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high school symphony  作者: 結城麗漓
15/16

動き出す陰謀 (其の弍)



逃げた誠を捕まえる良い案。


果たしてそれは。




「校門と裏門に、検問を張るぞ」




「は? 検問って、ケーサツやないんやから」




突拍子もない昴の提案に、一騎が唖然とし、苦笑を返すが、昴は至って真剣な調子で言い返す。




「阿呆。このままザリガニを野放しにしていたら、本番までに間に合わん。此処まで生徒(あいつら)が準備してきた事を、ザリガニ1匹のせいで、水の泡にするのはごめんだ」




今でも校内では、多くの生徒が球技大会に向けて着々と準備している。


例え、誠1人が減っただけでも、準備に掛かる負担は変わって来るだろう。


そうじゃなくても、誠のせいで、要らぬ労働をさせてしまっている生徒もいるのだから。


生徒会長として、そんな生徒たちの為にも、身内(ザリガニ)の不手際の尻拭いをしなければならない。




「……あの、紫狼くん」




「どうした、今日子」




話を聞いていた今日子が、少し遠慮がちに彼を読んだ為、昴は彼女へ視線を向けた。


彼が今日子を名前で呼んでいる事に、尭之丞の表情が少し厳しくなるが、無用の口出しはせず、彼女の話の邪魔になる事を控える。




「校内と裏門の他にも、確か抜け道は7つほどありましたよ」




「マジか、今日子。どこで知ったんだ、それー? 」




今日子のもたらした情報に反応したのは蕾で、意外そうに訪ねた。


正直、真面目な雰囲気の今日子が、抜け道を知っている事が驚きである。




「えっと、私のお友達が学園中を歩き回ったのです」




「それ、確か(たから)が『学園内探検やー』って言って、えりを引き連れて、学園中を徘徊した時の話だよね」




今日子の話に応えた尭之丞が、溜め息まじりに呟く。




「結局、先生に見付かって大目玉くらってたけど」




「でも、抜け道7つは確実に見つけたと、(ほう)ちゃんは楽しそうでしたよ」




そんな今日子と尭之丞の会話に、昴は口を挟む事にした。




「とりあえずだ、今日子。その抜け道とやらを教えてくれ」




「はいです、紫狼くん!」




そう言って、昴が生徒会で製作した学園地図を会長机の上に広げたので、今日子がヤル気満々の表情で地図を覗き込み、自然とその場にいた全員が、会長席の周りに集まった。




「えっとですね、この体育館の裏に2つと、部室棟の裏に1つ。あとは、この森の中にも2つあります。それから、中等部に1つ、最後に八萬桜(はちまんざくら)の後ろに1つです」




「八萬桜の後ろは、確か崖になっていただろう? さすがに海老原も行かないんじゃないか?」




聖桜学園のシンボルであり、高等部の敷地内に鎮座する桜の巨木を思い出した要が首を傾げる。


樹齢うん千、うん万と噂され、いつから其処に(そび)え立っているのか、地元の老人たちでさえ覚えていない桜の樹。


生徒たちは『世界樹』や『八萬桜』など、好きに呼んでいるが、実際の正式名は誰も知らない。


一応、この聖桜市の御神木ではないかと言われている。




「いや、ザリガニは逃げる事に関しては、労力を惜しまない男だ。俺たちが追って来ると解っているはずだから、恐らく、生徒会小屋(こ こ)から一番離れている八萬桜の抜け道を使う」




そう誠の行動パターンを読んだ昴の言葉に、一騎、紗弓、蕾の生徒会の面々が確かにと、納得する。




「今日子、この八萬桜の抜け道は、どっちの道から行った方が早い?」




八萬桜は、ちょうど高等部の校舎に囲まれるように立っている。


行き道も、学園をぐるりと囲むように作られた森の中を突っ切るか、少し小高い丘の上にある中等部の方から回るかだ。




「たぶん森の中を行った方が近いと思います!この辺りに、木の階段があって、八萬桜が此方で、抜け道がこの間にあったはずなのです」




指で八萬桜周辺の地図をなぞりながら説明した今日子。


そんな彼女の説明に、尭之丞が補足を付け足した。




「因みに、海老原が逃げたのは、校庭のこの辺。で、走っていったのは西側の森の方。此処からなら、こうやって森の中を突っ走れば八萬桜まで15分~20分程度で行けるよ」




「あー……ザリガニ、無駄に足速いから、下手したらもう脱走しとるんやないか」




眉を寄せた一騎が肩を竦めぼやくが、昴は一先ずと、地図をたたみ席を立つ。




「既に逃げた後ならば、また別の手を考える。とりあえず向かうぞ」







一方、逃亡を図っていたザリガニもとい、海老原 誠は、昴の予測通り、八萬桜の抜け道を目指して、森の中を爆走していた。




「へっへっへ!! さしもの昴も、この森の中では見付けられまい。あんな肉体労働なんてやってられるかー!! 」




勝ち誇った顔で笑いながら、森の中を爆走する誠だが、地上に張り出した樹の根に足を引っ掛け、盛大にすっ転ぶ。




「おぎゃあああっ!! 」




一回転し、顔から着地した誠が産声みたいな悲鳴を上げるが、そんな彼を見下すような失笑が届く。




「あらあら、なんて無様な格好かしら」




「なんだとーっ!! この海老原 誠様に向かって、良い度胸だな!! 誰だよ、お前!? 」




垂直に顔で立った誠が、鼻の頭を擦りむきながらも、失礼な事を言う輩に食って掛かる。


誠の真っ正面。


楡の樹に凭れた女生徒が1人と、その取り巻きのように、いかにも不良っぽい男子生徒が4人立っていた。




「お、おお俺になんの用だよっ!? か、金なんて、100円しか持ってねぇぞ!! 」




不良っぽい男子生徒の存在を見るなり、一気に弱気な態度に豹変した誠が、慌てて飛び起き、近くの樹にしがみつく。



そんな彼の様子に呆れた視線を向けた女生徒が、馬鹿にするような溜め息を漏らした。



如何にも「お嬢様」ですと言う巻き髪に、プライドの高そうな、キツい顔立ち。


制服の襟と袖、そしてスカートの裾部分には、明らかに校則違反な金の刺繍がしてあり、白いレースまで着けて改造していた。




「まったく、この(わたくし)を存じ上げないなんて、これですから貧乏人は無知で嫌ですの!」




今時、本当にこんな高飛車な口調と態度で話す人間がいるんだなと思いながら、誠は不良たちが怖くて、黙って女生徒の話を聞くしかない。




「良いです事!? 別にとって食ったりしませんから、ご安心なさい。貧乏人、貴方に聞きたい事があるんですの」







誠を捜していた昴、一騎、要そして今日子は、森の入り口ら辺にいたが、何処からか聴こえてきた聞き慣れた悲鳴に気付き足を止めた。




「今の産声みたいな悲鳴って、あのドブガニぽかったなぁ」




「悲鳴と一緒に、何か鈍い音も聴こえたぞ?」




あっちの方だなと、木々の並んだ奥地を指差した要に、悲鳴を聞き分けた一騎が頷く。


森の中は、歩きやすく土がならしてあるが、自然に増えていった木々や、生い茂る茂みのお陰で、当初造られていた遊歩道はだいぶ獣道と化している。




「今日子、例の階段があるのはあっちか?」




「はいです。でも、お話に聞いていたより、道が塞がってます」




確認した昴に答えた今日子が、困ったように呟く。


しかし、茂みの方を調べていた一騎と要が、2人を呼ぶ。




「昴、今日子ちゃん。ちょお、来てみ」




「少し前に、この獣道を誰か通っているな。草を掻き分けた後と、踏み締めた後が残っている」




そう説明した要の言葉通り、前方に伸びる獣道には、人が通った痕跡が確かに残っていた。




「えっらいがに股な足跡やな。こら、ザリガニで間違いなないやろ。あいつ、走る時、がに股になるし」




「よし、とりあえず行ってみるか。今日子、草が多いから、怪我しないように気を付けろ」




ズボンで足を保護されてる自分たち男子とは違い、膝上丈のスカートの今日子では、この獣道は少し厳しいかもしれないと、昴が気遣うが、彼女は臆する事なく笑顔で応える。




「ご心配ありがとうございます、紫狼くん。でも、ハイソックスなので大丈夫なのです!」




「ほんま、見かけによらず逞しい子やなぁ」




「それが黒姫の良いところだ」




苦笑を漏らした一騎に、頷いた要が呟く。


昴も、今日子の頼もしさに表情が緩みそうになるのを堪えながら、彼女の肩を静かに叩き促す。




「急ぐぞ。案内頼む、今日子」




「はいです!! 」




念のため、先頭を一騎、要が走り、真ん中に今日子を入れて、しんがりを昴が努める。


彼女の案内を頼りに、鬱蒼と茂る獣道を4人は走った。



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