hack 10
午前中の授業だけで、クラス24人分ものハッキングに成功した。
クラスメイトは31名、欠席者やガラケーを含めず
スマホユーザー全てのデータ収集をやり遂げた事になる。
10分休みに確認して、転送を繰り返す。
じっとしているだけで、この成果なので、午後の移動教室時には
もう少し数が見込めるかもしれない。
ただ、同じ相手からのハッキングは一度だけ。
明日以降は無意味だ。
「あれ、お前、携帯変えたん?」
寧音に話掛けてくる変わり者がいると思ったら、
その声は青い蝶からだった。
「って声を掛けてくれる友人とかいないのかよ?」
「いたら、今朝の時点で挨拶ぐらいしてる」
教室で一人、弁当をつつきながら言う。
本当に一人ならまだしも、こんなデータと会話に付き合うなど
何故か余計に虚しい人みたいで惨めだ。
孤独で居た方が、まだ自分らしい雰囲気を醸せて絵になりそう。
「あれ、岩瀬さん、電話変えた?」
「だから――」
と、スマホから顔を上げると、そこに立っていたのは、
「隣いい?」
隣のクラスの男子、三雲高志、だった。
優しいルックスに、優しい性格、学年で三本指に入る
モテる男子と言っても良い人物。
寧音とは一学年の時に同じクラスで、一人居る所に良く声を掛けられた。
男子と女子に人気があって、教師や誰からも慕われている彼が、
どうして、少女漫画の脇役にすらなれない自分に、
接触してくれるのか。 正直、ずっと訳が分からない。
「いいね、それ」
「……」
「あ、そうだ、僕たちまだアドレス交換してなかったよね。 どう?」
「え……どうって……」
寧音の弁当を食べる箸が止まる。
「あ、いや、岩瀬さんが嫌なら良いんだけど……その、記念にさ」
「まだその操作とか――」
貸して、と言われ、そのまま自分のスマホを取り上げられ、
勝手に操作された。
許可した覚えはないのになんて勝手な。
例のアプリが心配だったが、三雲は慣れた手つきで、
二つのスマホを同時に操作して、アドレスの交換を完了させた。
「はい、これで完了」
満面の笑みだった。
寧音は戸惑って回りを見渡せば、理不尽な女子の視線が突き刺さる。
「ありがとう、適当にメールするから、返信期待してるよ」
爽やかにそう残して、彼は友人のところへ戻って行った。
「ハッキング完了してるぜ」
「……最低」
自分でやった事に対して思わず口に出た。
しかし、学年であれだけ人気の男子の携帯の中身は気になった。
「覗いてみたらどうだ?」
悪魔の囁きならぬ、青き蝶の囁き。
「……少しだけなら」
罪悪感を覚えながら、覗いてみる。
女性のアドレスが大量に登録され、
同じぐらい男のアドレスも登録されている。
メールの履歴も一日に何人を相手にしているのか、
読みきれないほどある。
メッセージアプリの履歴も残っていた。
ほぼ一日中、誰かと繋がっている。
ある意味、彼も携帯依存症を思わしき、様子が見受けられる。
人気者だと、プライベートな時間すら犠牲にしなければならないのか。
これだからやっぱり人付き合いは苦手だ。
あのヤブ医者に診せたら薬漬けは確定。
けれど、如何わしいやり取りや、画像などもなく、
これがリアルを充実に過ごしている人間の世界の中身なのだと
参考になった。
《転送》 《保留》
躊躇いもなく、転送し、何となく保留した。
午後の移動教室でハッキングに成功したのは13人。
今日一日の学校で37人分のデータ。
こんな調子で計画は順調に進むのだろうか。
帰りのHRが終わり、帰宅しようとした時――。
「岩瀬さーん」
なんとなく、悪意を感じる口調で呼び止められた。
嫌と言うか面倒な直感で振り向くと、
鞄を肩に掲げた、茶髪ロングの安達と、男子の間で人気の高い九条、
そして、お嬢様気質な大木が、ずかずかとクラスに入り込み
寧音の元まで寄ってきた。
三人とも違うクラスだが――概ねの検討は付いていた。
昼休みに、三雲高志とのやり取りを詰問される。
特にやましいことは何もしていない。
ただアドレスを交換しただけ。 しかも三雲が勝手に。
けれど、彼女らは自分らの都合の良いように、解釈を始め
勝手にまとめ上げ始める。
これから行う、制裁への肯定を作る為に。
教室を移動して、三階校舎、廊下の隅まで連行される。
「お前みたいな根暗がさあ、三雲くんとお喋りなんて、
どんな色香使ったのさ?」
「電話変えたみたいだけど、それ自慢かしら?」
「アドレス交換したんだってねー。 後で裸の写真とか
送ったりするの? ねぇ」
三人に責め立てられ、身体を取り押さえられる。
スカートのポケットから無理矢理電話を取り上げられる。
あぁ、何という茶番だと寧音は他人事のように冷めた目。
一学年の頃から飽きもせず、良くも続くものだ。
寧音とこの三人組は、主に三雲高志について争う事が多い。
九条と三雲は中学生の頃からの同級生で
九条は彼に恋心を抱いているらしい。
だからそんな中、根暗で地味な寧音が、
九条の崇拝する三雲と語り合うのが兎に角気にくわない。
性格の優しい三雲高志――だからこそ、
孤立している寧音を放ってはおけなかった善意だと言うのに。
それを無碍にしていると寧音には自覚もある。
だが、彼女らとは根本的に波長が合わない。
別次元の存在。
まるで誰に向けてか、茶番を盛り上げる為に敢えて
用意された悪意の塊の存在。
さあ、こんな需要の必要とされない古びた茶番は
さっさと殴られて、終わりにしよう。




