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256の世界とメビウスのロジック  作者: YK from エル
第十一章 シスターコンプレックス
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hack 29

鳴り止まない頭痛に身動きも取れない。


嘔吐した液体が、床に散らばり、むせ返る匂いが、

這いつくばる身体に染みてくる。 


幸い、朝食以降何も口にしていないので、

吐き出しものは胃液だけだったが、蝕み続ける身体の変異と

精神面の不安で、吐き気は収まる様子を見せない。


何処か妙に神経が研ぎ澄まされているのか、

コツコツと廊下を歩く音が聞こえた。


誰でも良い――私を助けて。


幻聴まで聞こえるようになるとは、いよいよ以て最期かもしれない。

こんな教室で――独り、命を落とすのか。


発作ではなく、こんな頭痛は生まれて始めて経験する。 

全身にまで響く、二重螺旋そのものが、ゲシュタルト崩壊――。


これまで生きてきた記憶が寄生虫に食い潰されて行く。

遠のく意識――。

脳細胞を摂取して、急成長していく。

止まない侵食率。


これなら世界が256に分割された方がまだまし――。

どんなに不安に陥っても、最終的には戻ってこられるのだから。

その保証が、付いているのだから。


物音に敏感に反応する。


コツコツと鳴っていた足音は幻聴なんかではなかったらしい。


扉が開かれて、誰かが入ってくる――。


 「みっともない姿ね」


冷血な声で発せられたのは、聞き覚えのある――。


 「そんな状態じゃ、今は何を言っても理解できないでしょう」

 「お、おね、えちゃ……」


明里は、バッグから何かの錠剤を取り出した。


寧音はそれを受け取り、噛み砕く。 

甘い味がする――。


 「落ち着くまで待つから」

 「お、お姉ちゃん――?」

 「立たせてあげるから、せめて椅子にぐらい座りなさい」


寧音は明里に手を貸して貰い、立ち上がって椅子に座りなおす。


 「あり、がとう――」


明里は教室をゆっくり移動しながら、それぞれの机を撫でたりしていた。


 「懐かしいわね。 最も私は2-1組だったけれど」

 「……どうして、お姉ちゃんがこ、こに――?」

 「あなたの携帯のGPSを辿って来た。 本当に律儀に学校に

避難するなんて馬鹿ね。 ま、追いやすくて助かったけど」


 「GPS……」

 「ま、簡単に言えば誘導されたのよ、気づかなかった?」


誘導? 

今の頭でその言葉を理解するのに多少の時間を要したが――。 

思い当たる節はひとつしかない。 


『管理者』 からのメールで避難するのなら、学校が――

と書かれていたから、寧音は自分の意思でここへ来た。


え、それじゃ――。


 「もしかして、あのメールって……」


寧音の動悸が加速する。 

もしこの動悸が肯定の意を示すものならば――。


 「――そう、私たちの仲間からの指示――誘導よ」

明里は素っ気なく言って、教壇の前に立った。 


そして――。


 「教師には向かないわね」


と、言って窓際に移動すると、


 「落ち着いたのなら、全てを話すわ。 いい?」


頭痛の残響はまだ少し残っているが、吐き気は収まっている。 

先ほどより安定している。 

明里がくれた薬のおかげだろうか。


だから寧音はゆっくり静かに頷いた。


 ※


二卵性双生児――まず、この誕生が始まりだった。


一番に産まれてきた彼女は、母親の元を離れ、

看護師の手に委ねられ、

次に産まれてきた彼女もまた別の看護師に、

新たな命を託された。


一番に産まれてきた彼女はそんな看護師のミスにより、

致命的と言える傷を否応なく負わされた。

まるで、神様にこの生命の誕生を否定されているかのよう。


ベッドから産まれてまもなく、床へと突き落とされたのだ。

意識不明――。

急ぎ、必死で懸命な救命処置が行われた。


その一方で、二番目に生まれてきた彼女は、

大きな泣き声が元気な、やがて母親の胸元へ落ち着いた。


一番に生まれてきた彼女は、何度も手術を繰り返し、

病院で過ごした月日は3年半にも及んだ。


様々な治療法――新たな治療が見つかれば、それにさえ縋り、

彼女は医療機材、電子機器の密集する集中治療室の中で

過ごす事が絶対的な条件であり、意識のない幼子にとって、

第三者のそれは、監獄での生活そのものに映った。


人体実験――そう呼ぶのは些か大げさだが、

兎に角多くの医師や治療が試された。


やがて目を覚ます彼女は、脳に後遺症を残していた。


長く、閉じ込められた治療室の影響か、

電子機器にやたらと敏感になり、

身体の放つ静電気が異常なほどの数値を記録した。


マイナス電気の多く発生する場所へ彼女を移すと、彼女の身体は

痺れを訴え、風もない場所で髪の毛を靡かせた。

そして、虚ろな目で人を見る。


逆に、電磁波の影響が少ない無機質な空間へ彼女を移すと、

今度は呼吸不全等の命に関わる危険な障害を引き起こした。


最善を尽くした医師たちは、

後遺症の治療法までは見つけられない、と匙を投げる。


生活上、電磁波や静電気を身体に取り入れない事は不可能だ。

彼女にとっての “電気” は忌々しい物と同時に、

命と密接な関係になった。


入退院を繰り返し、後遺症と付き合いながらも成長し、

やがてその体質が落ち着いた頃、

彼女はようやく人間と呼べる生活を始める。


それが岩瀬寧音だった。


 ※


 「――知ってるよ」


寧音の物心が付く前、

両親が真剣な目で語ったあの日の事を今でも覚えている。

大人になってから知るには余りに酷い真実だから、

その前に――と教えられた。


寧音が入院している間、先にすくすくと成長した妹を

姉と認識するようになったのも、これが影響した。


姉は保育園へ通い、自分は家政婦の下へ預けられる日々。

どんなに頑張っても、周回遅れは取り戻せない。

決して追いつく事の出来ない、妹の背中。


微かに家政婦の作ってくれたピラフの味を覚えている。


 「寧音は後遺症を克服したのではなく、成長と共に、徐々にそれに

慣れて行った。 誰だって長年の障害を抱えていれば、

上手に付き合えるコツが掴めるものね。 けれど、

近代技術が発達した今、周囲から受ける電磁波の影響は

過去よりも強くなっている」


だから、発作も起こりやすくなっている――。


と、明里は淡々と告げて行く。


 「……」


寧音は黙って姉が話し続けるのを待った。


 「そこで、此処からは私たちの話に移るわ」


明里は、自分の彼氏が企てた、

『メビウス計画』 の発端から、今に至るまでの

状況を全て説明した。


 「その計画実行の一つの条件に、停電の文字があった。 

停電中、各社プロバイダー社内のネットワークならまだしも、

一般向けに解放されているネットワークには手を出せない」


停電が回復するのを待つしか術はないと明里。


 「そのタイミングで、寧音が集めたクラスタを利用した

ウィルスを回線に流し込む。 停電が復旧し、

ネットワークが自然と回復した時、ウィルスは

各社プロバイダーを通して世界中に広がって行く」


今の大停電の事を言っているのだろう。


 「でも、私の後遺症を治すって言うのは……」

 「停電させても全ての電子機器が停止するわけじゃない。 

この通り、携帯電話なんかは起動している」


明里は自分のスマホを見せてから、電源を切った。


「微弱な電磁波の影響ならまだ良いわ。

けれど、今の寧音の脳は強制的にスイッチを切られた

大型の機械みたいに回路を見失って、

脳細胞が必死でその行き場を探し、彷徨っている」


ふらふらと、意識が遠くなる感覚が強くなる。

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