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学園編

ひと夏の冒険。アバンチュール。男子三日会わざれば。

夏休みが終わって暫く、不登校になっていたクラスメートが復学してきた。

元々、この高校は進学校で通っている。不良なんて、ほとんどいない。少しは、いる。

スポーツ推薦で入ってきた人が、部活を退部してしまうと、たまにグレてしまうのが出てくる。

他も大体似たような感じ。勉強に付いていけなくなったり、居場所がなくなったり。

頭が良くても性格が歪んでいる人だっているだろう。他人を貶めても平気な人は、いる。

彼が学校に来なくなってから、少し考える機会があった。

とはいえ、以前の彼がどのような人物であったのか。私はよく知らないのだけれど。


「キモオタってやつ?」

なにそれ。関根春香は逡巡する。

「キモいオタク。ネットでみた」

あぁ、なるほど。なるほど、非道い。口さがない友人の言い様に、頷きつつも苦笑する。

でも、マズくないかな。今の会話、きかれてないかな。

可能性に背筋が粟だつのを感じながら、春香は件の男子生徒を覗き見る。

男子生徒、高校生という肩書きがどうにも符合しない存在感を放っている。

藤木クン。このところ、噂の種にはこと欠かない、密かな話題の人だった。

曰く、夏休みを利用して山篭りをしてきた。

曰く、薄暗い部屋でたっぷりとした充電期間を経、頭がおかしくなった。

疑惑のネタは、まだまだある。

熊を殺した。駅前の噴水をずっと眺めている姿を見かけた。人を殺した。野鳩を食べていた。

母親と一緒に買い物をしていた。ヤバい目つきをして夜の街を練り歩いていた。などなどなど。

信憑性のない与太話の数々のうちに、何気ない日常の一コマが紛れ込んでいる。

母親と仲が良いなんて、結構なことじゃないか。噴水に見蕩れていたって、まぁ、いいじゃない。

春香は鹿爪らしく心中頷きながら、目の端で観察を続ける。

友達の話に相槌をうちながら、携帯電話を眺めている彼の姿がある。


「メール? 誰? もしかして女の子?」


遠く、彼のオタク友達・橋田クンの声が聞こえる。

目の前でコロコロ移り変わる友人のトークに頷きながら、春香は耳をすませていた。


「母だ」

「…あぁ、えっと、何て?」


ホントに、お母さんと仲良しなんだ。春香はほんの少し目を剥く。


「秋桜が綺麗だと。写真が添付してある」

「へぇ、あ、ほんとだ。隣の子が妹? へぇ! 結構かわいいじゃん」

「だろ?」


マザコンにシスコンか。まぁ、色々あったんだろうな。引き篭もりとか。

家族みんなで乗り越えてきたんだろうな。なんだか、涙腺にくる。しみじみする。


「ちょっとギャルっぽいね」

「まぁな。口を開けば俺を罵ってきやがるんだ」

「なんで、ちょっと嬉しそうなんよ」

「まぁ、どうにも可愛くてなぁ。今日も、ほら、俺ずっと学校行ってなかったろ」

「あ、まあ、確かに」

「俺ばかり狡いってよ。学校サボって母親と遊びに出かけてんだぜ」


そういって、藤木クンは楽しそうに笑う。たぶん、楽しそうに笑ってる。

春香の目には、牙をゾロリとむき出しにした肉食獣にしか見えなかったけれど。

何となく、楽しい気分になって笑ってしまった。

夕焼けのライオンみたいに笑う同級生。

無自覚に周囲の生存本能を煽りながら、今日も元気そうだ。

良かった、と。

春香は、そう思った。






安さで売ってるカラオケ店。最近、バイクに乗りたいと思っている。

いつもの面子は、欠けたり増えたりしながら、だらだらしている。

「で、さ。あいつどうすんの」

学校をやめて以来、父親の造園業を手伝ったりしているらしい。

まあ真面目にやっているのかどうか、知らないが。

タバコをふかして奴が言う。

「タカちゃんさぁ、やられっぱでいいワケ?」

良いも悪いもねぇよ。サッカーしてぇな。思いっきり。

クソみてぇなガッコ。クソみてぇなセンパイ。クソみてぇな…

「あんなデブ。囲んでボコればお終いだべ?」

勝手にしろよ。お気の召すまま。好き勝手に。

自由によ。ボール蹴ってよ。体力、落ちたかな?

「あのさ、工業高校の、知ってんだろ?」

いままでぽかんと上を向いてムッツリしてた奴が、ぽかんと言った。

「ハァ?」

「この街シめてるとかのたまってた、あのダセェ奴らだよ。知らねぇの?」

「古臭ぇチンピラみたいな連中? つーか今、デブをボコる話してんだけど」

「その話してんだよ、社会人」

「あ?」

「お前はオヤジに絞られてて知らねぇかもだけどさ、連中潰されちったよ」

「誰に? ケーサツ?」

「デブ」

「アホか」

「お前がな」

「え、マジで? ジョーダンだろ? 吹かすなって」


「じゃあお前行ってこいよ」


惨劇の夜。潰れたパチンコ店の駐車場跡地。阿鼻叫喚。

すげぇ勢いで仲間内にメールが回ってきたぜ。

勇気だして、橋本クンにお願いして、当人に訊いてみたら、なんつったと思う?

目障りだった。

ちゃんと生かしてある。

だぜ?

冗談じゃねぇよ。まったく。ふざけんな。

復活初日にのされて以来、リベンジを窺っていたあの日々。

やらなくて良かった。殺されてた。

借りモンの安いのじゃなくて、ちゃんとしたベースアンプも欲しい。

「だからさ、嘘だと思うんなら、お前行ってこいって。なんならセッティングしてやっから」

俺は言って、立ち上がる。

ピアスしてたら落とされるかな、バイトの面接。






 なにやら朝から騒がしい。新規アニメ情報のチェックを一旦停止、橋本豊は教室の時計を見上げた。

 そういえば、アナログの時計なんてここででしか見ない、かもしれない。カチコチとすすむ秒針を見ていると何だか追い立てられるようで、好きになれない。もちろん腕時計はデジタル表記だ。入学祝に買ってもらったものだけれど、無意味にスポーツタイプで気に入っている。ストップウォッチ機能なんて一体どれほどの需要があるというのだろうか。自分は一度も使ったことがない。

 中断していたブラウジングを再開、しようとして豊は手を止めた。待ち受け画面には、コスモス畑を背景に微笑む二人の少女の姿がある。実際は、二人のうち一人は少女ではない。年の近い姉のようにも見えるけれど母親だ。加えて言えば、自分の母親でもない。友達の家族写真だ。なぜこれを待ち受けにしてしまったのか、自分にも分からない。きっと、誰に訊いたところで分かるはずもない問題なのだろう。近頃、自らの思惑にそぐわないことをやっている自分がいる。そんなことを意識する機会が増えた。これが大人になるということなのだろうか。と、豊は訝しむ。

 担任が来ない。予鈴の前には教壇に立っている先生だった。ざわめきが絶えず教室を包んでいた。豊は周囲を見回し、何度目かの確認をする。気付けば同じ仕草をしているクラスメートが多数。座る人間のいない席を、皆が確認している。無論、藤木君の席だ。

 分かり易いヒント。豊は、朝一番でソレを見つけていた。校門の前に分かりやすく張り付いていた、元クラスメート。退学し、もうこの高校には籍がない人間に、何の用があるというのか。似合わないサングラスに、所謂ストリートファッションをルーズに着流した彼は、誰かを探すようにジロジロと登校する生徒達に睨みをきかせていた。誰を? ひょっとして? いやバカな。

 豊には、欠片だって同情する理由がない。入学してすぐにできた友達に手を出されたのだ。親睦を深める猶予もなく、そして解決策をひねり出すこともできないままに、つかの間の友情は途切れた。ただ、墜落する鳥を見とるように、炎上した家屋を眺めるように。一番近くで、傍観者をしていた。

 一体自分に何が出来たというのか、と自己弁護する暇もなく全ては終わり、ストレス脱毛を親に指摘される。随分とまた自分は心労を重ねていたようだ。合わせ鏡の後頭部を眺め、豊は皮肉っぽく笑ったものだ。思えば、恰好付けたサングラスのような、偽悪もなにも薄っぺらな自分の姿だった。

 そして、ホームルームが始まる直前に、彼がやってきた。すっかり肌寒くなったというのに、制服のほかに羽織るものもなく、ほんのり上気した顔を見せている。中休みを経た友情はいまだつながっているようで、クラスメートの視線を流し、藤木君はこちらに手を挙げる。

「おはよう、ぎりぎりだったね」

「おう。遅刻は免れたな」

思い過ごしだったのか。起こらなかった暴力沙汰に、豊はそれでもほっと息を付いた。殴られるのは勿論、殴ってもいけない世の中だ。法治国家のもとでは、人ではなく法が罪を裁かなければならない。友人の穏やかな生活を祈ってみる。ポケットの中の家族写真を思い出しながら。

 まだ担任がこない。ざわめきは大きくなるばかりだった。席を立つものは少ないが、前後左右と言葉を交わすクラスメート達。豊は雰囲気にあてられて、ふらりと藤木君の席まで歩いて行った。

「何だろうね」

「さあな」

「そういえば、さ。アイツ、見なかった?」

「あいつ? 誰のことだ」

「いや、なにもなかったら、それでいい」

「…ああ、あいつ、か」

何だろう。嫌な予感が舞い戻ってきたようだ。豊は知らず、生え揃ったはずの後頭部に手をやっていた。

へっ、とひそやかに藤木君は笑み零す。最近見慣れてきてしまった、慣れたくもない友の凄惨な笑顔。

「どうにも熱くなっちまってるみてぇだからよ、サービスしといたぜ」

「い、一体…」

「季節外れだがよ。楽しんでくれたみたいだぜ?」

校舎の向かい側、記憶によるとプールがあったような気が、しないでもない方角から、悲鳴が聞こえた気が、しないでもなかった。水音なんて、聞こえない距離。豊には、聞こえないのだ。

 ポケットの中の家族写真。イコンとか、ロザリオとか、なんだとか。良く知らないが、たぶんこれは信仰の対象にはなりえない。思いつつ、豊はズボンの上から握り締めた。

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