9話
恭平視点。
恭平は聡子の村に行かなくて一月が過ぎた。
「…はぁ。」
仕事をしていてもご飯を食べていても考えるのは…聡子の事…。
(…なんで聡子が地主の娘なんだ。)
やり切れなさで胸がいっぱいになる。
…あの時…。
聡子が『地主の娘』と分かったあの時…恭平に選ぶ道は一つしかなかった。
…聡子を選ぶか…村を選ぶか…。
所詮自分は小作人。
そんな身分の自分が地主の娘を貰うことなど出来ようか。…いや出来まい。
聡子には自分なんかより、お金持ちな家に嫁ぎ幸せな人生を歩んだ方が彼女の為なのだ。
自分の気持ちを必死で殺し、彼女に冷たい視線を向け告げた。
""櫻木家の御息女とは知らなかったとはいえ、大変申し訳ありませんでした。今後二度と私はこの村に足を踏み入れないと約束いたします。"
そう告げた時の彼女の悲しそうな表情が頭から離れない。
まるで捨てられた子犬のような悲しい目で…。
恭平は一度も振り返ることなく村を後にしたのだった。
…しかし村に戻ってからと言うもの、後悔の念をずっと引きずり続けていた。
※※※
ーそんなある日。
恭平の変わりに隣村へ遣いに行っていた友人が恭平の元へ訪れた。
『恭平!何でもよー、櫻木家の長女が御結婚なさるらしいぜ!なんと相手はB村の地主の息子だってよ!いやーめでたいねー♪俺たちもべっぴんな嫁そろそろ迎えなきゃなー。』
"結婚"
鐘で何度も頭を打ちつけられたような気がした。
ーー聡子の幸せのために身を引いた。
だが、いざ『聡子の結婚』と言う現実的な言葉に胸がざわめいた。
ーー聡子は違う男の元へ嫁ぐのだ。相手は女ったらしで有名なB村の地主の男。
…そんな奴に聡子を奪われたくなんかない。
だが自分が何かできる立場ではない。
あんなに酷い言い方をしたのだ。聡子は自分の事を嫌いになっているかもしれない。
さらに、聡子がもしまだ自分が好きでいてくれたとしても、自分の村はどうなる?
この村は隣村の櫻木家の支援によって維持できているのだ。
…自分1人の浅はかな行動が櫻木家の逆鱗に触れ村を壊滅にしてしまうかもしれない。
(どうすればいいんだ。)
恭平は頭を抱えるしかなかった。
※※※
聡子の結婚式の当日を迎えた。
恭平はやるせない思いに囚われていた。
そんな恭平を見かねて両親が声をかけた。
「恭平…。なにか悩んでおるのだろう?言ってごらん。」
「…何でもないよ。」
両親に心配はかけまいと恭平は平気な振りをする。
そんな恭平を見て両親はため息をついた後、微笑んで言った。
「お前の思うように進みなさい。人生一度きり。後悔だけはしてはいけないよ。」
「父さん、母さん…。」
両親は薄々恭平の悩みに気づいていたのかもしれない。
「…ありがとう。」
もう恭平に迷いは無かった。
家を飛び出し隣村へと続く道を走り始めた。
聡子を他の男になんかやらない。なんとしても結婚式を阻止しなければッ!!
(間に合ってくれッ!)
そうしてしばらく走り森に入った。
早く聡子に会いたくて近道を通っていた時、女の泣き声が近くで聞こえたような気がした。
草の影から女性がうずくまっているのが分かった。
(…あれは…聡子?!)
化粧でよく顔がよく分からないが背格好が聡子に似ているような気がする。
…そんなはずがない。聡子は今頃結婚式の真っ最中のはずだ。
もっと近くに行こうとして進んだ足音に気づいたのか女性が辺りを警戒し始めた。熊か何かと勘違いしているのか酷く怯えている。
そして泣きながら女性はこう叫んだ。
「い、いやーーッ!!熊さん来ないでーー!死にたくないのー!!恭平さんのトコへ行くまで死にたくないーッ!!!」
ーー聡子だ。
なぜこんなトコにいるのかは分からない。
だがあんなに会いたかった聡子が目の前にいるのだ。
自然に恭平の歩くスピードは速くなる。
草をかき分けてやっと聡子の元へ駆けよると、聡子は恐怖で気を失ったようだった。
恭平は聡子を優しく抱きしめおデコに口づけを落とした。
「聡子。愛してるよ。もう君を離さない。」