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強がりなんです

 お見合いのその後は話したくない程、スレイアにとっては散々だった。

 正体を見た以上、スレイアとしてはこれ以上シェリーに近づいてほしくない。

 が、当たり障りない会話をして、ではさよならと言おうした矢先に、次はいつ会いますかと聞いてきた。

 この流れでどうしてそうなる、と詰問したいのをこらえて、申し訳ないが忙しい、という旨を伝えた。体よく断ったつもりだったが……相手は一枚上手だった。

 宿の場所を言い、さらによくわからない紙を一枚取り出して、都合の時間を書いてくれという。手紙ではなく、文字がそのまま「送られる」らしい。どうも魔道具一つだと理解するまで、時間がかかった。

 受け取りたくなかった。これをもらってしまっては、本物のシェリーにラルフは会うことになってしまう。カッコいいラフルだから、うっかりシェリーが恋してしまうかもしれない。それだけは断じて避けたい。

 が、にこにこしている以上、要りませんとすげなく断ることが出来なかった。結局鞄に入れ、持ち帰る。要はシェリーに見つからなければいい、とそう予想した。

 けれど。

「スレイアっ」

 家に帰るなり、シェリーに飛びつかれて驚いた。さらに、あの人すっごいカッコよかった、と頬を染めて言われた時は、何事かと思った。

「シェリー、見てたの?」

「ううん。たまたまよ。ガーレイがお仕事の都合で、約束の時間より早く帰っちゃったから。スレイアには悪いことしたから、交代できそうだったらしようかなって思って」

「……えと、いつ来たの?」

「それがね。もう帰り際だったのよ。大丈夫。スレイアと彼がサヨナラしてるの分かったから、すぐに家に戻ったわ。見つかってないわよ」

 それはよかった、と言うべきか、そうだったの、と残念がるべきか。迷っているうちに、シェリーはスレイアの鞄を開けて、あの「道具」を取り出してしまった。

「これが渡されていた『手紙』ね。ねえ、これ真っ白よ。どうして?」

「ええっと……」

 どうしよう、と困った事態にスレイアは頭を抱えた。ラルフと対面していた時の頭痛も復活しそうだ。けれど、ため息一つをついてから、ラルフについて全部話すことにした。ただし、ババコンだけは別だ。まさか、とまだ疑いながらも、もしメラに対して本当に気持ちがあるのなら、誘われて出掛けて行っても、謝罪か何かで終わるに違いないのだから。

 一通り今日の出来事を夕食のうちに話した。シェリーは目をキラキラさせながら素敵、を繰り返していた。聞きなれない固有名詞も、覚えている限り伝えた。もちろん、手紙の使い方も、だ。

「ありがとう、スレイア」

 終わった後、シェリーはとびきりの笑顔でスレイアにお礼を言った。

「う、うん。大したことじゃないよ」

 いつものことだ。けれど、今回ばかりは複雑な心で、嬉しそうに手紙を胸に抱くシェリーを、スレイアは心配しながら眠りについた。

 次の日から、二人はお付き合いを始めたようだった。シェリーの話はラルフ一色になり、懸念していたババコンも発揮されていないらしい。やっぱり、あれはきっと勘違いだったのだ、とスレイアは結論付けた。

 ラルフがいつまでケレックにいるのか、スレイアは知らない。だがもしこのまま交際が続き、本当に結婚となった場合、おそらくシェリーはラルフの職場があると言う首都に行くはずだ。もしかすると、結婚まで話が進まなくても、付き合っている以上は一緒に出て行ってしまうかもしれない。

 それぐらい、二人は順調に見えた。

 毎日毎日、シェリーはラルフの話をするし、買い物などで街を歩けば、店員や友人からも二人がどこでデートしている、などという噂を聞く。もちろん、そんなことは今までだって当然あった。シェリーはいつだって恋人がいて、楽しそうに日々を過ごしている。

 ただ、今までは……ケレックの街の人だった。つまり、たとえ結婚したとしても、シェリーは遠くにお嫁に行く、なんてことはなかったのだ。

 さびしい、なんて言ったら、罰が当たるに違いなかった。だって、シェリーに幸せを運んでほしいと願ったのは、他ならぬスレイアなのだから。神様は、その通りにしてくれた。

 先読みが甘かったのは、スレイアの責任だ。

 けれど。

「いやあ、シェリーもついに結婚かなぁ。スレイア一人でやってけるのか?」

 魚屋の店主の、ごく軽い、何気ない問いかけに。

 スレイアの息が詰まった。

 大丈夫、とか細い声で、返事は出来た。魚もきちんと受け取った。

 ただ……我慢は、家までもたなかった。

 慌てて、暗がりの中に入る。荷物のせいでうずくまることはできない。ただ、嗚咽だけはこぼれない方に、必死で口元を押さえた。涙だけが、目じりを伝って、地面に染みを作る。

 分かっていた。分かっていたはずなのに。

 シェリーはいつか、必ずいなくなるんだと。結婚なんて、彼女の方が早いに決まっている。友達は数人、その中に男の人がいないスレイアとは違う。

 置いて行かれるのは、絶対に自分だと、そう……理解していたのに。

 なかなか止まらない涙に、自分でもどうすればいいのか、見当がつかない。ただただ、必死に体を小さくしていた。

 めったに人の通らない道。佇んだまま、どれだけ経ったのか。

 ざり、と足音がして、スレイアの肩が跳ねた。どうしよう、と思考が空回りをする。

 ケレックの街は、それほど大きくない。ほとんどの住人が知り合いだ。泣いているところなんて、見られたくなかった。

 現れたのは、確かに住人ではなかった。

 ただし、最悪な出会いではあった。

 そこにいたのは……ラルフだったから。

 あまりの偶然に、スレイアの嗚咽が止まっていた。息をのんだまま、立ち尽くしていた、が正しい。

 一歩一歩、近づいてくる。どうやら、知り合いだと認識されている。下手したら、シェリーだと勘違いされているかもしれない。

 動かなければ、と命令が下る。理性は、早く早くと急かしている。

 なのに、足は動かなかった。根が生えたように、固まっている。

 とにかく、必死に俯いた。肩を狭めて、どうか気にしないで去ってほしいと、心の底から願った。

 下を向いた視界に、ラルフの靴の先が見える。それほどまでに近くにいるのだと、そう感じて余計に体に力が入った。止まっていたはずの涙が、またぽたり、と地面に落ちる。

 髪に、何かが触れた。とっさに頭ごと背けて、拒絶する。

 ざり、と靴の片方が下がった。

 しばらくしてから、不思議と、周りの空気が温かくなった。ふわり、と風が頬をくすぐる。それが、暖かい。そんなはずはないのに。

 瞬きのせいで、しずくが落ちた。ぽたん、と落ちたそれが……今度は、地面に色を付けた。

 え? と怪訝に思う。と、もう一つ、落ちる……きれいな、赤が付いた。

 止まらない涙が、どんどん色を変える。ただの土が、見る間に花畑のようになり今度は、ふわり、と色が浮き上がった。

 ふわふわと、まるで淡い色をした、綿毛のよう。

 たくさん泣いたせいなのか、スレイアの周りにはそんな丸くなって浮き上がった色で一杯になっていた。それに頬をくすぐられると、少しだけ温かい。

 そこは、薄暗くて狭い路地裏でさえなかった。青い空が広がり、足元にはきれいな芝生が敷いてある。

 綿毛を透かす陽の光も、幻想的で、美しい。

 赤、青、黄色。ピンク、緑、紫。

 数えきれないほどの、花びらのような色が舞う。

 ふと、振り返れば、そこにはラルフが立っていた。すぐ近くだったけれど、今度はただ顔を上げただけだ。かたくなに閉じていた心が、どこかに行ってしまったから。

 目元に、そっと布を当てられる。

 優しくこすられて、涙の痕を拭ってくれたのだと理解した。

 元気を出して、だろうか。

 榛色の、綺麗な目だ。少しだけ細くなって、スレイアを見下ろしている。

 ハンカチをスレイアに手渡すと、ラルフは踵を返した。ぼうっとしままのスレイアから、どんどん遠ざかっていく。

 結局、一言も言葉を交わさなかった。

 家に帰って、もう一度泣いた。

 優しい人だと。そう、知ってしまったから。

 幻のようだった。夢みたいだった。けれど、手の中にあるハンカチだけが、そのどちらでもないことを知っている。

 それでも、シェリーが夕方に帰ってくるまで散々泣いて、ようやく決心がついた。

 祝福しよう、と。心の底から、そう――思った。

 けれど。

 その決心は、結局無駄になった。

 次の日、二人は破局したのだ。




 

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