hack 27
「はあ……」
「ま、でも俺は気分いいかな、気持ち良いと言っても良い」
「え?」
「元々、こんな都市なんて死んだ街みたいなもんでしょう。
死滅した街、誰かの吐瀉物の上を歩いているみたいな不快感。
そんで今は文字通り、死体の上を歩いている不快感――。
矛盾してるようだけど、でも何かこう言うの、俺、興奮するんだよね」
実は寧音も密かに似たような感情を抱いていた。
最初こそ自分の起こした責任感に、吐き気を覚えたが、
練り歩いている内に、段々そう思えるように感情が変化して来た。
「どうせなら、もっとぱーっと行きたいよね」
「ぱーっと?」
「これから大停電でもおきて、それが復旧したら、
何もかもが終わってる、みたいな」
男が立ち上がる。
「ま、でも停電は困るか。 電気トイレは流せないし、
ルータは止まるからネットは使えない。
携帯のバッテリーも、最近は持ち悪いからねえ」
確かにガラケーの頃に比べると圧倒的に減りは早くなっている。
寧音は常に外出用の充電器を持ち歩いていた。
「っと、そろそろ時間だ。 ああ、自己紹介がまだだった。
俺、青木ってんだけど、君、名前は?」
突然、と言うより今更の自己紹介に戸惑ったが寧音は名乗った。
「岩瀬寧音――寧音でいいです」
「うん、知ってた」
「え?」
どうして、と思った。
突然の胸騒ぎに、心拍数が上昇。
「あはは、前に病院とか薬局の受付で聞いたんだよ」
「そ、そうですか――」
確かに、それなら知っていてもおかしくない。
だったらどうして名前なんて聞いてきたのだろう。
考えても仕方の無い事だが。
「何処か良い病院、出来れば薬を大量に処方してくれる所、
知ってたら教えてよ。 適当に掛け持ちしてるからさ」
青木はそう残して公園を去って行った。
最後まで腰にぶら下げたチェーンをチャラチャラさせながら。
※
「岩瀬寧音と接触したけど、大丈夫そうだ」
「そう、助かったわ」
何度もメールやブログのコメントが残っていたから、
心配していたのだが、持ち直したようで何よりだった。
返信も更新もしないのには心が痛んだが、もう少しの辛抱だ。
明里はサークルに置いてある、持ち運べる物全ての整理が終わった。
「しっかし、生憎の天気で、どうも勿体無い感じがするな」
「どうせ夜には暗くなる。 関係ないでしょう」
靑木がじっと明里の顔を見つめてくる。
「……お宅らさ、姉妹揃って本当、良く似てるわ。
感情を表に出さない所とか。 その反応の喋り方とか。
普通、姉妹ってどっちかが正反対だったりするもんじゃない?」
「さあ」
「ほら、そう言の。 すっげぇ似てるわ」
「それより、兵藤くんに連絡は?」
「おっと、いけね、今すんよ」
青木はスマホで兵藤へ電話をかけた。
「通話はオープンにしてね」
あいよ、と了解した青木は電話をスピーカーモードに切り替える。
3コール目辺りで、兵藤が応答した。
「兵藤くん、そっちの準備はどう?」
「概ねバッチリかな、ライブハウスの隠れ家も今じゃネズミの倉庫だ。
指示くれたらいつでも行ける感じ」
「おっ、いよいよか」
「――それで、寧音ちゃんの方はどうだった?」
「ええ、何とか、ね」
「悪いね、本当なら僕が相手しなくちゃいけないのに」
「それは此方もお互い様よ」
電話越しで兵藤が頭を下げている様子が目に浮かんだ。
「けどこれで、全てが良くなるといいね」
「ええ。 あの子の為にも――」
※
しばらく公園で、ぼーっと時間を潰していた。
子供達の無邪気な声も遠くなり、薄曇った都市は、より闇を深め、
もうじき夜を迎えようとしていた。
スマホから自分やくららのブログをチェックするが、
相変わらず返事はない。
返事がすぐに付かない事は今までに何度もあったが
今回ばかりは、その期間が異様に長く感じる。
最早、諦めかけ寧音も踵を返そうとした時――。
スマホが鳴った。
相手は―― 『管理者』 からのメールだ。
寧音はずっと待っていたそれを咄嗟に開いた。
もうどんな答えでも良い。 『管理者』 を名乗る人物だけが、
今、唯一自分と繋がってくれる存在だ。
『地球観測衛星から送られてきた情報によると、
これから約40分後に東京で大きな地震が発生する。
今すぐ、誰よりも先に避難してくれ』
「え……」
都市の崩壊の次は大地震?
停電じゃなくて?
寧音の頭は混乱した。
『これは予想されていた事象だ。 慌てる必要はない。
君にとって最も近い避難所は、君の通う学校が指定となっている』
『計画に必要な好機なのだ。
だから君に真っ先に連絡を入れた。 なお、返信はしなくて良い』
『恐らく、これが最後のメールになるだろう。
今までの協力に感謝する』
メールにはそう、記され 『管理者』 との関係は此処で途切れた――。
「……どういうこと――?」
大地震が起きる、避難しろ、これが最後のメール――?
何かも意味が分からない。 だって辻褄が合わない。
停電を起こさせる、と言う意味はこの地震の事を意味していたのか?
確かに大地震が起これば停電は必然的に発生する。
寧音は、 『管理者』 らが一体、本当の所、
何を目論んでいるのか分からなくなった。
そうだこうだと、混乱し、あたふたしていると――
再び、携帯が鳴った。
それも自分のだけじゃない。 周囲の人間全員が持つ電話が
恐らく鳴ってる。 共鳴している――。
【――緊急地震速報
東京地方で地震発生。 強い揺れに備えてください――】
今すぐ、避難せよと政府からの伝達――。
周りの人達が突然の速報に、慌てふためき、騒々しくなる。
半信半疑で疑う声まで聞こえる。
「どうせ、何時も何も来ないし」
「今回も空振りだろ。 適当すぎんよ」
「誤報なら誤報って言えよ」
5分、10分、経過しても地震は来なかった。
だが、今から――約40分後に地震は起きると、
『管理者』 は言っていた。
それなら、この緊急地震速報は何の意味があったのだろう?
その件とは別の地震の可能性が――?
寧音はとりあえず、家族に連絡を入れようと考えた。
いや、待て――幾ら家族でもそんなインチキな予言者じみた事を、
本当に信じてくれるはずがない。
今の緊急地震速報で何事もなかった――と既に安堵して
より聞く耳を持ってくれない。
何時だって人間が行動を起こすのは、実際に事が起きてからだ。
逃げよう―― 『管理者』 からのメールが、
何処まで本当かは分からない。
だけど寧音はそれを信じるか否かは別として駆け出した。
自分一人、自分の通う、学園へ――。
校門は閉じられていたが、裏口の扉が開いていたので
こっそり忍び込んだ。
休校中でしかもこんな時間に人など居るはずもない。
校内は明かり一つ付いていなかった。
一人きりだと逆に返って怖くなる。
もし本当に地震が起きた時、此処にいて助かる保障もない。
出来るだけ、物が落ちてこなさそうな場所を探す。
寧音は体育館へ向かった。 通常、避難所となるのは体育館だ。
鍵が開いていなかったので、職員室へ向かう。
職員室も鍵が掛かっていて入る事が出来ない。
「どうしよう――」
早くも行き詰まった。
無理矢理にドアを蹴飛ばす勇気もない。
鍵が手に入らなければこれ以上、避難のしようがない。
そうこうしている間にあと十数分もすれば大地震が東京を襲ってくる。
「……」
寧音は考えた末、廊下を駆け出し自分の教室へと向かった。
教室は三階にある。
階段を一つ飛ばしで駆け上り、引き篭もりのツケが回る。
息を切らしながら階段を上りきった。
予定の40分が近い。
もうすぐ地震が来る――。




