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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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001話 呼び出された少女(但し徒歩で)

※昨今の無断転載問題を受けて、各章の冒頭に著作権表記を入れることにいたしました。

 お読みになる際のテンポや没入度を崩してしまい大変申し訳ございませんが、ご理解の程を宜しくお願いいたします。


――――――――――――――――――――――――――――

Copyright (C) 2016 TAM-TAM All Rights Reserved.

この小説の著作権は著者:TAM-TAMに帰属します。

無断での転載・翻訳は禁止させて頂きます。

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▼大陸暦1014年、炎獅子(第7)の月


『上級学年5回生A(クラス)、セレスティナ・イグニス。至急学長室に来ること。但し徒歩で』

「っと、呼び出しですか」


 音を伝達する魔道具(マジックアイテム)により、建物全域に響き渡る落ち着いた女性の声。研究室内でそれを聞いた一人の少女が卒業論文を纏める手を止めて立ち上がる。


「……ティナ、今度は何をやらかしたんだ?」


 一緒の班で作業していた男女4人の内、リーダー格である竜人族(ファフニール)の少年が呆れを含んだ声で尋ねた。

 実際、先の放送でも移動手段を指定した辺り、やらかし慣れてるし呼び出され慣れてることが窺える。

 ティナと呼ばれた少女は、不満げな顔を浮かべると、銀の鈴を鳴らすような声で一言。


「私を何だと思ってるんですか。今回は恐らく、進路希望の件だと思います」

「進路って……まさか、外務省志望にしたのか? あれは冗談じゃなく本気だったのか?」

「本気ですよ。だって、昔からそう決めてましたから」


 慌てた様子の少年に向かって少女は諭すように告げると、びし、とやんちゃな少年のような仕草で敬礼をした。


「それでは、学長に希望を押し通しに行って参りますので資料纏めの方をよろしくお願いします」

「……自分としては学長の方を応援したい気持ちだな」


 研究室を後にする少女の小さな背中を見送りつつ、彼は溜息混じりに呟くのだった。





 “魔国テネブラ”――大陸の東部に位置する、人ならざる者である魔族の暮らす土地。

 ここはその首都であるセントルムテネブラに建つ、次代を担う若者達の教育機関と言える“学院”。

 特に決まった固有名詞を持たないのは、一つの街や都市ごとに一校しか建っていない為、地名以外の要素で他と区別する必要がないからだ。


 学院は主に下級学年と上級学年とに分かれている。

 下級学年には6歳から10歳の子供が5年間通い、こちらは半ば義務教育で読み書きや算数や基礎的な戦技等を習う。

 上級学年には11歳から15歳の、特に名家の子息や成績優秀な者がやはり5年間通い、魔術を含めた各種学問やより高度な戦闘技術、果ては組織運営や戦闘指揮まで多岐に渡り教育される。

 そして上級学年を無事卒業した者は大抵の場合国の要職へと召され、エリートコースへの道が開かれるということだ。


 さて、その学園の教員棟へと続く渡り廊下を、呼び出しを受けた少女であるセレスティナ・イグニスは一人歩いていた。

 大陸暦1000年生まれの14歳。長く伸ばした銀色の髪は歩を進めるたびにサラサラと零れるように揺れ、切れ長の目には理知的な紫の輝きが灯る。

 同学年の同性と比べても小柄で細身の肢体を夏めいた薄手のワンピースドレスに包んだ、一見すると深窓の令嬢だ。但し動かずに黙っていればという条件付きで。

 彼女の種族は肉体的(フィジカル)に難があり魔力(マジカル)に秀でた魔眼族(イビルアイ)。角や猫耳が生えているといった一目で区別できるような特徴は無いが、アメジストのような紫色をした双眸の光彩部分に複雑な魔法陣が浮かんでおり尋常ではない魔力を蓄えている。

 すらりと伸びた手足はこの学院で戦闘技術を学ぶ屈強な戦士達から見ると簡単に手折れそうな程儚く見えるが、彼女の白い右手には霊木の枝を削って作られた魔術補助具の短杖(ワンド)が握られており、見た目どおりの非力な少女ではないことを窺わせる。


 途中すれ違う顔見知りの獣耳やら角やら尻尾やら羽根やらを生やした顔見知りの学生達と軽い挨拶を交わしつつ、やがて学長室の重厚な扉の前まで辿りつく。

 彼女は息を吸い込むと、ノッカーを三度鳴らし到着を告げた。


「セレスティナ・イグニス、馳せ参じました」

「入りなさい」

「……失礼します」


 重く大きな扉を軋ませつつ開き、植物園のように緑で溢れる室内へ踏み込む。その部屋の奥には大樹の切り株をそのまま執務机に使っていた女性が待っていた。


 この学院の学長、フォーリウム。豊かなエメラルド色の髪に同色の薄絹で身を装った妙齢の女性に見えるが、彼女の正体は樹齢900年を超えた樹精族(ドライアド)である。

 頭の左右から鹿の角のように伸び出た樹の枝が樹精族(ドライアド)のトレードマークで、季節に合わせて花を咲かせたり果実を実らせたりもする。夏のこの時期は鮮やかな緑色の葉を一杯に広げ、元気に日光を吸収している。

 尚、彼女の本体は校庭に鎮座する霊木でこの姿は魔力によって創り出した外部端末である。この姿が破壊されても魔力がある限り再生可能であるが、樹から一定距離以上離れることができないため学院のイベントで旅行等に出かける際はいつも泣きながら留守番しなければならない。


「まずはお掛けなさい」


「はい」と頷くと、薦められるままにセレスティナは切り株テーブルの向かい側に座った。フォーリウムが手ずから薬草茶を煎れ、振舞う。


「さて、セレスティナ・イグニス。貴女の進路希望調査票を見せて貰ったけど、外務省希望って一体何の冗談かしら?」


 フォーリウムの碧玉(エメラルド)の瞳に険しい光が宿った。

 セレスティナも気圧されぬよう紫水晶(アメジスト)の魔眼を逸らすことなく、真正面から見つめ返す。就職は自分の将来を大きく左右する一大事、ここは一歩も退くわけにいかない。


「貴女程の魔術師なら軍務省の総司令部にも入れるというのに。ゼノスウィル参謀長の跡を継ごうとは思わないの?」

「そういった軍部偏重のままだと限界がありますから、外交の仕事に就きたいのです」


 戦闘力を重視し、“強い者が偉い”という考え方が主流な魔族社会では、軍務省への入省がステータスとなる。特に実力の高い者を集めたA(クラス)の生徒は全員が軍務省行きになるのが通例で、中でもエリートの集う総司令部はいわゆる花形と言える。

 反面、内務省や法務省や財務省といった文官寄りの進路はあまり人気が無く、勉強は出来るけれど戦闘が苦手なタイプの学生が第二希望扱いで進む先という位置づけだ。


 今回セレスティナが希望を出した外務省に至っては、周辺国と国交が断絶して以来数百年間まともに機能しておらず、主な業務内容は他省の手伝いでの雑用やお茶汲みぐらい。

 一般的な認識では“真面目に働く気の無い貴族令嬢が結婚までの腰掛けとか婚活目的で進む場所”という体たらくだ。

 座学や魔術では学年どころかここ数年の卒業生と比べてもトップクラス、戦闘面でも体力のハンデを考えても魔術有りの条件なら良い所まで行けるだろうと見込まれている彼女が進む先としては、周囲が全力で反対するのも無理からぬ職場だろう。


 余談であるがゼノスウィルはセレスティナの祖父の名であり、イグニス侯爵家の現当主。魔国軍の参謀長にして国内――ひいては大陸においても最強と目されている魔術師だ。加えて彼女の魔術の師匠でもある。


「周辺諸国との国交を回復させて交渉のルートを確保することで外務省本来の仕事をまともにできるようになれば、今抱えてる問題のかなりの部分が手早く、効率的に、それと血を流さずに解決できるようになるんです。少なくともその糸口は見えるようになります」

「そう上手く行くかしら? 奴等が……人間族(ヒューマン)が今まで何をして来たか知らない訳じゃあないでしょう?」

「私だって昔攫われかけた事がありますから良く知ってます。ですがああいうのは個人の罪ですから、まずは国と国で約束事を交わして人間の国にもそういうのを固く禁じる法律を作って貰って犯罪者の引渡しとか拉致被害者の返還を求めて行くべきだと思います」


 お茶を一口飲んで舌を湿らせたセレスティナは、そのまま言葉を続ける。


「時々密入国してくる人間が資源を勝手に持ち去ったり、それどころか魔国(このくに)の民を攫って奴隷にしたりするのは、勿論私だって腹に据えかねてます。ですが、だからって例えば相手国の首都を火の海にしてしまえば解決するとも思いませんしそれが正しいとも思えません。人間の国にも話の分かる相手がきっと居ます」


 自分の人生のみならず国の将来までをもその魔眼で見据えたかのような物言いに、学長(フォーリウム)は小さく苦笑いを浮かべた。


「ふっ……若いわね。いや、幼いと言った方が正しいかしら……」

「そりゃあ、学長に比べれば大抵の人は子供のようなものだと思います」

「そうね。でもそんな世の中の諸行無常を知り尽くしたババアに言わせると、セレスティナの進もうとしてる道は滅茶苦茶厳しいのよ?」


 樹精族(ドライアド)は年輪を刻むほど存在の格が上がる為、女性にはタブーと言われる年齢ネタもさらりと流して真面目な顔を向ける。


「いや、もう道とすら呼べないわね。他の誰もやろうとしないことを始めるんだから。例えて言うと日光の届かない暗い森の中で腐葉土の沼に足を取られながら茨を掻き分けて進むようなものよ」

「……それは、破傷風になりそうですね」


 彼女らしい例えに、思わず微妙な表情を浮かべるセレスティナ。


「組織を変えるっていうのは大変よ。外務省にも軍務省にも、貴女のやる事が気に入らなくてケチをつけてくる輩がきっと出てくるわ。それこそ、人間族(ヒューマン)側の国だけじゃなく周りの全てが敵に回るかも知れない」

「はい。覚悟しています」


 学長(フォーリウム)が我が子を気遣う母親の様な表情で訊いてくるも、迷うことなく頷いた。


「外務省、お給料安いわよ?」

「……う、しょ、承知の上です」


 こっちはちょっと躊躇しながら頷いた。


「……そこまで決意が固いのなら、しょうがないわね……」


 遂に学長(フォーリウム)が諦めたように溜息をつく。


「じゃあ、先生が今から出す条件をクリアすれば、セレスティナの外務省行きを学院側としても後押しすることとするわ」

「……え? ここは熱意に負けて快く送り出してくれる流れじゃなかったんですか……?」


 がーん、とショック顔になったセレスティナの額を、学長(フォーリウム)は「甘えんな」とばかりに指で弾いた。


「あ痛っ」

「軍務省への入省率が下がるとA(クラス)の担任が拗ねるからねえ。それに今のは貴女の心意気を訊いただけで実力が伴わないと絶対に挫折するから」


 額を押さえて非難がましい目を向けてくる少女に対し、生徒に試験を受けさせる時の教師を連想させる不敵な笑顔を見せる学長。


「魔族社会は“強い者が偉い”。意地と進路を押し通したければ、実力で切り拓いて見せなさいな」


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