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第一章第一話:朝のひと時

 跳ねるように目が覚める。無意識に額を拭うと、自分がぐっしょりと汗をかいていることが分かった。まるで、ビルから飛び降りて地面に叩きつけられる瞬間に目が覚めるような、そんな心地よいとはいえない目覚め。

 どんな夢だったのか、考えてみてもすでにそれは靄のように僅かに頭に残っているだけで、はっきりと思い出すことはできなかった。

「武史ーっ、起きなさいよ! 今日から学校でしょ!!」

 不意に階下から声が響く。母さんだ。

 そうだ、今日で春休みも終わり、高校生活の二年目が始まるのだ。俺はいそいそとベッドから下り、着替えを始めた。そのときには、夢のことなどすっかりと忘れてしまっていた。





 制服を着てカバンを持って、クラス替えに期待を寄せながら景気良く階段を下りていくと、朝飯のいい匂いがしてくる。

 台所で料理を作っている母さんと、新聞を広げている父さんを横目にいつもの定位置に座った。

「それじゃ、ちゃっちゃと食べちゃいなさいよ」

 俺の前にいくつかの皿が置かれる。

「ん? まだ時間は十分……」

「春香ちゃんが外で待ってるのよ」

「げ、あいつこんな朝早くから……」

「何言ってるの。あんな健気な子他にいないからね、邪険にしてると後悔するわよ」

 春香とは、皆村みなむら春香はるか。俺の幼馴染で変わったやつだ。朝の散歩が趣味と公言していて、その途中で俺の家に寄ったと言い張り、毎朝家の前で待ってる。

 あまりにも頻繁に家の前にいるので、実は俺を調査しに来たスパイなのではないかと疑ったりもしているのだが、結局、何が目的なのか良く分からない。だが、言動などを見ると、ただアホなだけかもしれん。

「それじゃ、行ってくる」

 そうそうに朝食を片付ける。俺としてはもっと時間をかけてゆっくりとしていたのだが、母さんが春香を待たせるなとうるさいので、それもままならない。もはや慣れてしまったが、いつかは改善したいものだ。



 学校指定の黒い革靴を履いてドアを開けると、門柱に寄りかかる春香の後姿が見える。ドアが開いた音に反応して、春香は反転してこちらを向き、もはや見飽きていても不思議ではないほど馴染みの顔を見せた。肩の辺りで切られた髪が、朝の太陽を浴びて光っている。

「おはよ。今日も不景気な顔してるね」

 俺よりも頭一つ分低い身長から、見上げるように俺に笑顔を向ける。何がそんなにうれしいんだと突っ込みたくなるが、他にも言いたいことがあるのでぐっと我慢する。

「お前、なんでまた待ってんだよ」

「しょうがないじゃん、ここ散歩コースなんだから。来たくて来てるわけじゃないんだよ」

「だからって別に待って無くても……」

 と、反論しかけて、言葉を止める。同じ討論を、過去に数え切れないほどしてきた。今更答えが変わることもなさそうだ。

「……ま、いいか」

 別に、こいつが待っていても困るわけじゃない。逆に、母さんがこいつを気にしているので俺が遅刻をせずに済む。そう考えれば、そんな悪いことでもないかもしれない。少し、不可解なことを除けば、だが。

「ねぇ、ボーっとしてる遅れるよ?」

「ん? ああ、そうだな。行くか」

 どうやら、また自分の世界に入っていたらしい。この癖は、早いうちに治したほうがいいかもな。

「ほぉら、またボーっとしてる!」

「お、おお。済まん」

 本当に、早くしたほうが良さそうだ。





 商店街を抜けて坂を上ること二十分、目の前に大きな建物が見えてくる。主に直線によって形作られた、白亜の壁を持つ無機質な建物。俺と春香、その他大勢の名も知らぬ同年代の少年少女が通う、私立白波(しらなみ)高等学校だ。

 やはり時間的には早いらしく、校庭では運動部が声を張り上げて青春の汗を流している。

「あれ? 何、じっと見ちゃって。部下に興味出てきたの?」

「バカ言え。こんな朝早くからあんなハードに動けるか」

 そんなことをしたら五臓六腑が口から露出してしまう。

「まあ、武史が熱血してるなんて似合わないけどね」

「……どういう意味だよ」

「そのまんま!」

 まあ、それについては同感だ。返す言葉も無い。

「でもちょっとは運動しないと太るよ?」

「大丈夫だ。俺、筋肉質だから。むしろお前のが……」

「トラップ!!」

 ……罠? 

 ……ああ、シャラップか。早速アホだな。

「ほら、行くよ!!」

 と、俺が間違いを指摘してやる前に、足音も荒く春香は行ってしまった。全く、人の話しを聞かないからあいつは人前で恥をかくんだ。

「……っと、危ねぇ」

 またしても自分の世界に入り込みかけてしまった。

 すでに春香は、クラス替えの表を見るために人の群がった昇降口に消えてしまったが、早く追わないと後がうるさい。無視しただの酷いなどと文句を言われるに違いない。全く、どちらが酷いんだか。

 仕方なく、俺は早足で昇降口に向かうことにした。




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