第二十八話 囚われの姫
「ああ、美味しい」
鳥を地下牢に入れ、一息ついた。
今は和室でのんびり休憩中だ。
ユミルが入れてくれたお茶は少し苦みのある烏龍茶によく似た味のものだったので、『(ルームアイテム):点心 ★5』を出して飲茶タイムと洒落込んだ。
この点心は中華蒸籠に入った小籠包だ。
アイテムのくせに、中には美味しい熱々のスープが入っている。
それは知っている私とサニーは用心しながら美味しく頂いたが、良い匂いに誘われてがっついた兄弟は、テレビの中華街食べ歩きロケで見かけるようなお約束のアクシデントを起こしてくれた。
今は舌を火傷したと騒いでいる。
一応食べる前に、『熱いから気をつけて』と忠告はしたのだが。
兄のスープが飛んできたとネルが騒ぐ様子を見ていると和んだ。
平和だなあ。
……などとのんびりしているが問題はまだ残っている。
私の偽物については片が付いたが、派生して発生してしまった『ルシファー怖い事件』が継続中だ。
まだエリュシオンに戻ってきていないようだが、静かなのが怖い。
『嵐の前の静けさ』に思えてならない。
あのメガフレアはどういうつもりだったのだろう。
『冗談』だとは思えない。
本当に私とソレルを始末すつもりだった気がする。
私は領土の中にいるから平気だけど、ソレルは今危険な状態だ。
「ソレル大丈夫かなあ」
「大丈夫じゃないですか」
ネルが痛そうに舌を気にしながら、私が口にした話題には興味無さそうに呟いた。
「あら、結構ドライ」
ネルはソレルに回復して貰ったことがあるのに。
二人が寄り添う光景は美しかったのに。
まあ、私達が殺されかけたことを話していないからだろう。
「レイン様が心配しすぎなんです」
うーん……そうかな?
ソレルとは同じエルフで、忌み子で、親近感が湧いている。
同じ大使でもバルトよりソレルの方が気兼ねなく話せる。
ソレルの方が気難しいのに、不思議だが。
「大丈夫、ネルの方が可愛いぞ! ねえ、レイン様」
何の大丈夫か知らないが、ネルは間違いなく可愛い。
でも、『可愛い』はネル一人の専売特許でも無い。
「そうね。でもソレルも不意打ちで急に可愛くなるから侮れないのよ」
一瞬だったが、ネル越えを果たした瞬間が確かにあった。
恐ろしい奴だ。
ソレルの潜在能力の高さに慄いていると、いつの間にかネルが沈んだ様子で俯いていた。
いけない、やはり『可愛い』はネルの特許だっただろうか。
他の可愛いを認めてしまってショックを受けてしまったのか?
でも確か、『可愛い』と言われることに複雑な思いを抱いるように見えた記憶があるのだが。
『大丈夫、ネルの可愛いは安定感抜群だよ!』と口に出すべきか迷っていると、ネルが顔を上げて呟いた。
「僕はこれからもここにいて良いんでしょうか」
「ん? もちろん」
どうしてそんなことを聞くのだろう。
もしかして、私がネルやユミルを囲っているなどという考えは、まだ継続中なのか?
可愛くない子は側に置かないとか思われているのだろうか。
ショックでまた泣き明かすぞ?
「別に私はあなた達の主人というわけではないのよ? 城の管理をしてくれる代わりに住居を提供している大家さんみたいなものよ。ちゃんとしてくれてる限りは追い出したりしないわよ」
「そうだぞ、ネル。心配するな!」
「なんであなたが偉そうにしてるのよ」
ネルの肩をがっちり掴んで励ましている姿は素敵な兄だが、お前が言うなと突っ込まずにはいられないこの残念さがユミルの『抜群の安定感』だな。
それにしても、この兄弟も随分とここの暮らしに馴染んできたなあ。
「ネルは妙に私に懐いてくれてるけど、怖くないの? 最初は生まれたての子鹿みたいだったのに」
「子鹿!? そんな風に思われてたんだ……」
「だって震えてプルプルしてたじゃない」
「それはまだレイン様のことを知らなかったからで……。今はレイン様といると楽しいです! それにレイン様は綺麗で、お強くて、格好良いです!」
「そ、そうかな」
褒めてくれているネルが照れているが、褒められている私も照れる。
でも、ネルの前ではあんまり良いところを見せられていないと思うのだが。
「僕の両親は結構有名な冒険者だったんですよ! レイン様ほどではないですけど両親も強かったんです!」
「へえ、そうなんだ!」
私と両親に重なるものがあるのか、ネルが嬉しそうに語り出した。
ネルの両親ならさぞ美人だっただろう。
美人で高名な冒険者だなんて素敵だ、憧れる。
そういえば、ネルが両親の話をしてくれたのは初めてだ。
それだけ気を許してくれたということか、嬉しいな。
「僕も強くなりたいなあ」
「私は教えるの下手だから、サニーに稽古して貰ったら?」
教えるどころか、戦闘自体が苦手だ。
私の場合はレベルの高さに胡座をかいて適当にやっているだけなのだから。
見栄を張って、そこは言わないけれど。
「サニー様に? 是非、お願いしたいです!」
「やめなさい」
和やかに話していたところに、水を差すような冷たい声が入ってきた。
そちらを向くと、いつもへらへらしているユミルが珍しく無表情だった。
「有名な冒険者でも、死ぬ時はあっさり死ぬんだから。わざわざ自分から危険な目に遭いにくなんて馬鹿のすることだよ」
「兄さん……」
いつもと違うユミルの雰囲気に戸惑った。
ネルは何か思うところがあるらしく、俯いてしまった。
その様子を見ながら、さっきネルが言った言葉を思い出す。
『冒険者だった』と言っていた。
そして今のユミルの言葉から察するに、ご両親はすでに亡くなっているのだろう。
「ま、危険なことなんてしないで気楽に商売するのが一番ですよ!」
沈んでしまった空気を払拭するように、いつもの調子のユミルが笑った。
おちゃらけた奴だが、こいつにも色々あったのかもしれない。
かといって、阿漕な商売をするのは関心しないが。
「マイロード」
黙々と小籠包を食べていたサニーがこちらを向いた。
いつも通り凜々しいが、口がもごもご動いて可愛い。
「接近する気配があります。虎の獣人です」
「あ、バルト?」
一心不乱に食べていても、警戒を怠らないサニーは凄い。
確認してみると、確かにバルトがこちらに向かっているようだ。
移動速度からグリフォンに乗っているのが分かった。頑張れ。
迎えに行こうかと思ったが、迷う。
領土を出るのが怖い。
怖いが……ルシファーが何をしでかすか分からないし、バルトにもとばっちりがいくかもしれない。
仕方ない、迎えに行ってやるか。
離れないというサニーを連れて、バルトを迎えに行くことにした。
手癖の悪いユミルを檻に放りこみたいところだがすぐに帰ってくるし、あんな空気になった後でもある。
ネルに任せて出発した。
バルトの進行方向の前に出るとすぐにその姿が見えてきたので、ファイアボールで合図。
口を押さえ、青い顔で降りてきたところをそのまま連行した。
戻ると、ネルとユミルは無言のままお茶を飲んでいた。
気まずさがまだ尾を引いているのかもしれない。
「ど、どうしよう! どうしよう!?」
兄弟を気にしていたのに、リバース寸前状態から回復したバルトの叫び声で意識がそちらに向いた。
「ソレルが……ソレルが魔王に連れて行かれたんです! 一緒に来てたんですけど、途中に魔王が現れて……!」
「え? ええええ!?」
やっぱり!
何かやると思っていたけど、ある意味想像通りだけど!
すぐに殺せるはずなのに攫ったのは何故なのだろう。
ソレルを使って私に何かしようとしている、とか?
……あり得る。
それだと私に何か言ってくるまでソレルは殺されないと思うが、危険なことは確かだ。
それにしても魔王に攫われるなんて、ソレルは王子ではなく桃のお姫様だったのか。
今度ピンクのドレスを着せてやろう。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
すぐにソレルをキャラクター検索にかけ、居場所を確認しようとしたのだが……。
【検索結果・該当無し】
「いっ……いないー!!?」
いないってどういうこと!!?
絶対に見つかると思っていたので焦った。
まさか、入力ミス?
いや、そんなはずはない!
『ソレル』という名前、種族を『エルフ』の二点だけで検索をかけたのに、該当無しだなんておかしい。
本当の名前がソレルではないか、エルフではないか……もしくは死んでるか。
サーッと血が引いていく。
あぁ……どうしよう、嫌な予感しかしない!
「魔王がいます」
サニーが窓の外に視線を向けて呟いた。
姿は見えないが、確かにルシファーの存在を近くに感じる。
どうやらエリュシオンに戻ってきたようだ。
まるで『話を聞きに来い』と言っているようなタイミングだ。
「はあ……行きましょう」
思い通りになるのは癪だが、ソレルの安否が分からないのだから聞きに行くしかない。
サニーを連れていつもの面会場所へと飛んだ。
「やあ」
思っていた通り、待ち構えているルシファーの姿があった。
あのぞっとするような冷たい目は消えていて、見慣れた胡散臭くて美しい笑顔を浮かべて立っていた。
……何を企んでいるのやら。
「ソレルを何処に連れて行ったのよ! どこにいないじゃない!」
「『どこにもいない』か。 ふうん? 君には色んな能力があるみたいだけど、分からないこともあるんだね。へえ」
何か思案しているようで、値踏みするような視線を向けてくる。
イラっとするなあ。
睨みつけていると、再び緩い笑顔を浮かべて口を開いた。
「近づこうとしたあいつが悪いんだよ。俺は大使と認めていないからね。でも君は認めてるから、半殺しで許してやろうかなって」
「半殺し!? どういうことよ!」
「俺は手を出してないよ? でも、早くしないと死ぬだろうなあ」
「何処に連れて行ったのよ!」
危険な場所に連れて行かれたことは間違いないのだろう。
魔物の巣、とかだろうか。
早くしないとソレルが餌になってしまう!?
もしくはエリュシオンでベヒモスに拷問されているとか……!
「君一人で来てくれるなら案内するけど?」
「結構よ! 場所だけ教えなさいよ!」
「教えても、俺しか行けない場所なんだけどなあ」
「え」
ルシファーにしかいけない所?
エリュシオン内の何処かだろうか。
ゲーム時代にそんな場所があったかどうか記憶を探るが……全く出てこない。
「マイロード、あのエルフなど放置するべきです」
必死に考えていると、サニーがはっきりと言い切った。
そう言うと思った。
サニーの言う通り、自分の安全を考えるなら見捨てるのが賢明な判断なのかもしれない。
サニーの同行も認めてくれないようだし、一人でルシファーと対峙するなんて怖すぎる。
でも……。
『忌み子仲間だ』と言うと、呆れたように笑っていたソレルの顔を思い出した。
憎まれ口を叩きながら去って行く姿も。
……どうしよう。
「俺はどっちでもいいけど?」
助けてあげたいけど、確実に何か企んでいるであろうルシファーについて行くなんて自殺行為にしか思えない。
「俺が信用出来なくて迷っているのなら、君に触れないと約束しよう。何ならメガフレアをぶっ放さないように魔法を封じてくれてもいい」
「……どういうつもりよ」
「君と話がしたい、デートがしたいだけだよ。魔封で足りないなら、縛ってくれてもいいけど?」
縛って連れて行くなんて何プレイよ。
そんな趣味は無い。
でも、悪さが出来ないように、しても対処出来るようにするのは良い考えだ。
「じゃあ、これを着て」
「何だ、これ……随分と呪われているじゃないか。……君はこんな物を何処で手に入れるんだろうね」
放り投げて渡したのは、エルファープの頭を模したフードがついているローブ、『(防具):エルファープローブ ★8』だ。
ユミルに着せたエルファープスーツは『衣装』だが、今渡したのは歴とした『装備』だ。
装備は鍛冶屋に頼むと、武器や防具にアイテムを合成して強化してくれる。
強化には成功率があり、レア度が高い程成功率は低くなる。
成功すると防御力が上昇し、プラスの効果が付与されたりするが、失敗すると防御力が下がり、マイナスの効果がついてしまう。
ルシファーが手にしている私のエルファープローブは、失敗作……というか大大大失敗作で有る意味レアなものに仕上がった一品。
どんな高レベルの者でも、強制的にエルファープの平均的な能力に変えてしまうという恐ろしいものになった。
エルファープの平均的な能力は身近なところでいうと、ネルが一番近い。
つまりルシファーが、ネルと同じ程度になってしまうということだ。
それなら何があっても対処出来るだろう。
併せてソレルにも渡したオプファーリングをつけて、シールドを張って、完全防備でいけばなんとかなる……はず。
「あはは、こんなに呪われたのは初めてだよ、凄いね! 小さな箱に押し込まれているみたいだ、結構苦しいな。どう、似合ってる?」
思案している間に、ルシファーは躊躇い無くエルファープローブの袖に手を通していた。
苦しいと言いつつ、楽しそうだ。
マゾなのか?
怖い要素を悉く回収するつもりなのか、こいつは。
ご丁寧にエルファープの頭を模したフードも被った。
テーマパークで浮かれてキャラクターの帽子を被っている人にしか見えない。
ローブをしっかりと着込み、準備は万端という視線を向けてくるルシファー。
「行かないの?」
「ああもう……行くわ!」
保身だけを考えると見捨てたいけど、ルシファーは凄く怖いけど、やぱり見捨てることは出来ない。
私が助けないと『死ぬ』のだから、放っておくということは私が殺したも同然に思えるし……。
「マイロード、私も」
当然付いて行くと横に並んだサニーに、ルシファーは冷めた目を向けた。
「『レイン一人』だと言っただろ。デートについてくるなんて無粋だよ。というか定員が三人までなんだよね。エルフと俺達で満員。残念だったね」
定員が三人ってどんな場所なんだよ。
大体デートではない。
こんなに覚悟をして臨まなければならない命がけのデートなんて嫌だ。
「お前が消えろ」
「俺がいないと行けない場所だって言っただろ?」
「なら……マイロードにはここでお待ち頂いて私が行く」
「お前なんてお呼びじゃないんだよ」
サニーとルシファーの言い争いが続きそうだが、悠長にしている時間は無さそうだ。
何が起こっているのか分からないが、ソレルが息絶えてしまう前に助けなければいけない。
「サニー、私が行ってくるよ。急いだ方が良さそうだし、もう行くから」
「マイロード!」
「心配してくれてるのに言うこと聞けなくてごめんね。でも、見捨てたら後悔しそうだから。それに私はサニーの『ロード』なんだから大丈夫よ! 出来るだけ早く帰ってくるから」
手を握って説得すると、険しい顔をしながらも後ろに下がった。
納得してくれた……というより私の様子を見て『言っても無駄か』と諦めてくれたのだろう。
恐る恐る領土から一歩足を踏み出した。
ここからは身の安全が保証されていないと思うと、嫌な汗が出てきた。
領土から出る私を、ルシファーは何でも無い様子で見守っていた。
出た後も飛びかかってくるということはなかった。
「さあ、行こうか」
「マイロード、呉々も油断なさらないように」
サニーの忠告に頷き、足を進めた。
囚われのお姫様を助けて、さっさと戻ってこよう。




