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high school symphony  作者: 結城麗漓
10/16

黒姫 今日子と言う少女



今日子を落ち着かせた所で、昴は彼女の手からプリント用紙を引き取る。




「貸せ。俺が持ってやる」




「ふぇ?! そそそんな悪いです!これは、日直の私のお仕事ですから、えと、あの……」




「阿呆。日直は俺もだろうが」




慌てる彼女を制した昴の言葉に、あっと、間の抜けた声を漏らした今日子が、もともと大きい瞳を更に見開く。




「まったく、だいたい担任も、お前にばかり雑用を頼みやがって……」




そうぼやいた昴は、教卓の上に置かれたままの教材を見やる。




「特に、こんな超大判地図なんて、女1人で持てるわけないだろうに」




担任への愚痴を溢しながら、巻物のように巻かれた超大判地図を円筒状の入れ物に直す。


そしてプラスチック製の入れ物に備え付けられた、担ぎ紐を右腕に通し、肩に担いだ昴が、そう言えばと思い出した。




地図(こいつ)、あと2本あっただろう。そっちはどうした?」




授業で使った大判地図は、全部で3本だったのを思い出した昴が疑問に思う。


この超大判地図は、身長198㎝の昴だからこそ、軽々と持てるが、実は重く、恐らく30㎏ぐらいあるだろう。


また、高さも170㎝はある。


あきらかに小柄で華奢な今日子では、とても1人で運べないだろうと、疑問に感じた昴に、彼女は朗らかに笑いながら応えた。




「あ、えと、もう2本は、(タカ)(シン)が持って行ってくれました」




「ああ、お前の幼馴染み2人か……」




今日子の返答に、よく彼女と一緒にいる、2人のクラスメート男子を思い出す。




「ならば重いものは、そいつらに任せておけば良いだろうに」




「いいえ、そんな訳にいかないです!お手伝いして頂けるのに、私だけ楽できませんのです」




さも当然と言う表情で笑い応えた今日子に、昴は小さく溜め息を漏らすと、彼女を促し歩き始める。




「行くぞ」




「はいです!あ、あの、紫狼くんも、お手伝いありがとうございます!!助かりますです!! 」




無邪気に微笑んだ今日子が、先を行く昴の背中を追い掛けながら、素直に感謝を口にした。


そんな純真無垢な笑顔に、思わず昴は見とれてしまうが、すぐに無愛想を作り、ぶっきらぼうに応える。




「俺も日直なんだから、手伝うのは当然だろう」




「でも嬉しいです、ありがとうございます。紫狼くんは、本当にお優しいです!」




細かい教材が乱雑に入った段ボールを持ち、隣に並んだ彼女の、裏表ない言葉。


しかし、昴は照れ隠しから、ぶっきらぼうな態度を返してしまう。




「……阿呆か。寝ぼけた事言ってないで、さっさと行くぞ」




「はい!」




そんな彼の無愛想を気にする事なく、今日子は終始笑顔で応えてくれる。


昴が、今日子と言う少女を気になる理由は、一重に彼女の性格だ。



誰に対しても笑顔を絶やさず、相手がどんなに悪意を向けようと、決して悪意を悪意で返さない。


ひねくれた見方をすれば、「偽善」「八方美人」などと、誤解を受けかねないが、今日子のもつ性格(それ)は、そうゆう偽物(もの)とは全く違う。



同じクラスになって、まだそんな日も経っていないが、見ていれば人間性など解ると、昴は隣を歩く今日子を横目で見やる。



決して、特別に美少女と言うわけでも、魅惑的なスタイルと言うわけでもない。


極普通の女の子だ。




「どうかしましたか?」




自分を見やる彼の視線に気付いた今日子が、此方へ顔を振り向かせた為、昴は顔を反らして応える。




「なんでもねぇよ」




極普通の女の子だが、少し他の女の子とも違うと、昴は廊下を歩きながら思った。



少なくとも、今まで自分に言い寄り、まとわりついていた女の子とは、あきらかに違うものが、彼女にはある。




「あら、昴くん、ごきげんよう。お久しぶりですわね」




ふと、反対側から歩いてきた女子生徒が、昴の存在に気付き、声を掛けてきた。


途端に彼の表情が険しくなり、明らかな嫌悪が生まれる。


しかし、気品ある振る舞いと顔立ちの女生徒は、自慢げに巻髪を白い指先で払いながら、構わず話しかけてきた。




「会長はお元気でいらっしゃる? 昴くんも生徒会長として、素晴らしい働きをされているみたいね。さすが紫狼財閥の血筋ですわ」




口元と眼の表情が一致しない女生徒が、強調するように告げた『紫狼財閥』の名に、昴は小さい舌打ちを漏らしていた。



彼の家を知るものの大半が、紫狼家の持つ各界への太いパイプと、財力と権力を目当てに、孫息子である昴に取り入ろうとする。


彼自身は、家や一族の力をひけらかしたり、利用するのを極度に嫌っているが、周りはそう思ってくれない。




「今度、お父様とご一緒に、紫狼家にお邪魔しようと思いますの。

その際は、昴くんもご一緒にして頂けたら嬉しいですわ。出来れば、会長もご同席頂けると良いのですけど……」




媚いるように、昴を見つめた女生徒が、打算的に笑う。


彼女の狙いが何かなど、昴には考えなくても解る事。




「断る。貴様に興味はない」




「ふふ、つれない方ですわね。ですけど、貴方もそろそろ、将来をお考えにならなくてはいけませんわよ? そう、例えば婚約者になられる方の事とか」




戯れるように眼を細め笑った女生徒が、冷たく突き放す昴を挑発するかの如く言う。


その話に、彼はまたかと、ヘドが出そうになる。


最近、自分に言い寄る者の大半の目的が、紫狼財閥の孫息子である彼の婚約者に関して。


実際はそんなもの探しちゃいないし、紫狼財閥会長である昴の祖父も、孫息子の将来に無理強いする人ではない。



だが、少しでも紫狼財閥のおこぼれを頂戴しようとする輩が、最近はそんな理由をつけて、言い寄ってきていた。




「同じ事を何度も言わせるな。この俺が貴様のような女に興味を持つとでも思ったか? 勘違いするな、失せろ下種(ゲス)が」




募る苛立ちを剥き出しにした昴が、忌々しく吐き捨て、隣にいた今日子を促す。




「これ以上、貴様に付き合う道理はない。行くぞ、黒姫」




「え、は、はい!」




すっかり蚊帳の外にいた彼女は、戸惑いを隠せないが、既に昴が歩き出した為、慌てて彼を追い掛ける。


そんな彼女の存在を視認した女生徒が、腹立ち紛れに、悪意ある言葉を投げ掛ける。




「昴くん。そんな底辺な貧乏人を可愛いがるのは、趣味が疑えますわよ? 紫狼財閥の貴方には、もっと相応しい方がいらっしゃるのですから」




そう嘲笑い、女生徒は今日子を見下すように睨むと、歩き去っていく。


その姿を見送り、昴は呆れと憤りが混じった溜め息を一つ溢した。




「紫狼くん、大丈夫ですか? 」




「何が」




気遣うように訪ねた今日子に、昴は素っ気なく返すが、彼女は感情豊かな瞳を怒らせながら、応える。




「紫狼くんが、悪口を言われた事ですよ!! 」




その言葉に、昴は思わず呆気に取られてしまう。


あの女生徒の悪意は、今日子に向けられたものなのだが、全く気付いてないようだ。




「……あのなぁ、黒姫。あの女は、お前を悪く言ってたんだぞ? 」




「え?! そうなのですか? で、ですが、あの方は、丁寧な言葉でしたが、その、言葉の端々は冷たくて、紫狼くんも困ってるようでしたから……」




自分に向けられた悪意には、ちっとも気付かないのに、人の心配だけは一生懸命で、鋭く勘を働かせる彼女の様子に、昴は申し訳なく思う。


例え本人が気付いてなくても、あの女生徒が悪意を向けたのは事実。




「悪かったな。あの女の言った事」




「どうして紫狼くんが謝るのですか?」




謝る彼を、不思議そうに見返した今日子。


なので昴も反応に困る。


悪口を言われた事に気付いてないのだから、確かに彼に謝られても、仕方ないのかもしれないが、昴としては、自分のせいでとばっちりを食らった事が、気がかりだった。




「あの方のお話は難しくて、私にはよく解りませんでしたが、私は全然気にしてませんよ? だから、紫狼くんも元気だして下さい!」




そう朗らかに微笑んだ今日子の笑顔は、昴の心に真っ直ぐに響く。


挙動不審で、パニックになりやすく、見ていて面白い彼女だが、本当は自分よりずっと、芯の通った真っ直ぐな女の子なんだなと、改めて黒姫 今日子と言う人柄を知った。



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