5話
しばらく誰もしゃべらなかった。
雨の音が異様に耳についた。
口を開いたのは藤作だった。
「お前がいつも月1で外に出てしばらく帰ってこないから心配して後をつけたのだ。…するとこの有様だ。まさか隣村の小作人と逢引きしてたとはな!」
鬼の形相で藤作は恭平の胸ぐらを掴み殴った。恭平は抵抗することなくその場に倒れる。
聡子の悲鳴があがる。
「松川くん。私は君を見損なったぞ。娘をたぶらかしてどうする気だ。小作人の身分で地主の娘を手に入れられると思ったか!?今まで援助してやっていたがもう隣村とは縁を切る!」
隣村は毎年洪水被害が多く、米が出来にくい。しかし、その村にしか生えない薬草が多い。なので薬草を売りお金を稼いでいる村なのだ。
…金はあるが食べ物がない。
なのでこの村に食べ物の施しを貰っていた。それを遣いでしていたのが松川恭平だったのだ。
…つまり、藤作の発言は恭平の村全体の『餓死』を意味する。
「待って!私が櫻木家の娘だと隠してたの!だから恭平さんがたぶらかした訳じゃないッ!私が勝手に好きになったの!」
聡子は泣き叫びながら藤作に言う。
藤作はきっと聡子を睨みつけた。そのまま聡子に手をあげようとする。
「ッお前はまだ目を覚まさんのかーーッッ!!」
(殴られる!!)
ぐっと歯を喰いしめ覚悟をした。
バシッ!!
…殴られたのは聡子を庇った恭平だった。
「恭平さんッ!!」
泣きながら恭平に駆け寄る。
恭平は藤作が来てから一言もしゃべっていなかった。しかし、やっと聡子に向けて口を開いた。
「…騙してたの?」
「…ッ!」
ーーそうなのだ。バレたのだ。私が櫻木家の娘だと…。
今まで櫻木家の娘だと隠していたのがこんな形で罰があたった。
「どうだった?小作人を騙す気分は?わざと小作人のような格好して…それはお嬢様のお暇な遊び?」
「ち、違ッ!私はただ友達が欲しくて。そしてそのうち、貴方が好きになって…ッ!」
さて今、何を弁解して恭平に伝わるだろうか。それでも恭平を失うのだけは嫌だ。
「残念ですが、素性を知った以上言葉を慎ませていただきます。今までの無礼お許しください。」
「…恭平…さん?」
(『無礼』とは何を指すの?タメ口だったこと?抱きしめてくれたこと?『好き』と言ったこと?)
恭平が敬礼の姿勢をとった。
…それは聡子が一番恭平にして欲しくない言動だった。『地主と小作人』と言う身分の違いがありありと理解させられた。
恭平は藤作にも敬礼をとった。
「櫻木家の御息女とは知らなかったとはいえ、大変申し訳ありませんでした。今後二度と私はこの村に足を踏み入れないと約束いたします。」
深々とお辞儀をする。
藤作はふむと頷いた。
「今回はウチの娘にも非がある。私も先ほどは取り乱し過ぎた。隣村との今後も付き合っていくつもりだ。ただしお前以外の遣いの者を遣りなさい。」
「は!ありがとうございます。承知いたしました。」
2人のやりとりをぼーぜんと聡子は見つめていた。
(…なぜだろう?恭平くんと全然目が合わないの…。)
自分はずっと恭平を見ているのに…。どうして貴方は私と視線合わせてくれないの?
彼は近くにいるのに、ずっと遠くに感じた。…まるで彼は私との出会いをリセットしたような…。
恭平はゆっくりと向きを変え歩き始めた。
ーーもう二度と恭平はこの村にはこないだろう。
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『お名前は?』
『松川恭平と申します。』
『私と友達になってください!』
『…はい。じゃ、聡子よろしく。』
『僕は君が好きだ!結婚しよう!』
『私も恭平さんが好き。』
*・゜゜・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゜・*
恭平がだんだん祠から離れていくごとに2人の思い出が蘇る。
ただ聡子はその場で恭平の後ろ姿を見送ることしか出来なくて…。
(恭平さん…もし、私が櫻木家の娘でなかったら、愛してくれましたか?)
恭平の背中に問いかける。
…結局恭平は一度もこちらを振り返りはしなかった。