hack 21
そう、決めたばかりだったのに――。
「やあ、また来たの。 性懲りも無く」
襟原院長は、机の上に足を投げ出したまま、
相変わらずの医者とは思えない、偉そうな態度で寧音を迎え入れた。
以前より、胡散臭さがマシしているように見えるのは
気のせいだろうか――。
患者が自分だから、見くびられているのか、
それとも他の患者にもこんな態度なのか。
毎回、気になって仕方が無い。
こんな主治医だったら、とっとと医者を変えるのが普通だ。
きっと、こんな態度は寧音の時だけだろう――。
席に座るが、今日は何時もの場違いな服を着込んだ
女の看護師の姿はなかった。
「聞いたよ、大変だったらしいね」
「……もう、知ってるんですか」
「地方の新聞に載ってたよ。 ネットにも出ていたしね。
あれ、君のことだろう?」
未成年の場合、名前等に関わる個人情報は隠されるはずだが、
医者である彼にはある情報筋でもあるのか、
全て見抜かれている風だった
「ま、何事も経験だよ。 精神科医の僕から、
ポジティブに言うのなら無事でよかった。 こうしてトラウマを
背負った人間の世話をするのが僕らの仕事だからね」
相変わらず最低な発言をする。
「漫画の台詞みたい、とか思わないでくれよ。
事実、世の中は人々の悪意で溢れている。
その悪意が多ければ多いほど、人の心は病んで行く」
「だから僕らは仕事が出来る。 つまり人類の悪意様々ってわけだ。
だって悪意がなければ病む人もいない。
悪意が仕事を持ってきてくれる。 金のなる木だよ、本当に」
「失言も程々にしたほうがいいと思いますよ」
「僕は思ったことをそのまま口に出しちゃうタイプでね。
だって医者が隠し事をする時なんて、守秘義務を守る時か、
余命を宣告された患者以外にいないでしょう」
「先生は、私の個人情報も守ってくれるんですか?」
襟原は足を組み替えて、
「そりゃ、勿論」
と、即効で答えた。
「それで、一応聞いておくけど、その後の調子はどう?」
やっと本題――診察に入ってくれた。
「変わりないです」
「薬の副作用とかは?」
「得には」
「何時もの事だけど、どんな薬も効果無いんじゃ
これ以上の診察のしようもないよなぁ。 いっそのこと止めてみる?
離脱症状が大変そうだけど、どうする?」
カルテ見ているが、見ているふりをしているだけにしか思えなかった。
「同じ薬が貰えればそれで良いです」
「新薬が出る待つって言う手もあるよ。 何時出るか分からないけど」
「何年通院させる気ですか」
「僕はこれで食べて行けている訳だからね。 君らが心を病ませて
くれている間は、僕の生活も安泰。 感謝感謝」
最悪だ。 問題発言の山積み祭りだ。
「で、一つ考えたのよ」
また足を組みなおす。
「君の生活環境に問題がある、ってのは前にも少し
話した気がするけど、それを根本的に変えてみる気はないかい?」
「生活環境……?」
「朝起きて、学校行って、帰宅して、ネットを漁って、自慰行為、
そんな繰り返しじゃ、心が病んでも文句言えないよ。
だったら、もっと別の世界を見てみるとかさ」
「死ねばいいのに」
本音だった。
「死にたいのなら、致死量の分だけ薬を処方してあげたい所だけど、
飲むの大変だよ? ゴミ袋三つ分もの錠剤なんて飲める?」
「別に死にたいわけではないです。 先生が死ねば良いのに、
と言っただけです」
「女子高生にそう、言葉攻めされると色々とそそるね」
何を言っても無駄だ、こいつは。
「そろそろいいですか?」
いい加減、帰宅したくなった。
とっとと処方箋を書いて貰って、ここを出よう。
「恋愛とか、どう?」
だが、襟原はまだ帰してくれそうもなかった。
「相手がいません」
「学校や通学途中に、気になる男の子とかいないの?」
「同性愛者なんで」
「ああ、そっちか――」
冗談に、襟原はそう驚いた反応を見せた。
「でもねぇ、性行為とかそう言った快楽は
男女でしか味わえないものがあると思うよ」
「はい?」
「知ってる? これは冗談じゃなくて、海外での唯一のストレスの
発散方法とは、なんとセックスをする事なんだって。
まぁ、自慰行為でも多少は効果もあるみたいだけど」
「それ以上言うと、セクハラで訴えますよ」
寧音は本気の目をして言った。
「思うんだよね、レズ物のAVを見てると最初は面白いんだけど、
やっぱ何か物足りない。 そんで普通のAVを見る。
そうすると違うんだよ。 欲求の満たされ方が」
「意味が分かりません」
「つまり、こう言うこと――」
――最近、こんな展開ばかりだ。
襟原は寧音の足元から太もも、胸に至るまで、
嘗め回すように見つめた後、深層心理の予感通りに、襲ってきた――。
「今日はもう、午前の患者は君でおしまい。
助手のあの子もいないから、今ここでは二人きり――
君に新しい快楽――いいや、世界を教えてあげよう」
肩を押さえられ、脊髄反射で襟原を突き放した。
「っと、そう嫌がる言うプレイも悪くないが――
僕は君の世界を変えてあげたい。 幼い頃から心も頭もおかしくて
256の世界が見える? そんな狂った君を救いたい!」
襟原は、突如人が変わったかのように興奮気味に唾を飛ばす。
「いざとなったら、セックス依存症も付け足して、
診てあげるから――」
最低最悪――。
刑事物ドラマなら、そこらにある花瓶で襟原の頭を
殴って殺すところだ。
だが、寧音は殺人者にはなりたくない。
しかし正当防衛と言う、便利な法があるのも確か。
一度は突き放した襟原が再び寧音を、壁際へと追い込む。
後ずさり、背中に壁がつく。
襟原は顔を近づけ、今にも寧音を犯そうと獣の目付き。
近くの棚に置いてあるボールペンを取り、迫り来る
襟原の手のひらに突き刺した。
「っ!!!!!」
ぎらりと睨む。
襟原の左手には、ボールペンが突き刺さり血が滴り落ちる。
「ね、寧音ちゃん、君ねぇ……」
その瞳には痛みを通して、殺した声から怒りが伝わる。
「もう、来ませんから。 変わりの病院、探します」
寧音は、膝を付いて自分の手を庇う襟原を見下ろしながらそう言って、
診察室を逃げ出すように、扉を開けた。
会計は待たず、何時もと同じ金額だけ置いて、
足早に病院を抜けた――。
最悪な気分を抱えつつ、驚愕の事実も発覚した。
アプリ 『アナ/ログ』 で襟原のスマホをハッキングした。
その中身を確かめてみると、
今のような行為を何名かの患者と繰り返していたらしい。
これは素人目にも分かるあからさまな売春の容疑だ。
それに薬の違法な処方履歴もある。
あの助手の女も違法な処方に携わっているらしい。
元々怪しい女だとは思っていたが――。
これを 《拡散》 させれば、世間のニュースとして
三日間はワイドショーを賑わせてくれるだろう。
寧音は――もう、そのボタンは押さないと決めたのに、
収まらない感情、まだ心臓は動悸を沈める事はなく、
その他諸々の言葉に出来ない勢いから、
襟原の個人データを 《拡散》 した。
※
「――そろそろ、潮時かな。
N社が、疑惑に確信を抱きつつある」
「このまま続けば、他のキャリアも次々と確信して、
いずれは不自然なデータのやり取りについて、
捜査が入るかもしれない」
「そんじゃ、計画を、第二段階に移しますか――」
「――数はざっと1200ちょいっ所だね。
本来の予定より半分も行ってない状態だけど」
「この腐った都市の一部を潰すぐらいなら、大丈夫だろ」
「ここは姉さんに相談してみよう――」
※
院長大丈夫ですか!
と、受付担当の女が慌てて、診察室へと入ってくる。
「い、今、岩瀬さんがもの凄い勢いで……」
「あはは……ちょっと、しくじったかな――」
襟原はボールペンの刺さった左手を見つめながら苦笑いした。
「な、何があったんですか……!」
「いいや……ちょっと、カルテを書いてる途中、眩暈がしてね――」
椅子から転げ落ちたらこの様、だと嘘を吐いた。
「今、救急車を」
「いいや、大丈夫だ。 これぐらい、なんとなか……」
貫通していないだけましだ。
勢い良くペンを引く抜く――そしてすぐに止血作業に入る。
簡単なことだ。
そう、たったそれだけ簡単なこと――。
「院長……?」
「……いいや、どうして、こんな時に限って
里見ちゃんが居ないのかと思ってねぇ……」
ペンの突き刺さった左手を凝視する。
正直、彼女を甘く見ていた。
「先生、ダメですよ! じっとしててください!
今、救急車を呼びますから!」
「だから本当に大丈夫……」
16階の窓から見える、都市の風景が嫌に目に染みる。
同時に岩瀬寧音の顔が浮かぶ。
何故、あのまま彼女を逃がしたのか――
さらに追い詰めることも出来たはずだ。
けれどそれはしなかった。
「本当、しくじった――」




