hack 6
※
ネット上に流出したデータは半永久的に消える事がない。
誰かに保存されてしまえば、そのデータは必ず何処かに残る。
時間が経てば膨大なデータの中に紛れ、何時かは、
“見えなくなる”かもしれないが、消える事はない。
人間の脳と同じだ。
記憶したことを忘れてもそれは必ず脳内の何処かに保存されている。
流石に教師も堪忍袋の緒が切れたのか、
一喝入れると室内は静かになり、授業は進行を取り戻した――。
情報の流転は早いもので、学校内での話題は、
今朝の地震のニュースから、今では桐ヶ谷奈々果の
個人情報流出の件へと世代交代されている。
ウィルスに感染?
セキュリティソフトを入れて常に最新バージョンにしておけば
大体のそれは免れるはずだ。
USBメモリーを何処かに置き忘れた、とかならば話は別だが。
一昔前に、企業や市町村のデータが流出する事件が頻発していた。
それらの殆どがセキュリティを放棄した事が原因だった。
何かアングラ的な物にでも手を染めなければ、
そう簡単には感染しないはずだ。
とは言え、この間の寧音のアカウントハックの件と良い、
ネット上に完璧なる安全は存在しないのも確か。
奈々果の使うパソコンについては全く知る所ではないが、
今回の件は気の毒だとしか思えなかった。
夕方のニュース番組を横目にしながら、夕食の時間。
寧音もそろそろ現実に目を向けて、例のメールに対して、
真面目に考えなければと、憂鬱で食欲も進まない。
会話もなく、母親と二人で食事をしていると、インターフォンが鳴った。
母親が箸を止めて対応する。
「――寧音に、だって」
「……え?」
意味が分からなかった。
宅配便なら届く予定はない。
宗教の勧誘なら態々を自分を指名する必要もない。
学校で寧音の自宅を知っている人間もいない。
近所の小学校や中学校と違い、高校ではみんな通学路がバラバラで、
電車やバスで一時間掛けて登校してくる生徒も居るぐらいだ。
友達の居ない寧音なのだから尚更に検討が付かない。
待てよ、小中学校の頃の知人なら可能性はあるかもしれない。
しかしそれでも訪ねてくる理由が分からない。
とりあえず、玄関に行き、扉を開けた。
そこに立って待って居たのは――。
目を赤く腫らし、悪意と憎悪を混ぜ合わせたような、
醜い顔をした桐ヶ谷奈々果と、
見知らぬ男が立っていた――。
『――協力とは何をすれば良いのですか』
単純なメールを 『管理者 へと送信する。
返信はすぐに返ってきた。
『我々に協力する気になってくれたのならこれ以上嬉しいことはない。
君にやってもらいたいただ一つだけだ』
『しかし、その前に本当に君が協力する気があるのなら、
それらを詳しく説明する前に、病についての情報を提供しよう。
どうだろう? 今、一度問う』
肯定の意を込めたメールを送り返す。
20分程たって返信が届く。
『正直、君の病についての名称は我々にも分からない。
だから、我々はこう呼んでいる。
パルス・ブレイン・シンドローム(PBS)と』
『君は一度、産まれた時に生死を彷徨っていた。
そして脳の手術を幾度か受けた経験があるはずだ』
『この時、手術室や治療台、病室など、至る所に電気設備が
揃えられていた。 君が入院していた三年の間に医療技術は進み、
最新の医療器具なども投入されて行った』
『そこで君は、術後の脳細胞が作り替えられるなか、これら
医療器具から多くの電磁波を浴び続けていた。
これこそが、君の脳に後遺症が残った、病の経緯だ』
確かに自分は産まれた時に看護師によるミスにより、
生死を彷徨い、脳の手術を受けている。
以前、襟原にも言われ腹を立てた。
だがそんな産まれて間もない手術など覚えているはずもなく、
家族からも大変な手術だった、ぐらいしか聞かされていない。
ほぼ初見の講義を受けている気になった。
自分の事なのに、何も知らない――。
『簡単に説明するならば、病院内では携帯電話の電源を
切っておく決まりがる。 これは医療器具に対する余計な
電磁波を遮る為に必要な行為、と言うのは常識だ』
『また、もし付近に心臓にペースメーカーを埋め込んでいる
人間がいた場合、誰かが持つ何らかの電磁波の影響を受け、
不具合を来たし最悪を招く危険性もある。 君の症状は
それと似た特性を持っている』
簡単な説明とは書かれているが、それでも良く分からない。
言いたい事はそれとなく伝わるのだが、理解が追いつかない。
その旨をメールし、さらに返信を待つ。
『通常、人間が生活をする上で浴びている電磁波は、
人体には影響のないものが殆どだ』
『もし影響があるとすれば我々人類は、
今とは全く違う生活を強いられていた事だろう』
『しかし、君の場合、大量の電磁波が脳に到達すると、
手術を受けた脳の後遺症にスイッチが入る。
すると、周囲の電磁波に更に敏感になり、
体内への悪影響、発作が起こる――』
『精神状態によっても左右されやすいが、これが君を悩ます
後遺症の大体のメカニズムだ。 要するに君の脳には、
後遺症と言うペースメーカーが埋め込まれている、と言う事だ』
脳にペースメーカー?
納得が行くような、行かないような。
未だ、要領を得ない。
『そして厄介なのはむしろここからだ。 逆に電磁波の影響を失うと、
君の後遺症、つまり脳細胞は活動を停止し、最悪、
死に至る可能性がある、と言う事』
『君にとって電磁波とは
忌々しい物だろうが、そこが心臓のペースメーカーとの相違だ』
長年、付き合ってきた自分の病。
PBS――と呼ばれたそれについて、理解が出来たかは未だ怪しい。
しかしこれが、どう協力と治療に繋がると言うのだろう?
『すぐに理解出来なくても構わない。 そこで話を戻すが、
君は今のインターネットの状態をどう思う?』
唐突に、
どう、思う? と言われても――。
先の奈々果と彼氏の来訪を思い出す。
『お前が何かウィルスを仕込んだ!
なんの悪意があって? 私が何かした?』
泣きじゃなくなりながら、必死に攻め立ててくる。
寧音は、流出の件は自分じゃないと言い切った。
自分はあくまでCDをコピーしただけだと。
元々、奈々果の方か彼氏の方のパソコンにウィルスが感染していて、
それが両者に染ったのではないかと説明もした。
情緒不安定な彼女には当然、信じては貰えなかった。
聞く耳すら持って貰えない。
寧音は時折、自分のブログに付けられる悪意あるコメントを思い出す。
無視するか削除すれば問題解決だ。
後はそれを引きずらない神経に慣れるだけ。
けど度を過ぎたものを見ていると、病的な相手に対して
殺意が沸く事もある。
ネットに依存していると、通常のネット利用者とは違う、
ネット世界の裏側――汚れた部分の方が良く目に付く。
一般人に悪影響を与える嘘や週刊誌並に出鱈目な情報、
そうした醜い部分を横目にネットをしている時間のほうが長くなる。
ネット上とは匿名であるからこそ、醜い悪意で溢れている。
『そう、今のネット上には不要で醜い情報が
大量に流れている。 人間が宇宙をゴミ箱にするのと同じで、
無限のゴミがデータとして蔓延っている』
『世間を騒ぎ立たせる、企業の情報流出だってそうだ。
それだったら、流出する根源を消してしまえばいい』
消す――?
そんなことが可能なの?
『一度、ネット上にアップされた情報は
消し去ることが出来ないのは知っての通りだ。 しかし、
我々はそれを完全に消滅させる方法、いや手段を持っている』
『単刀直入に言おう。
我々の目的は、内通者からの流出を防ぐ一方で、
ネット上全てのデータを初期化する事にある』
『我々が知りすぎた情報すら抹消し、インターネットと言う、電子世界に散らばるゴミを駆除する。 君にはその役目を頼みたい』
ネット上、全てのデータを初期化――?
思考の間に合わないメール受信に混乱。
『今、我々は知りたい情報を瞬時に知る事が出来る。
けれどその一方で、知られたくない情報を知られてしまう事もある。
かくして真実は遠くなり、嘘は真実のように語られ、
真意の程に人々は惑わされる』
『技術の発展が進み過ぎた代償、
これら現状を打開する為の、掃除が我々の企てている計画だ』
とは、言われても 『管理者』 からのメールは内容が複雑すぎて
唐突で、段々と頭が重く、頭痛までしてくる。
文脈から、ネットワークが初期化された世界を想像して
理解したつもりになり、そもそもどうやって
ネットを初期化するのか。
結局、寧音は理解を後回しにして、
自分が何をすれば良いのかとメールする。
『簡単な事だ。 君にやってもらいたい事は一つだけ。
今、君が住んでいる都市の情報収集だ。
その集めた情報を我々に提供してくれれば残りの処理は我々がする』
情報収集? 残りの処理?
『君は自分の住んでいる都市部に対して、
簡単なハッキングを仕掛ける。 ハッキングに必要な物は当然、
此方が手配する。 そしてそれを使い“クラスタ”集めて貰いたい』
『“クラスタ”とは集団、を意味する。
スマートフォンが普及している今、従来の携帯電話より、
より多くの個人情報が収集可能だ』
『君が集めたクラスタを元に、我々は我々が持つ特別な装置を使い、
それら全ての情報を繋ぎ合わせ、膨大な処理を行う』
『次に、まずは君の住む都市を中心に、インフラ系統への
ハッキングを仕掛け、大停電を起こす』
『その間、電磁波の供給を受けなくなった君の脳は
酸素を求めるよう、電磁波を求める』
『一度、君の脳細胞を死滅させ、再び電力を復旧させる事により、
君の脳細胞は生まれ変わり、再構築を始める。
生まれ変わった脳と同時に後遺症は消え、君が集めたクラスタを中心に
インターネットへの初期化も成功する』
そう、話はまとめられた。
『理解して貰えただろうか? これが今、我々がやろうとしている
事の全貌だ。 我々はこれを、メビウス計画と呼んでいる――』
二章 マニュコン
完結




