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high school symphony  作者: 結城麗漓
12/16

名前のない想い(前編)



聖桜学園は、二週間後に迫る球技大会の準備に追われており、それはもちろん、昴たち生徒会も例外ではない。


各方面への手続きや準備に、目が回るような忙しさが続き、たまたま剣術部としての打ち合わせに来た要と円も、助っ人で駆り出されているくらいだ。


また、今回は要と円の口添えで、校庭や体育館の整備したりする外回り組の手伝いに、皆守も来てくれている。



そして、もう一人。


生徒会小屋の空いてる事務机に座り、溜まった書類整理を任されている今日子。




「それにしても、黒姫と昴が同じクラスだったのは意外だな」




「俺は、こいつが剣術部マネージャーだった事が驚きだがな」




手を動かしながら、そんな会話をする昴と要に、今日子は笑顔で応える。




「剣術部には、お友達がいるので、お手伝いしてるのです。紫狼くんとも、こないだ お友達になったんですよ~」




そう言いながら、淡々と事務作業をこなしていく。


かなり慣れた様子に、昴が意外そうに訪ねた。




「というか、黒姫。かなり事務作業に慣れてるな」




「はい!マネージャーのお仕事で慣れてますから!!」




一点の曇りのない笑顔で応える今日子の言葉に、要と円が補足として口を挟む。




「本来ならば、顧問がやる事務仕事も含まれるんだが。あの先生、マネージャーの黒姫と円に押し付けてるからな……」




「ふふ、でも今日子ちゃん、嫌がってないのよね。なんでも楽しんで取り組もうとしてる。たぶん、人の役に立つ事が嬉しいのね……」




溜め息まじりに愚痴った要とは逆に、円は素直で可愛い後輩を微笑ましく見やる。


今回の手伝いも、今日子自身から申し出てくれた事で、昴たち生徒会はとても助かっていた。


だから自然と昴は、事務作業に勤しむ彼女を見つめ、その表情に柔らかい微笑みを見せる。




「「っつ……」」




瞬間、一騎と紗弓は、思わず持っていた書類の束をと派手に床にバラ撒いてしまう。




「あーあ、なーにやってんだよ。一騎も紗弓も」




「す、すみません……。つい……」




「いっや~、めっずらしいモン見てもうたわ~」




呆れた蕾の声に、二人は慌てて書類を拾い集めるが、一騎も紗弓も素直に驚きを隠せない。


嘲笑や失笑ではない、昴の純粋な笑顔など、付き合いの深い彼らでも、滅多に見れるものではないからだ。



そして、書類を一通り拾い終えた一騎が口角をあげると、今日子を見つめていた昴の肩に腕を回し、彼にだけ聞こえる声で囁く。




「なんや、昴~? えっらい今日子ちゃんの事を気に入っとるみたいやなぁ~」




「うるさい、黙れ。抜くぞ」




「何を?」




からかう一騎に、思わず青筋を浮かべた昴が凄むが、そんな彼の言葉が聞こえた蕾が、いちいちツッコミの手をいれる。




「なーなー、一騎の何を抜くんだ?毛か~?てか、なんの話してんだよ~?」




「やかましいっ!! 黙って、仕事しろ!」




「短気なやっちゃなぁ~」




怒鳴った昴など気にせず、一騎も蕾もニヤニヤと口角をあげているのだから、なかなかムカつくものだと、昴は拳を鳴らす。




「あの、紫狼くん」




「なんだ、黒姫」




今日子に呼ばれた瞬間、それまでの不機嫌顔を一変させた昴の反応に、紗弓は唖然としてしまう。



そんな彼へ、受け持っていた書類を渡しながら、今日子は満面の笑顔を向けた。




「球技大会関連の書類、まとめ終わりました!次はどれを、お手伝いすれば良いでしょうか?」




「お、おお。早いな、本当に」




彼女の笑顔に圧倒されつつ、書類を受け取った昴だが、その表情は無愛想が崩れそうなのを、必死で堪えているらしく、顔の筋肉が引きつっている。


そんな彼の面白い反応に、一騎が食い付かないわけなく、再び昴の肩に腕を回しからかう。



「ほんま、今日子ちゃんは仕事早いし丁寧やし、最強の助っ人やなぁ。どや、このまま今日子ちゃんに生徒会入りしてもらうんは?」



「余計な事を言うな、一騎っ」




眉を寄せ、舌打ちを漏らした昴が、軽口を叩く一騎を鋭く制す。



「それを決めるのは俺だ。お前はいつも、お節介が過ぎる」



「おっと、それは悪うかったわ。ま、俺のくだらん戯れ言や。気にせんでえぇで~」



表情をしかめた昴の様子から、少しやり過ぎたと察した一騎が、そう素直に謝る。


そうして、外回り組の様子を見て来ると言って、彼は生徒会小屋から出て行ってしまった。



「あちゃ~。昴も言い過ぎだぞ~?」



「うるさい」



諌める蕾を低い声で制した昴が、荒い足取りで会長席に戻って行く。


眉を寄せ、頬杖をついた彼が宙を睨む。

その様子に、紗弓が心配そうに何か言いかけるが、寸でで円に止められてしまう。


口の前で人差し指を立てた円が、静観する事を促し、隣にいた要も同意するように頷く。


そうしてる間に、会長席まで来た今日子が、不機嫌な彼に声をかけた。



「あ、ああの、紫狼くん」



彼女の声に、昴は視線だけ寄越すが、それ以上の返事はないようだ。



「五月女くんと喧嘩をされてしまわれたのでしょうか? もしその原因が私なのでしたら、ええっと、その……」




困ったように眉を八の字に垂らした今日子が、責任を感じてしまっており、そんな彼女の様子に、深い溜め息を漏らした昴が、そのまま机に突っ伏す。



「はわっ!? え、えっと、紫狼くん、だ、大丈夫ですか?も、もしや、ご気分が悪いのですか!? 紫狼くん!? 」



ますます慌てた今日子の声に、昴は科すかに頭を上げると、彼女はまるで、ぜんまい人形みたいに両手をじたばた動かしていた。



「……別に、お前のせいじゃねぇよ。慌てすぎだ、阿呆」



顔を上げた昴が、そう今日子に言い、じたばたする彼女の手をそっと掴む。



「紫狼くん……?」



不意に、手を掴まれ不思議に思った今日子が首を傾げつつ、顔の顔を真っ直ぐに見つめる。


そんな彼女の視線に応えながら、昴は穏やか笑みを浮かべた。



「気遣わせて悪いな、今日子」



そう告げると、昴は席を立ち、出入口の扉へ向かう。



「ちょっと出て来る。何かあったら、連絡しろ」



「ほーい、行ってらー」



特に気にする様子もなく、蕾が軽く手を振り見送った。

だが、その背後では、静観していた紗弓が再び書類をばら蒔いている。



「い、今、黒姫さんの事、名前で呼びましたよね。一瞬前まで名字で呼んでたのに、急に名前呼びに、変わりましたよね……?」



「ふふふ。昴ったら、青春してるわね……。でも、まだまだ青いわね、彼も」



唖然とする紗弓をよそに、円は愉しそうに、ほくそ笑んでいる。



「そこまで驚くか、紗弓? 」



彼女の狼狽ぶりに、思わず要が訊ねるが、だって兄さまと、紗弓は眼を丸くしながら応えた。



「普段は誰に対しても俺様で、無愛想な昴が、黒姫さんに対しては、全然違うんですよ? 普段の彼を見慣れている私からしたら驚きますよ!!」 



「あー……まぁ、な。あの笑顔は、オレも初めてみたわ……」



  

紗弓たちほどの動揺は見せなかったが、意外に思ったのは事実だと、要は苦笑を漏らす。




「でもさー、実際のところ。今日子と昴って、何処までいってんのー? 」




「つ、蕾先輩っ!! 」



ストレートな質問を今日子本人に投げ掛ける蕾に、紗弓は慌ててしまうが、今日子はまったく意味が解っていないようだ。



「何処まで……とは、よく解りませんが、紫狼くんは優しくて素敵なお友達ですよ。今度、一緒にお弁当を食べるのです!」




純真無垢な笑顔とは、こうゆうのを言うんだろうなと、彼らが納得するくらいの、真っ白な笑顔を見せた今日子に、紗弓、蕾が渇いた笑みを浮かべてしまう。



「うっわー……。昴の奴、攻略難易度がべラボーに高そー」




「昴……。大丈夫でしょうか?」



絶対に恋愛ごとには疎そうな今日子が相手では、さしもの昴も苦戦するはず。


いや、間違いなく苦戦するなと、傍らで話を聞いていた要と円は、主不在の会長椅子に生暖かい視線を送ってしまうのだった。

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