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さようなら、シンイチ

俺はその日も取引があったので準備を進めていた。

内容はいつもどおり。会長から預かったかばんを届けるという単純なものだ。


ただこの日はなぜだろうか、無性にかばんの中身が気になっていた。


毎回ご大層に黒服に囲まれた大物らしき人物が、わざわざ人気のつかない場所で扱う代物だ。今まで全く興味がなかったわけではない。

ただ、俺の直感が関わるなと自制を促していたのだ。


しかし、今の俺はそれなりの地位にある。そろそろ組織の一員として会社の秘密の1つや2つを知ってもいい頃じゃないか。そう思い、俺は側面の電子ロックを解除し、かばんを開けてみた。


すると……中には拳銃のようなものが、規則正しく並べられているではないか!

これは、本物か?

俺は恐る恐るその中から1丁を手にしてみた。それはずっしりと重く、初めて触れる俺のような素人でも本物であることが理解できた。


開けなければ良かった……そう後悔したがもはや後の祭り。知ってしまった以上、俺も犯罪の構成員の一部だ。


どうする? 今から警察に入って全てを吐露し、俺だけ犯罪から逃れるか。いや、課長という地位にありながら『全く知りませんでした』では済むはずがない。下手したら全部俺一人でやったことにされてしまうかもしれない。


かといってこのままこの役目を続けるのは危険すぎる。どうせ相手は反社会的な人間達だろう。既に警察にマークされているに決まっている。いつかはばれるはずだ。そしてそのいつかが今日かもしれない。


このまま会社を辞めようか。だが、あんな連中と取引している会社だ。感づいて辞めたのがばれたら俺のような人間は躊躇なく消されてしまうかもしれん。


どちらの道に行っても地獄。ただ、幸い俺は何事にも動じない態度ができる。今日は何とか乗り切って明日以降、対策を考えよう。


その日もいつもの相手と取引を行ったが、俺は何事もなくやりすごした。普通の人間だと、こんな怪しい取引であると知ってしまえば、態度に表れ、相手にばれてしまうかもしれない。だが、俺は別だ。


ただ、事情を知ってからだと、相手がすごく怪しい人間達に見えてくるから不思議なもんだ。いや、実際怪しい人間達なのだが。


無事に取引を終えた俺は家に帰り、今後のことを考えた。さっき考えたように自首はだめだ。かといってこのまま辞めると消される可能性がある。とすれば……。


匿名で警察に電話かメールを入れ、会社を捜索してもらうのがベストかもしれない。突然の捜索だったら会長含め事情を知る会社の役員共も全てを隠蔽することはできまい。


だが、俺も捕まるところまでは行かなくとも事情聴取くらいはされるだろう。その時にとぼけきることができるだろうか。自信を持った態度を持っているとはいえ、知らないと最後までウソを突き通せるどうかの保証はない。くそっ、どうすればいいんだ。


そうか!


俺はあることをひらめいた。さすが俺だ。社会に揉まれてきただけのことはある。これでうまくいくはずだ。


俺は自信のあるうちに、その考えを実行に移した。



「ライラさっそくだが頼むよ」


「久しぶりだね。今度は何を売るのかな」


「俺が会長から依頼された取引に関する記憶全てだ。ただし、『取引に関する記憶を売った』という記憶だけは残しておいてくれ。会社の連中は俺が取引に行っていることくらいは知っているからな。全く事情を知らないでは逆に怪しまれるだろう」


そう、これさえ無くしてしまえば、取調べにも知らぬ存ぜぬで通せるはずだ。事実思い出そうとしても思い出せないのだから。


「了解。しばしお待ちを……」


俺は期待を込めて待った。もし売れなかったらどうしようという不安も抱えながら。


「売れたよ。300万円です。30万円はもらっておくね」


「ありがとう!」


俺はその破格の金額よりも、売れたこと自体に満足していた。何故なら、今は全うに働き続ければ、それくらいの金額すぐに貯めれる立場にいるからだ。


俺はうれしさのあまり、いつもは聞かないことをライラに聞いてみた。


「ちなみにさ、こんなもの誰が買ったのよ」


「ああ、それはですね……警察の関係者ですよ」


「ええ!」


俺は予想外の答えに、驚きを隠せなかった。


「そんな、そんなことって……。じゃあ俺は、俺はこれからどうなるんだ」


気がつくと、俺の携帯が鳴り響いている。よく見ると見知らぬ番号からだ。下3桁が110の番号。


俺はどうしていいかわからなくなり、部屋の中を意味もなくうろついた。するとしばらくして、玄関からドアをたたく音が。


「シンイチさん、警察の者です。お聞きしたいことがあります。すぐに開けて下さい」


俺が無視を続けていると、口調はだんだん強いものになり


「シンイチ、開けるんだ。周りは完全に包囲されている。おとなしく署まで同行しろ。お前のやったことは何から何までわかっているんだからな!」


そうだ、何から何までわかっているのだ。それは俺が保障する。だが俺自身は何から何までわかっていない。そう、わかっているのは記憶を売ったという事実くらいだ。


これから、どうなるんだろう。せっかくここまで順調に来たのに。どうしてこうなったんだ……。


俺の目の前にはライラがおり、こちらを見つめている。


「他に売るものはあるかな?」


「なあライラ、俺何かを間違えたのかな?」


「無いようでしたら、帰りますね。それでは」


ライラは無表情で去っていった。



「シンイチ、観念しろ。もう顔を変えても逃げられんぞ!」


ドアをたたく音はどんどん強くなり、俺の元まで迫っていた。


ただ、不思議なものだ。なぜか全く後悔はしていない。


ああ、そりゃそうだわ。何せ俺『くよくよする心』までも売ってしまったんだから。

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