犯罪なんだよ
嬉しそうだな、といえば、「そう?」とすっとぼけた返事が来た。朝から鼻歌をうたっている奴が、なにを嘯いてんだと馬鹿な会話をしてしまった、その後の話。
***
時間が迫るにつれて、イースレイは上機嫌を隠そうともしなくなっていった。飲み物や菓子を進んで用意し、席を整える。なんどかこんな場面があった気がするが……それにしても、ずいぶんと気合が入っている。
「やたらと念を入れているな、お前」
「そうだね。私としても、本当に強い力をきちんと把握し切れているかは不安だったし。ちゃんとした結果に結びついて、何よりだよ」
聞いていないのか、全くかみ合っていない。
「マリアに行って貰えたのは幸運だったな。彼女の調査なら、誰よりも信頼できるし、信頼されている」
そうかそうかと、ラルフが呑気に聞いていられたのはそのあたりまでだった。
「手紙を書いてもらったんだ……」
「報告書が合っただろ?」
なにを言っているんだと、雲行きが怪しくなったのだ。
「それだけじゃ、全然分からなかったんだよ。知りたいことはいっぱいあったし」
「……」
「元気かなとか、街の人に迷惑かけてないかとか、今日はどんなオーラなのかなとか……」
「……」
「結構返事も出したんだ。マリアは快く二通目と三通目と……」
「ちょっとまてっ」
「……なに、ラルフ?」
「それ以上言うな」
「え?」
「友人の数は減らしたくない」
「なに?」
「優秀な同僚もなくしたくないんだよ! お前に今消えられたら、マジで学院が大危機に陥る」
「別にやめる予定はないよ? きっと次の入学式にはあの子が……」
「たのむからっ。もう黙れ!」
ストーカーだ! と言いたい。が、言ってしまったらイースレイは犯罪者だ。それは困る。大いに困る。マリアもマリアだ。報告のレベルを超えた時点で、ラルフに言ってくれればいいのものを。
はああ、とどでかいため息が漏れた。ソファにもたれ掛って、余計に抱え込むことになった心労をどうにか癒そうと試みた。
「てか大丈夫かよ、そんなんで。また逃げられるようなことすんなよ?」
「平気さ。以前は自己紹介する隙もしてもらう時間もなかったけど、今日は違うからね」
「自己紹介……?」
ん? とラルフの中で何かが引っかかった。
と、大げさな音で、扉が叩かれた。来訪者に、しごく嬉しそうな笑顔を浮かべて、イースレイが立ち上がる。その背中を視ながら、ラルフはもう一度自己紹介、と呟いてみて、アッと気付いた。
「お前、それまずいんじゃ……」
肩を掴んで止めようとしたところで、扉は外側に動き出した。すっとなめらな動きで、すぐに目いっぱいに開かれる。その、向こう。
小さな影が、さっとこちらを見て……小さな体を、びくっと固くした。
確かめるように、ゆっくりとイースレイに視線を注ぐ。
対する彼は……
かなり間の抜けた、ぼうっとした至福の表情で、さらに極上の笑顔になっていた。普段は整いすぎて冷たい印象を与える容貌が、今は影も形もない。
そんなイースレイを認めるなり……さっと相手は身を翻した。軽い足音は、みるみる小さくなっていく。
賢明な判断だ、とラルフは心の中で拍手を送った。
が。今度はイースレイが動かない。前に回ると、笑顔のままで、完全に凍り付いていた。機能停止。再生は……このままでは完全に不可能だ。
手のかかる友人のために、仕方なくラルフは急いで少女の後を追う羽目になった。




