hack 12
「なんかやたらイタデン、掛かってくるんだけど」
クラス女子が自分の席で足を組みながら、怠惰な口調で言う。
「ウチもウチも」
「私の所も。 メールで裸見せて、とか言われたんだけど……」
やだ、それキモイ、と朝のHR前。
茶髪の彼女が持つデコレーションされたスマホが
着信音と共にバイブレーションする。
「ほら、また掛かって来た。 はい、もしもし?
何度もうぜーんだよ……」
ひっきりなしに掛かってくるから、今朝充電したばかりの
バッテリーも既に70%を切っていた。
「お宅らの情報、ネットに流出祭りですよ、あはは。
そんでおっぱいのUPまだ? みんな待ってるお。 おっぱいおっぱい♪」
陽気な男から、セクハラな一言を残して勝手に切られた。
「なんだって?」
「ネットに流出だとかなんとか」
「何、それイミフ」
「ね、それより、今日のテスト――」
※
デジャヴを感じる。
教室の一定の箇所が騒がしく、嫌でも会話が耳に届く。
「また流出したんだってさ」
「え? なんの話?」
「ネットに個人情報。 ほら、あの席の三人……」
寧音はスマホの音楽アプリを起動して、マニュコンを聴く。
周囲の雑音を遮断する。
アナに感謝しながら、机に身を伏せた。
※
「おい、こっちだ! 居たぞ!」
「……ったく、こんな場所まで入り込むなんてよ……」
「樹海特集でも組んだら視聴率取れるんじゃないっすかね」
テレビ局もいない場所で一人の青年が軽口を言う。
目の前の巨木の枝に、女が一人、首を括っている。
まだ比較的綺麗な肌に這ううじ虫と、カラスにでも跡、
そして周辺を漂わせる死の匂い。
死臭――。
「こりゃ、死後三~四日ってところか……?」
「このアングルだとパンツ見えますね、パンツ」
青年は現場の写真を首を吊った女性の真下から撮影している。
「っ……お前、本当に嫌な趣味してんな」
「女子高生なら死体だろうが何だろうが大歓迎っす。
これだから警官は止められないんすよー」
「……お前と仕事すると反吐が出るよ、正真正銘のキチガイめ……」
「先輩、とりあえず、屍姦とかどうっすか?
歴史的な事例もある背徳的な行為――」
「お前が自殺すれば良かったのになぁ。 その場で火葬してやる」
「うわ、先輩ひどっ!」
青年はさらに自殺現場の写真を納めている。
コイツは死体を見ると生き生きとした表情になるから
時々、相棒として怖くなる。
一体、どうしてこんな若い、まだ夢も希望も持てる年頃の少女が
自殺などしないといけないのか。
コイツではないが、生きていればさぞ美人な大人にもなれただろう。
刑事は、これまでに何度も自殺の現場を見つけてきた。
その度にわき上がる理不尽な感情に苛立ちを覚える。
世の中? それとも人の心の弱さ?
「おい、何か身元確認出来るものは?」
「今探ってるっすよー」
刑事は大きなため息を吐き、樹の枝でぶら下がり、
腐食をし始めている遺体を木漏れ日の中で見上げていた。
「カラスの餌になっちまってよ……
これが、あんたの本当の望みだったのかい?」
※
流出の騒ぎは、以前ほどは盛り上がらなかった。
別に盛り上げる為にやったわけでもないので、それで構わないのだが。
大人しく、平常運行で行こう。
今日も放課後はカフェによってハッキング作業だ。
こんな身近で、根暗な女にデータを収集されているなど、
誰も思わないだろう。 今ではこの端末さえあれば、
情報の操作は自由自在だ。
全ては自分の手のひらにある、と言っても過言ではない。
寧音はハッキングの感覚に癖を覚え始めていた。
「今、どれくらい?」
「126件ですわね」
「気が遠くなるわね」
校内をうろうろしながら、データを集める。
時折、ニュースで世間を騒がすハッカー集団がいるが、
これを提供してくれた人物も、そう言った類の一人なのだろうか?
『インターネットの情報を抹消する』
そう、余計なデータを抹消するのが役目だと言っていた。
ハッカー集団とは少し違うのかもしれない。
だとしたら寧音は自分を孤高のハッカーとして意識してみた。
高揚感が強く沸く。 不自然な程に心拍数が上がる。
ネット依存に取り憑かれ、繰り返すハッキングに快楽まで覚える。
まだ先は長い、けれど時間もない。
楽しめる時間はそう長く続かないだろう。
今は兎に角、ハッキングしたくてたまらない――。
※
「――はい、そうですか――ええ、はい――分かりました」
「――ええ、確かそうだと思いますが……」
「――分かりました。 今からですか? はい――」
とある大学の女子トイレでの通話。
その彼女は、深刻な表情をしながらも、何処か安堵した気で、
通話を終了した。
三ヶ月ほど前から失踪していた彼氏が、ついに遺体で発見されたらしい。
自宅のマンションで首を吊って、異臭がすると通報した住人により、
警察が駆けつけ発見に至るという、変哲もない日常の現実
彼女は彼の死について、凡その想像は付いていた。
姿を眩ましたあの日から、もう彼に会う事はないのではないかと。
安堵したはずなのに自然と涙が溢れてくる。
分かっていたのに、涙が止まらない。
悲しくないはずがない。
だって大切な人が本人にしか分からない理由で自殺したのだ。
あの時の彼のあの目を思い出す。
もっと何か掛けるべき言葉はなかったのか。
失踪する前に、気づいてあげられる事は出来なかったのか。
次々と浮かぶ後悔の念。
個室のトイレで、泣きすする女の声が木霊した。
※
喫茶店でハッキングを開始して、二時間ぐらい経つ。
流石に連日、喫茶店の外でハッキング待機しているのは
不審者極まりないと思ったので今日は客として、
カフェオレを注文しつつ、読書をするふりをしてハッキングを行う。
成果は上場、次から次へと個人情報が自分の端末に入ってくる。
《転送》 されたデータは、 『向こう側』 のサーバーに保存され、
此方からも閲覧可能な仕組みをアナから聞いた。
例の三人組の情報を引き出した時と同じ手順を踏めば可能だ。
ここに居る十数名の相手は自分の個人情報が盗られている、
などと微塵も思っていないのだから、
子供の悪戯に似た、悪趣味な麻酔を掛けれたように気分が良い。
ハッキング依存症が加速するばかりだった。
スマホのバッテリーの残量が残り10%を切った。
「おい、そろそろ、充電したほうが良いんじゃねえか?」
外で充電出来るアイテムなど持ち合わせていない。
コンビニまで買いに行くのも面倒だ。
陽も暮れて来たので今日はもう、そろそろ帰宅しよう。
寧音はキリの良い所で切り上げる事にした。
帰宅すると、玄関の前に母親が立っていて開口一番に呼び止められた。
「あ、今、帰って来ました。 はい、代わります」
靴を脱ぐ間もなく、玄関に置かれた電話を母親から渡される。
「学校からみたいよ」
理解出来ず、とりあえず電話を耳に当てた。
「もしもし……」
「ああ、岩瀬か。 オレだ担任の大塚だ」
「先生……?」
学校や担任から連絡がある時は、台風や天災の時以外では、
大抵、悪い情報を聞かされる確率が高い。
面倒な予感しかしなかった。
「その、言い難いんだがな……」
担任の大塚はそう言って間を空ける。
この間こそが案の定、寧音の面倒予感を的中させた。
「……あの、なんですか?」
言い辛いなら言わなくていい。
さっさと切らせてくれと思った。
スマホの充電を真っ先にしたい。
「……心して聞けよ。 ま、お前とはあんまり接点は
なかったかもしれないが……」
「だから、なんですか?」
「……こほん、同じクラスの桐ヶ谷――桐ヶ谷奈々果、彼女が今朝、
遺体で発見された……」
咳払いをしてから、深刻な声で告げる。
「はあ……」
「自殺だそうだ。 山中で首を吊って発見されたらしい」
「それで……?」
「一応、その連絡だ。 詳しいことはまだ此方も聞いていない。
詳しい説明は明日になるだろうから、なるべくなら欠席ずに来てくれ」
「……はあ……」
寧音は気のない返事をした。
桐ヶ谷奈々果が自殺?
彼女と自分の接点はマニュコンの話題を少し語りあって、
CDを渡した程度で――最近、個人情報が流出していた。
男と寝ている画像が出回り、態々、家にまで出向いて寧音に責任を
押しつけてきた人物だ。
そう言えば奈々果の彼氏を名乗る人物――名前は忘れたが――から、
彼女が失踪したとの旨を聞いた記憶が微かにある。
電話を切る。
「学校、なんだって?」
母親が深刻そうな顔で問う。
「別に何でもない」
そう言って、寧音は部屋に戻った。
スマホの充電をしなければ。 もう、6%しか残っていない。
夕飯、お風呂を済ませて、
ネットを巡回する。
ブログを更新する。 くららや友達のブログにコメントを残す。
充電ケーブルを挿しながらスマホを弄る。
寧音は自分だけの世界を満喫する。
「今日の成果は、78件ですわ」
「合計でどれくらい?」
「247件と言ったところですわ
先が長いなどと言うレベルではない。
何処か一括で数千――いや、せめて数百、のデータを集められる
場所でにも出向かなければ一ヶ月のノルマに間に合わない。
「ノルマに間に合わなかった場合は?」
「分かりませんの」
自分のせいで 『管理者』 を名乗る彼らの計画に、
致命的な問題が発生しなければいいが――。
期待を裏切り、失敗した事を前提とした考えを、首を振って払う。
「何か対策を考えないと間に合わない――」
「ま、向こうも余裕を持っての数値だろ。
最低限のラインが、それってわけで完璧にこなす必要もねえよ。
気楽に気長に行こうぜ」
ログこそシステムの垣根なのに、他人事だ。




