hack 16
ライブハウスは熱狂の渦に包まれている。
大音量で鳴り響く余興のBGM、
数々のネオンが室内の雰囲気を盛り上げ、観客らは雑踏と、これから
起こる興奮に酔いしれる。
寧音は財布に仕込ませておいた精神安定剤を舌下した。
ライブ中に発作が起きたら困る。
飲んだ薬がラムネにならないことを願いつつ会場を見て回る。
前回行ったライブは、100名程度が限界の小さなライブハウスだったが、
今回は300人は入れるライブハウス。
開演前なのに既に満員に近い。
人混みは好きではないが、スマホの画面を見ていると、
面白いように個人情報が集まってくる。
「大量だな、大将」
「処理するこちらの身にもなってほしいですわ」
「でも悪い気分じゃない、そうでしょう?」
二匹の蝶は揃って、
「その通り」
と、にやけたような声で言った。
ブラブラしていると、楽屋のほうまで来てしまった。
関係者以外立ち入り禁止、と分厚い扉が構えている。
扉が開いて、誰か出てきた。
「おお、人がいたか、すまんすまん」
「あ、いえ……」
見上げた相手は――マニュコン、ベーシストの崎田麻耶だった。
普通のメイクに、ラフな格好。
ライブを公演する前とは思えない、いわばスッピンに近い状態だった。
麻耶は立ち止まってじっと、寧音を凝視した。
寧音は蛇に睨まれた蛙の如く、身動き出来なかった。
「あの何か……」
「眉毛」
「はい?」
「鼻に口元」
「あの……」
「きみ、岩瀬寧音ちゃん?」
「……はあ――」
そうですが、と気の抜けた声で答えた。
「おお、やっぱり!」
突然、大声を出して驚く麻耶。
そのまま腕を引っ張られて、関係者以外立ち入り
禁止区域へと連れ込まれた。
崎田麻耶――寧音の姉である、
明里の先輩に当たる人物らしい。
今でもたまに会って、飲んだりしているとか。
「そっかー、ライブ見に来てくれたんだ、ありがとう」
楽屋に連れ込まれ、マニュコンのメンバー、
その実物を目の前にして寧音は緊張した。
本人は気さくな感じで、こちらの退屈な自覚のある会話にも
うんうんと、頷いて、勝手に話を進めてくれる。
「いやー、それにしても本当、似てる、似てる」
「お姉ちゃんはわたしほど、根暗じゃないですよ」
嫌みを言う部分だけは自分以上だと思うけど。
「いやいや、そう言う意味じゃなくて、遺伝子的な。
姉妹って雰囲気がもろに出てる感じ。 二人並んだら
結構、絵になるんじゃない? 美人姉妹って」
どちらかと言うと、陰と陽の関係になりそうだが。
「でも、最近、あの子も様子、おかしいところあるからなぁ」
やっぱり、彼氏の自殺が原因かね、と他人事に言う。
確か、二、三ヶ月失踪した後、最近、自殺した遺体として
発見されたとか。
奈々果の自殺と重なっていたので、曖昧だが覚えている。
「あの子も誘ってるんだけど、中々、来てくれなくてね」
「はあ」
「おっと、もう時間だ。 そんじゃ今日は楽しんで行ってよ」
椅子から立ち上がり、ロッカーに向かう。
これから着替えるのか。
寧音は、緊張が解けることなく麻耶の楽屋を後にした。
出来れば他のメンバーとも会ってみたかったが、
そこまで贅沢は言えない。
麻耶に出会え、直接会話出来ただけでもライブ以上の収穫があった。
こんな時だけは自分のコミュ症を呪った。
しまった――彼女の携帯のハッキングを忘れてしまった。
けど、今はそれより充実した満足感があった。
ライブの公演が始まる。
スポットライトに当てられた4人のメンバー。
それぞれの楽器担当のアピールと自己紹介が行われて行く。
麻耶がベースをギターのように弾くと、目が合った気がした。
まずは 『インターフェース』 からの一曲で始まる。
続いて、 『シリアルナンバー』 の曲へと繋がる。
ライブはやはり、CDで聴くのとは圧倒的の差がある。
心臓やお腹に響く、轟音――会場がもたらす興奮と熱狂。
アドレナリンを刺激する。
感情を表に出すことのない寧音でも、少し笑顔が覗く。
――時、不快な音が耳を裂いた。
人工的な音ではない。 金属が爆ぜるような、金切りの音。
非常なエラーを伝える緊急速報
エレキギターから伸びるケーブル――アンプの線が引っこ抜け、
アンプ側から破壊的な大音量が響いた。
寧音は一瞬、目眩を起こし立ち眩む。
それは周囲の観客も同じようで、
耳を塞いだり、地面に手をついたりしている。
何とか、ステージを見上げると――
エレキギターを背負ったメンバーの一人が、ステージ上で倒れていた。
「お、おい! 誰か救急車――」
そう声が聞こえた時、今度はバチンッと
電気が途切れる音がして会場は停電した。
「て、停電……?」
「うわああああああああ!!」
誰の叫び声。 何が起きているのか分からない。
脳内に呼び起こされるあのメール――。
『ライブは中止、今すぐ、退避せよ』
テロ? 違う、誰かの悪戯?
え?違う? それじゃ何?
管理者――?
混乱する会場。
慌てて会場から逃げようとする人々が
次から次に寧音にぶつかってくる。
寧音もとりあえず、急いで外に出ようと出口へ向かった。
陽の暮れた空が出迎えてくれ、明かりの消えたライブハウスを見上げる。
看板のネオンサインがないだけで、ライブハウスはずいぶんと
古ぼけた建物に思えた。
携帯電話を取り出そうと、スカートのポケットをまさぐった。
まさぐった。 まさぐった。
「……」
まさぐった。
「あれ――」
そこにあるはずのものがない。
「アナ/ログ?」
呼びかけてみても返事が無い。
寧音は騒ぎの中で、スマートフォン及び、アナ/ログを紛失した――。
六章 Helpless
完結




