hack 28
2-3組。
ここの鍵までしまっていたらどうしようかと思ったが、
ドアはすんなりと開いた。
普段、教室のドアは最後まで残った人間が閉めて行く決まりだ。
完全下校まで校内に残っている生徒、部活動をやってる人間、
教室でカードゲームに熱中している男子――。
恐らく、そうした生徒が鍵を掛け忘れてくれたのだろう。
寧音は無意識に自分の席へと付いた。
なんだか登校したのは久しぶりな気がする。
何時だったか、くじ引きの席替えで引き当てた三列目の真ん中の席。
可能なら窓際がよかったが、生憎その時点で運は味方に出来なかった。
45分経過――。
地震などこない。
窓際に移動して、すっかり陽の暮れた都市を見渡した。
「え……」
寧音はそこで驚くものを目にした。
“すっかり陽が暮れた” のではなく――
都市全体に明かりが灯っていない。
地震が来た訳でもなく、都市全体が大停電を起こしている。
寧音は教室の電気のスイッチを弄った。
「付かない……」
地震ではなく、大停電は本当にやって来た――。
「いよいよ始まるのか」
「いよいよ始まりますのね」
アナとログが突然、喋りだした。
「お前とは短い付き合いだったけど、それなりに楽しかったぜ」
「わたくしもですわ」
「え……」
なにそれ、お別れみたいな言い方。
「俺たちとお前は、ここでお別れだ」
「わたくしたちは元のマスターのところに戻りますわ」
「も、元のって――」
「元のマスターから言伝を預かってる。
一回しか言わないから良く聞けよ?」
ログはそう言って、言葉を続けた。
「追伸。 君の成果は十分なものとは言えなかったが、
此方の要求が強欲過ぎた、とも言える。
それでも君は、我々の計画の一端に十分の成果を出してくれた」
「「メビウス計画は、今を持って発動される」」
「「計画によって君の稀なる病は完治され、
ネットワークは初期化される」」
「「岩瀬寧音、これが君の以て行った協力の成果だ」」
「「協力に感謝する――」」
アナとログは声を重ね合わせ、
それらを言い終えると光の鱗粉を散らしながら、
画面の中から消えた。
そしてアプリケーションも自動で消えていく――。
「計画の発動――?」
呆然とそれを見つめる寧音。
アプリケーションが完全に消えると、突如の頭痛が走る。
「な、なに、これ……き、気持ちわるい……」
頭蓋骨に穴を開けられ、鉄の棒を埋め込まれるような不快感。
ふと落としたスマホの画面を見ると、
今までアンテナ5本立っていたものが、県外と表示されていた。
「……だ、ダメ――苦しい……」
呼吸が辛くなる。
視界が揺れる。
全身に寄生虫が走る――。
悶え、吐き気を殺し、机のパイプに縋り付く。
「……はぁはぁ……た、たすけ――」
※
都市は大混乱に陥っていた。
都市を輝かせる全ての電力が失われ、携帯電話の電波さえ届かない。
人々は自我を忘れ、混乱を極めている。
そんな中、一人だけ、唯一の世界を無視し、
電話を耳に当てながら通話をしている女がいた。
「停電は成功したわ。 残りの方はどう?」
「オーケー。 都市を束ねる、ネットワークの中枢の侵入に成功。
けどやっぱ出力不足で世界にまでは届かない。
東京都全体のデータが抹消出来れば良いほうだろうね」
やはり、ネットワークの初期化なんて不可能なのだ。
東京ですらこの規模の有様。
世界中のネットワークなど、理想と妄想も甚だしい。
「……でも成功すれば十分な結果と言えるわ」
「僕の将来の夢は天才ハッカーになる事だからね。
このぐらい出来ないと注目して貰えない」
「世界のネットワークを初期化なんて野望、
長編スペクタクルな映画でもない限り、元々無理だったんだよ。
つまりフィクション、夢物語だったのさ」
靑木の言う通り。
だけど、これは彼の悲願でもあった。
悲願を妄想にしない為にも、だから、今ここで、
出来る限りのことは尽くす。
例えそれが失敗したとしても。
あの娘の為にもなるのなら――。
「ま、俺は楽しかったから良いけどよ」
「それに実際、ネットが使えなくなったら困るのは僕らだしね」
「……そうね、今までありがとう」
明里は珍しく、感情の篭った声で礼を言う。
「な、なんだよ急に改まって……これが終わったら、
また大学のサークルに戻って、馬鹿やるんだろう? 姉さん」
「ふふ、そうね」
混乱する人々とは真逆に彼女は不覚にも、笑顔がこぼれた。
「それじゃ、行ってくるわ」
「ああ、気をつけて」
「健闘を祈る」
明里は歩き出す。
闇に食い潰され、混乱した都市をすり抜け、
GPSの示している彼女の居る場所へ――。
十章 ロジカ//ライズ
完結




