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ライン  作者: 桐乃シン
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小悪魔

 「目的の物は取れた?」

「はい。わざわざすみません……待って貰っちゃって…」

 「いいのいいの。大事なものなんでしょ?」

  『影』の化け物を久音さんが倒した後、彼女は「今から君に付いてきて欲しい場所があるんだ」と言うので、少し忘れ物を取りに行かせて貰った。

 「はい。……とても大事なものです」

 数時間ぶりに手元に帰ってきた通学鞄。そしてヘッドフォン。

 すっかり『色』は消えてしまったけど、大切な物には変わり無かった。

 コードが千切れ、役目を終えているヘッドフォンを再び首にかける。それだけで何だか嬉しかった。

 「似合ってるね。凄くかっこいいよ」

 「ありがとうございます」

 リップサービス何かではなく、大きく頷きながらヘッドフォンを褒めてくれた久音さんに今は言葉でしか返せないけど、答える。いつか、彼女の力になりたいなどと思うことは過ぎた願いだろうか。

 今は、心にこの気持ちはしまっておこう。

 

 「そう言えば私、君のこと詳しく知らないね」

 「そう……ですね。名前くらいしか名乗った覚えないです」

 言われてみればそうだ。駅の改札で、俺を助けてくれた時に、名前を教えあったこと以外は、俺と彼女は何も共有していない。

 ……俺が質問ばかり繰り返したのが原因なのだが。 

 「じゃあ。改めて名乗ります。俺は菊ヶきくがおか高校二年、円城寺和馬えんじょうじかずま。年は17」

 俺が率先して説明する。年を言った時に、久音さんは瞳をパチクリとさせた。何か変なことを言っただろうか……。

 少しほおけた後、気まずそうな顔になり、彼女は苦笑いした。 

 「年上だったんだね……ごめん」

 「えっ!」

 「……私は久音明日香くおんあすか。高校は通ってないけど、年は今年で16になります……」

 先程までの余裕は何処にいったのか。頭を抱え「何偉そうなこと言ってたの過去の私!?身長が私より高い時点でその可能性高いじゃん!?」と自責の念に呻く彼女を見て、ーーー俺はこの世界で初めて笑った。

 「な、なんで笑ってるの!?」

 「いや、……クク……ごめん、急に面白くなっちゃって…フフフ…!」

 「あ、分かった!バカにしたんでしょ!ちょっとこっちのこと知ってるからって、背伸びしなくていいのにとか思ってるんでしょ!」

 地団駄を踏み、キーキーと怒る彼女を見てさらに笑う。ここから十分はこの調子が続いた。  

 この世界に来て良かったと、初めて思った。




 「本当にごめん!」

 「…………ふん」

 

 ……その結果がこれである。  

 

 俺に散々笑われた久音さんは、ムスっとそっぽを向いてこっちを振り向きもしない。本格的に拗ねてしまったらしい。

 少し前の彼女じゃないけど、笑ってしまった自分を呪いたい。奇しくも同じ葛藤に苛まれる事になった。

 過去にはどうやっても戻らないので、どう機嫌をとろうか悩むこと位しか俺にはできなかった。  

 頭に手を当ててグオオオと唸っていると、突然後ろから、悪戯に成功したような弾んだ声が耳を抜けた。 

 「反省しましたか?『先輩』」

 「せ、先輩!?」

 「はい。私より年上なので、先輩です。いけませんか?」

 「駄目じゃないけど……」

 急に態度が変わった彼女に、先輩と呼ばれる事は嫌では無い。むしろテンションが揚がる。だがーーー非常にこっぱずかしい。

 「く。久音さん……やっぱりちょっと…」

 流石に訂正して貰おうとするが。彼女はさらに追い討ちをかけた。

 「『明日香あすか』」

 「え」

 「明日香です。…私が先輩と呼ぶんですから先輩もそう呼んで下さい」

 あっけらかんと俺に告げる。彼女にとってそれは等価交換だったのかもしれないが、俺にはとても不当な交換だった。ほぼ初対面の女の子を、名前で呼ぶ事は、難易度が高過ぎる。どの位かというとエベレスト並に高い。

 生まれてこのかた姉以外の人間を名前で呼んだこと無いのだ。当然、呼べと強制された事も無いわけで……。

 その事を意識すると顔がカァーッと熱くなった。

 

 逃げの一手を探すも、わくわくと期待の眼差しを向けながら、真っ直ぐ眼を見られる。その瞳の中には確かな強い光が宿っていた。

 ……俺は逃げ場が無いことを悟った。

 

 「………………っ、…………あ、明日香!!」

 

 言葉にするのに凄く時間がかかった。我ながらヘタレだと思う。

 だが、彼女ーーー明日香は紅色の髪をたなびかせた。

 

 「はい!先輩!」


 

 その太陽のような笑顔を、俺は忘れる事は無いだろう。



 

 「それで、結局何処に向かってるんだ?」

 鞄とヘッドフォンを回収し、駅での自己紹介絡みの一幕が落ち着いた後、明日香が言っていた事を思い出したので聞いてみる。

 俺についてこいとばかりに先行する明日香の行く道がどんどん怪しくなってきたのだ。具体的に言うと、人が余り通らないような影道を進んでいるようだ。

 「私達のホームですよ」

 ここでの複数系に俺は含まれていないのは何となく分かった。つまり、影道の先には明日香の仲間達の住みかがあるのだろう。  

 

 「先輩はこういう経験ってありますか?『このビル誰が使ってるんだろう?人が出入りしているのを一回も見たことが無いんだよなぁ』みたいな体験」

 「ああ。結構あるかも、外から見ると、結構手入れされていたりする印象があるのに、人は見たことが無いんだよねぇ」

 「それがこの世界きょうめんせかいの住人の住み家なんですよね」

 「そ、そうなの!?」

 「はい。基本的に接触しないとはいえ、不安定な環境ですから、できるだけ現実世界の人々近くで、それでもって見つかりにくい場所。まぁ、ほとんどの場合ゴーストタウンとか幽霊マンションとかって呼ばれたりするんですけどね……」

 「それってさ……幽霊はこの世界きょうめんせかいにいる人々って事……?」

 「そうかもしれませんね」

 

 意外な事実を知ってしまった。

 柳を幽霊に見間違うとか、そういう勘違いでは無く、世界の歪みによって偶然見えてしまったこの世界の住人。それが現実世界を度々騒がせる幽霊の正体だったとは。

 「話している間に着いちゃいましたね」

 俺が「なら、座敷わらしとか髪が伸びる日本人形とかは何が原因なんだ?」とか考えている内に、どうやら目的に着いたらしい。

 そこは、これまた見かけ上は只のマンションにしか見えない建物だった。

 しかし、他の有象無象のビルとは違う点が一つ。

 「色がある……」

 そのマンションには、コンクリートの白。壁に垂れかかった蔦の緑。所々に飾られてある煉瓦の茶。

 この世界に来て初めて見る。色の付いた建物だった。

 フロントで立ち尽くす俺を、明日香は手を引きながら、招き入れた。

 

 恐る恐る階段を登り、明日香の入って行った部屋の扉をそっと開ける。そこには行儀よく並べられた靴が四セット置いてあった。

 ……四人か。

 玄関から見た限り、部屋の中は外から見たときより圧倒的に広かった。どうやら、この階全ての部屋を繋げているらしい。大人数で会議でもするのだろうか。……そう考えるとお腹が痛くなってきた。

 このままここにいてもしょうがない。

 本日何回目か分からない覚悟を決める。

 この世界に来てから驚きの連続なのだ。今更このくらいの事で驚いているわけにはいかない。

 

 足音を忍ばせ、そして、俺は静かに大広間に繋がる扉を開ける。


 


 その瞬間に俺の意識は途絶えた。

 

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