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high school symphony  作者: 結城麗漓
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生徒会小屋

学園都市、聖桜(セイオウ)市。


私立・聖桜(セイオウ)学園。


初等部から大学部まである附属学園。


その広大な敷地内にある校舎や体育館は、どれも一般校より立派な造りをしており、初めて訪れる者は度肝を抜くだろう。


また、学園敷地内には、樹齢何百、何千と噂される桜の大木があり、春には見事な花を咲かせている。



そんな絢爛豪華な校舎が並ぶ敷地内に、一ヶ所だけ、不釣り合いな掘っ立て小屋があった。


工事現場の木材置き場みたいな、質素な建物。



そこは全てを取り仕切る生徒会室、ではなく生徒会小屋である。



質素な外観とは裏腹に、内装は綺麗に改装されており、役員分用意された事務机が均等感覚で並ぶ。


室内にいる役員は4人、それぞれが自分に与えられた席に座っているが、そんな中で、入り口から一番遠い場所に置かれた事務机の椅子には、気だるげな様子で姿勢を崩した男子生徒が座っていた。




「暇」




「おいおい、沈黙を破った台詞(セリフ)がそれかいな」




退屈そうに頭の後で両手を組んだ男、紫狼(シロウ) (スバル)が呟く。


無造作に伸びた、黒いざんばら髪。


切れ長の瞳を退屈そうに細めているので、態度悪く見えるが、彼こそが聖桜学園生徒会長だ。


198㎝の長身に、切れ長の鋭い眼光、愛想のあの字もない無愛想な態度に、初対面の相手を萎縮させてしまう事もあるが、不思議と人望を得るカリスマ性を持っている。



そんな彼の右隣の席に座り、昴の独り言に応えた関西弁の彼は、五月女(サオトメ) 一騎(イッキ)


昴と並ぶぐらいに身長が高く、逞しい筋骨隆々は服の上からでも解り、しかし決して暑苦しさはない。


清潔感のある短髪と、頼もしさのある笑顔は、昴より生徒会長らしい雰囲気だが、書記役員だ。




「それが、昴だってぇ。ねぇ、胡蝶さん! 」




「私に話し掛けないで、海老原くん。ザリガニの臭いがするから……」




浮かれた様子で口角を上げ、向かいの席に座る知的な女生徒に話を振った挙げ句に、容赦なく一刀両断された軽い感じの眼鏡の彼は、海老原(エビハラ) (マコト)


前髪を眉の上で綺麗に切り揃え、媚びるように、にやけた口元から漏れるのは、軽薄な口説き文句だけと、誠と言う名に完全に負けている。



三度の飯より女が好きと豪語する学園一の女タラシで、性別が女に分類されるならば、老若問わないらしいが、その軽薄な性格と行き過ぎたアプローチから、女性からは毛嫌いされていた。



そして誰がつけたか、彼のあだ名はザリガニ。 




「んん~!! つれないなぁ~、胡蝶さぁん。でも、そんな所もプリチーだね! 」




「気持ち悪いです。話し掛けないでください」




軟体動物のように、身体をくねらせた誠の軽口に、向かい側に座る女生徒が、握っていたシャーペンを今にも折りそうなくらい、指に力を籠める。



気品漂う佇まいと、肩口で綺麗に切り揃えた髪、憂いある瞳、まるでお伽噺のお姫様を絵に描いたような、美しく可憐な彼女は胡蝶(コチョウ) 紗弓(サユミ)



生徒会の副会長は、目下、生徒会庶務役員に口説かれている所だ。




「胡蝶さぁん、今日の放課後さぁ、俺とデートしない? 」




「しません。話し掛けないでください、ドブガニさん」




「スッゲー美味いパスタ屋見付けたんだよ。んで、食べた後は俺の家で、一緒にエロゲーやろうぜ! そいつに出てくる攻略ヒロインの一人が胡蝶さんに似てて……」




人の話を聞かない誠に、紗弓の身体が怒りで小刻みに震え始める。


いっそう、握っているシャーペンを突き刺してやろうかと、殺意が芽生えてしまうが、彼女が行動するより先に、横で誠のデリカシーない話を聞いていた昴が、我慢ならずに、手元にあった卓上型の鉛筆削り機をぶん投げた。




「うるせぇっ!! 」




「ごふぅっ!! 」




鉛筆削り機が側頭部に直撃し、誠は汚い悲鳴と共に、椅子から転がり落ちる。




「おいおい……昴。さすがに鈍器は駄目(あかん)やろ?」




「あのドブガニが、あれぐらいでくたばるかよ」




苦笑を浮かべた一騎に、苛立ち気味に方眉を跳ね上げた昴が椅子から立ち、床に転がる誠に近付いていく。




「おい、ザリガニ。暇なら飲みもん買って来い」




見下ろすように仁王立ちした昴の命令を、誠は気絶したふりして遣り過ごす。



が、昴にそんな猿真似が通じるわけもなく、次の瞬間、誠の身体は生徒会小屋の外に放り投げられていた。




「ひっ、人を放り投げるなんて、非常識だぞっ!! 昴っ!! 」




「万年発情期のセクハラザリガニに言われたくねぇ」




凶悪に眉を跳ね上げた昴が言い捨て、そんな彼の背後から顔を覗かせた一騎と紗弓が便乗する。




「あ、オレ、コーラでな。ザリガニ」




「私はオレンジジュースで。あ、缶に触る時は手袋して下さいね。素手で触ったら潰しますから」




「何をだよ……。おい、ザリガニ。俺様にはブラックコーヒー買って来い。ブラック以外を買ってきたら殺す」




紗弓に突っ込みながら、自分の分をリクエストした昴の態度に、誠は何か言いたげに口元を動かすが、逆らうのも怖いので従うしかない。


しかし、ここで素直に従わないのも、誠である。




「……なんだ、その手は」




昴と一騎に向かって手を差し出した誠が、ニヤリと口角を吊り上げる。




「金だよ、金。買って来てやっから、金を寄越しやがれ」




「あ? ザリガニの分際でふざけるな。殺すぞ」




「あだだだだっ!! 」




差し出した誠の手の甲を、思い切りつねる。




「テメェが出すに決まってんだろうが。焼いて食うぞ、ザリガニメガネ」




「ほな、ちょうど()え所に、バーナーがあるで? 」




なんであるのか解らないバーナーを手にした一騎が、ニヤニヤ笑うが、苦い顔をした紗弓が口を開く。




「やめてよ、昴、一騎。あんなもの食べたら食中毒になるじゃない。それに、本物のザリガニに失礼よ。それより、そこのザリガニ以下の微生物くん。私のオレンジジュースはまだかしら? 」




「おら、さっさと行け。ザリガニ以下の微生物」




「変な呼び方すんなよっ!! それなら、ザリガニで良いわ!! バカヤロー!! たくっ、行けばいいんだろ、行けば! 」




そう文句を言いながら、生徒会小屋を走り出して行った誠を、一騎が軽く手を振り見送る。


恐らく、体育館横にある自動販売機に向かったのだろう。



生徒会小屋の扉を閉めた所で、昴の携帯電話が着信を知らせる。


無機質な電子音を響かせる携帯電話のディスプレイ画面には、昴のよく知る人物名が表示されていた。




「……要か。どうした」




『昴。生徒会の仕事中に悪いな』




掛かってきたのは、剣術部部長である己嶋(コジマ) (カナメ)


3年の先輩を呼び捨てする昴だが、相手の要は気にした様子はない。

また、昴自身、この電話相手を割かし気に入っている。




「気にするな、ちょうど暇にしていたところだ」




『すまんが、大事な用件でな。うちの道場周辺の人払いを頼みたい』




「分かった。時間は1時間程度で大丈夫か?」




なにやら深刻そうな相手の様子に、昴は無駄な問答をせずに話を進めていく。




『ああ、時間はそれぐらいで大丈夫だろう。頼む』




落ち着いた声と口調で応えた要に、短く返事を返して、昴は電話を切ると、すぐに行動に移る。




「紗弓。(ツボミ)に連絡。1時間程度、剣術部道場周辺の人払いをさせろ」




「解りました」




頷いた紗弓は、すぐに机の上に置いていた携帯電話を取り、目的の人物に連絡を取り始めた。


そんな彼女の行動を確認し、昴は自分の席に戻ると、一騎に話し掛ける。




「一騎。例の件はどうなってる?」




「難航しとるで。誰もやりたがらへんしな」




そう呆れたように応えた一騎が、両手を少し挙げて、肩を竦めてしまう。


なので、そうかと短く応えた昴は、しばし何事か考えた後、結論を出す。




「分かった。その件は、俺が預かる」




「りょーかい。ま、お前に任せた方が、人選的に安心や。下手に人任せにすると、ロクでもない奴を連れて来そうで怖いし。ほな、これ資料な」




そう苦笑を浮かべた一騎が、自分の机の上に重ねていた書類の中から、例の件が記載された資料の束を昴に渡す。



その時、紗弓が連絡を取っていた相手が、ようやく電話に出たらしく、電話相手の大きな声が、電話越しにもハッキリと聞こえてきた。




『紗弓かー?どうしたん?』




間延びした口調の幼い感じの声の主は、生徒会小屋に不在の役員だ。




「蕾先輩、お仕事です。剣術部部長からの依頼で、1時間程度、道場周辺の人払いをお願いします。海老原くんも、たぶん体育館付近を徘徊してると思いますので」




「オッケー、オッケー。ザリガニにも手伝わせれば良いんだな。任せとけぇい!」




ヤル気満々の蕾と言う生徒会役員に、お願いしますと、改めて頼むと、紗弓は電話を終えた。


直後、彼女はひとつ溜め息を落とす。


副会長としての立場上、仕方ないのだが、後輩である自分が、一学年上の蕾に指示するのは、未だに抵抗がある。



視線を向ければ、昴と一騎は、例の件で話し合っている所だった。




(……空席のままの風紀委員長と、部活動長も早く決めないといけないけど、それもきっと、また先輩がなるんでしょうね)




別に副会長の立場が嫌いなわけじゃないが、先輩にあたる人たちに指示を出したりするのだけは、正直、億劫に感じる事もあるし、一部の先輩方からは、反発もあったりする。




(それを言ったら、昴なんて、私以上なんでしょうけど……)




同じ1年生で生徒会長に就任した彼は、多くの生徒から支持されているが、反発する輩がいないわけじゃないのは、紗弓も副会長の立場からみて解っていた。




「今のところ、有力な推薦人は要だな」




資料を読みあさりながら呟いた昴の言葉に、一騎が頷きながら応える。




「そやなぁ、風紀委員長、部活動長ともに推薦されとるんは、あの人ぐらいや。紗弓はどう思う?」




不意に話題を振られ、物思いに耽っていた紗弓が、慌てて返答を口にした。




「は、はい。風紀委員長も部活動も、責任の重い役職ですが、己嶋先輩は、実力的にも、人物的にも信頼を得ている方です。有事の際の判断力も優れていると言う話ですから、問題はないかと……」




少しマニュアル的な返答になってしまった気がするが、昴も一騎も、納得してくれたのか、何も言わなかった。


再び2人だけで会話に戻ったので、紗弓は机の上に綺麗に整頓し並べていた例の件の資料を手に取り、目を通す。



現在、聖桜学園では、2つの役職が役員不在となっている。



治安維持、生徒同士の争いの仲裁、処断を取り仕切る風紀委員会の風紀委員長。


そして、高等部部活動全部の動向を取り締まり、無用のトラブルを防ぐ部活動長。



どちらも責任の重い役職であり、生徒からの風当たりも強く、自らやりたがる者がおらず、役員不在のまま、ずるずる来てしまっていた。




「箝口令を出してるから、要の耳にはまだ届いてないだろうが時間の問題だな」




「生徒はともかく、教師連中は痺れを切らしとるし、お喋りな教師もおるからなぁ」




「仕方ない。直接、本人に話すしかないな」




深い溜め息を漏らした昴が、資料の束を投げるように机に置きながら呟いた為、紗弓が心配し口を挟む。




「でも、昴。昴は、己嶋先輩をこの件に巻き込むのを嫌がってたでしょう?良いの?」




昴が要の事を信頼し、気に入ってる事を知っていた紗弓は、以前、彼がこの件で要の名前が上がった時、反対していた事も覚えていた。


同じく彼の本心を知っている一騎が、昴の言葉を代弁するように告げる。




「己嶋先輩は、もう剣術部の部長もやっとるからな。これで、あと2つ役職を任せるのは、きつい話や」




かと言って、他に心当たりがないのも解っている昴は、もう一度、深い溜め息を落とすと、覚悟を決めて口を開く。




「生徒会の一存で決めれる問題ではないからな。本人に話をして、要が断るならそれで構わない。教師には、俺から話をつける。最悪の場合、俺が請け負うさ」




そう言って、昴は要の携帯電話にメールを送る。


恐らく、向こうは部活動の話し中だろうから、メールの方が良いだろう。



そちらの用件が済み次第、生徒会小屋に来るようにと言う感じでメールを送ると、昴は携帯電話を胸ポケットにしまった。



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