとけよ!」
「承知しました。今日の延長戦を長期戦で、ってところですね。言っておきますが私は見かけによらず勝負事には強いですよ?」
彼らの挑戦を笑顔で受け止めると、セレスティナはルーナリアに連れられて路地の闇へと消えてゆくのだった。




