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第二章第一話:気の抜けない日々

 空高く、天を衝くかのように聳え立つ高層ビルの屋上に立って、人影がネオンに包まれる町並みを見下ろしていた。

 都会特有の曇った夜空に隠れる月では、その人影の細部まで映し出すことは適わない。だが、その細身ながらも丸みを帯びた肢体から、その人影が女であると推測できる。


「……っ!」


 何かに気付いたように、人影は見下ろしていた顔を上げた。


「見つけたぞ……」


 紡ぎ出された声は流麗。落ち着き払った声色の中に、激情を秘めていた。

 そして、女は跳んだ。

 大通りを挟んで向き合うビルの屋上へと、およそ五十メートルの距離を助走も無しに躊躇いも無く地面を蹴った。

 眼下には、指先ほどの大きさの車が忙しなく行き交う。その遥か上空を、一人の女が横切ったことに、一体誰が気付いただろう。

 女は向かいのビルに、危なげなく着地する。そして勢いをそのままに、その隣のビルに飛び移った。

 まるで空想の中の忍者のように、次々と建物の上を渡っていく。

 多くの人間が集うその町で、誰にも気付かれることなく、女は何処かへと跳び去っていた。







「罪人、伊藤武史!! 貴様を追放刑にっ……」

「ふぬあっ!!」


 二メートルを超える巨躯を燕尾服に包んだモレクが、一足のうちに天使との間合いを詰め、鍛え抜かれた拳を振るう。風を切り、凶音を伴う音速の拳が突き刺さり、俺に襲い掛かってきた天使を粉々に吹き飛ばした。

 天使の破片は、散った傍から光の粒となって消えていく。天使が生身の人間と同じでなくて、本当に良かったと思う。


「ふん、その程度の動きでわしらを出し抜けると思うたか!! 笑止千万、片腹痛いわあっ!!」


 そして本当に、モレクのおっさんは頼もしいなと改めて思った。


「ああ、モレク。ありがとう、助かったよ。ホントに」

「はっはっは、武史殿も健勝のようで何より! 今宵も上手い酒が飲めそうですなっ!!」


 ただ、この無駄にでかい声がなければと思うのだが。


「モレク、ご苦労様。もう帰っていいわよ」


 ずっと俺の後ろに隠れるように立っていたルシファーが、ここぞとばかりに前に出て言い放つ。

 その姿に俺は、若干の憤りを感じないでもないのだが、まあ指揮者は得てしてそんなものだと自分に言い聞かせた。


「うむ。ではわしは帰らせてもらおう。またいつでも呼ばれよ、く助太刀に参ろうぞ」


 そう言葉を残し、モレクは黒い光になって消えた。




 俺が学校で天使に襲われてから、一週間が経った。あの日の言葉どおり、ルシファーとアダムは我が家に住み着いている。

 ルシファーは、今のように俺が天使に襲われたときの為に、殆どの時間を俺について過ごしている。学校の中までは、さすがについて来ないが、すぐに駆けつけられる学校の近くで過ごしているらしい。

 そこまでやられるとなんだか申し訳ないような気がしてくるが、ルシファーは「武史を守るためなんだから大丈夫よ」なんて言って憚らない。結局、押し切られてしまってこの通りだ。

 アダムはというと、学校での怪我がまだ治らないらしく、日がな一日ベッドに寝ているようだ。

 だが、俺が話しかければ返事はするし、食欲もあるようだ。それほど心配しなくてもいいかもしれない。



「さて、ちょっと遅くなっちゃったけど帰りましょうか」


 周囲に人の気配が蘇る。どうやら天使を倒したことで、”聖域”が解除されたようだ。

 気付けば、オレンジだった空は段々と夜の闇に変わりつつある。思ったよりも、時間をとられてしまったらしい。


「はぁ……安心して下校も出来ないな」


 春香が、今日は友達と約束があるとかでいなかったのが唯一の救いか。


「何のために、私がいると思ってるの。そういう不安を、あなたに抱かせないためよ」


 ボーっとしていると、俺の腕にしゅるりとルシファーが腕を絡ませてきた。結果、俺の腕はルシファーに抱きすくめられる形となる。

 同時に、二の腕辺りに何とも言えない柔らかい感触が――


「――っじゃねぇ!? 離せって!!」

「あん、もう。乱暴ね」


 感触を味わえという悪魔の囁きを振り払って、無理やり腕を引き抜く。

 こいつは、しょっちゅうこうやって俺をからかってくる。俺がこういうことに慣れてないのを利用して、慌てる俺を見て楽しんでいるのだ。

 もう一週間、アダムが動けない以上、ルシファーといるしかない俺は、こうしてからかわれ続けている。もう、そのうち精神衰弱で廃人にでもなるんじゃないかっていう位心的に疲れるが、命には代えられない。天使は、一週間に、もう三回も俺に襲い掛かってきているのだ。


「……ったく、くっ付くなって言ってるだろ」


 何とか平静を保って振舞おうとするが、顔が熱くなっているのが自分でも分かる。

 幾度と無くからかわれても、俺ではあの柔らかさに決して対抗できないだろう。まったくタチが悪い。


「うんうん、照れてる顔もやっぱりいいわね〜。顔自体は普通なんだけど、なんていうか……そう、心に響くのよね。これが母性本能ってやつかしら」


 ……聞こえない。何にも聞こえない。

 ぶつぶつと呟くルシファーを置いて行こうと、俺は足を速めたのだった。

もう一ヶ月近くたってしまいましたが、ようやく続きがかけました。

第二章です。新キャラです。

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