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第五話:家族会議

俺の隣には、あの半裸の上からカッターシャツを羽織った女。目の前には、半泣きの母さんと怒りからか腕を組んで目を瞑った父さん。俺たちは、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 まだ朝早いので、父さんは会社に行っていない。なので、急遽母さん主催の『高校二年生で女を家に連れ込むのは少し早いんじゃないか』という題の家族(+α)会議を開くこととなった。

「あなた、お名前は?」

 なんとなく気まずい空気の中、まず母さんが口を開いた。その矛先は、今何をやっているのかいまいち理解できていない表情の女だ。

「アダム」

「アダム? 外国の人かしら。お生まれは?」

楽園エデン

「エデン? ……そんな国あったかしら」

 多分、エデンなんて国は存在しない。 

 そのとき、父さんが口を開いた。

「……武史」

 その声は、いつも陽気な父さんの声とは違って、四十数年を生きた男の声だった。知らず、俺は背筋を伸ばす。

「父さんはな、自分の息子とはいえ、十七にもなれば一人前の人間だと思っている。だから、お前が何をしようと責任さえ取れるなら構わん」

「……うん」

 まさか、父さんがこんな真面目なことを言えるとは思わなかった。自分でも酷い言い草だとは思うが、いつもがいつもだからな。

「彼女を作るのも構わんし、家に連れ込むのも良いとは言えんが許容範囲だ。父さんの安眠さえ邪魔しなければ、夜中にナニをしてもいい」

 ……なんだか、雲行きがおかしくなってきたような気がする。

 というか、連れ込んでも……その、何をしてもいいって言うなら。

「ちょっと待て。じゃ、じゃあなんで家族会議なんて……」

 俺の言葉を、父さんが目で制す。

「彼女を作っても、××してもいい」

 ……××って、なんか古い。

「だがな……」

 父さんはいきなり立ち上がり、両手で強く机を叩く。

「こんな可愛い子を連れ込むのは許さん!!」

「…………」

 ……はぁ?

 会議参加者は、一様に呆気に取られる。一人だけは、やはり良く分かっていないようだが。

「お前はぁっ、お前はぁっ!! 父さんの……俺の息子の癖に、何でこんな可愛い子を捕まえられるんだ!! こんな、外国産のボインちゃんを!!」

 ……ボインちゃんは、古いって。

「俺は一夏のアバンチュールでもっ、こんなマブい子と過ごしたことなんて無いってのに!! それなのに、てめぇは、てめぇはぁっ!!」

 今にも掴み掛からんばかりに、父さんが叫ぶ。というか、言葉の選択がいちいち古い。なんか聞いてて恥ずかしい。

「俺がこんな子と会ってたら、人生変わって……」

「……あ・な・た?」

 いつの間にか、母さんが父さんの襟首をつかんでいた。

 母さんは笑っていた。だが、その身体から発せられるオーラはどす黒く、笑顔が逆に怖く見える。

「え? い、いいいやか母さんじょ冗談だよ? ぼ、ボクが会った女性の中で君は一番魅力的で……」

「うふふふふふふ」

 つかんだ襟首を引いて、母さんは父さんを引きずっていく。

「だ、だから、魅力的だから、その、あの、えっと……い、いやああああぁぁぁっっ!!!!」

 ……エコーのかかった悲鳴と共に、俺の両親は、二人の寝室へと消えていった。音を立ててドアが閉まった後、耳を澄ましても何も聞こえない。それが、かえって恐怖を煽った。





 気を取り直して俺は元半裸の女、アダムだったか、に向き直った。服さえ着てれば、こっちのものである。ただ、カッターシャツの下はあの腰みのだけという今の格好も、見方によってはなかなかやばいものなのだが。気にしたら負けだ。肌が見えないなら問題ないと思え。

「……で、あんたは何なんだ」

 白く長い髪の下から、表情の読み取れない切れ長の目が覗いている。

「アダム」

「それは聞いた。俺は、あんたが何者だって聞いてる。昨日の白いやつといい、それを吹っ飛ばしたあんたといい、一体なんなんだ」

 俺がそう言ったとき、アダムが一瞬だけ悲しい顔をしてように見えた。だが、瞬きの後にはまた無表情だ。光の加減で見間違えたのか。

「……そうか、記憶はないのか」

「記憶?」

 少しの間沈黙したアダムだったが、意を決したように口を開く。

「我は、アダム。ヤハウェの造りし原初の人間にして、ゴーレム。昨日あなたを襲った白いのは、天使。ここに来たのは、あなたに危機が迫ったからだ」

 いや、確かに聞いたのは俺だが、三ついっぺんに意味の分からんこと言われても困る。とりあえず、こいつが律儀な性格だってことは分かった。というか、アダムというのは、もしかしたら聖書とかの話なのだろうか。

「……なんかツッコミどころ満載だけど。とりあえず、ゴーレムって?」

 ドラ○エ?で町を守ってるやつか?

「神が、自分に似せて造った土の人形に、聖霊ルーアハをいれたものだ」

「……じゃああんた、人形?」

「そう、ただの土塊つちくれ

 なんだか無表情に淡々と言っているが、本当だったら物凄いことではないのか。今のところ、昨晩の異常を差し引いても完全に信じるところまでは行かないわけだが。

「じゃあ、俺を助けに来たってのは? 多分、俺とあんたは初対面だと思うけど」

 俺が覚えていないという可能性はかなりあるわけだが。幼稚園の頃に結婚の約束をしたとかだったら、面白いけど。父さんの決めた許婚いいなずけとか。

「それは、あなたがイヴの魂を持っているからだ」

「それって……もしかしてアダムとイヴのイヴなのか?」

「ん? 我はアダムだが」

 どうやらその話は知らないらしい。裸でいたこととかシャツの着方が分からないとか、こいつは結構ものを知らないのか。

「っていうか、アダムは男でイヴは女なんじゃなかったのかよ」

「???」

「いや、まあいいや」

 どうやら、聖書にも間違いがあったらしい。ちょっと親近感。

「んじゃあ、天使ってのは?」

「神の尖兵、人類の守護者。だが、実際は掃除屋に近い存在」

 掃除屋ってのは元暗殺者の黒い猫とかそういうのだろうか。漫画版のラストは結末を急いだようでかなり不満だった。ただ武器がでかくなるだけってのは安易だろ。

「天使の仕事は、人類を守ること。逆に言えば、人類を守るために一人を殺すことに容赦の無い、無慈悲な存在」

「ちょっと待て! なんで俺がそれに襲われるんだ? さっき言ってた、イヴの魂を持ってるってやつか?」

 俺に問いかけに、アダムは首を横に振る。

「違う。イヴの魂は、ただのきっかけ。そのあとが問題」

「そのあと?」

「イヴは、楽園の土から造られた我の肋骨から造られた。だから、我もイヴも楽園の一部。それは、魂も同じ」

「楽園って?」

 なんだか質問ばかりで情けない気もしたが、分からないのだから仕方が無い。それに、話を聞いているうちに、本当の話なんじゃないのかという気持ちが大きくなっていく。それくらいアダムは真剣で、本気なんだと気付いた。

「楽園は、全ての人類の意識がたどり着く場所にして、神の住処。どこにでもあって、どこにも無い場所。そして、そこに出入りが出来るのは、神と天使。それから、楽園から造られた、我とイヴだけ」

 全ての意識がたどり着く場所というのは、全ての人間の意識は無意識下で全て繋がっているとか、そういう話なのか。そういう理論は聞いたことがある。本当だとは、思っていなかったが。

「そして偶然、イヴの魂を持ったあなたは、楽園に辿りついてしまう。そこで、知恵の実を口にした」

 楽園などというからには、綺麗な場所なのだろうか。瑠璃の川とかそんな感じの。

「いや、そんなとこ行ったこと無いけど」

「いいえ、あなたは行った筈。楽園には、我と天使以外は歩いていくことは出来ない。なぜなら、楽園とこの世界には、目に見えない分厚い壁があるから。だけど、イヴの魂を持ったあなたは、精神的に壁を越えて楽園と繋がってしまった。それが可能なのは、物質世界に繋がる五感を全て絶った状態、即ち眠った状態。多分、最近変な夢を見た筈」

「変な夢?」

 俺は、起きた後に夢を覚えているほうではないから、変な夢といわれても全く記憶に無い。

「多分、そこには木があって、赤い実が成っていた筈」

「木……赤い実……」

 記憶を辿る。今まで夢を覚えていることなんて殆ど無かったが、その二つのキーワードに、何か引っ掛かるものを感じた。


――――さあ、いらっしゃい。


 瞬間、甘い声が蘇った。虫を誘う、爛熟した果実の香りのような、そんな甘い声が。その声を出していたのは、木の枝に巻きついた一匹の蛇。

 そうだ、なぜあんなインパクトたっぷりの夢を忘れていたんだろう。夢の中なのに、身体の自由が全く利かない、悪夢の一歩手前のような夢。思い出した途端、あの夢を見ているときの恐ろしい感覚が蘇ってきて、身体が震えだした。

「大丈夫か?」

 声に顔を上げると、アダムが俺の顔を覗き込んでいた。その距離、約10センチ。いや、そんなことはたいした問題じゃない。問題は、そのアダムの顔を下辺り、シャツの間からのぞく……。

「うおあっ!?」

 瞬間的に顔が熱くなり、俺は椅子ごとひっくり返りそうになった。

「い、いや、大丈夫! 大丈夫だから早く、早く席に戻って……っ!!」

「あ、ああ。分かった」

 一瞬は首をかしげたアダムだったが、素直に席に戻ってしまった。しかし、どうにも俺は冷静さが足りないようだ。

「それで、夢は?」

 言われて、驚いたのが良かったのか、あの恐ろしさが消えていることに気付いた。

 俺はアダムに、あの夢の話をした。

「蛇? ……まさか、ルシファー」

「ん? なんだって?」

「いや、なんでもない。それより、あなたはその『知恵の実』を口にしてしまったから、天使に襲われた」

「え、でも夢の話じゃ……」

「それは夢じゃなくて、現実の話。多分、あなたの魂は、知恵の実を取り込んだ」

 取り込んだって、俺はエイリアンかよ。

「その知恵の実って、そんなに危ないのか?」

「いや、我も詳しいことは知らない。だけど、知恵の実のせいであなたが天使に襲われたのは、確実」

「どんなものか知らないのか?」

「神に食べるなとは言われたけど、なぜ食べてはいけないのかは、聞いたことが無い」

 確か、アダムとイヴの話じゃ、二人ともが知恵の実を食べたから楽園を追放されたんだったな。

 アダムが今言った話を全部頭から信じるというのは、やはり出来そうに無い。だが、昨日の白いやつらは確実に存在した。殴られたし、追いかけられた。夢かとも思ったが、そうでもないらしい。ということは、アダムに助けられたというのも事実だ。その恩人の話だから、かなりの信憑性がありそうなものだが、さすがに内容が突飛過ぎる。

 しかし、アダムの話だと、俺の中に知恵の実がある限り、天使に襲われるってことだよな。またあんな目にあうのかと思うと、かなり怖い気もする。

 そんなことを考えていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。

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