hack 17
しかし、やりすぎとは思わなかった。
「容赦ないっすよ、姉さん」
「仕方ないわ。 あの場でハッキングを行わせるわけには
いかなかったのだから」
あのライブハウスの地下には、計画に必要な機材や、
いざと言う時の為の隠れ家となっている。
スマホ以外のハッキングは出来ない仕組みだが、
万が一に寧音に必要以上な情報を悟られでもしたら、
計画に支障が出る問題では済まされない。
マニュコンのメンバーで、女の友人である――麻耶は
メビウス計画については一切、関与していない。
此方が地下のスペースを借りているだけであり、
彼女らは何の関係もない。
ただ金で雇った、密偵を会場に送り込み、アンプを仕掛けただけ。
寧音がやる気な以上、情報収集の為にも、ライブを
中止させる訳にもいかなかった。
一方で寧音を止める手段もあったが、いちいち帰宅するのも、
メールで説得するのも面倒だった。
牽制の為、一応、それらしくメールは打ったがやはり効果はなかった。
何より、今の寧音はハッキングに取り憑かれている。
下手に接触すると、此方の情報まで漏洩しかねない。
自称、崇高なハッカーを気取っているが、ただ与えられた玩具に
夢中になっている子供に過ぎないだろう。
「そもそも、今回の事例事態が、想定外だったのよ」
窓際で足を組んで、気怠そうに女は言う。
寧音がマニュコンのライブのチケットを手に入れるとは思わなかった。
巻き込まれたマニュコン――麻耶達には悪いが、
今回はライブハウスの選択に、運が無かったとしか言い切れない。
被害を受けたギタリストは、鼓膜を駄目にし入院中らしい。
仕方のない事だ。
「出かけてくる」
女はそう言って、大学の研究室を抜けた。
彼女が去った窓際には、まだ比較的新しいスマートフォンが
置き忘れられていた。
都市を見て回る。
どの場所が脆弱か。 どの場所が効果的か、良く見て回る。
ハッキングの情報がそろそろ企業に感づかれ始めている。
もう少しセキュリティは甘いと思っていたのだが、
甘かったのは此方の計算らしい。
失態。
計画実行への時間は刻一刻と迫っている。
寧音の行動力にも正直、驚いた。
もっと怠惰で、精精100名を限度に投げ出すだろうと思っていたが、
今では有に1000を超えてしまっている。
割合としては、fOSが600、AOsが400とこんな感じだ。
やはり無料でばら撒かれている機種は普及率が違う。
計画はあともう少し、最低限の準備で実行に移せる所まで行ける。
だからこそ、ライブハウスの件では
寧音をどうさせるか悩んだのだが――。
矛盾、パラドックス、公園のベンチで思い耽る。
完全な状態で計画を実行に移すのは難しいかもしれない――。
最低限のクラスタで実行した場合、結果はどうなる?
未知数で検討も付かない。
あと二週間ちょっと。
あの子はあとどれだけの情報を集められる?
その間に我々の計画が発覚すれば、全てが終わってしまう。
続行か中止の狭間に立たされている気分。
中止など有り得ないと首を振る――。
寧音がインターネットにのめり込んだのは、明里の影響だった。
元々、引き篭もりがちな寧音に明里は自分の使ってた
ノートパソコンをプレゼントした。
単純に新しい物を買ったから、処分しただけに過ぎないのだが。
そこから、彼女はインターネットでメル友やチャットを知り、
匿名のコミュニケーションを図るようになっていった。
案の定、引き篭もりは加速し、ネット依存症にまで発展した。
今ではお年玉やお小遣い、貯金を全て下ろして
10万も超えるハイスペックなPCを使っている。
自分の自作、5万程度で組み立てたそれとは大違いだ。
幸い、大学にはサークル費と言う好都合な資金と、
優秀のエンジニアが居た為、それを上回るパソコンが
数台導入されたおかげで、家に帰る必要もなくなったわけだが。
立ち上がり、再び、足を動かす。
寄る場所がある、予定の時間にはまだ少し早いが、構わないだろう――。
※
携帯電話が見つからず、寧音は途方に暮れた。
家族には当然相談出来ず、まして警察を頼るほど大げさにしたくない。
ハッキングが出来ず 『管理者』 と連絡すら取れない。
一度、最初の接触の時の記事に、紛失の旨を
伝えておいたが、過去ログに埋もれ読んで貰えているかも怪しい。
それ以外で唯一出来た事と言えば、携帯会社に連絡して、
利用を停止にしてもらったぐらいだ。
それでも寧音は絶望の淵に立たされた気分だった。
学校は欠席し、パソコンでインターネットを巡るも、気が乗らない。
ブログの更新も三日前で止まったまま。
2年続いた連続更新記録も途切れたが、気にする余裕もない。
くららのブログも相変わらず更新がなく、何となく疎遠を感じ始めた。
親友を名乗っても、所詮、匿名の関係などこの程度だ。
オンラインゲームで数百時間を共にした仲間が突然、引退するのと同じ。
ライブハウスに電話で確認しても、落し物はないと言われる。
と、なると誰かに盗られたとしか考えられなかった。
一応、利用ストップを掛けて貰っているとは言え、
考えれば考えるほど、被害妄想が浮かぶ。
誰かが、 『アナ/ログ』 のアプリを悪用したらどうなる?
寧音は自分の個人情報が流出するより、恐ろしい事態を想像する。
それはもう個人ではなく、“本人”そのものが
流出したのと同じだ。
居ても立ってもいられない。 パソコンの電源を落とす。
もう一度、探しに行こう――。
※
やっぱりおかしい。
彼女と関わってから、何かがおかしい。
「で、どうするの?」
「問い詰める」
「で?」
「……でとか、んで、ばかりうるせえよ。
お前も少しは考えろよ。 同じ被害者だろうが。
ああ、ったくなんなんだよ……」
茶髪な彼女は不機嫌に悪態をつく。
「三人とも同時に流出なんて普通は有り得ないと思うけどさ」
「絶対、あいつが何かしたんだ」
「恨まれるようなことするからだよー」
「お前だって同罪じゃねえか」
今日、学校に岩瀬の姿はない。
あいつは良く欠席する。 引き篭もりで、根暗で、
何を考えているのか分からない気持ち悪い女。
女は寧音のことを考えるだけで、腸が煮えくり返りそうだった。
次の登校なんて待てるか。 もしかしたらもう一生、
登校してこないかもしれない。
だったら、家に直接乗り込むか、探し出してやる。
そして問い詰める。
これは個人的な恨み。 復讐とも報復とも違う。
彼女の心は悪意の狭間で燻っている――。
※
三度目、ライブハウスを訪ねてもやはり携帯電話は見つからなかった。
店員にすら若干、戸惑った様子を見せられ、居心地も悪く
これ以上の捜索は出来ないと判断。
あの日に立ち寄った場所全てに訪れてみても、成果は上がらない。
盗られたのだとしたら、何の目的で?
『アナ/ログ』 が目的な訳がない。
その存在を知っているのは 『管理者』 と自分だけのはず。
歩き疲れ、途方に暮れる一方で、気づけば
薄暗い世界は夕暮れを迎えていた。
都市の建設途中の巨大マンションが目に入る。
今日も重力を無視した、巨大クレーンがフルで稼動し、
地上と空中を行き来する。
ほんの一分ほどそんな光景をぼーっと見つめていた。
周囲を見回せば、それとは正反対の薄汚く腐りかけの建物が目に映る。
それはもう、目障りなほどに。
新築のマンションが異色なのか、それとも古い建物が異常なのか。
何時になってもテナント募集の張り紙が剥がれない廃ビルも当然のビル。
誰かが吐き散らかし、散々踏まれた黒ずんだガム、嘔吐した痕跡――
見れば見るほど、腐っている。
この都市は死んでいる、と言うより、むしろ死して、
腐食の始まった都市だ。
自分は死体の上を歩いているのだ。
「計画……」
『管理者』 とのメールのやり取りが思い出される。
停電を起こす――とか何とか言っていた。
いっそのこと全て壊して、最初から作り直せば多少はまだ少し
ましな都市――世界に見えるかもしれないな。
信号が青になり、寧音は交差点を歩き出す。
突然、後ろから肩を掴まれる――。
「え……」
「みーつけた」
振り返るとそこには、茶髪を夕暮れでさらに紅く染めた女が、
悪意のある瞳で寧音を睨み付けていた。
三人グループのリーダー。
安達響――。




