第二十九話 魔王のテリトリー
「何ここ、気持ち悪い」
何もない空間なのだが、広いのか狭いのかも分からない。
景色は静止しているような、回転しているような……。
表現するのが難しい。
沢山の絵の具を、中途半端に混ぜた水の中にいるようだ。
斑になった多色で視界が埋まり、視覚的に騒々しい。
頭が痛くなりそうだ。
ルシファーに『さあ、行こうか』と導かれた先には『裂け目』があった。
何が裂けているのか説明するのは難しい。
空間、と表現すればいいだろうか。
裂け目の中は何も見えない。
そこに入れと言われ、まだ踏み出していないのに『もう帰る』と言いそうになった。
何も見えない空間の裂け目にルシファーと入るなんて怖すぎる。
でも、早く助けに行かないと手遅れになるかもしれない。
半ば自棄になりながら裂け目に飛び込み、辿り着いたのがこの気持ちの悪い場所だった。
「ここは次元回廊だよ」
「次元回廊?」
「君のように瞬間移動が出来ない俺の移動手段」
「へえ……何処にでも行けるの?」
「行けるよ。回廊の気まぐれで所要時間や到着座標にむらが出るけどね。結構疲れるんだよ?」
どうやら正確さに欠けるらしい。
私の『移動』の方が断然良さそうだ。
疲れることもないし正確だもの。
「回廊の気まぐれ?」
「ああ。中々言うことを聞いてくれなくてね」
「生きてるみたいに言うのね」
「勝手に動くんだから生き物みたいなものだろう?」
そうかもしれないけど、生き物の中に入っていると思うと怖さと気持ち悪さが大幅にランクアップするので考えたくない。
そういえば以前バルトやルフタ兵が裂け目から出てきたことがあったけれど、ここに放り込まれてたのか。
……あれ?
あの時、三人以上いたような……。
「ねえ、ここって本当に定員三人なの?」
「何の話?」
「……さっき言ってたじゃない。三人しか入れないからサニーは駄目だって」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったわよ! 嘘なの!?」
「君と二人きりになりたいからついた可愛い嘘じゃ無いか。許してよ」
白い歯をキラリと光らせた眩しい笑顔を見ると目眩がした。
信じた私が馬鹿だった。
今からでもサニーに来て欲しいがルシファーは許さないだろうし、妙に揉めて時間をロスするのが怖い。
諦めて気持ちを切り替えることにした。
「で、ソレルはどこにいるの?」
「さあ? その辺うろうろしてるんじゃない? ……生きていればね」
「一言余計よ! なんであんたの管轄なのになんで分からないのよ。本当は分かってるんでしょ?」
「はっきりとは分からないよ。さっき言ったようにこの回廊は気まぐれだから」
「はっきりと? ぼんやりとだったら?」
「方角くらいは分かるよ。残念ながら生きてるみたいだから」
生きていることが分かっているなら、『生きていれば』なんて不吉なことを言わないで欲しい。
こいつが非協力だということが良く分かった。
「だったらさっさと案内して!」
「はいはい、仰せのままに」
まるでピクニックに出掛けるかのように、意気揚々と歩き出すルシファー。
その背中を見ていると跳び蹴りを入れたい衝動に駆られる。
「悠長に歩いてないで駆け足!」
「こんなものを着せられているし、疲れるから嫌だなあ」
のらりくらりと動くルシファーに鋭い視線を向けて、諌めながら動かす。
疲れる、小さい子のお前もお守をしているようで疲れる。
可愛い子だったらいいが魔王のお守なんてごめんだ。
「二人きりなんて初めてだね」
ソレルを助けられるか焦って苛々する私に、眩しい笑顔をこちらに向けながら話すルシファー。
空気読んで?
こんな時に初デートのような雰囲気を出そうとするのはやめて欲しい。
「無駄口叩いてないで急ぐわよ」
「分かっているって」
分かっている様子には全然見えない。
絶対楽しんでいるでしょう?
ここに入ってからは随分と機嫌が良さそうだ。
メガフレアをぶっ放してきた時とは表情が全く違う。
「……あのメガフレア、私を殺す気だったでしょ」
「まさか! 君があの程度で死ぬわけないじゃないか。エルフは消そうと思ったけどね」
私はやり過ごせると踏んで、ソレルを消そうしていたってこと?
対処できたからいいけれど、できなかったらどうするのよ!
妙な信頼はしないで欲しい。
「危ない」
ルシファーは油断ならないと考えながら走っていると、急に手を引かれていた。
「そこは見えない壁があるんだよ。ほら」
ルシファーがノックをするようにコンコンと叩くと、確かにそこには壁があった。
よく見ても分からない透明な壁だ。
私の領土の境に似ている。
危ない、ユミルのように激突してしまうところだった。
「『触れない』って約束だったけどこれは仕方無いだろう? 止めなければ君はぶつかっていたからね」
「え?」
気がつけばルシファーに腰を抱かれていた。
勢い良く前に進んでいた体を止められ、態勢が崩れたところを引き寄せられたようだ。
ルシファーの顔もすぐ近くにある。
「このまま暫くこうしてようか」
近くにある整った顔が私を見つめて微笑む。
あ、まずい。
こんな状況でも私の『美貌に弱い』は発動しそうだ。
「離してよ! こんなことしてる暇ないんだから!」
「くくっ。失礼」
邪念を振り切らなければ!
本当にこんなことをしている場合じゃないのに!
ルシファーを突き飛ばし、掴まれた腕を振り解いた。
焦った私を見て笑う端正な顔を殴ってやりたい衝動を抑えつつ先に進む。
「そういえばどうしてあの鳥を助けたんだ? 俺にベタベタしてくる鳥は気に食わなかったんじゃなかったのか? ああ、もちろんもう妬かなくても大丈夫だよ? あんな鳥なんてどうでも良いから」
「はあ?」
ただ進むのが暇なのか、世間話をするような感覚で話し掛けてきた。
今、人命救助の最中なのですが!
「どうしてって、見ていられなかったからよ」
「なんで?」
「なんでって……あんたのこと慕ってるのにあんたに殺されるとか不憫でしょう?」
「どこが?」
きょとんとした顔で小首を傾げている。
本当に分からないのだろう。
無意識に深いため息をついてしまった。
そうよね、こういう奴だ。
「あんたには代わりのいない大事な人はいないの?」
「君かな」
「……ぐっ」
美貌と合わせてのこういう発言は恐ろしい。
私の美貌耐性の低さを甘く見ないで欲しい。
そうだ、今こそあの呪文だ。
『中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念中身は残念』
ふう……落ち着いた。
明日から朝起きたらまずこの呪文を唱えるという習慣をつけようかな。
そんなことよりソレルだ。
結構な距離を進んだと思うのだが……。
「レイン、そっちは……」
「え? はわああああ!?」
ルシファーの声が聞こえたと同時に足場が消えた。
フワッと身体が宙に浮いているような感覚に襲われた。
無重力なのだろうか。
落ちているのか浮いているのか分からない。
「何これ! 気持ち悪い! ……あれ?」
重力が戻り、足場も戻った。
相変わらず見渡す限り斑模様の空間だが、地に足がついている。
「踏むと遠くに飛ばされたりする場所があるから気をつけてね」
振り向くとルシファーが和やかに笑っていた。
飛ばされた?
ずっと全面斑模様だから移動したと気がつかなかった。
「事前に言ってよ!」
「ハプニングがあるから楽しいんじゃないか」
「ハプニングを楽しんでいる余裕なんてないの!」
もう、いつになったらソレルを見つけることが出来るの?
焦りが募り、苛々も限界になってきた。
ソレルは決して弱いわけではないが、私やルシファーからすると普通の人族とそう変わらない。
どれだけの時間をここで過ごしているのかは分からないが、彼の体力や強さで持ち堪えられているのか不安だ。
「でも飛ばされてちょうど良かったじゃないか。俺としてはもうちょっと散歩していたかったけどね」
「え?」
ルシファーが残念そうに笑う視線の先に異質なものをみつけた。
何かが転がっている。
それは『人』で……あの水色の髪は……!
「ソレル!」
顔は見えないが間違いなくソレルだ。
倒れていて動かない。
大丈夫なの!?
慌てて駆け寄り、上を向かせた。
「う……」
苦しそうな声を漏らしたが、特に目立った外傷はない。
だが……指輪が割れていた。
つまり『一度死んだ』ということだ。
再びサーッと血の気が引いた。
「間に合って良かった……」
気を失っているだけだとは思うが早く連れ帰って休ませてやろう。
『移動』で帰ろうとしたのだが……。
「あれ……出られない?」
『移動』の項目が選択出来ない。
「なんで?」
「やっぱり。出られないんだ?」
「!」
ルシファーが静かに微笑みながらこちらに近寄ってくる。
その様子が不気味で、思わずソレルの身体を引き寄せた。
何かあったらすぐに連れて逃げなければ。
「ここに放り込んだエルフを見つけられなかったみたいだから、君の力は俺のテリトリーには及ばないかもしれないって思ったんだんだけど……やっぱり出れないんだ」
「ど、どういうつもり?」
言葉での返事はなかったが、一際妖しい微笑みを向けられた。
……何を企んでいるの?
ソレルを離してしまわないようにギュッと掴み、ルシファーを睨んだ。
「さあ、どうしようかな」
そう零すとルシファーはエルファープコートを脱ぎ捨てた。
「!? ちょっと! 何で脱ぐのよ!」
「脱ぐな、とは言われてないけど?」
「それを着ていることが条件だって言ったでしょ!」
「そうだっけ?」
こいつ……!
都合の良い記憶喪失ばかり起こしやがって、思い切り殴ってやろうかと拳に力を入れている時……『それ』に気がついた。
「何あれ……」
ルシファーの背後で煙のような大きな影が見えたかと思うと、それは一気に濃さを増し、瞬く間に黒く蠢く巨大な塊となった。
地響きのような低い『鳴き声』が聞こえることから生物だということが分かる。
魔物だろうか、こんなの見たこと無いけど!
黒煙を濃縮して出来たようなそれは宙に浮かんでいて、ゆっくりとこちらの方に向かってくる。
「あれは塵の塊だ。気をつけないと取り込まれちゃって永遠にここから出られなくなるよ」
「ええ!? こっちに来るけど!? どこかに行くように言ってよ!」
「それは無理だ。俺の言うことを聞かない、いや『聞けない』が正しいかな。知能なんて無い『ただの塵』だからね」
動く塵なんて聞いたことがない。
大体何の塵なの!?
魔物でもないのだろうか。
いや、考えていても埒があかない。
この間にも謎の塵と私達の距離は縮まっている。
塵なら焼却が一番、燃やしてしまえ。
得意なのはルシファーだけじゃないという所を見せてやろう。
ソレルを抱えたまま、一発で仕留められるようにルシファーお得意のメガフレアをぶっ放してやった。
普段迷惑を被っている分のストレス発散も兼ねて、盛大に燃やしてやった。
火柱の中にはもう『黒』は見えない。
跡形無く散ったようだ。
すっきり!
「へえ……やっぱり君も使えるんだ。威力も凄いね」
ルシファーはまるで花火を眺めるかのようにメガフレアを見ている。
この余裕は何なのだろう。
嫌な予感がすると思ったら……それはすぐに当たっていることが分かった。
「あれ……倒せてない?」
一旦は消滅していた謎の塵が再生を始めたのだろうか。
黒い野球ボールのようなものが現れたかと思うとその周りを黒い霧が覆い始め、段々とさっきの姿へと戻っていく。
「残念。こいつらは幾らでも湧いて出るから。一々燃やしていても切りが無いよ?」
「そんな……!」
ここから出られない上に倒しきれない敵。
どうすればいいの!?
謎の塵は再生しながらもこちらに向かっている。
消滅させても湧くのなら、魔法を無駄に使って消耗するのは得策ではない。
一先ず塵と接触しても持ち堪えられそうな結界をはり、念のためソレルにもう一度オプファーリングを付けた。
「何それ、お揃いの指輪? そいつを益々殺したくなるなあ」
楽しそうにこちらを見ているルシファーが鬱陶しい。
もちろんこいつは結界には入れていない。
私達をここから出してくれるつもりもないようだし、無視だ。
なんとかここから出る方法を探さなければ。
ルシファーが何もしてこないかぎり結界の中にいれば身の危険はなさそうだが、いつまで続ければいいのか分からないという先の恐怖に襲われる。
『移動』以外の脱出方法を必死に考えるが何も浮かばない。
「助けて欲しい?」
「はあ!?」
『助ける』というのはおかしい。
私を危ない目に遭わせているのはお前だ!
抗議を込めて睨みつけたがルシファーは気にすること無く、微笑を浮かべながら話を続ける。
「助けてあげても良いよ。でもこれからは俺の言うこと聞くって誓って」
「嫌よ!」
ここから出られてもルシファーの言いなりになるなんてごめんだ。
「そこからエルフだけ放り出したら助けてあげる」
「!?」
嫌だと言っているのに勝手に話を進めないで欲しいし、何を言っているのだこいつは。
私はソレルを助けに来たのだ。
放り出してしまったら来た意味が無い。
「君は自分から選んで、エルフを捨てて俺のところにくるんだよ」
「……」
私に『選ばせたい』ということか。
選択肢を与えないで何が『選ぶ』だ。
絶対に思い通りになってやるものか!
「あんたの言うことなんて絶対聞かないから!」
「何故? そんなにそいつが大事なのか?」
「仲間だもの! それに人のこと餌にして自分だけ助かるとか嫌だから!」
「? 理解出来ないよ」
ヘラヘラと笑っていた顔が険しくなった。
機嫌が悪くなったようだ。
分かりやすい。
でもこのピンチな状況の中でルシファーの虫の居所が悪くなったのはまずいかも……。
「……オレが消えればいいんだろう?」
「ソレル?」
抱えていたソレルが動いた。
目を覚ましたようだ。
「ちょ、ちょっと何言ってんのよ!」
身体を起こし、私を嫌がるように腕で押し避けた。
くっつくのは嫌かもしれないが、今は結界を張っているからなるべく離れないで欲しい。
手を掴もうとすると今度は振り払われてしまった。
そして立ち上がり、ルシファーの方へ一歩足を進めた。
「何してるの!? ここから出たら死んじゃうかもしれないのよ!? 私は大丈夫だから動かないで!」
慌てて飛びつこうとしたがそれも拒絶された。
「別にお前のためじゃない。勘違いするな。庇われてばかりなのは癪なだけだ」
「自ら消えるなんて馬鹿だが褒めてやろう」
ルシファーが殺る気満々だ。
魔王らしい狂気染みた笑顔でソレルが結界から出るのを待っている。
そんな魔王を見たソレルは怯えるわけでもなく……馬鹿にするように笑みを零した。
「……魔王も馬鹿だな。こんな単純な奴を上手く動かせないなんて。チヤホヤしてやれば機嫌良く動くだろうに」
そう呟き、ルシファーの元へと一歩踏み出した。
だが身体がフラフラと揺れている。
体力を消耗しているのか、立っているのが精一杯に見える。
そんな状態なのに今、サラッと私を貶しましたね!?
「ひどい!」
その通りだけど!
チヤホヤされると機嫌良く頑張りますよ、ええ!
調子に乗って張り切りますとも!
「これだから力のある奴は……。支配する方向にしか頭は回らないのか。反吐が出る」
「ちょっと!? 出ちゃ駄目だって!」
「離せ!」
「駄目だって!」
拗ねそうになっていたら、ソレルがブツブツと何か呟きながら結界を出そうになっていた。
必死に腰を掴んで引き留めるがソレルが暴れる。
なんで自殺みたいなことするの!?
「……俺の目の前で仲良くするなんて。ねえ?」
私達の様子を見守っていたルシファーが話し掛けてきた。
まずい、目が笑っていない。
何か物騒なことを始める時の顔だ。
「レイン、俺と力比べでもする?」
「は?」
「君なら大丈夫だろう。万が一死んじゃっても何とかするし、アンデッドにするとかね。出来なくっても最悪、死体があればいい。俺のそばに置いてあげるから」
「はい!?」
今、背筋の凍ることを仰いませんでしたか!?
アンデッドなんかになりたくない、ルシファーの人形なんかになりたくない!
ルシファーなら本当にやるだろう、それだけは確信出来る。
……なんてことを考えていたら。
「ちょっと……嘘でしょ?」
頭上に嫌な気配がした。
見上げると目に映ったのは五重円の中に呪文がびっしりと書き込まれた魔方陣。
またメガフレア!?
力比べって、私がメガフレアに耐えきれるか、ルシファーの力が先に尽きるか競うってこと!?
……などと考えている猶予はなかった。
「ぐっ!!」
一瞬で私とソレルは轟音と共に火柱の中に閉じ込められてしまった。
以前くらったメガフレアよりも更に威力が増している。
結界を何重にも張っているけれど、外側の結界はすぐに破られてしまう。
ゲームでのルシファーってこんなに強かったっけ!?
今は耐えることが出来るけど、ルシファーの力がゲーム通りでないとすれば耐えきれるかどうか分からない。
「ソレル! 出来るだけ近くに来て!」
魔力消費を抑えるため結界を極力小さくしてから強度を上げたい。
引き寄せている余裕がないから寄ってきて欲しいのに、ソレルは言うことを聞いてくれない。
それどころか今にも結界から出てしまいそうだ。
「魔王! オレが出て行くと言っているだろう!」
「さっさと出て来いよ! お前が炭になったらレインはここから出してやるさ!」
駄目だ、本当に出て行ってしまう。
それじゃ助けに来た意味がないでしょう!
それにルシファーが口約束を守るわけがない。
そんなことはソレルだって知っているはずだ。
まったくもう!
余裕がないんだってば!
結界が緩んでしまわないように気を張りながらソレルの背中を掴んで引っ張った。
「近くにいてって言っているでしょう!!」
「だからオレのことはいいって言っているだろう!!」
「いいわけないでしょ!」
これが映画だったら、今のソレルは最高に腹が立つ馬鹿キャラだからね!
「え?」
言い争っていると、突如私達を閉じ込めていた火柱が消えた。
どうして?
力比べじゃなかったの?
メガフレアが途切れたことが不思議でルシファーを見た。
「!?」
まずい……来る!
魔法をやめて接近戦をするつもりだ。
手には黒い炎を纏った剣を持っていた。
刀身も波打っているあの剣……あれは……ヤバいやつじゃない!!
『ダークフランベルジェ』。
ゲームの通りなら、あれを出している時のルシファーは無敵モード。
プレイヤーがダメージを与えることも出来ないし、当たればダメージを防ぐことも出来ない。
もちろん結界だって貫通されてしまう。
つまり、これを持っている間は逃げるしかない!
でもソレルを連れて逃げるのは難しいし、移動は出来ない。
どうしよう!? ……と思っていたらソレルが動いた。
「お前は逃げろ! オレがいなかったらどうにでもなるんだろう!?」
「!? ま、待って!」
ソレルはこちらに向かって来るルシファーを迎え撃つつもりのようだ。
無理だよ、無敵モードだから逃げるしかないんだって!
ソレルを説得しようとしたが、ルシファーもこちらに向かって動き始めた。
目は完全にソレルを捕らえている。
もう……私にどうしろっていうの!?
ソレルを置いて逃げることだけは出来ない。
だったら……ルシファーをなんとかするしかないじゃない!
話を聞いてくれるとは思えないけれど。
ソレルがルシファーの一撃を食らってしまったら死んでしまうことは間違いない。
それだけは避けなければと、手持ちの中から最も攻撃力の高い世界樹の聖剣を取り出し、ルシファーに先制攻撃をしかけた。
「! レイン、流石だね!」
「ぐっ」
切られたわけではない。
でも今のルシファーには防御が効かない。
ただ剣と剣がぶつかっているだけでもダメージが入る。
自分の体力が削れているのが分かる。
この感覚、久しぶりで……怖い。
「でも……隙があるよ?」
「あっ! ……!?」
今までルシファーに競り負けたことはなかったのに、いとも簡単に剣ごと押し飛ばされてしまった。
倒れた身体をすぐに起こそうとしたが……動けない。
同時に大きなダメージが入り、ぐらぐらと視界が歪み始めた。
「うっ……」
「レインはそこで大人しくしていてね」
「や、やめて! 話をっ、聞きなさいよ!」
もう頼み込むしか手段がない。
懇願する視線を向けた私を、ルシファーはどこか不機嫌そうに見下ろしていた。
「なんだろう……つまらないな。まあいい。俺が手を下さなければいいのだろう?」
「え?」
「塵がそこまで来ている。エルフは置いていこう」
歪む視界の中でもはっきり分かるほど、謎の塵はすっかり元の大きさに戻っていた。
あれに取り込まれると永遠に出られなくなると言っていた。
間接的に殺す、ということか。
「い、いいわけないでしょ!」
「!?」
迂闊に触れることの出来ないルシファーを遠ざけるため『威圧』で吹き飛ばした。
ルシファーとソレルの間が少し開いたが、こんなものは微々たる時間稼ぎにしかならない。
「そんな状態でもそのエルフを庇うわけ? ……やっぱり俺の手で消そう」
思っていた以上に時間稼ぎにはならなかった。
いや、むしろ怒らせてしまったようで悪化したかもしれない。
「ソレル、逃げて!」
もう自力で頑張って貰うしかない。
お願いだから逃げてよ!
なのに……ソレルは顔を顰めて私を見ているだけだ。
私の努力を無駄にするつもりか!
ルシファーがソレルに剣を振り下ろすのが見えた。
もう駄目…………いや、まだ間に合う!
「レイン!?」
重い身体を全力で動かし、ソレルを思い切り突き飛ばした。
勢いでソレルがいた場所に入ってしまった私に黒い剣先が迫る。
やけに冷静にその光景を眺めてしまった。
サニーだったらソレルを突き飛ばして、自分もルシファーの剣先をかわすことが出来たはずだ。
でも私は出来ない。
本当に接近戦が下手だな、私。
「だから接近戦は嫌いなのよ……」
オプファーリングが割れるのを感じながら意識を手放した。




