hack 3
※
「たっだいまー」
「お疲れー、どうだった、上手く行った?」
「そりゃもう、余裕で。 そっちは?」
チャラチャラした金髪の青年は、
デスクトップに座っている男に近づいた。
デスクトップの男は親指をぐっと立てた。
「順調だよ。 それより、早くアプリの感想教えてよ」
「オーケー。 まあ、凄いっちゃ凄いけど、ダウンロード
ちょっと遅くね? もっと早くならないのかよ?
引き留めるのに10分は掛かりすぎだ」
「やっぱ改善しないとダメかー。
ま、そこら辺の余地はまだあるから。 あと30%……いいや、
最低40%は効率を良くしないと使い物にならないかな」
「40? 70は改善して欲しいのだけれど」
目の下に酷くクマが出来、本来ならロングで綺麗なはずの茶髪も今では
ボサボサな、女性が感情のない声で横から入ってくる。
もう三日は風呂に入っていない様子。
「70ってそりゃ、ほとんど一瞬じゃない」
「そうじゃなきゃ、あんな大勢を相手に意味がないでしょう」
「まあ、そうだけだよぉ。 あ、けど今日の俺じゃなかったら
完全に不審者だったな」
「今でも十分に不審者っすけどね」
デスクトップの男はキーボードを叩きながら言う。
「他に変な手出ししていないでしょうね?」
「してないしてない。 確かに可愛かったけど、
俺は年下の妹よりお姉さんの方が興味ありあり」
「ねえ、そろそろ、俺と一緒にお風呂入りにいかない?」
金髪の青年は思い出したように薬局の袋を女に渡した。
「ほら、土産だ」
だが、女は受け取らなかった。
「彼女、現在、サポートに連絡、
結構、焦ってる感じみたいだけど、大丈夫かなこれ?」
「大丈夫なのを祈るしかないわ。 作業を続けて」
デスクトップのモニターには複数開いた窓と、複雑な数列たち、
そしてとある、少女の部屋が映し出されている――。
「ちょっと、お風呂、入りに行こうよー。 無視すんなって!」
※
寧音は、発作から目を覚まし、時計を確認した。
23時――。
二時間近くも気を失っていたのか。
今回の発作は何とか256の世界から脱出に成功した。
慣れている場所での発作は割と対処しやすい。
落ち着いて、ソレを見極める事が出来るからだ。
それでも体力、精神共々、疲労は酷く、
本日、二度目と言う事もあって気を失ってしまった。
パソコンの前に座り、ブログをチェックする。
くららからのコメントが返ってきていた。
《怖いねえ、私も気をつけなきゃ》
待った割には、短い返信。
少し素っ気無くない? なんとなく苛立ちを覚えた。
次にメールをチェックをする。
新着メールは三通。
二通はスパムで自動的にゴミ箱へ入れられた。
《――管理者より、通達》
「……え?」
カーソルを合わせて手を止めた。
管理者?
メールでのサポートが返ってきたのだろうか?
仕事が速いじゃないか、と今度は期待に胸を膨らませて開いてみた。
するとモニターが突然、真っ暗になった。
ハードディスクがガリガリと嫌な音を立て、
モニターが乱れ、パソコンが勝手に強制終了した。
そして再起動を始める。
モニターには意味の分からない英語や数列が流れ出し、
寧音には何が起きているのか理解が追いつかない。
パソコンとは関係のないステレオのスピーカーまで
ジリジリと不協和音を流し出し、
やがて一つの処理が終わったかのように、モニターがブラックアウトした。
再び再起動を始めると、今度は激しく明滅する。
寧音は強い、頭痛を覚える。
「う、ウィルス……?」
このままでは全て壊れてしまう予感がした。
なんでこんな! 今日はもう本当に厄日だ。
急いでコンセントを抜こうとした。
かなり危険な行為だが現状、多少の犠牲は仕方ない。
全てが壊れるより数倍ましだ。
蛸足からパソコンのコンセントを探す。
乱雑すぎてどれがどの配線なのか分からない。
混乱しているから余計に必死になる。
そんな間に、明滅は止んで部屋が静かになった。
パソコンが何度目かの再起動を始めた。
通常通りに、OSが立ち上がる。
「……な、なおった……?」
マウスを動かす。
動いた。
キーボードを叩く。
『あいうえお』
打てた。
HDDへの影響もなさそうだ。
ネットにも繋がる。
無意識でブックマークからブログサイトにアクセスする。
ログインをクリックした。
「あ……」
ログイン出来た。
何故かログイン出来た。
「よ、良かった……」
「これで更新できる……」
今の一連の出来事は一体何だったのか。
意味は全く分からないが、無事に戻って来たアカウントと、
自分のブログを涙目に見つめる。
病院から投稿した記事に新しいコメントが付けられていた。
くららかもしれない。
クリックする。
『管理者』
その名前を見て、ぞっとした――。
「え……」
『先程は驚かせてしまった。 本当にすまなかった』
『今、君がこれを読めているという事は我々の実験に耐え抜き、
全てが始まった事を意味する』
『まず、私の自己紹介をしよう。 私の名前はジャック。
アメリカのある宇宙関連企業に勤めている者だ。
日本語でメールを打つのは不慣れだがそこはご容赦願いたい』
「……荒らし?」
いきなりジャックと名乗る外国人、
それも宇宙企業に勤めている人間からコメントが付いた。
『以後、私の事は管理者と呼んでくれて良い。
これ以上のコメントは他の方を惑わせてしまう可能性があるので、
続きはメールにて説明したい。 大丈夫、今度は心配いらない』
コメントはそこで途切れていた――。
そして即時、相手は此方の様子を窺っていたかのように、
メールはすぐに受信された。
メールアドレスはブログに書いてあるので安易に送ることは出来る。
『先ほどの現象は君の扱うパソコンに強い電磁的な負荷を与えた。
電磁波が大量に放出された為、あのような現象が発生した』
『もしかしたら周囲の物にも影響を与えてしまったかもしれない。
大丈夫、心配の必要はない。 君はそれに見事、耐え抜いた』
メールは続く。
『私はこのネットワーク上にある、あらゆる情報を知っている。
宇宙企業に勤めている特権と言うものだろうか。
その為、宇宙のサーバーを経由して送られてくる情報なら、
大抵掴む事が出来てしまう』
『勿論米国や各国の政府が機密にしている情報もだ。
信じられないかもしれないがこれは本当だ』
『実際に今日、日本時間から四日後、スマトラ島沖で大地震が起きる。
被害の程までは想定出来ないが、観測衛星からの情報なので
これは確かだ』
『それに加え、二年後、三年後、六年後、と立て続けに世界中で火山が噴火する。 人類、地球は及び、この大地の怒りに
否応なく世界の終焉を想像するだろう』
『この情報を知っている者は、私と上層部の人間、
今伝えた君しかいない。 だが企業の内部に内通者がいて、
これら情報を確かな物として世界中に流出させ、
世界を混沌に貶めようと企ている者がいる』
『世界滅亡論を唱え続けているカルト集団を知っているか?』
不自然なほどに怪しいメール。
もしかしたら、いいやもしかしなくても、
アカウントをハックした犯人はこいつに違いない。
このふざけたメールもその延長線に過ぎない。
重度の中二病を匂わせているし、これ以上、付き合う義理もないだろう。
『率直に言おう。 実験に耐えた君の助けが欲しい。
だが、こんな事を突然言われても信じられないだろうし、
答えも出せないだろう』
『だから、せめて四日後のニュースだけでも注目してほしい。
地震は、起こる』
四日後――スマトラ島沖で大地震が起きると言うやつか。
何年か前に起きた事を朧気に覚えているが、流石に胡散臭すぎる。
予言者、占い――
これらの類で、まともな発言をする人間は見た事がない。
『そして、最後になるが――我々は君の病を治す方法を知っている。
助けになれるかもしれない。 共に世界を混沌から救おう』
「……え――」
内容はともかく、寧音は最後の一行だけがやけに強く目に留まった。
この病、もとい――
後遺症を知っているのは通い詰めた病院と家族だけだ。
一章 アカウントハック
完結




