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シスコンなんです

 シェリーは可愛い。

 とっても可愛い。

 だから、たまたまこの街に遊びに来たという、ちょっといいところのお坊ちゃんに見初められるなんて、当然だとスレイアは思っている。

 三つ違いで、いつでも明るくて元気なシェリーは、街の大人や老人、そして子供たちにだって昔っからモテていた。それはもう、好かれすぎて困ることが多いほどだ。

 初めて告白されたのは、たった四つだった。ちなみに相手は九つ違いのお兄さんで、たぶんあらゆる意味でギリギリだった。その時は何にもわかっていなかったから、あたしも好き、で終わってしまったと両親は言っていた。

 スレイアの記憶にある限り、こんなことは日常茶飯事だ。取り合いになった事は数知れず。が、修羅場になったことはあまりない。大人が勝手に入ってきて、余計にこじれたこともない。

 シェリーがにっこり笑って、あたしはこうしたいの。と言ってしまえば、それで済んでしまったから。 おおらかだった父母は、大抵のことを「あらあら、困ったね」で済ませてしまう大物だった。

 そんなすごい両親が、まだ成人しない二人の子供を残して事故でこの世を去ってしまってから五年。

 どこまでも落ち込んでいたスレイアに、大丈夫よ、なんとかなるわ、と笑いかけたのも、シェリーだった。その笑顔につられて、スレイアも前を向いた。今は二人で、小さな家で繕い物や刺繍などの針仕事をしながら生活している。家の前には小さいながらも家庭菜園を作り、果物や野菜を自給自足し、二人でなんとか支え合って生きていた。

 が、そのシェリーも十八歳。そろそろお嫁にいっていい、年ごろの娘だ。

 もちろん、相手に困るなんてことはない。シェリーの周りには、いつだって素敵な彼女をお嫁さんにしたい男がわんさかいる。

 でも、とスレイアは思う。

 そんなより取り見取りのシェリーだからこそ、ここぞとばかりにえり好みし、厳選し、精一杯の幸せ――どころか、分不相応と言われようが、身分違いとののしられようが、極上の玉の輿を掴んでしまえばいい、と。

 いつでも前向きに、頑張ってるシェリーだ。それぐらいのご褒美を、神様は用意しているとスレイアは信じている。否、だからこそ神様にはいてもらわねば困ると思っているのだ。

 そんなことを大真面目に考えている自分は、おそらく世間様で言うアレである。

 シスコン。

 それも、かなり筋金入りの。

 だが、スレイアは気にしない。なんなら堂々と叫んだっていい。

「シスコンなんです!」と。

 とまあ、そんな時に、このケレックの街に、首都から遊びに来た、豪商だかなんだかの、坊ちゃんがいた。これが、たまたま庭先で水遣りをしていたシェリーに、ちょっと惚れちゃったらしいのだ。

 で、この方。あまり長くはケレックにいられないらしく、もし良ければ会ってもらえませんかとメラおばさんから申し入れが来た。

 このメラおばさん。この方もまた曲者で、おばさんというより既におばあさんに近いのだが、今もって元気で、元気すぎて困っちゃうくらいだ。世のおばさんと同じく、色恋沙汰に恐ろしく目敏く、そして他人の仲を取り持つのも大好き。仲人おばちゃんなのだ。

 が、今回ばかりはその行動力に感謝したい。相手は明らかに玉の輿の相手、こんな良縁は二度とないかもしれない。

 やっぱり神様っていたんだ、とその時スレイアは天を見上げて感謝した。

 のだが。

 問題は、相手ではなく、シェリーの方に会った。

 指定された日付は、申し入れがあった日の三日後だった。が、その日にシェリーはとある男性とどうしてもはずせない用事があると言う。

 なんでも一回約束をすっぽかし、許しを乞うて取り付けた日取りなんだとか。急病になれば、とか、もう一度会って日取りを調整したら、とかいろいろスレイアは言ったのだが……頑として、首を縦には振らなかった。

 当惑するスレイアに、ねえ、お願い、とシェリーは首を傾けてみせた。

「スレイア、代わりに行ってくれないかしら?」と。

 ……無理だろう、と普通なら思う。

 が、スレイアがしたことは、どうしたものかと悩むことだった。

 本人同士が会って、今後につながるにせよ、ここで終わるにせよ、決まってしまえばそれでいい。が、お見合いとはいっても、これはあくまでも顔合わせだ。どんな人なのか、顔や背丈、性格などをとりあえずスレイアが見に行ったところで、何ら問題はないはずだ。

 向こう様には少々失礼ではあるが、当たり障りのない話のみをする、ちょっと調子の悪い「シェリー」に会ってもらえばいい。具合が悪い、と言って早めに切り上げつつ、申し訳ないが次の機会に、とでもつなげる。そうすれば、きっとなにも知らないよそから来たお坊ちゃんは分からないだろう、と。そう結論した。

 そう、問題ないのだ。見た目だけなら。

 三つ違いで、背丈は若干スレイアの方が高いが、シェリーはいつも踵が高めの靴を履いているから、ぱっと見には同じ背格好だ。金色の髪を、肩より少し下で切りそろえているのも一緒。瞳の色はスレイアの方が濃い緑だが、一目惚れってやつであればさほど問題にはならない。

 そうやって、何度か入れ替わって告白を聞いたり、お断りをしたり、シェリーが好きなおじさんやおばさんのいる店で値引きしてもらったりしていた。

 不思議と、ばれたことはない。

 やはり、目立つシェリーと、いつも物静かにしていて、黙っているばかりのスレイアとでは、明らかに違うと思いこまれているせいかもしれない。

 そうと決まれば、スレイアは意気込んだ。

 気分は、戦場の斥候だ。

 とことん、見てきてやろうじゃない、と。



 とまあ、そこまでは意気揚々としていたのだけれど。

 目の前でおろおろとするラルフを前に、スレイアは必至に微笑んでいた。

 会う前に、どうしてもちょっと緊張してしまい、「私はシェリー」と繰り返しているときに、このラルフと……メラおばさんが現れた。

 会ってびっくり。かなりカッコいい。多分、年齢は二十歳以上だ。手入れの行き届いた、上着やシャツ。もちろん明らかに高級品だ。それを難なく着こなし、胸に着いた青いブローチにも品がある。ハシバミの双眸は少し伏せられていて、スレイアとは一瞬だけ目が合った。そして……男の人であるのに、肌が白い。商人というよりは、どこぞの貴族、それも学者などをやっていそうだった。髪は肌と同様に色素が薄い。同じ金髪なのだろうが相手は陽を透かして輝いているようだった。

 これはすごい、と危うく値踏みの口ぶりが出そうになった。

 こんなすごい「美人」は、いかなシェリーのお相手と言えども、会ったことがない。いつだって彼女の隣にいるのは、周りに素敵だと騒がれ、実際に素敵な相手が多かったけれど。

 びっくりしている間に、メラおばさんがここぞとばかりに、売り込みをかけてきた。

 最初はよかった。ひたすらにシェリーを褒めるメラおばさんに、にこにこしながら、内心で激しく同意して、そんなことありませんわ、なんて言っていれば。

 だがしばらくして、そっと伏せた目の下からラルフを観察すれば、明らかに彼はこちらを見ていなかった。無表情ではないが、どこかぼうっとしている。時々右に左に目が行くのは……まるで逃げ出そうとしているかのようだ。

 次に、ラルフの紹介になった。だが固有名詞が長く、ごったごたに説明されるため、まるで要領を得ない。とりあえず、一つだけ分かったのは、ラルフはなんと、魔術師でもあるらしい。実家は長男が次ぎ、次男坊である彼はその才能で仕事をしているとか。

 このケレックのあるアリセルア王国に、魔術師と呼ばれる人たちはほんの一握りだ。魔力を持って生まれてくる人はそう珍しくはないが、それをきちんと操り、仕事として成り立たせるほど力を持っている人間は多くない。せいぜい、一般人ではちょっと人より力が強かったり、火を扱うのが上手かったり、果物の収穫が少し上がったり、といった程度だ。

 へえ、と仮面を崩さないようにスレイアは感心した。

 ――そんなラルフに見初められたシェリーは、やっぱりすごい、と。

 この、ラルフを見ているようで全く見ていないスレイアと同じように、ラルフの方もスレイアの方をまるで見ない。

 一度合ったきり、榛色はずっと……メラおばさんを向いている。

 必死に、なにか、訴えるように。ちょっとうるうるしている気もした。

 あれ、と首をかしげたくなるのを、スレイアはこらえた。

 と、ずっと、ずうっとしゃべっていたメラおばさんが、はっとして話すのをやめた。そしてスレイアとラルフを交互に見て……あらあらあら、と口に手を当てた。

 にっと口の端を上げて笑う。

「嫌だわぁ、あたしったら気付かなくって。ごめんなさいね。お邪魔虫は早いうちに消えなくちゃならなかったのに」

「あのっ」

「いいのよ。ラルフさん。気になさらないで」

「ちがっ」

「そうよね。こんなつもりじゃなかったのよね。いっつもやらかしちゃうんだけど」

 おほほほ。とメラおばさんが笑う。いつもやるなら今日やらかしたって何にもおかしくないな、とスレイアは心の中で突っ込む。

 ラルフは口をはさめそうで、全く挟めていない。なにか言いたそうなのはスレイアにだってわかるのだが、自分しか見えないメラおばさんは全然気づかなかった。

「メラ、私は……」

「いいのよいいのよ。全然気にしないで。さっきもさんざん言ったけど、シェリーはとってもいい子よ」

「ですから、私はあなたが」

「大丈夫よ。まだ時間はたっぷりあるの」

 じゃ、あとはお若い二人で、なんて常套句を残して去っていくおばさんにラルフが「メラ!」と叫びながら立ち上がって腕を伸ばした。

「……話が違う……!」

「……」

 項垂れて机に突っ伏したラルフ。その目の前で、スレイアは呆然としながらも必死に思考を回そうと努力していた。もちろん、シェリー仕様の笑顔はそのままで。

 お見合い。それに来て、違う女――と言っていいのか――にすがる男。

 ラルフとメラは親戚らしい、というのはさっきまでいたかしましいおしゃべり鳥が残していった情報。


 これって……俗にいうマザコン――ならぬババコンだろうか、とスレイアは大まじめに考えた。




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