素材屋の日々パターン1
暮れゆく街に溶けるようにソレは姿を現した。
歩にあわせプルプルと主張する一部を除き、性別も分からぬように黒のローブでその身を覆い隠し、フードのしたから覗くのはツルリと輝く白い仮面。
いかにも怪しい風体の者が大通りを歩いていく。
「お、素材屋さんは今日はもうおしまいか?」
すれ違いざまに声をかける若い冒険者には身振りで答えてみせる。
怪しい姿にも関わらずその者が街を歩いていると結構な頻度で声をかけられる。
それは冒険者だったり、商店の店番であったり職種は様々。
だが若い男が多いのは、中身を知りさえすれば、身振り手振りだけで受け答えするその姿がとても可愛らしいからである。
話しかけた相手も慣れたもので、その解読に苦労しそうな仕草を見て
「終わりなんだね?最近物騒だから気をつけて帰りなよ」
と、親しみの篭もった言葉をかけていく。
若い冒険者らは、ローブを下から押し上げる胸が揺れているのをひとしきり堪能した後、上機嫌で別れてゆくのが通例だ。
その姿を初めて見た者には、怪しい者が大通りの真ん中で呪いの儀式を始めたようにしか見えないと言う得点付きである。
己にかかる光を全て遮るかのような漆黒のローブ。
フードを目深に被り、夕方の往来を歩く姿を多く見かける事から、街の者は彼女を“影法師”と呼ぶ。
―すれ違う者が目をこすり二度三度と振り返る謎深き少女。
◇
「ただいまー。」
オレ(木ノ下影丞)は、部屋に入るなり仮面を外し、脱いだローブを椅子に投げる。
サラリとした長い黒髪が服の下からこぼれ落ちる。
最近お付きあいを始めたばかりのこの髪は、拾ってきたばかりの草花でしか縛れないので、作業の邪魔にならないように稲科の草を捩って紐の代わりにして首の後ろで纏める。
実際の髪の毛は耳にかかるかどうかしかない状態だったはずだし、本当にこれが髪の毛なのかはオレとしても悩む所だ。
ここは、長家と呼ばれる細長い作りの小屋で長期滞在者が借りる宿の壁部屋。
賃貸やアパートと違いすぐ引き払えれるのが強みなのだけど、細長い作りが単純に住み心地が悪くしているので借りる人も少ない。
すぐ隣には大家とも言える宿屋兼食堂の“ヤマアラシ”があり、長家はそれを囲うように作られている。
城で言えば城壁のように防犯の役割も兼ねる訳だ。
砦や街を囲うような壁でも城壁って呼んだりする時があるけどあれはどうして城の壁なんだろな?
万里の長城なんて呼び方が既におかしいような気もするんだが気にしたらダメなのか?
まぁ、それはさておき。
街の宿屋の数だけ長家の数も増えていく。
その長家を借りているのは新米冒険者のグループがほとんど。お金もないので家賃は月々いくらの“宿屋の人情価格”だ。
実際うちもそんなに豊かではないが、ここの宿屋の大将は強面のガチムチ料理人なので、本当に防犯役なんか必要なのかと疑問に思うよ。
―新米だと役に立たないから余計にね。
「おかえり、今日はどうだった?」
「ダメだったわ。目新しい収穫は特になしだよ?」
部屋の中で出迎えてくれたのは神坂真一。
メガネに七三が似合いそうな秀才タイプだけど、メガネなんかしてないし、切ったばかりでまだ丸刈り状態なんだけどね。
「とりあえず、見つけてきたのはフキとノビルくらいかな」
「フキはいつもみたいに煮物になる?」
「うん、両方とも灰の汁に一晩つけてアクを抜いてからだね」
ノビルは小さなタマネギかにんにくみたいのだ、アク抜きがいらないかもしれないが調味料もそんなにないし、塩で炒める以外にやりようがわからんからとりあえずみんなアク(?)抜きをする。
隣に来た真一の身長は年相応に高いので下から顔を見上げながら話をする。
「でもさ、ローブなんか着てて暑くなかった?」
「理由はよくわかんないけど、このローブ着ててもそれほど暑くはなかったよ?」
「健なんか、汗かいて服汚れるからとか言って服脱いでんだけどなぁ」
「健はいつもそうだけど、真一は暑くないんか?」
「特に問題ないよ?」
「そ?」
「そうさ?」
真一は新人冒険者がよく着ている縫い付けられた紐で縛るシャツをキッチリ着ている。
誰が気にする訳じゃないんだけどね、肌着だけとか前をはだけたりしているとなんとなく落ち着かないんだって、きっちり着ている分だけ健よりは全然いいけどな。
「おー、おかえりー」
「ただいまーって、お前いくらなんでもパン一はやめろようよー」
奥から出てきた健は、パンッ一丁で出迎えてくれたよ。
はだけてたりしてぶっしょったいならいいが、見苦しいよ。
「作業で服が汚れない方が気が楽でいいじゃんか。」
まがりなりにもオレは十人中十人が振り返るような美少女様だぞ。恥じらう乙女を前にしてその態度とはいかなるものか?
振り返る理由は違うけどな?
「影丞だって男ならそうしてたるだろ?」
キンタマをボリボリ掻きながら話す健。
もう、この時点で全く女としては見られてないって感じられんのが頼もしすぎる。
「元々肌をさらすの好きじゃないし…」
「貧弱だったからな…」
「黙れ裸族(怒
そうかも知れんけど、なんか羽織れっ!ここは異世界で、今はオレは女。顔を赤くして恥じらうぐらいしてみせてやるべきか?
否!
そんな事したらオレの精神がダメージ受けるし、三人一緒に暮らしてなんかいられないよ。
「パンツが緑色になるよー?」ひもパンだから健さんはハミチンしてたりします。
チン。こが緑色に染まりますな?
「わかったわかった。なんか羽織ればいいんだろ?」
ごそごそと空間に腕を突っ込んで、インベントリから取り出したのは、最近お茶の汁で染めたYシャツ。
オレのローブみたいのは動物の毛でできていて最初から黒かった。けど、結構な年代物で《いわく付》(この場合の《いわく付き》は呪いだとかではなく、素材がわからなく商品として売るには問題のある品と言う意味)と言うことで、
通りすがりの行商人から安く譲ってもらった。
今んとこ何も問題ない。
健が出したYシャツは、煮出した汁だから緑じゃなくて茶色い。色付きの服を買うと高いので、安い白無地というかまだら色のシャツを買ってから自分たちで染めてみたりしてるんだよ。
「文明人になった気分だ」
「文明人なら前絞めろや」
シャツを羽織った健がポツリと呟いたんだが、紐は絞めずにブラブラさせてるから、ハワイアン的なワイルドと言うよりだらしない。
服の前留めろでもいいかもしれないけど、真一と同じく紐で結ぶタイプだから絞めるでいいだろ。
ついでにちょっと頭を叩いてやろうと思い右手を伸ばす。
パチーン
「いとぁっ!?」
ぺちんと頭に届くより先にパチンと健の両手に白刃取りされた。
緩く挟まれているのだが、オレの目では追えない早さで挟まれたが故に滅茶苦茶痛いっ!
「ん?悪い、なんだか挟んでた」
「くうっ、うかつに突っ込みもできねぇのかよ」
ちょっと痛いくらいで涙ぐんでしまうのは元から刺激に弱いせいだ。解放された右手をさすって悪態をついて誤魔化す。
「駄目だよ影ちゃんも声かけてからやらないと」
「なるほど、そん時は甘んじて受けよう」
真一がそう言いながら、頭をはたくと、おかしなノリの健が仁王立ちになりペシペシと頭をはたかれている。
-そして
「っどした、こいやぁっ!」
「おぅらっさぁっ!」
「まだこいやぁっ!」
「おぅさあっ!」
「っしたぁこいやぁ!」
「えいやーほらさあっ!」
だんだん、テンションあがって“攻撃に耐えて男を魅せるプロレスラー”みたいになってきたんだけど、なんか頭で餅作ってるみたいでやだ。
「影丞こいやぁっ!」
健からのお誘いに“いかないぞ?”とか思いながらもそこらにあった“パイプ椅子(健・作)”を持ち上げたら健が逃げた。
―場外乱闘勃発