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第十三話:終結

 結果として、やはりというかベルゼブブもとんでもなく強かった。

 異様に長い、恐らく10メートルはあるであろう黒い鞭を振り回し、一歩も動かず天使を切り刻んでいく様は圧巻だった。しかも、前衛として戦っているモレクにはただの一度も当てることなく、だ。まさに、神業という文字の通りの、常識すらも吹き飛ばす技術だった。

 さらにはモレク。

 その俺の顔よりもでかい拳を見えないほどの速度で振り回す姿は、ボクサーなどでは比喩にしても生ぬるい。その一撃は戦車の主砲。殴り飛ばした天使の破片が、そのまま弾丸となって他の天使を貫いていった。

 そして今、俺の立つ三階に山ほど群れた天使の軍団は、悪鬼のごとき力を振り回す二人に、ただの一人も残さず駆逐され尽くしていた。


(……すげぇ)


 もはや俺は言葉も出ず、廊下の先にたたずむ二人の背中を眺める。だが不意に、その背中が崩れた。二人が倒れるように膝を着いたのだ。


「くっ……!」


 それを見たルシファーが真っ先に飛び出し、俺は慌ててその後に続く。

 廊下の真ん中で二人は跪き、荒く息を乱していた。そこに、先ほどまでの鬼気はない。


「やはり……こちらの世界の瘴気の薄さに、まだ身体がついていかないようです。あの程度の連中にこの様とは、情けない……っ!」


 汗にまみれた顔で、ベルゼブブは搾り出すように言った。


「……いいわ、あなたたちはもう帰りなさい」

「何、この程度大したことは無い……と言いたいところだが、如何せん身体が動かぬ。ルシファー殿には済まないが、お言葉に甘えてわしはここで退場とさせていただこうか」


 そう言って、モレクはベリアルやベルゼブブが現れたときと同じ、黒い光となって消えた。

 後に残ったベルゼブルは、悔しそうに顔を歪める。


「……ルシファー様、申し訳ありません。最後までお付き合いしたのは山々ですが、私も、身体が言うことを聞かないようです」

「いいのよ。いきなりこんな戦闘をさせた私が悪いんだから。それより、さっさと帰ってこっちの空気に身体を慣らすことに専念なさい。次からは、もっと戦ってもらうから」


 ルシファーの言葉に、ベルゼブブは頭を下げる。そして、黒い光となって消えていった。


「さて……」


 ルシファーが振り返り、俺とベリアル、そしてアダムを見る。


「それじゃあ、行きましょうか。さっさとここから抜けるためにね」


 なんでもないことのように言ってのける。だが、俺としては気が気ではない。何せ、かなり強い二人がいなくなってしまったのだから。

 アダムが戦えないことは当然としても、ルシファーとベリアルの両方、若しくはどちらかが二人と同じように強ければ問題はない。しかし、実際どうなのだろう。ルシファーは命令するだけで戦っていないし、ベリアルは俺よりも頭一つ以上小さくて、目は半開きで眠そうだ。こう見ると、巨大な身体を持っていたモレクや、軍人然とした鋭い眼差しのベルゼブルと比べ、心なしか頼りなく思える。


(……まあ、俺より強いことは確かなんだろうけど)


 なんだかここに来て、俺はネガティブになりつつある気がする。

 そんなことを考えながら、ルシファーに続いて屋上へ向かう階段を登った。







 ここが”聖域”とかいう場所だとしても、屋上から見える景色に殆ど違いは無かった。唯一つの違いは、遮蔽物の無い屋上のど真ん中に背中から翼を生やした男が立っていることだろう。

 男は、金の髪に青い瞳、細身だが絞り込まれた肉体は、石膏でできた像のように白い。そして、右肩から引っ掛けるように白い布を纏い、金のベルトで止め、足には皮を巻きつけたブーツとサンダルを掛け合わせたようなものを履いていた。それは、美術館に飾ってある天使の絵から抜け出してきたかのような姿だった。


「……大当たり」


 ベリアルが呟き、アダムを抱えていない方の手で小さくガッツポーズをとった。……やっぱり、思ったとおり少し愉快な性格をしているようだ。


「良くやったわ、ベリアル。……二対の翼にあの服装、間違いなく能天使エクスシアイね。中位三隊の最下位よ」

「え〜っと、つまり中の下ってことか?」

「あら、上手いこと言うわね」


 褒められた。


「よくぞ、我が天使を退けここに来ることが出来たものだ」


 浪々とした声が、風の吹きぬける屋上においても強く響き渡る。その声の孕んだ威厳、プレッシャーは、さすがに本物の天使といったところだろうか。あの出来損ないのような天使とはわけが違う。


(これが、本物か)


 体格的には、その天使と俺はさほど違わないというのに、まるで熊と対峙しているかのような威圧感を感じる。


「だが、貴様らの武勇もここまでだ。第零級犯罪者、伊藤武史。我が主の御名において、『追放』の刑に処す!!」


 そう、天使は高らかに宣言した。

 同時に、天使の右手に光が集まる。


「邪魔をすれば、蔵匿とみなし直ちに処罰する!!」


 光は集まり凝り固まって、2メートルはあろう長大な槍となった。同じく、左手には丸い盾が現れる。

 その天使の姿は、先ほどイヴの記憶が見せた天使の姿そのものだ。その姿を見ていると、俺の中から言いようの無い怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 身体が熱い。

 喉が渇く。

 今すぐ飛び出していって、あの済ました天使の顔面を殴り倒してやりたい衝動に駆られる。だが、そんなことをしても勝ち目はないと、何とか理性を働かせる。


(イヴ、我慢してくれ!)


 そう、身体の中に呼びかけると、少し怒りが収まった気がした。


「来るわよ!」


 ルシファーの叫び声にはっとして、内側に向けていた意識を天使に向けると、まさに天使がその二対四枚の翼を広げたところだった。そして一度羽ばたくと、槍を構えて一直線に突っ込んでくる。

 その狙いはやはり俺。

 天使の目も、その長大な槍の穂先も完全に俺の方を向いている。

 感じるのは、生まれて初めての感覚。

 それは限りなく冷たく、鋭い視線のようなもの。その天使から発せられる異様な感覚に、知らず俺の足はすくむ。

 ――――殺気。

 感じたことは無いその感覚は、恐らくそう呼ばれるものだろうと察しがついた。

 迫り来る天使に、俺は身構える。だが、その瞬間に起こった思いもしない出来事に、俺は驚くほか無かった。


 ――――俺の横で黒い光が数度瞬く。


 ベリアルはいつの間にか腕を前に突き出していた。そして、人差し指を天使に向け、親指を立て、残りの指を畳む。黒い光は、その人差し指の先から発せられていた。

 黒い光りは集まって小さな弾となる。


「……バン」


 ベリアルが呟くと同時に、その弾は消えた。いや、俺が見えなかっただけで、その弾は高速で天使に向けて撃ち出されたのだ。

 胸を貫かれ、屋上に墜落する天使。槍が地面を削って、耳障りな金属音を発した。

 その様子を呆然と見詰める俺と、薄く笑いながら見据えるルシファー。アダムはいつの間にか寝息を立てている。


(……霊ガンだ)


 撃ち出されたものは黒かったし、霊力じゃないっぽいが、構えといい威力といいまさにそんな感じだった。


「……ふ、他愛の無い」


 ベリアルは何かに浸っていた。


「え……あれ? 今ので倒したのか?」


 天使は起き上がることなく、光の粒となって散っていく。


「武史、ベリアルのこと嘗めてたでしょ。弱いんじゃないかって、思ってなかった?」

「あぁ〜……まあ、ちょっとな」

「……私も、ルシファー様の従者だから。……強くないと、やってなれない」


 少し拗ねたように、ベリアルは言った。

 しかし、ルシファーの従者か。素手のモレク、鞭のベルぜブブ、それから指から何かを撃ち出すベリアル。つまり、近中遠距離が揃っているってことか。バランスはばっちりか。


「ん? 終わったのか」


 そのとき、ベリアルに抱えられていたアダムが、目を覚ました。というか、いつの間にかこいつは寝ていたのか。確認らしい確認もしてなかったが、どうりで静かだと思った。いや、起きてても静かだけど。

 ベリアルは、アダムが起きたので下ろそうとする。だが、支えを失った瞬間、アダムはふらついて座り込んでしまった。慌てたようにベリアルが、またアダムを抱える。


「まだ立てないみたいね。まあいいわ。どうせもう終わったんだし。そろそろ、消えるわよ、”聖域”が」


 その言葉に呼応するように、次の瞬間、学校のチャイムが響き渡った。同時に、人の気配が現れる。

 ざわざわと、チャイムを聞いて慌てて教室に戻る生徒の騒ぎ声が聞こえ、それに怒る教師の金切り声も聞こえる。

 帰ってこられた。

 初めて本気で死ぬかと思った出来事は、俺の精神に思ったよりも負担をかけていたらしく、そんな日常の音が戻ってきたと確信した瞬間に、情けないが腰が抜けたように俺は座り込んでしまった。


「さてと、それじゃあ、私たちは退散しようかしら」

「あれ、帰っちまうのか?」

「あら、名残惜しい?」


 そういって、ルシファーが近づいてこようとしたので、俺は慌てて首を横に振った。それを見たルシファーが、それこそ残念そうな顔をする。


「詰まんないわねぇ。まあ、いいわ。どうせ、またすぐに会うんだから」

「……え?」


 なんでだ、と聞く前に、ルシファーとベリアルと抱えられたアダムは、小さくジャンプして屋上のフェンスの上に降り立った。いや、全然小さくない。二メートルは軽く跳んでる。

 そして、瞬きをしたその一瞬の後には、ルシファーとベリアルの背中から一対二枚の漆黒の翼が現れていた。


「それじゃ、また会いましょ。アダムはあなたの家に置いておくから」


 それはいらん、といえたらどんなにいいか。

 二人は一度羽ばたくと、空に舞い上がり、そして彼方に消えていった。

 あんなものを見てしまうと、自分が今までどんなやつらと一緒にいたのかと考えてしまう。もう、色々と信じなければいけないようだ。


「世の中には、良く分からんことが一杯だなぁ」


 座り込んだまま、屋上に寝転がる。汚いかもしれないが、今はそんなこと気にならない。

 なんだかんだで相当疲れた。今日はこのまま、サボってしまおう。

 そう思ったときには、俺の意識は夢の中に落ちていった。

ふ〜、やっと終わりました。

なんだか妙に長くなってしまったようで。もっとすっきりと話を進められるようにしたいですね。

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