hack 5
翌朝――。
朝のワイドショーは何処のチャンネルもスマトラ島沖地震の
話題ばかりだった。
地震と津波の容赦ない映像が途切れなく流れている。
混沌とした映像はつい最近、日本でも見た。
他人事とは思えない恐怖が寧音の心にのし掛かる。
眠って目が覚めたら世界が変わって、何かが現実になった。
『――四日後、スマトラ島沖で大きな地震が起きる――』
寧音は、食欲もなく、朝食を放置して部屋へと戻った。
案の定、メールを受信している。
『管理者』
『ご覧の通り、地震は発生した。
これを偶然と思うか、必然と思うかは君次第だが、
我々としては、この観測を真実だったと認めて貰いたい。
更に、一年後、二年後、五年後に起こる火山の噴火、
日本列島を襲う、未曾有の台風――など予見こそ出来ていないが、
これ以外にも天災は周期的に起こり続ける。』
『これらはまだ観測衛星及び、解析が出来ていないだけに過ぎない。
前回も伝えたが、我々の中にいる内通者は政府の隠蔽に反して、
これら得た情報を流出させようとしている』
『もし、君がこれを見て、ニュースを見て、
我々を信じてくれたのなら力を貸してほしい。
君にはこの世界の流出を止める力がある。
そしてそれは君の病を治す運命にも繋がっているのだから』
メールはそれで途切れていた。
※
数ヶ月前――大学のデータベースの管理を頼まれた。
「最近、なんかファイルとかごちゃごちゃしちゃってさ、
生徒からも使いにくいって文句が来てるんだよね。
なんかもっと利便性が良くなるように出来ないかな?
年代別に分けるとか、キーワード検索をもう少し賢くするとかさ」
教授の頼みに学生――青年は答える。
「まあ、うちらのチームならやろうと思えば出来ない事も
なさそうですが、それぐらいならぼく一人で出来ますよ。
プログラム専門ですし、将来はGG社に入るのがぼくの夢ですからね」
「おお、引き受けてくれるか!」
「ええ、データベースの管理をしやすくすれば良いんですよね?」
「そうそう、学校内のサーバーを少し整理してくれるだけでいい。
本当なら我々教師も手を貸したいのだが、
生憎、教師より天才な生徒がこの大学には居るのでね」
「あはは、それって誰の事ですか? GG社に入るには、
もっと勉強を積まないと。 その修行のつもりで、やらせて頂きます
「ああ、是非ともよろしく頼むよ。 推薦状を書いても
良いかもしれないな」
「あはは、それ是非、お願いします、教授」
※
寧音は混沌を感じる。
それでわたしはどうしたら良いのだろう、と考える。
メールへの返信、何をどう返信する?
返信してどうなる?
この予言じみた地震を信じて、訳の分からない連中に協力しろと?
病を治す為――この発作が本当に治るなら興味はある。
どんな医者に通っても、MRI検査を受けても原因の分からない
忌々しい発作。
最終的に精神科の薬漬けの毎日。
「……本当に信じて良いの?」
ネット上でいざとなったら行方しれずに関係を断ち切るのとは訳が違う。
踏み込んだら、関わったら、もう後には戻れない人生が、
待っているような気がした。
「……無視しよう。 学校に行って、少し冷静になろう」
すぐに答えを出す必要はない。
そう判断し、寧音は脱線しかけた非日常を日常へと戻すべく、
制服に着替え、登校した。
教室はスマトラ島沖の地震の話題で盛り上がっている。
盛り上がるという表現も不謹慎だが、
寧音にとっては心が安まらない、耳を塞ぎたくなる雑音ばかり。
冷静になる為に学校に来たのに、
これでは余計にメールの事ばかり考えてしまう。
根暗な性分として一度ネガティブに陥ると、
後は底無しの泥沼に落ちていく。
ネガティブ体質に耐性はない。
一度でも浸食されれば、歯止めなく悪い方向へと考えてしまう。
抜け出すのには時間が掛かる。
携帯で自分のブログを見る。
今日も更新する気が起きない。
くららのブログを見る。
最新の記事はない。
残すコメントの一言も思いつかない。
頭はパソコンのモニターに移ったメールの画面ばかり回想している。
予期せぬ来訪者の侵入で自分の日常は滅茶苦茶だ。
「マニュコンでも聴こう……」
少し気分が晴れるかもしれない。
寧音はMPプレイヤーを取り出し、イヤホンを耳に嵌めた。
雑音は隔絶され、目を閉じると精神は世界と分離する。
心地の良い暗闇に閉じ籠もる。
音楽の雰囲気を感じ取り、そこから脳内で短編映画を上映する。
英詩の意味は分からない。
それでも、大好きな音楽に心が少し救われた。
昼休みの後――
二時限くパソコンの授業中に事件は起こる。
寧音は相変わらず、授業をそっち抜けでネット巡回を続け、
適当なニュースや情報を集めていた。
やはり何処も扱っているのはスマトラ島沖で起きた地震の話題ばかりだ。
学校からのパソコンで自分のブログを更新することはしない。
次に誰がこのPCを使うか分からないし、IPアドレス等の問題もある。
あくまでネット喫茶の感覚で他人となって
使うのが一番利口な使用方法だ。
学校のパソコンは予算の都合上かスペックは限りなく低く、OSも古い。
フルーティー社のfOSは現在、8が最高なのに対して、
学校で使われているOSは6と二世代も前のもの。
ハードディスクの容量だって、80GBとか未だに
有りあえないものを使用している。
制作したファイルを保存する際も、
フロッピーディスクなど時代遅れも良い所の産物を使わされている。
重たいサイト、作業中に固まる事は勿論、
キーボードやマウスは薄汚れていて清潔とは言い難い。
授業料とは比較にならないこの待遇。 一人一台あるだけ
マシと思え、とでも言いたげな学校側の処置。
せめてUSBメモリーぐらい使わせて欲しい。
ネットに繋がりさえすればそれで良い――と思う寧音ですら、
ここでは満足の行くネットは出来ていない。
「おい、ちょっと、これ見てみろよ」
授業の最中、生徒の誰かが言った。
その周りに生徒が集まる。
授業進行中の教師が困惑する。
授業中にネットを漁っている生徒は何も寧音だけではない。
「なぁこれって、桐ヶ谷に似てね?」
「あ、本当だ。 ってかこれ桐ヶ谷そのものじゃん」
「つか、これ桐ヶ谷のおっぱい?」
そんな男子の一言で授業は大荒れになった。
思えば今日、桐ヶ谷奈々果の姿はない。
ネット上に、桐ヶ谷奈々果の個人情報が流出していた――。
※
最悪、最悪、最悪、最悪、最悪、最悪、絶望。
死にたい――いや、殺してやりたい。
桐ヶ谷奈々果は憎悪に飲み込まれ、
思い切り握りつぶした拳からは、爪の痕を貫いて血が滲んでいた。
自分の個人情報が流出している。
メールの内容、ハードディスク内の画像、
ネットショッピングした履歴、大切なファイルの何もかも。
奈々果は自分のブログの大炎上に対する耐性もなく、目を伏せる。
日本語とは認めたくないコメントが大量に押し寄せ、
吐き気がこみ上げて、部屋で吐く。
流出はそれだけには留まらなかった。
奈々果の彼氏の持つパソコンからも、情報が同じく流出していたのだ。
それも如何わしい写真の類が何枚もまとめられて流出している。
あっと言う間に出来上がっていた、まとめサイトに、
ZIPファイルで圧縮されたデータまでアップされている。
世界中のネットユーザーに保存され、今後、一生、
ネットワーク上から消える事なく、
誰かのハードディスク内に残り続ける定め。
絶対に他人には公開しないと言う約束で撮影したもの。
大好きな彼氏だったから自分も記念にと、その撮影を許可したもの。
彼が流出させたとは思えない。
原因があるとすれば――。
視界に留まる、机の隅で放置されたCD-ROM。
岩瀬寧音から貰った――マニュコンの新譜
『インターフェース』
これに何かウィルスが仕込まれていて、そこから感染したに違いない。
奈々果はこのCDを彼氏にも貸していた。
だから、同時に感染して情報が流出した。
岩瀬寧音――彼女が何かしらのウィルスを仕込んだに違いない――。
今も、この自分のあられもない姿が保存され続け、
それが何処の誰とも知らない男共の慰め物にされていると考えると
またしても吐きそうになる。
今度は急ぎ、トイレへと駆け込んだ。
最悪、彼氏への電話も繋がらない。
殺意を覚える。 いや、殺意しか覚えられない。
殺してやりたい――岩瀬寧音を。
私の画像に群がる、ネット上のハイエナ全員を一人残らず。




