転生編
しょうもねぇ人生だったなぁ。
飢えた犬に追っかけられるみてぇによぅ。
ケツを齧られねぇように。
手前の取り分とられねぇようになぁ。
牙むいて犬畜生みてぇによぅ。
喰っても喰っても、満たされねぇ。
満たされちゃいけねぇ。
満たされた、呑気な間抜けじゃやってけねぇ。
隙を見せたらおしまいよ。
腹見せて寝こけたらおしまいよ。
まったく、しょうもねぇ人生だった。
そういや、あの道化が言ってたな。
死に際に見る、手前の総ざらい、お芝居みてぇにパパッと思い出すってあれか。
まったく、締まらねぇ。
下らねぇ。
体が重てぇや。息もつまってよ。
仕方がねぇが、野垂れ死に。
お天道さんに看取られてよ。
目ぇつむっても眩しいや。
「いんや、眩しくなんかねぇぞ。まっくらだ」
男は訝しむ。狭い部屋。嗅ぎなれない匂い。
男は訝しむ。すれ違い、やがて混じり合う記憶。
記憶。記憶だ。夢を見ているような、覚えのない昨日の記憶。
明かりをつけてみる。手慣れた仕草で、戸惑いながら。
液晶モニターの暗い画面に、知らない自分が映っていた。
「…なんじゃこりゃあ」
まんじりともせず、万年床に座しながら、ヨーヘイは白けてゆく空を眺めていた。
綺麗な空だ。
他人の頭の中に居座っているような、居心地の悪さにむずがりながらも、そう思った。
言うことをきかない弛んだ体を揺すって、笑ってみる。
「まったく……何だってんだよ、こいつは」
湿気った布団には自分の匂いが染み付いている。自分の匂いだ。
枕に顔を埋める。馬鹿馬鹿しさに、ヨーヘイは笑った。
空腹を抱えて、階段を下る。まだ夢を見ているような、ふわふわとした気分のままに。
ヨーヘイの体重にギシギシと悲鳴をあげる板材を、頼りなく思いながら。
母親が、朝日の逆光の中で朝餉の仕度をしていた。母親。藤木やよい。母。母。
半分疑いながら、もう半分は、なんだ。
不意に胸に迫る感情をもてあまし、ヨーヘイはしばらくその背中を見つめていた。
気づけば、ソファーに腰かけた父・由貴が口と目をぼんやりと開いたまま、こちらを向いていた。
「おはよう、父」
「あ、うん? お…はよ。お…はよ?」
コーヒーと新聞とでふさがった両手をもどかしげに、父はオウムのように繰り返す。
そして、破砕音。ふりかえると母が茶碗を手から零してしまっていた。
「…よーくん。き今日は早起きなんだね! ひひょっとして徹夜かな? 若いなぁッ!」
「あぁ」
ヨーヘイは母の元に歩みより、足元に散らばった陶器のかけらを拾い集めた。
「あ、あ、いいよいいよママがやるよ!」
「新聞紙をくれないか」
「し、新聞紙ならここに! パパが持ってる!」
由貴が駆け寄ってくる。バタバタと。コーヒーをこぼさぬように。
「来るな!」
「えぇ!?」
「破片を踏むと怪我をする」
「…あ、はい」
家族三人で食卓を囲む。久しぶりの、そして初めての団らんに、ヨーヘイは佇むばかりだった。
四人目が階段を下る音が、近づいてきて、止まる。
振り返ると、妹が立ち尽くしていた。妹。妹。ヨーヘイは口の中で反芻する。
「…ヨーヘイ。ここでご飯、食べるの?」
「そうだ。これから、家族で、メシを喰う。…美希」
「…なに、よぅ」
「美希。お前も、ここに座って喰え」
「あ…はぁ?」
美味かった。良く分からなかった。美味かった。
前後不覚になるほど、母の手料理は臓腑に染み渡る。
「え、ちょ、よーくんッ!? なにどうしたのもうなにィ!?」
「うわ…泣いてるし」
動揺する母と妹を尻目に、ヨーヘイは飯を噛み締める。
「…うん…うん」
由貴は息子と同じ様、静かに涙しながら箸を運んでいた。
「学校、いかなくていいのよ?」
学生服に着替えたヨーヘイの袖口を引き止め母が言う。
「無理する必要なんかないんだ。パパ、無力だけど。無力だったけど」
パジャマの父が歯を食いしばる。
「パパにも! パパにもやれりゅことあるんだよ!」
「今、噛んだ?」
すっかり朝仕度を終え、短くスカートを詰めたセーラー服の妹だ。
「学校に、行っては駄目なのか?」
「よーくん。学校に、いきたいの?」
「あぁ」
「パパは、パパは……」
「父よ、母よ。俺は学校へ行ってみたい。行かせてくれ」
「いいとも! いいともっ!! いってらっしゃい、よーくん!!!」
「パパは!!」
「パパは仕事でしょ? …早く着替えてきなよ」
薄曇りの空は狭い。林立する建築の谷間で、ヨーヘイは首を巡らせる。
学校へ行く。学校へ、俺が行く。
ひとつひとつ、一歩一歩確かめながら通学路を行く。
すれ違う自動車を確かめ、ガードミラーに映る自分を確かめ。
自転車のサドルに跨った美希は、蹴り足で兄を追い抜き、Uターン。
「ほい」
投げ渡された折りたたみ傘を、空中で受け取る。
「その傘じゃ、おデブの体はカバーできないけどね!」
そのままペダルをこいで行ってしまった。
ヨーヘイは傘を手に遠ざかる背中を見つめ、口角を吊り上げた。
電車に揺られ、四半年ぶりの学校へとたどり着く。
記憶のまま、なのだろうか。ヨーヘイの目には王宮御殿のように見えた。
三々五々と学生達が校門を抜けて行く。まだ幾分早い時間だった。
ぶらぶらと構内を練り歩く。
思えばきちんと学舎を見て回るなんて、かつての記憶にもないことに気づく。
相撲部。体験入部でそれきり止めるはずだった。断りきれなかった。
担任の教師が顧問を勤めていたのだ。ヨーヘイが肥満体型だったから。
軽い気持ちで誘ったのだろうが、ヨーヘイには全てが辛かった。
辛かった、のだ。裸になるのも、暴力的な振る舞いも。
今は、ちょっと分からない。
立派な作りの相撲部屋。土俵。
嫌な気分と、筋肉の震えが一緒に襲ってくる。
恐怖だろうか、武者震いだろうか。ヨーヘイは訝しむ。
脂を詰め込んだ腹を見下ろしほくそ笑む。
「なんだかなぁ」
覗いていると、幾人かこちらに気づく人がある。
「…おう、きたのか…?」
声を上げたのは担任教師だった。後頭部をボリボリとやりながら。
「もう、朝練は終わっちまったとこだがよ……ああ、なんだ、やってくか? いやか?」
「やる」
「おぉ?」
どうにも駄目だ。使えねぇ。ヨーヘイは己に悪態をつく。
骨の長さはともかく、重さが速さにつながらない。
鉄火場に放り込まれたら、早々につぶされることになる。
ぶつかった拍子に切れた口内の血を吐き、茹だる太股を張る。
「藤木ィ、その調子だァ!ぶつかって来いや!」
まぁいい、肉がありゃどうにでもなる。やせ細った体より融通がきくってもんだ。
ヨーヘイは地を蹴り、担任の白っぽく膨れた巨体に頭から突っ込んで行った。
水道水を頭からかぶっていると、いつの間にかジャージに着替えた担任が後ろに立っていた。
どこか呆けたような面をして、ヨーヘイの姿を眺めている。
「なぁ、藤木。お前…」
火照った体に冷水が気持ちいい。そろそろ夏が終わる。
「お前、何でいじめられてたんだ?」
「…さぁ?」
「…さぁってよ。いや、お前の親御さんも言っていたが…」
担任。名前は知らない。記憶がない。消しゴムの跡。
「お前、ほんとに優しい奴だったんだなぁ」
他に人気のない部室裏。裸身を流れる水滴を雑に払い、ヨーヘイは苦笑いをした。
「まぁ、とにかく、藤木」
「はぁ」
「早く服を着ろ」
ヨーヘイをイジメていた主犯格は、学校を辞めていた。イジメとは別件で。
飲酒だか、無免許運転だか。ヨーヘイは級友からそんな話を聞いていた。
死んでいった知り合いと比べると、いかにも線の細い。素直な笑顔の少年だった。
見渡せば、皆そうだ。衒いもなく笑っている。素晴らしい。夢みてぇだな。
「変わったよね、なんだか、その笑い方。山賊?」
「傭兵さ、俺は」
「いや、知ってるけどさ」
「山賊なんざ、ガキの時分にやめたよ」
「なにそれ、なにジョーク?」
「まあ、似たようなもんだったけどよ」
冗談を聞き流すように、半熟卵のような愛想笑いを浮かべ級友はあさってを向く。
本橋。眼鏡。本橋豊。覚えている。かつて一緒にアニメ映画を見に行った。
なんということない。友達ってやつだな。いいじゃねぇか。
「マジで? ヒッキー来てんの?」
「ばっか、また引き篭もっちゃったらどうすんだよ」
「どうでもいいじゃん」
「またあのクラス会議とかすんだぜ? だりぃよ」
「デブきもい」
ひそひそと、あからさまに。
切ったはったは、もうウンザリさ。肌身を撫ぜる言葉の短刀がくすぐったい。
「気にしちゃ駄目だよ」
「やっぱり、俺の噂してんだよなあれ」
「まあオレも他人のことは言えないけどさ。結局、見てるだけだったし」
「気にすんなよ、ユタカ。誰も彼も独りぼっちで戦ってんだ」
「…豊って。前はハッシーって呼んでなかった? まぁ、いいけどさ」
「え、相撲部やんの?」
「今日は帰る。廻し持って来なかったしな」
「いや、そうじゃなくて」
「でもなぁ、どうすっかなぁ」
「迷うくらいならさ、いいんじゃない? やんなくてさ」
まだ陽は高い。黄ばんだ日差しに落陽の面影はなかった。
「帰ったら、母ちゃんが、いるんだよな」
「帰り辛いの?」
「あぁ、まぁ」
もどかしく、急き立てられるような気分になる。
思い焦がれていた。母の腕。父の背中。いざ目の前に現れてみると。
どう接すればいいのか、浮き足立つ。妹も、何とも可愛いものだった。
当たり前のように、いるのだ。新鮮に。いとおしい。
「うちで暇つぶしてく?」
「いや、腹減ったから帰るわ」
「あっそ」
またあの美味い飯が喰えるのかと思うと、浮き足立つ。落ち着かない。
机の中身をリュックに落とし入れ、背負う。
「ふーじきくーん」
新たな級友が教室のドアの前を塞ぐように現れた。
「あそぼうよ。藤木くーん」
厄除けの耳飾り。赤いピアスをしている。誰だっけか。頭の片隅に残っている。
「いつもんとこな。わかるっしょ?」
いつものところ。放課後の匂い。
「どこだっけ? 俺腹減ってんだ、わりいけど明日な」
「ちょっとちょっと、クソデブ。ふざけんなって」
とピアスが脇腹にジャブを当ててきた。痛ぇな。睨め上げてきたその顎をかちあげる。
「がっ?!」
派手に吹っ飛んだなぁ。担任教師は大して押せなかったんだが。
無駄に脂肪を蓄えたこの体。裕福な子女にのみ許された肉体の証であろう。
「クソが。調子に乗ってんじゃ」
ふらふら立ち上がった顔面を掴んで床にプレス。をしかけてやめた。
「ユタカ」
「え? え?」
「どこまでやっていいんだっけ。これ」
ピアスをフローリングに押し付け、胡乱な頭から刑法を引き出す。出てこなかった。
「セイトウボウエイだっけか? 腕の一本ぐらいは問題ねぇんだよな?」
「駄目に決まってんだろ! 虫の知らせか、畜生」
担任が現れた。衛兵かこいつは。最後にピアスの鼻を押しつぶしてから立ち上がる。
「あがァッ」
「やめろっつってんだろ!」
はち切れそうな白いジャージを押し込んできた。
悔しいが肉の質が違う。落とし込んだ重心が後方にずれて行く。
「チッ」
まぁ、死ぬことはねぇだろう。火の付いた頭が拳を固くさせていた。
「藤木ィ、お前の母ちゃんは言ってたぜェ」
担任は机ごと押し潰そうとする。頭突きで肩をこじあけようとするヨーヘイ。
「お前は優しい奴だから、付け込まれてちまったんだろうってなぁ」
膝が悲鳴をあげるのを聞き流し、圧力からの逃げ道を探る。耳元に、ジャージ教師の妙に静かな声音。
やがて圧迫が、止む。
体をどけると、机の合板は割れ、パイプはひしゃげていた。
「泣いてたんだぜ」
「知らねぇよ」
「謝れよ」
「誰に」
「母ちゃんにだよ」
「すんません」
「よし、鷹野! 今、藤木は謝ったな?」
「え? は?」
「よし! 鼻血を拭け。これでおあいこだ。いいな?」
「ぇ? しぇんしぇ?」
「藤木、お前はこれから野良試合は止せ! 俺はこれから病院に行く!」
「センセ?」
「朝のぶつかり稽古で肋骨をやられた! ずっと痛かった!」
「じゃあ、俺も、腹減ったんで」
「え? へぇ?」
ざわめきの残る黄金色の時間。しこりの残る肩口を回す。
校舎を出ようとすると、門の脇、なぜだか胸騒ぎのする影が見えた。
「きちゃった」
母だった。そわそわして堪らない。ヨーヘイは意味もなくリュックを背負い直す。
「よ、よーくん怪我してない?」
「ああ、これは相撲、でよ」
「お相撲、また始めるの?」
「おお、先生も筋がいいって褒めてた、ぜ」
「そっか」
「お…ん」
足は地を踏んでいるか。
ヨーヘイは大きく踵を鳴らしながら、小さなパンプスの音に耳をそばだてる。
「よーくん。夕ご飯、なにが良い?」
「なんでも。なんでも良い」
「そおいうの困るなぁ」
「全部喰う」
「じゃあちゃんこ鍋にしよ。鳥のやつだよ!」
「全部喰う」
俺を見上げている。目玉の裏がチカチカする。母に見つめられている。
「よーくん、今日は晴れだったね」
「…おぅ」
「傘いらなかったね」
「おう」
もったいない。日々目減りして行く脂身を確認していると、さもしい気持ちになる。
風呂上り。曇った洗面台の鏡。ヨーヘイは雨に濡れた野良犬のような面を晒していた。
きちんと喰っていたぶん、骨が太いのが救いか。
貯蓄が筋肉に置き換わっているのはわかる。体重計もそういっている。
しかし、あのふくよかさは存外悪くなかった。金持ちになった気分だった。
元来、細身の家系なのだろう。ヨーヘイ以外は皆小柄だ。ないものねだりは埒もない。
髷を結うために伸ばしている髪を撫で付け、頬を張った。
「ヨーヘー、上がった?」
「おう」
「…服は着てる?」
「おう」
軽い金属音と共にそっとドアが開く。美希が顔を覗かせた。
「ギャッ!」
着てねぇじゃん!と閉まった扉の向こうで妹が吠えた。
「パンツははいている」
「そういうことじゃねぇ!」
再び開け放たれたドアから、おもちゃのように美希が噛みついてくる。
「裸でうろうろするなっていつもいってんしょ!」
「パンツははいている」
「そういうことじゃねぇ!」
「…腹減ったな」
「そればっかり! いい加減にしろ! ロン毛のクソデブ!」
「そうか?」
「褒めてねぇ! このちょんまげデブマッチョ野郎!」
「ミッキー! お口が悪い!」
洗い物の途中だったのだろう、両手を泡だらけにした母がキッチンから飛び出した。
「だってこいつが悪いんだよ」
「こいつじゃない! よーくんでしょ!」
「きもー」
小動物がじゃれ合うように、母娘はヨーヘイの回りをクルクル巡る。
「ゴミ、出してくるよ。燃えるゴミの日だろ」
「あ、いいよいいよ、ママが明日の朝やるから」
「ちょっと夜風に当たってくるついで、だからさ」
「あ、じゃあママも行く!」
「イチャイチャしてんじゃねぇし!」
「パパも行くよ! 絶対に!」
「ちょ、じゃあアタシも! コンビニでアイス買って!」
ゴミを出し、ウェットティッシュで手を拭われていると、満月だった。ひとつっきりの衛星。
「葉平君、ホント髪伸びたよねぇ。パパも昔ちょっと伸ばしてた時あったんだよ」
「ねぇそれ本当に切らないの? いい加減ウザいんだけど」
「よーくんはお相撲さんになるの。ワイルドで素敵! ちょんまげハンサム!」
「えー絶対短い方がいいよ。そんで金髪にすんの! つーかチョー寒いんですけど!」
美希はパタパタ足踏みをしながら、その場でくるくる回る。
「だからちゃんとダウン着てきなさいって言ったしょ? ママと交換する?」
母娘は体をぶつけ合うように身を寄せ合い、父もその押しくら饅頭に参加を表明する。
「ヨーヘー、マフラーあげるからダウンくれ」
「マフラーは巻いとけ」
短いコートの上からダウンジャケットをかぶせてやると、妹は急いでジッパーを引き上げる。
「さ、寒くないのかい。パパの着る?」
「いや、おれデブだから」
体感気温が違う。それ以前に、体のサイズが違いすぎてジャケットに袖も通らないだろうが。
ヨーヘイははち切れんばかりの上腕を見せ、鳥肌になっていないことを示す。
「見てて寒いよ! 寒空にシャツ一枚なんて! せめてコンビニまで走ろう、ね?」
「おでんおいしいね!」
「ボクはコンビニのおでんより、ママのおでんのほうが好きだな」
「そうだな」
「アタシはコタツで食べるバニラが好きだな」
「ママは幸せだな」
「パパも幸せだな」
「アタシは普通だな」
等間隔の街灯の下、四つの影が伸び縮みしながら路地を行く。
呼気は白く、風もないのに楽しげに揺れていた。
「それはそうと、よーくん。ママ気になってることあるんだけど」
「あ、ソレ! パパもソレある!」
「なに、いつもこんな風にフラフラ歩き回ってるってやつ? なんで? ばかなの?」
「ママ心配なんだけど」
「パパは信頼してる」
「大丈夫だ。問題ない」
「って、アタシ知ってんだ。自宅警備員してんだよ。いい加減ニート卒業しろって」
「自宅警備? なにそれCMのやつ?」
「そ。警備してんの、こいつ。何考えてんだか」
「近所で空き巣が出た、と訊いた」
「え、なに? よーくん見回りしてくれてるの?」
「これくらいしか、俺には出来ない」
「す、すげーよ葉平君! パパまじでビビった! しびれる!」
「いやいや、アタシの同級生ガチでビビっちゃってるから。通報寸前だよ!」
「うーん、あの蛍光の警備員タスキしていれば大丈夫じゃない? ママもやろうかな。ダイエット」
「それは駄目だ。夜道は危ない。俺一人で良い」
「ボクはいいでしょ? パパはやるよ!」
「ぐ、む。五人までならなんとか…それ以上を相手するとなると護衛も…」
「何の話だよ! 怪しげなことはやめろっつってんの。素直に警察を呼べ!」
間に合わなかったらどうする。何より自分を許せねぇ。
家族に畜生の手が及んだら。許さねぇ。やられる前にやっちまいたい。
「その目つきだよ、デブ! マジ捕まっちゃうよッ!?」
「ホントに最近のよーくん、何て言うの? 精悍? 勇者みたい!」
「息子じゃなかったらボクは逃げの一手だね」
「どう見ても山賊だよ! 骨付きのお肉齧ってるやつ!」
「…俺は、傭兵。お前の、兄だ」
「知ってるよ!」
「お前は、絶対に、守る。指一本、触れさせねぇ」
「話をきけっ! そもそも泥棒は隣町の話だって言ったでしょ!?」
「あ、やっぱり? ママ、泥棒の話なんて全然訊いてなかったから」
「タスキってコンビニでも売ってる? パパ、もっぺん行って来ていい?」
俺の、大事な、大事な家族。
ヨーヘイは宝物を眼下に収め、しっかり胸の内にしまい込んだ。