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嘘吐きなんです

 騙された、とその日、シェリーは泣いて帰ってきた。

 泣くばかりで内容は聞き取れなかったけれど、その中で拾えたのは二つ。

 ラルフは、名前も身分も全然違う人らしいこと。

 シェリーと結婚するつもりは、全くないこと。

 それ以前に、付き合っているつもりもないのだとか。

 あんまりじゃないか、とスレイアは天を仰いだ。

 ――神様、それはあんまりです。

 しくしくと泣き続けるシェリーを、どうにかベッドまで誘導して、そっと寝かしつけた。

 扉を閉めてしまえば、声は聞こえなくなった。後で温かい飲み物を持っていこう、と決める。

 居間で、まだ何も乗っていない皿をどけて、机の上に頬杖をついた。

 落胆しているのは、昨日心に決めたせいなのか。ラルフを、家族に迎えると。いったんその覚悟が出来れば、彼が身近な人間なるのが、楽しみだったということなのか。

 よく、分からない。

 確かなのは、シェリーが泣いていると、スレイアもまた、ひどく悲しいこと。何もする気にならない。本当なら、これから夕食を作らないといけないのに。

 ため息をついてから、仕方なくスレイアは立ち上がった。火を熾すのも、井戸水をくみ上げるのもやっていない。本当なら二人でするけれど、今日ばかりはシェリーをそっとしておきたい。

 魔力持ちであれば何か家事で楽が出来そうだけれど、シェリーもスレイアも、これと言って発揮できる魔法は何もなかった。正式に調べたわけではないけれど、たとえ力があったとしてもごくわずかなはずだ。魔術師でもなんでもないごく普通の人とは、そういうものだった。

 そう考えると、あのラルフと言う魔術師は、相当すごい人なのだ。まるで本物、とは少し違うが、見える景色を一変させるほど、強い力を持っているのだから。

 そう考えて、しまった、とスレイアは顔をしかめた。こんなことから、ラルフを思い出しても仕方がない。慌てて、今度は思考をシェリーに持っていく飲み物に切り替えた。

 温かいものがいい。喉を枯らしてしまうかもしれないから、出来れば薬草を入れた香草茶が望ましい。確か、庭にいくつか植えてあったはずだと、木戸のある方へ向かう。

 鋏を片手に、もう一方でランタンを持つ。夕暮れをこえた外は少し寒いし、手元も足元も見えづらい。そう思ってランタンを高く掲げた時。

 柵の向こうに、背の高い男が立っていた。すぐに湧いた警戒心は、一歩踏み出して顔が見えたことでひとまず鳴りを潜めた。薄い金髪に、榛の目。ラルフだ。

 自然と、眉間にしわがよる。なぜ、シェリーと別れた今になって、二人の家に来たのか。付き合って十日以上になるが、彼は一度もここに来なかった。だが、今は顔さえ見たいとは思わない。

 すぐに家に入ろうとして、待ってくれ、と呼び止められた。

 それでも振り切って行こうとして……結局、スレイアはラルフの方へ体を向けた。きっと、彼は自分をシェリーだと勘違いしている。でなければ、必死になって呼び止める理由がない。スレイアは、お見合いとあの偶然の出会い以外は、ラルフに会ったことがないから。

 きっと、暗いせいで間違えたのだ。間違えるなんてダメじゃん、とは思ったけれど。

 口の中で、私はシェリー、と三回唱えた。そうやって、頭を切り替える。

 心が、どこかで期待している。

 きっと、ラルフはシェリーに未練があるのだ、と。だから、もしかしたら。

 戻ってきてくれるのかもしれない。そしたら、スレイアには新しい家族が出来る。遠くに行ってしまうかもしれないけれど、家族は家族だ。

 今は笑顔なんていらない。シェリーはすぐに表情が変わる。今は、泣いて、それでもいつも通りのことをしている。それだけ。

「なあに?」

 シェリーがラルフを何て呼んでいるかなんて知らない。あまり話せないな、と計算をはじく。どの道、話すことがあるのはラルフの方だ。

 しばらく、ラルフは視線を彷徨わせていた。なぜだろうか。一番最初に会った時を思い出した。あのときも、決してスレイアの方を見ようとはしなかった。

「誤解、なんだ」

 ようやく絞り出した声。誤解――なんだろうか。期待と不安の両方が、スレイアの中で渦巻く。

「私には……そんなつもりはなくて。でも、誤解を招いてしまったまま、ずっと過ごしてしまったのは……悪かったと思っているんだ。巻き込んでしまった。騒がしいのは、嫌いだと聞いていたし」

 そんな話を誰から聞いたのか、スレイアには見当もつかない。シェリーはお祭りや市場は大好きだし、友達をたくさん誘っていろんなところに行っている。読書や料理が趣味のスレイアとは違うのだから。

「気付いたのが、遅れてしまったから。最初から、おかしいと思っていたんだ。まさか『お見合い』だなんて思ってなくて」

「最初から……」

 ラルフの弁明が、シェリーだけでなく、スレイアさえも傷つけた。

 つまり、あのお見合いでさえも、ラルフの本意ではなかったのか。そうかも知れない、とスレイアはどこかで納得する。メラおばさんが勝手に勘違いをして、無理矢理ラルフをシェリーに会わせようとしたのか。

 あり得ない、とは言えない。人の話は、これでもかというほど聞かない人だから。

 そう、とスレイアはそれだけをこぼした。

 そこまで聞ければ、もう何も思い残すことはない。かすかに残っていた期待さえ、すでにとけて消えてしまったのだ。

 スレイアの表情が変わったのを、ラルフははっきり見て取った。もともと青かった顔から、なぜかさらに血の気が引く。

「待って、ねえ」

 懇願され、引きとめられる。でも、スレイアの耳には入らない。

 だって。つまり、会いたくもなかったけれど、会ってみたらとっても可愛くて、だから友達以上になる気なんてないけど、どうせ遊びに来た場所だからと割り切って……シェリーと付き合っていた。

 そんな、最低な人だったなんて。

 ――知りたくなかった。

「お願いだからっ」

 今度こそ、踵を返した背中には、もはや声さえも届いていなかった。



 七日経った。

 シェリーとラルフが別れて、七日。その間、シェリーは家で頼まれた針仕事をする以外、どこにもいかない日々を送っていた。まだ、ラルフがケレックにいるせいだ。

 ずいぶんと長い休暇だ、とスレイアは思う。できればさっさと切り上げて、首都でもどこでも帰ればいいのに。そうしたら、きっと前向きなシェリーは、新しい恋に目覚めて、また以前のように笑ってくれるに違いないのに。

 二人が別れたのは、とっくに街の噂になっていた。仕方ないことだ。これだって、何度も繰り返されてきたけれど、たった一つ、違うことがある。

 振ったのは、シェリーではなく、ラルフだということ。彼が未練がましくこの家に来たことは、誰も知らないようだった。スレイアも、あえて言いふらすようなことはしていない。

 だって、結局彼は寄りを戻しに来たのではなかった。そうであればいいとは願ったけれど、よくわからない二人の間にあった『誤解』を解きに来ただけだった。仲直りをしに来たのなら、あんな切り出し方はしないだろう。出会いが間違っていた、なんて。

 事情は、聞けていない。そんな雰囲気では、まだなかった。

 そうやって。ちょっとうじうじしながら、過ごしているうちに、七日間。ついに、待ちに待った日がやってきた。ラルフが……帰るのだ。

 それを教えてくれたのは、あの魚屋のおじさんだ。メラおばさんに確認もとった。そっとシェリーをうかがうと、彼女は刺繍に集中していた。確認して、買い物かごを手にする。ちょっと、と断ってから、席を立った。

 そっと玄関にいく。あまり履かないブーツをとり、シェリーに気付かれないように裏口に回った。途中で着ていたワンピースをさっと脱ぐ。その下には、動きやすいズボンとシャツになっていた。

 買い物かごから帽子を取り出して、髪を隠して入れる。

 ちょっとした、変装だ。イメージは、隣に住むリオンだ。彼はまだ十二歳で可愛い少年なのだが、背丈はなんとスレイアと同じだ。シェリーが大好きな子の一人でもある。

 彼女のためだと言って、今日は服を借りてきた。嘘ではないが……心苦しかった部分もある。

 スレイアは、すべてをすっぱり忘れたかった。

 だから、何度も悩んで……ハンカチを、返しに行くことにした。

 ただし、いつもの恰好では、あまりにもシェリーに似ている。だから、頼まれた男の子の振りをするのだ。洋服と、髪型が変われば、やっぱりスレイアをよく知る街の人でもごまかせる。

 玄関を出る前に、なんとなくいつもの口癖が出た。

 私はリオン、と口の中で三回唱える。そうやって、気持ちを切り替えるのだ。ちょっとした、役者のようなつもりで。

 メラおばさんは、彼に昼ごろ挨拶に行くと言っていた。だから、おそらくその時間が出立時刻になるはずだ。それよりも少し早めに家を出て、教わった宿の周りを歩き回った。どこかに、ラルフの姿がないかと探して。

 やり方は決まっていた。なるべく、彼が一人の時に、声をかける。そして、お使いだと言ってハンカチを返す。それだけで済む。もし引き止められそうになったら、全力で逃げるつもりだった。誰だと言われたら困るし、シェリーかと訊かれたら……悲しくなりそうだった。

 もしかしてもう帰ってしまったかと危惧したが……お昼を少し過ぎたあたりに、かしましい声が宿からして、メラおばさんが出ていた。後ろには、スレイアが顔を見たことのある大人が十人ほど、そして……ラルフだ。彼らは宿の正面玄関を出て、大通りの隅で別れを交わしていた。その、すぐ横には馬車が来ている。当然、ラルフのために用意されたもののはずだ。

 けれど……彼の前に立つ勇気が、ない。

 最初は、変な人だと思った。次は、優しい人だと感じた。最低だと、心の中では何度も詰った。一体、どれが本当なのだろうか。スレイアには分からない。

 ただ、確かなのは、ラルフはシェリーを傷つけた。それが故意であれ、偶然であれ、不慮であれ。結果は変わらない。たとえそれが、恋につきものの傷だとしても。

 だから、全部すっぱり、縁もなにもなくしてしまいたかった。

 そして、また前と同じようにシェリーと一緒に過ごしたかった。

 目的をはっきりさせると、スレイアは深呼吸した。大丈夫だ、と言い聞かせる。今はリオンなのだから。

 駆け寄って、一人一人の顔がしっかり見える辺りに来た。どうやって声を掛けようか、ぐるっと回り込むべきかとスレイアが悩んでいるうちに……ラルフと、目が合った。

 しまった、と思ったが、これもチャンスだと切り替える。あの、と言おうとして、とっさに声が出なかった。が、ラルフが人垣を割って近づいてきた。

 え、と戸惑う間もなく、すぐそばに彼は……膝をついた。

「――っ!」

 あまりのことに、一歩下がる。なぜ、いきなりこんなことをするのか。後ろではメラおばさんが怪訝そうに「リオン……?」と呟いている。

 ラルフが顔を上げた。初めて、榛の目をはっきりと覗き込む。こんなに近く、それも彼を見下ろすことなんてなかったから。呆然としていると、今度は指先を取られた。触れられて、さらに混乱する。

「け……」

「け?」


「結婚してくださいぃっ」


 息が止まった。周りのすべても、一瞬で固まった。人間も空気もなにもかも。

 スレイアも、雷に打たれた如く、硬直していた。

 けれど。

 すとん、とすべてが腑に落ちた。

 だが理性が反射を抑えきるよりも早く、ぐい、と手を引かれていたスレイアは。


「っこの、ヘンッタイ!」


 グーのこぶしが、これでもかと顔にのめり込んでいた。

 手が離れる。すぐに背を向けて、全速力で走りだした。

 走りながら、なんてこと、とそれだけを繰り返す。

 メラおばさんやシェリーに、言い出せなかった「誤解」の謎が、ようやく解けた。そうだ、これは確かに言い難い。しかもあの容姿だ。きっと誰だって期待する。でも、ラルフは決して「付き合う」なんてできないのだ。

 

 まさか彼が――だったなんて!

 

 その後、ケレックに遊びに来た坊ちゃんが、街の男の子に結婚を申し込んだ話が広まって……シェリーの失恋は早々に忘れられた。

 スレイアはラルフを最低だとは思っていない。これは仕方ない結末だったと、そう許した。

 でも。

 やっぱりいい気味だと、そう一人こぼした。




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