hack 15
※
岩瀬寧音からメールが届いた。
真人は自分のパソコンが原因? そう思い、
再度ウィルススキャンを開始する。
夕食後にはスキャンは終了しており、何度やってもやはり脅威は0。
だとしたら、感染源は何処になるんだ?
手持ちのUSBメモリーなどもチェックしてみるも、脅威はない。
流出したのはウィルスのせいではない?
もっと人為的な可能性が、彼の脳に過ぎる。
しかしかぶりを振る。
あんなプライベートな写真、誰にも見せていない。
携帯を何処かに置き忘れた、などと言う事もない。
しかし、奈々果はどうだろう?
奈々果も同じ画像を持っていた。
もし彼女が携帯を何処かに置き忘れ、
その間、悪意を持った人間に流出させられたのだとしたら――。
いやいや、だがと、再度かぶりを振る。
流出したのは画像だけじゃない。
電話帳にメール、ネットやメッセージアプリの送信履歴まで
携帯電話の中身が丸ごと、流出していた。
「……丸ごと?」
妙な違和感。
自分の携帯も最近、丸ごと初期化された。
流出こそしていないが――。
なにか繋がりそうで、繋がらない。
岩瀬寧音――噂じゃ、ネット依存症で精神科へ通院しているらしい。
彼女は一体、何者なんだ?
※
奈々果の件に関しては、ひと段落と言った所だろうか。
これで安心して、悪夢を恐れずに眠る事が出来そうだ。
地球の自転は人類の意図せず、災厄を招く。
今朝のニュース、カナダの方で火山が噴火したと報道される。
マグマが吹き出し、地上に流れ、森を燃やしていく。
今日は、世界の諸事情とは関係なく、マニュコンのライブの日だ。
処方通りに飲まない、残量の余り気味の精神安定剤を
ODにならない程度、大目に飲んで外出することにした。
ライブ開始は17時から。
現在14時――曇りが掛かった空は、時々風に押されて太陽が顔を出す。
今日ばかりは発作が起きない事を願うばかりだった。
その感、ライブハウスの付近のファストフード店で
ハッキングを実行することにした。
今日は予備の充電用バッテリーも持ってきている。
今日中にノルマ1000を超えることが出来れば、計画はかなり前進する。
精神安定剤のおかげか、人の多いファストフードにも
すんなりと入れた。
足元が多少、ふわりと不安定な、けれど心地の良い感じ。
学生が少ないと言う部分も関係しているかもしれない。
彼ら彼女らは、寧音と同じくマニュコンのライブまで
待機している人も多い。
コーラとポテトを注文し、席でじっとしてるだけで次々と、
個人情報が入り込んでくる。
街の全てが自分の私物と化した気がして、依存は深まる。
相手の電話の盗聴や、メッセージアプリのやり取りなど、見放題だ。
「最近のお前、ますます性格悪くなってないか?
また自殺する人間が増えるかもしれないぞ」
「それこそわたしには関係ない。 それに自覚もあるから。
堕落する人間の良い見本でしょ」
「自覚があるとなんも言えねえよ」
見えない壁――他人越しだからネットは楽しい。
匿名だから誰にでもなれる。
相手が見ず知らずの人間だから、遠慮などいらない。
節度さえ守れば法律など関係のない無法地帯だ。
現実世界で人間を殺せば殺人事件となるが、
ネット世界で人の心を破壊しても犯罪にはならない。
面白そうな情報は 《拡散》 させる。
かつて、自分のブログに付けられた数々の悪意あるコメントも
今なら、理解出来る。 彼らの行動の意味。
――矛盾してるね。
寧音は心の中でつぶやく。
そう言った相手は、一人残らず消え去れば良い、とさえ思っていた事を
今、まさに自分が行って、癖になってしまっているのだから、
滑稽な姿も甚だしい。
覚醒剤はやらないと言い張って、一度使ってから依存してしまった
常習犯のような。
寧音自身がネット上に流出させた情報によって、
炎上している様を見ているのは非常に気持ちが良い。
これこそ麻薬にも似た快楽。
この快楽は当分、止められそうにない。
数がノルマを達成したら、このアプリはどうなるのだろう?
『管理者』 にメールで聞いてみようか――と、考えていると、
メールを受信した。
噂をすればなんとやら。 『管理者』 からのメールだった。
『計画に関する忠告だ』
『順調にそれを使いこなしているようだが少々やりすぎだ。
このままでは目立ちすぎて、計画に支障が出る。 節度を守ってくれ』
多少やりすぎな自覚はあったが、忠告を受けるとは思わなかった。
唐突に気分が萎えていく。
それでも今日のライブにハッキングは欠かせない。
どんな情報が集まるのか、今から楽しみで仕方が無い――。
「ったく、本来の目的を履き違えてないか?」
「大丈夫、ログはハッキング、わたしはライブ、それだけのこと」
「はああ。 仰るとおりで」
基本的に自分がすることは、 《転送》 する作業だけ。
他は全部、『アナ/ログ』 がやってくれる。
残りの 《拡散》 《抹消》 《保留》 の項目は、
自分の退屈を満たす為のものにすぎない――。
この最高の贈り物を扱わせてくれる 『管理者』
には感謝してもしきれない。
※
ネット犯罪が進む中、日本はようやくハッカーの育成に着手し始めた。
何事も事件が起きてから行動するのが日本と言う国であり、
そこが弱点でもある。
何時だって、どんな時代にだって、誰かが――“何か”が
動き出すよりも早く、その才能を開花させる人間が居る。
それが“彼” だと言うのなら、彼女は彼を誇りに思う。
各キャリアが疑惑を持ち始めている。
早くて半年、遅くても2年後にはもうこの手は通用しなくなる。
セキュリティとは所詮、イタチごっこの茶番劇にすぎないが
今、この時代こそが最も脆弱な機会――。
ここから先は多少、荒い作業になるかもしれないが
計画を次のステージに移そう。
失敗は許されない。
※
以外な人物と遭遇する。
「あれ、岩瀬さん……?」
声に振り向くと、三雲高志とその彼の友人らがいた。
「あ……」
「あ、そっか。 今日はマニュコンのライブの日だっけ?
だからこんなに混んでるのかー。 納得、納得」
相変わらずな寧音とは正反対な爽やかさ。
「ちょっと、俺の分まで注文とってきてくれない?」
「おいおい、早速、パシる気かよー」
「頼むよ、彼女と少し話しがしたいんだ」
友人はだるだそうに、わーったよ、その代わりメニューは適当だからな、
と言って渋々、その場を離れて行った。
「隣いい?」
無意識に携帯をしまって、無言で頷いた。
「でも、驚いたな。 岩瀬さんもライブとか行くんだね。
気を悪くしないで欲しいんだけどさ、あんまりそう言うの行くような
性格には見えなかったから」
「……」
「その、この間はありがとう」
「……なんの話?」
「ほら、奈々果のパソコン、色々調べてくれたでしょ」
「ああ――」
「けど、怖い世の中だよねえ。 個人情報の流出なんてさ。
一昔前には考えられなかったよ。 実は僕も昔はパソコンに
詳しかったんだけど、今じゃサッパリ」
肩を竦めて、何が言いたいの分からない。
「メール、何通か送ってるんだけど、やっぱり苦手?」
返信したのは、奈々果の家に行く時に了承した、あの一通だけだ。
それ以外にも何通かメールを受信しているが、放置していた。
「苦手と言うか、面倒なだけ」
「でもインターネットは好きだよね?」
「メールは個人同士のやり取り。 相手に気を使うから苦手。
ネットは匿名の集まり、群衆に紛れてる方が適当でも安心出来る」
くららみたいに仲の良い匿名同士なら話は別だが。
つまる所、現実世界の人間とやり取りをしたくないだけ。
コミュニケーション障害の特徴の一つだ。
三雲は眉間を寄せ、難しそうな顔をした。
「へえ、そう言う考え方もあるんだね。
じゃあ迷惑だったら、あんまり送らないけど、どうかな?」
「……そうして貰えると嬉しい」
寧音は躊躇いなく言った。
「あはは、バッサリ切られたなぁ」
「……あなたも、今日はライブに……?」
「いいや、俺らはただの遊び。 せっかくの休日だしね、
みんなでブラブラしてるだけ」
こうした繋がりがあるから、友達とか面倒なのだ。
三雲の友人が戻ってきた。
「それじゃ、行くから」
話が出来て良かった、と残して三雲達は2階の席へと上がって行った。
と、その間際、
「君も――を――けたほうが――いよ」
と、振り返りながら、寧音に向けて唇が動いた気がしたが、
雑踏に紛れ、その声は良く聞き取れなかった。
今のやり取りの最中にハッキングの完了した三雲の個人情報を覗く。
《転送》 は一度きりでもハッキングなら何度だって可能なのだ。
相変わらずのやり取りで、吐き気がした。
全部、消してみても良いが消す理由もない。
忠告を受けたばかりだし、ここは自重しておこう。
楽しみはライブに取っておくべきだ。
再びメールを受信する。
知らないアドレスだった。
スパムメールなら自動で振り分けて、ゴミ箱行きになる。
なので、恐らくは個人的な内容のメールだろう。
ブログを見て、誰か送ってきたのかもしれない。
大抵は、スパムと処理しきれない迷惑メールが多いが――。
添付ファイルもなく、
ウィルスの仕掛けはなさそうだと思い、開いてみた。
『本日のマニュコンのライブ、中止 今すぐ、退避せよ』
たった一行。
意味の分からないメールだった。
中止なんてあるわけない。
ブラウザで公式サイトを確認してみるがそんな告知もない。
それに退避?
全く意味が分からない。
不思議なことにそのメールはファストフード店内の客にも
届いたらしく、多くの客が動揺している風だった。
「どうしてライブに行く人達のアドレスに……?」
妙な違和感。
何故、そんな事まで分かる?
「管理者……の仕業だ……」
彼ならやり兼ねない。
恐らく忠告を破ろうとする寧音に今度は警告を送って来たのだ。
そんなの関係ない。
寧音はメールを削除して、ライブまで残り一時間を切った所で
店を出る事にした。




