6話
1月が経った。
あれから櫻木藤作は聡子の外出を禁止した。
『少し頭を冷やすまで』と鍵付きの部屋に閉じ込められた。
侍女に付きっ切りで監視され聡子は逃げることことは不可能だ。…しかし逃げる気力なんて…ない…。
ーー思い出すのは恭平のこと…。
(…恭平さん…。)
夜。
布団の中で泣く日々が続く。
あんなに好きだった食事も喉が通らない。
聡子がだんだんやつれていくのが家族にも分かるほどだった。
「お父さん。そろそろ聡子を部屋から出してあげましょう。あのままじゃ死んでしまいますよ。」
母ウメが父の説得にかかる。
「しかし…。あいつはまだ松川恭平への未練が残っている。」
藤作は腕組みをして目をつぶった。
「…この際、早いとこ嫁がせるか…。」
※※※
「え!?結婚!?」
「そうだ。相手は神田博と言う男だ。」
ーー神田博。B村の地主の息子。
歳は26歳。聡子より約一回り年上だ。何でもお金と女にだらしがなくこの歳まで縁談が決まらなかったのだとか。
「嫌よッ!絶対にお嫁になんていかないわ!」
聡子は叫びながら父を睨む。
「もう遅い。3日後に式を挙げる。」
「そんなッ!」
父が部屋から出て行った後、聡子は1人で泣いていた。
(結婚なんてしたくない!)
聡子は引き出しから布切れを取り出した。ーーそう、かつて恭平がくれたものだ。
"僕と結婚しよう"
「…嘘つき。」
かつての恭平の言葉を思い出し毒づいた。
(あの時の言葉は嘘?どうして櫻木家の息女だと知って態度を変えたの?私を…奪って欲しかった。)
…分かってる。そんなことをすれば恭平の村が全滅してしまう。恭平は自分の事より周りを優先するタイプだ。
…だが『愛している』も嘘なのか。人はそんな平気に嘘がつけるものなのか。
…違う。少なくとも恭平はそんな性格なはずがない。
「恭平さん。私をここから出してよ。嫌なの…。他のとこへお嫁になんて行きたくない!貴方じゃなきゃ…。」
涙が嗚咽に変わった。
…その時。障子の向こうから『姉様』と言う声が聞こえた。…入って来たのは14歳の弟小太郎と13歳の妹光子だった。
「…姉様、大丈夫ですか?」
2人は聡子の味方だ。聡子が恭平をどれだけ想っているかも知っている。
「姉様、元気を出してください。朗報ですよ。」
「朗報?」
小太郎はにかっと笑った。
「先ほど隣村の方がウチへいらっしゃってたんです。帰る際、父に見つからないようにその後の恭平さんについて尋ねてみました。」
恭平に変わって櫻木家を訪れた遣いの者はこう言ったのだそうだ。
『あ?恭平ですか!?なぜか元気がないんっすよ。前はね、この村に遣いで行くの楽しみにしててね。花なんか摘んだりしてさ!それで俺には分かったんですよ!あ、こりゃ、あの村に好きな娘が出来たんだなって。しかし急にある日俺に遣いを譲りましてね。今ではずーっとぼーっとしてるんっすよ。話しかけても上の空でね。それで俺には分かったんすよ!あ、こりゃ、フラれたなって。』
隣村の男はあひゃひゃと笑っていたが、急に真面目な顔で小太郎に言ったらしい。
『まー、笑い事じゃなく、あいつは目に見えて落ち込んでましたんでね。見兼ねた両親が近々お見合いをさせようと考えているみたいっす。』
「ーーと言う訳なんだよ!」
小太郎は興奮気味に聡子に話す。
「…つまり…恭平様も姉様が好きって事でしょ!」
光子も興奮して声を上げる。
(…そうなのだろうか。)
隣村の男の話は聡子に元気を与えた。
「…もし恭平さんが私を好きなら嬉しい。今すぐにでも恭平さんの所へ行きたいわ。…だけど…。」
ーー自分は囚われの身。
3日後に結婚を控えている。断れば櫻木家の名誉に関わるし、何より弟妹に迷惑をかける。
「…姉様。何を恐れてるんです。櫻木家のことや僕たちの事は考えず、自分の事だけ考えてください。今まで僕も光子も姉様に何度も助けられ恩返しがしたいんですよ。」
小太郎と光子は目配せをする。
「小太郎…光子…ありがとう。」
「でもどうやってここから抜け出そうかしら。」
その晩3人は夜遅くまで作戦を練っていた。




