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里帰り編

「実家に帰らせていただきす」

荷物をまとめた母・やよいは玄関を背にして。

その向かいには、疲れた顔を隠せない父・由貴の姿がある。

「うん。ボクも仕事が片付き次第、大急ぎで向かうよ。オヤジによろしく!」

「変な小芝居はいいからさ、玄関空けてよ。出れないじゃん!」


美希は苛立ちを隠そうともせず、キャリーバックの取手をペチンと叩く。

マイペースな家族を持つと、しっかり者は苦労の連続だ。美希は父の尻もペチンと叩く。

父・由貴の実家は、山河のほかには何もない、ドがつく田舎だ。

それでも一人残されては生きてはいけぬと、美希は観念したのだった。

なに、短い冬休みだ。牛の口に草を突っ込んでいれば日が暮れる。アレは面白い。

反芻が追いつかずに、ミドリイロのヨダレがダバダバ出てくるのだ。きめぇ。

「おい、ちょっとそこのデブ太。デブタゴリラ」

真冬の最中、申し訳程度に厚手のシャツを引っ掛けた、山のような背中が振り返る。

「そう、おまえのことだ。豚ゴリライオンめ」

漫画の読みすぎで、その中に出てくるキャラクターとかに成りきっちゃってる変なやつ。

こんなのが自分の兄なんて認めたくない。美希は兄弟をふがいなく感じていた。

特に目つきが駄目だ。いつか、何かをやらかしそうなギラギラした目をたまに見かける。

なにより、自分を見る目が嫌だ。何様だと思っているのだろう。

まるで己が保護者であるといわんばかりの甘ったるい眼差しを、美希に注いでくるのだ。

今もそうだ。そんな目をしている。しゃらくさい!

弱虫のくせに。

美希は憤慨する。

「それも持つの! アタシのやつ!」

キャリーバックとは別に、着替えやブーツを詰めこんだトランクケースを指し示す。

「ミッキーちょっと我慢してよ。電車乗るのよ?」

後ろから届く母の忠告に、たまらず言い返す。

「ヨーヘーの荷物なんてリュック一個じゃん! ほぼ手ぶらじゃん! だったらアタシの持てばいいし!」

ちくしょう。美希は目の端っこで兄の顔を見ていた。漫画の悪役みたいな顔が笑ってる。

「心配ない。俺が運ぶ」

誰も心配なんてしてないやい。笑いやがって。なにがおもしれぇってんだ!

ドラム缶のように固太りしたヨーヘイの腹、美希は憎しみを込めて思いっきりペチンと張った。

手のひらが痺れる。腹が立つ。憎しみの連鎖だ。憎しみは何も生まない。知ったことか。

ヨーヘイは、美希が苦労してパッキングしたトランクケースをヒョイとぶら下げ、玄関を抜けていく。

美希の胸中では、やるかたない憤懣が燃えさかっていた。

ヨーヘイのくせになまいきだ!






人いきれを抜け、電車を乗り継ぎ、新幹線へ。

ビル群を車窓にしばらくすると、緑の景色が流れはじめた。

早起きをした美希は深々とシートに沈み、応答はもはやない。

かわいい寝顔をながめていると、息子がトイレから戻ってきた。

「トイレ、混んでなかった?」

かすかに首をふり、よーくんは見る間に過ぎてゆく遠望に双眸を細めた。

大人しい子。優しい子。近頃は少し、張り切り過ぎている様子。

プリズムのように変化する思春期のこども。もう一瞬だって目を離したりしない。

「よーくん、おかし食べる?」

「たべる!」

まるでB級ホラー映画のミイラのように、ガバッと復活する美希。

なに、心配はない。食料の備蓄に不備はない。やよいは、ポーチからわっしとチョコを掴み出す。

よーくんの食欲が止まることを知らない。家計が嬉しい悲鳴をあげている。表現がおかしい?

元々食べる子ではあったけれど。餌付けがこんなにも楽しいものだとは。

実によく食べる。羨ましい程、美味しそうに。時として、感涙を目元に忍ばせながら。

そりゃ、義理の親にも縋ってみせよう。

なにか美味いものはないか。あれば寄越せ。

そんな主旨の話題を表現柔らかく義父に振ると、肉塊がダンボールで送られてきた。

鹿、猪、兎。フランス風に言えばジビエ。義父が自身で狩ったものだという。

最初はその生々しさ故、おののいてみたりもしたが、食べてみればあら不思議。

我が家はジビエの虜になってしまったのでした。ビックリするほど、お肉がお肉の味をしているのだ。

ダンボールいっぱいのお肉がすっかり胃袋に消え、何度目かの感謝の意を伝えた時のことだった。

「こっちの美味いもの、孫にもっと食べさせてやりたい」

電話の向こうからやってきた素晴らしい提案に、一も二もなく飛びついてしまった。

冬休みを利用して、フォアグラの鴨みたいにしてやる計画だ。

楽しみで、もう仕方ない。

はやる気持ちを抑え、やよいは鼻息を荒げた。ふんす!

「ママ、子供みたい!」

「ミッキー、首を洗ってまってなさい!」

「なにそれ、どういうこと!? 怖いんですけど!」






似合いの夫婦に、かわいい孫。当たり前の小さな家庭に、影がさした。

鉛よりも重たげな口調で、孫の窮状を言葉少なに語る息子。

何、人生色々あるさ。その言葉に嘘はなかったが。何と白々しく無責任なものだったか。

農作業の繁忙期を終え、一息付いた頃のことだった。

忙しさのうちにもチラリチラリと脳裏を走っていた、自分に似た孫の姿。

何がきっかけなのか、否、自立克己の現れだ。元気を取り戻したという。

元気を取り戻して、家中の食料を食べ尽くす勢いだという。

迷わず猟果のつまった冷凍庫を掘り返し、息子の住所に送りつけていた。

これから、孫たちが家にやってくる。

妻はいそいそと寝床やらお菓子やらの準備に余念がない。

何せいっぱい食うというのだ。こちらも胃袋が破けるほど用意せねばなるまい。

まったく、腕が鳴る。

「あなた、そろそろ車を出してきたら?」

「おう」

「そわそわしちゃって」

「…おう」






なんか、やべぇのがいた。はんぱねぇ。

訊いてたのと違う。おれが知ってる奴と違う。

何だっけ? 都会の子。おれの従兄弟。

最後にあったのは全然ガキの頃。夏休み。

垢抜けた感じのいかにも都会っ子。そんな女の子。

そんで、もう一人。体がおおきくて大人しい、おれと同い年の、まぁ鈍そうなやつ。

熊爺のとこに来てるっていうから、おれの家族も顔見せに行ってみたら。

なんじゃこりゃ。

熊が二頭いるぜ。そうじゃなきゃゴリラ。とにかく、なんか人間が素手で戦っちゃダメなやつ。

武器持ってても、一人で戦っちゃいけない感じの。

人って、変わるんだな。

「おう、涼か。よくきたな」

「うっす」

熊爺が手招きする。うわ、何それ。いのしし? なんでドタマ小脇に抱えてんの?

「覚えてるか? おまえの従兄弟になる。葉平だ」

「お、す」

葉平、さん? あなたもなんで手が血だらけなの? チビりそうなんですけど。

「久しぶり、か? 正直、誰か分からんかった」

そういって、葉平さんは記憶を探るように眉間にシワを寄せ、やがてかすかに笑った。

いや、それ正にこっちのセリフ。なんて軽口が、喉元で引っかかる。

「お前もいずれ猟友会入るんだろ。一緒にバラすか?」

熊爺が納屋の中、血痕の染み付いた作業台を顎で指し示す。

「いや、おれ釣りバカなんで、ケモノはあんまり」

嘘じゃないけど、この場は誤魔化したい所存です。

「そうか?」

幸運なこと、じいさまは頓着なく頷き、もう一匹の熊を伴って作業に戻った。

気づくと、そこらでちぎったような草葉を片手に、納屋を覗いている美希ちゃんがいる。

相変わらず、というよりオシャレガールっぷりに磨きのかかった感じだ。

なんだよオシャレガールって。訊いたことねぇよ。クサもってるし。

「ねぇ、やっぱアイツ、オカシくない?」

「アイツって、兄貴?」

「なんでドーブツ捌いちゃってんの、アイツ」

「まぁ、確かに、よどみねぇ手つきな。よく分かんねぇけど」

「それって変じゃない?」

「おれ、魚捌けるよ」

「言われてみれば! ママも出来る!」

「やってみりゃ誰にでもできるんじゃね?」

「そっか。…牛んとこ行ってこよ!」

まぁ、鳥獣捌く機会なんてあんまりないけどな。

「それ、牛に食わすの?」

「そーだよ。涼クンもやる? ヨダレきもいの!」

血なまぐさい熊二匹。ちょっぴりキテレツだけど、ふんわりフローラルな女の子。

ふつう、迷わねぇよな。






懐かしの、我が家かな。

押っ取り刀で帰省してみれば、古巣は今も古くさい。

そんなことより、愛しの家族。やよい。美希。葉平。パパは来た!

タクシーの支払いもそこそこに、由貴は故郷の地を足早に踏む。

タイミングばっちり?

勝手知ったる母屋を進むと、今にも宴が始まろうとしていた。

「あっ、ホントに来た」

愛娘よ、それどういう意味? 開口一番ヒドくない?

「ヨーヘーが、パパの足音がするって」

息子よ、それって愛だよね。僕の愛しい息子。

「あ、パパ。ほらほら、そんなとこつったてないでさ、このお肉!」

愛妻は、相も変わらず愛の化身だな。ボクのビーナス!

「よーくんが捌いたんだよ! ねぇ、お義父さん!」

「おう。私は手順を指図しただけだ」

「マジで!? すげーよ葉平君くん! ボクも食べていい!?」

「もちろんだ」

格好良いよ! 我が息子ながら最高にクールだ!

生まれ変わったら友達になりたい。いや、息子になりたい。

君が鳥なら翼になる。君が狼ならボクは兎だ。よろこんで血肉になろう。

浮かれながら、由貴は半分本気で夢想する。

半分? まさか。

君のためなら死ねる。

混じりっけなしの本音だ。もう迷わない。

家族のためなら何でもする。そんなこと、ずっと前から思ってたけど。

本当に、なんでもやってやる覚悟ができた。日々、強固になる。

妻とも話し合った。

モンスターペアレンツ? いいじゃないか。ドンと来い!

「葉平君! お肉とってもおいしいよ!」

ボクは今、君の、君たちの明日の為に生きてる。

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