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ダーククリムゾン  作者: amo
ダーククリムゾン
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始まり

色々な意味での始まりです。

 魔界での一騒動から二週間経ち、大護達の傷も癒えた後、二人はいつも通り金欠となり、いつも通り依頼を請負っていた。いつものように公園のゴミを拾ったり、迷子の犬を探したりして生計を立てる大護達。


「ってなんでだよ!?おかしいだろ!前までこんな依頼、受けてなかったじゃねえか!何で急にボランティアみたいな事してんだよ!?」


 いつもとは違う事にやっと疑問を持った大護は、誰にでもなく青空に叫ぶ。公園で迷子の犬を探していた水夜は、そんな大護を蔑むような目で見つめている。


「うるさいぞ、大護。一体誰に言ってるんだ?そんな事してないで、さっさと犬を探せ。」


「そうだよ、大ちゃん。早く飼い主さんにワンちゃんを届けてあげないと。」


 水夜に続いて注意してくる沙織の声に反応して、大護のこめかみが波打つ。


「元はと言えば、お前がこんな依頼を受けるって言い出したせいだろうが!所長は俺だぞ!何で俺が決める事をお前が決めてんだよ!?」


「すいません、大護さん。沙織の我儘に付き合わせてしまって‥‥」


 後ろで申し訳なさそうな顔をしている香織を見て、大護も毒気が抜かれてしまったのか、がくりと肩を落とす。


「もういい‥‥最近はほとんどこんな仕事ばっかりだからな‥」


 大護達が魔界に一週間以上滞在している間、水夜と会えなかったのが寂しくて堪らなかった沙織は、最近ではほぼ毎日のように大護達の所を訪れていた。更に沙織はそれだけでは飽き足らず、仕事へ行こうとする大護を引きとめ、一緒にこなせる依頼を勝手に受けてしまったのだ。


 おかげで大護達は、懸賞金を貰えない安い仕事ばかりをする事となり、今まで以上にハードな日常を過ごしている。


 だが、口や態度では嫌そうな大護も、毎日手伝ってくれている華田姉妹に給料を支払っている辺り、かなり二人に甘い。


「ま、なんだかんだで水夜も楽しそうだし、いい‥」


「疲れた!もう一歩も歩けん!」


「‥と思った矢先にこれかよ‥‥」


 何処か活き活きしている水夜の横顔を見て、大護が香織に気を遣おうとした言葉は、その気遣いを潰す言葉に遮られた。ますます頭の位置が低くなる香織を何とか立ち直らせながら、大護は自分の気遣いを台無しにした犯人を睨みつける。


「お前もこの仕事がいいって言ってただろうが!なに弱音はいてんだよ!」


「こんなに時間がかかると思わなかったんだ。一旦休もう。」


「あっ!?おい、待てよ!」


 水夜はそう言うと、大護が制止するのも聞かずに近くの喫茶店へと入ってしまう。大護は痛む頭を押さえながら、仕方なくその後に続き、華田姉妹もそれに続いて喫茶店に入って行った。


 大護が喫茶店に入った時には、既に水夜は席でメニューを広げていた。そんな彼女の目がどこか輝いているように見え、大護は慌ててそのメニューを水夜の手からひったくる。


「何をする、貴様!返せ!」


 水夜は取られたメニューを何とか取り返そうとするが、大護は水夜の届かない位置でメニューに目を通す。そして、予想通りのメニューを見つける。


「期間限定‥‥超高層パフェ‥‥‥15,000円‥」


 おそらく、いや、確実に水夜が注文するつもりだったメニューが、値段とともにぽろっと大護の口から漏れる。その言葉に反応したように、水夜は顔を輝かせる。


「それ、美味そうだろう?今日は四人もいるんだし、全員でなら食べられ‥」


「駄目だ!ただでさえ最近は金の入りが少ねえのに、こんな高いもんなんか」


「すいませーん!超高級パフェ一つ、お願いしまーす!」


「買える訳‥‥‥‥‥え?」


 水夜の高すぎる注文を指摘している横で、沙織がその注文をしているのが耳に入り、大護は思考がしばらく止まる。再び動き出した頭の中で、必死に今沙織が何を注文したのかを理解しようとするが、脳が本能的にそれを拒んでいる。


 だが、そんな大護の些細な抵抗は香織の言葉に打ち砕かれる。


「あっ、それ私も食べたかったやつだ。中々二人じゃ食べられなくて‥‥」


 最後の良心である筈の、香織という砦が崩され、大護は力なく椅子に座り込む。放心している大護から容赦なくメニューを奪い取った水夜は、運ばれてくるであろうパフェの写真を見て、華田姉妹と会話を弾ませるのだった。


 放心している大護を無視して展開されている会話の中、急に沙織がテンションを上げて、水夜に向き直る。


「そう言えば、大ちゃんとみぃちゃんの出会いって、どんなだったの?」


 沙織の急な話の切り替えに、水夜は少し戸惑ったが、すぐに顔をしかめる。


「‥‥‥大護との出会いか‥‥もう最悪の出会いだったぞ。」


「最悪の出会い、ですか?」


「嘘だぁ。今はこんなに仲いいじゃん。」


 にわかに信じられないと言った二人だったが、水夜の横から大護が顔を出す。放心状態から回復した大護の顔も、水夜同様に苦々しげなものだった。


「うっせえな。あのころはまだ若かったんだよ。‥げ、予想以上にでけえ‥‥」


 運ばれてきたパフェを見て、大護は顔をどんよりと曇らせ、他の三人はぱあっと顔を晴れさせる。目の前に置かれたパフェは、向かいに誰が座っているのか分からなくなるほど高い。


 これからこれを四人だけで食べるのかと思い、大護は食べる前から気分が悪くなる。だが、他の三人はもうそれぞれにスプーンを手に取り、思い思いの所から、目の前に置かれたアイスやフルーツの山を切り崩していく。


「で、どんな出会いだったの?早く教えてよ!」


「‥‥‥別にいいだろ?そんなこと知らなくても、でっ!?」


「いいではないか、話してやっても。」


 せっかく会話の流れが切れたと思っていた大護は、沙織に話を掘り返され、しかめていた顔を更にしかめる。だが、パフェを口に頬張って上機嫌な水夜は、大護を黙らせるために、割と強めに大護の足を踏みつける。


「はぁ‥‥面白い事なんかねえぞ?」


「興味があるからいいよ!さあ、早く早く!」


「すいません、私も興味が‥‥」


 大護は嫌そうな態度を前面に出していたが、興味心真な二人を前に、ようやく折れた。


「わーったよ、ったく‥‥‥大体四年前だったか?」


 こうして、大護は水夜との出会いを話し始めた。







 大護は雨の日は嫌いだった。戦いで負った傷が痛むからだ。だから大護は、今日のように土砂降りの日には外に出ないようにしている。梅雨の為、最近ではあらかじめ買い溜めしておいた食材で腹を満たし、ただ依頼のメールの中から、受けるつもりのメールを残して削除していくだけの日々が続いていた。


 今日もそれで一日が過ぎていくと思っていた。だから、今まで一度も鳴った事のなかったチャイムを聞いても、一瞬自分に関わる音だと気付かなかった。


 初めは無視しようかと思ったが、こんな大雨の中、誰が自分を訪ねてきたのか興味が湧き、パソコンの前から席を立つ。潰してきた犯罪集団からの報復も考えられるため、一応警戒だけはして扉を開ける。


「誰だ?こんな、日‥に‥?」


 てっきりごつくむさ苦しい男が立っていると思っていた大護は、扉の前にいるのが少女だと分かり、つい扉を開けたまま動きを止めてしまう。


 少女は傘もなしに、この大雨の中を歩いて来たらしく、全身ずぶ濡れになっていた。濡れた服も所々ほつれて、汚れが目立つ。


 だが、少女の容姿で一番目を引くのは、掛けているサングラスだ。何処かにぶつけたのか、そのレンズにはひびが入り、フレームも所々曲がっている。更に、少女の顔にはいささか大きいそれは、とても似合っているとは言えなかった。


 その異様な風体に大護が何も言えずにいると、少女の方から声を掛けてきた。


「貴様、人からの依頼を請負うそうだな。」


「‥‥‥は?」


 おそらく初対面である、明らかに年下の少女に、いきなり貴様呼ばわりされた大護は眉間に皺を作るが、少女はそんな大護の顔色も気にせず、言葉を続ける。


「どうなんだ?違うのか?」


「確かに請け負っちゃいるが‥」


「なら、私の依頼を受けてくれ。」


「‥‥‥なるほど。それでそんな似合わねえグラサンしてんのか。」


「っ!?べ、別にいいだろう。似合わなくても‥‥」


 勝手に話を進めていく少女だったが、大護の言葉で言葉に詰まる。そんな少女の態度で、大護の予想はほぼ確定したが、それを確信に変える為に少女のサングラスを奪い取る。


「あっ!?いきなり何をするっ!?」


「やっぱり魔族か‥」


 魔族特有の紅い瞳を覗き込みながら、大護は目を隠そうとしている少女を睨み下ろす。


「目を隠してたって事は、俺が魔族嫌いだって聞いてんだろ?何でこんな所に来た?ここはガキの来る場所じゃ‥」


「誰がガキだ!?私はガキじゃないぞ!!」


「ぅおっ!?」


 それまで瞳を隠していた後ろめたさからおどおどしていた少女が、急に強気な口調で魔力まで放ってきた。大護は驚いたようにその少女から身を引くが、不思議と敵意を感じなかった。


 そんな事もあって、大護もつい感情を剥き出しにしてしまう。


「うっせえ、ガキ!ここは児童保護施設じゃねえんだよ!それに受ける依頼は俺が決めるんだ!お前の依頼は受けねえ!」


「また言ったな!人を見た目で判断するのは、馬鹿がやる事だぞ!それに、まだ依頼内容も言っていないのに断る気か!?貴様の方がよっぽどガキだな!」


 降り続けている雨の音にも負けない声で、二人は互いに罵り続ける。しばらく罵り合いを続けていた大護だったが、こんな子供に付き合う事自体が馬鹿らしくなり、扉を閉めようとする。


 だが、その扉が思った方向の逆方向へと強く引っ張られ、大護は出来得る限りの力で眉間に皺を寄せる。


「何だよ?お前の依頼は受けねえって言ってんだろ?」


「貴様は、女がずぶ濡れで外に立っているのに、タオルの一枚も貸せないのか?そんな事だか‥っくし!‥‥」


 扉を閉めようとしている大護を睨みあげていた少女がくしゃみをしたのを見て、大護は初めて彼女が小さく身体を震わせているのに気付く。もう夏に差し掛かっているとはいえ、まだまだ肌寒い日が続いている。そんな季節に、雨に打たれて体を拭く事もしないでいれば、当然体が冷えてしまうだろう。


 少女は体が冷えているのを知られたくないのか、出来る限り身体の震えは抑えているが、よく見れば唇も青白くなっている。


「‥‥‥寒いのか?」


「さ、寒くはないが、風邪をひきたくないだけだ!」


 相変わらず強気な少女だが、何故だかそんな強気な態度が脆く見えてくる。


 大護は重苦しく溜め息をつき、少女が引っ張っている扉を離す。


「うわっ!?急に離すな!驚いただろう!」


「‥‥‥‥‥‥はぁ‥‥」


 急に抵抗力がなくなって、少女は地べたに座り込む形になってしまうが、態度は相変わらず上からだ。そんな少女を見下ろしながら、大護はもう一度だけ大きな溜め息をつくと、扉はそのままに、中へと入っていってしまう。


 取り残された少女はしばらくぽかんと呆けていたが、開け放たれたままの扉を見て、少しの間思案した後に、恐る恐る玄関から入る。


「お、おい!入るぞ?本当に入るぞ?いいのか?」


 少女が玄関から大声で大護に呼び掛けるが、大護は返事もせずに奥へと姿を消す。しかし、大護はすぐに帰ってきた。その手に、バスタオルを持って。


「おいおい、濡れた体で入って来んなよ。」


「す、すまんな‥‥」


 少女は渡されたバスタオルを受け取りはしたが、大護の急な態度の変化に困惑してしまう。だが、せっかくの好意を無下にするような事はせず、受け取ったバスタオルで身体を拭き始めた。


 大護はしばらくそれを眺め眺めていたが、急にある疑問が頭をよぎった。


「お前、名前は?」


「な、名前か?え、と‥‥‥み、水原水夜!水原水夜だ!」


「魔族なのに人間の名前なのか。珍しいな。」


 一瞬口籠った少女を不審に思いながらも、大護はあらかた体の水分を吸い取り終わったバスタオルを受け取る。


「俺は黒河大護だ。雨が止んだらすぐに出てけよ。」


 大護はぶっきらぼうにそう言うと、そのまま奥へと歩き出す。水夜はまだ困惑していたが、大護がなんとなく悪い奴ではないと悟り、素直にその後についていった。


 これが二人の出会いだった。







 結局、大護が入れた風呂にまでしっかり浸かった水夜は、暖まった体をソファの上に横にしていた。


「何で俺の家で俺よりくつろいでんだよ!?どんだけ図太いんだよ!?」


「細かい事を気にする奴だな。それより、もっと高いソファを買え。硬くて寝ずらいぞ。」


「‥‥‥‥‥‥こいつ‥!」


 既に我が家状態の水夜を睨みつける大護だったが、水夜はそれをものともせず、ソファを少しでも柔らかくしようと、頭を置く部分を叩いたりしている。もう何を言っても無駄だと感じた大護は、早く雨が止む事を祈るが、天気は僅かに雨足が弱まっただけだった。


「そう言えば、貴様の巻いているその包帯、どうしたんだ?怪我でもしたのか?」


「別にいいだろ?どうだって。お前には関係ねえ。」


 それまではそこまで気にしていなかった、大護の身体の至る所に巻かれている包帯だったが、関係ないと隠されると、気になってしまうのが人の性。水夜は横にしていた体を起こし、パソコンの前に座っていた大護の後ろに忍び寄る。


 大護は水夜の行動に気付いていたが、特に殺気や敵意を感じなかったため、それを無視してメールの整理を続ける。


 大護がこちらの動きに気付いていないと思っている水夜は、にやりと口元を吊り上げ、大護の手に巻かれていた包帯に手を伸ばす。


「わはははは!一体どんな怪我をし‥‥な、何だ、その傷は‥?」


 おふざけ半分で包帯を取った水夜は、包帯に隠されていた大護の手を見て、自分の行動を後悔した。


「だから言っただろうが。お前には関係ねえって。」


 大護の手は、どうなったらそうなるのか分からないが、表面の皮が全て捲れていた。いや、捲れているのではなく、なくなっているのだ。


 大護は目の前の光景に固まっている水夜の手から包帯を奪い返すと、何事も無かったかのようにまた包帯を巻き始める。


「‥‥何をしたんだ?その傷は?」


「犯罪者と戦ったんだよ。そんだけだ。」


 大護は包帯を巻き終えると、またパソコンに向き直るが、水夜はその場から動かずに、何か納得いかない顔をしている。しばらく大護の包帯が巻かれた場所を見つめていたが、今度は真剣な顔で包帯に触れる。


「一体誰の為に戦ったんだ?」


「は?」


 急な問い掛けに大護は水夜を振り返るが、水夜はそれ以上言葉を発せず、その返答を待っている。大護は面倒臭そうに水夜の方に身体を向けると、包帯が巻かれた場所に触れていた水夜の手を払いのける。


「誰の為でもねえよ。ただ、生活する為には金が必要なだけだ。」


「嘘だ。貴様みたいな奴が、自分の為だけにこんな怪我をする訳がない。もっと他の理由がある筈だ。」


「はぁ?そんなもんある訳‥」


 妙に食い下がってくる水夜を鬱陶しそうに見る大護だったが、水夜は払いのけられた手を再び伸ばし、今度は包帯の巻かれた場所を労わるように撫でる。


「どうやって付けられた傷かは知らんが、おそらくかなり痛むんだろう?そんな怪我を負わずとも、生活する方法はいくらでもある筈だ。だが、貴様は傷付く方を選んだ。だったら、理由の一つくらいある筈だ。」


 じっと見つめてくる水夜の紅い瞳が、心の底まで見透かすように感じ、大護が気まずくなって顔を反らす。また水夜の手を払いのけ、大護は水夜に背を向ける。


「‥‥‥こっちの方が、一片に稼げる金額が多いからだよ。無駄に時間を掛けたくねえだけだ。」


 水夜はどうも煮え切らないその態度を見かねて、更に言葉を掛けようとするが、大護が急に立ち上がったせいでそれを遮られる。


「おい、もう雨が止んだぞ。さっさと出てけよ。」


 大護の言葉で、水夜も外の雨が上がっている事に気付く。


 話を遮られた形になった水夜は、まだ会話を続けようとするが、大護は乾かしていた水夜の服を彼女に投げつけると、そのまま部屋を後にする。部屋に一人取り残された水夜は、仕方なく服を着替えるのだった。







 服を着替えた水夜は、ある決心を胸に、部屋の前で待っている大護に、扉一枚挟んで声を掛ける。


「私の依頼、聞く気になったか?」


「は?お前どんだけ図太いんだよ!?受けねえって言ってるだろ。」


 大護は思わず扉を振り返るが、勿論扉の向こう側にいる水夜の顔を伺い知る事が出来ない。だが、声の感じから、水夜がふざけて言っているようには思えない大護は、仕方なくもう一度断りだけは入れておく。


「‥‥‥はぁ。言うだけ言ってみろよ。」


 どうして自分が見ず知らずの少女に、これだけ甘くしているのかが分からなかったが、これは気紛れだと自分を無理矢理納得させる。


 大護が話を聞く気になった事を確認した水夜は、少しだけ躊躇し、ゆっくりと口を開く。


「‥‥‥私を居候させてくれないか?」


「はぁ!?」


 この水夜の一言で、大護達の話が始まったのだった。







 雨が上がった街を、大護と水夜が二人揃って歩いていた。


「ったく、何でこんな事に‥‥」


「貴様が言ったのではないか。『仕事も出来ねえ奴は居候させねえ』と。」


 隣でぶつぶつと文句を言っている大護を、水夜は勝ち誇ったような顔で見ている。大護にその言葉を言われた水夜は、『ならば、その仕事をさせてみろ』という言葉で返し、こうして大護の仕事について来る事になったのだ。


 あんな傷を見た後に、まさかついて来るとは思わなかった大護は、隣で歩く水夜を忌々しげに見下ろすが、今までの彼女の言動から何を言っても無駄だと判断して、口だけは閉ざしておく。


「で、今回はどんな依頼を請負ったのだ?」


「懸賞金1500万のシン=スタイラントを捕縛すんだよ。先に言っておくが、絶対に足引っ張んじゃねえぞ。」


 大護は持っていた手配書を水夜に渡しながら、先程から何度もしている注意を繰り返す。


「分かっている。何度も言うな。貴様こそ、そんなボロボロの体で大丈夫なのか?」


「お前がすぐに行くぞって言ったんじゃねえか!自分の言葉ぐらい覚えとけよ!」


 雨上がり特有のじめじめした空気と、水夜のいい加減な性格のせいで、大護の堪忍袋は先程から切れてばかりだ。請負所を出てから、もう何度も声を荒げている大護は、それだけで体力を浪費して、今ではわずかに肩が上下している。


 だが、そんな大護の怒りなど意に介さず、水夜は手渡された手配書に映る男の顔を見る。


「1500万だから、どんないかつい奴かと思ったら、以外にもひょろそうな奴だな。」


 自分の言葉に何の反省の色もない水夜の態度に、大護はこめかみに青筋を浮かべるが、何とか声を荒げるのを堪える。


「そいつは腕っ節で懸賞金がつけられたんじゃねえんだよ。女子供問わずに人質を取るような事でも、目的を達成する為ならやる卑劣な野郎さ。」


「なっ!?そんな危険な奴を、何故警察が放っておいているんだ!?罪もない人々が傷付けられるかもしれないんだぞ!?」


 急に語調を強める水夜に少々面食らいながらも、大護は頭の中にある人物を思い浮かべる。


「こいつが警察に賄賂を贈ってるんだよ。さっきも言っただろ?何でもするような野郎だって。警察に手出しされないように、相当な額を払ってるらしいぜ。ま、よくある話さ。」


 総統のせいで悩んでいる竜次の顔が頭に浮かぶが、どうせ何を言った所で何も変わらない。だったらしない方が楽だ。


 だが、目の前の少女は違った。


「なぜそんな事を許しているんだっ!!関係ない人を巻き込むような奴を、金を貰っているから見逃すだと!?ふざけるな!!」


 いきなり大声を上げた水夜を、不審な目で通行人が見ているが、すぐに関わらないよう目を反らして足早にそこを通り過ぎていく。


 社会の事情を知っている者ならば、誰もが黙認している事実。だが、目の前の少女はそれを許容せず、真っ向から否定している。


 誰しも一度は心で思った事を、水夜は声にした。今まで裏の社会を渡り歩いてきた大護には、そんな些細な事が、どれほど危険な事か分かっている。だからこそ、心底驚いた。


 警察といえば、既に人間界最大の軍事機関だ。そんな警察の批判を、白昼堂々と口にできる水夜を、素直に尊敬してしまった。


「‥‥‥お前、やっぱり馬鹿だな。」


「なっ、何だと!?貴様‥!おい、待て!」


 尊敬してしまった事を隠すように、大護は歩く速度を速める。水夜は尚も何か言っているが、大護は耳を貸さないようにする。


「はぁ、俺も馬鹿だな‥‥」


「何だって?何か言ったか?」


「何でもねえよ。」


 水夜は隣まで走り寄り、大護の事を睨み上げてくるが、大護は手をひらひら振って、更に歩みを進めていくのだった。







 シンの潜伏先である倉庫についた大護は、懐から手甲を取り出す。水夜はそれを不思議そうに見ていた。


「貴様、魔法が使えないのか?」


「は?何でそう思うんだ?」


「魔闘士なら、そんな手甲はいらんだろう。それに、魔剣士ならそんなリーチの短い物を選ぶ理由が分からん。」


 水夜の言葉に、大護は少なからず驚くが、それは表情に出さない。


「怪我してるから使うんだよ。手が痛えからな。」


 誤魔化すように大護はそう言うと、右手に魔力を込め、倉庫の大きな扉に狙いを定める。何をするのかと思って、後ろで見ている水夜を横目で一度見た大護は、右手を大きく引く。


「『魔剛拳・影』!」


 大護の右手が黒く染まった魔力に覆われ、その手が倉庫の鉄扉に当たり、大きな金属音を鳴らす。少しの間だけ傾いた倉庫の扉は、そのまま支えを失い、急激に角度を落としていく。


「貴様、派手好きだな‥‥」


「気分だよ、気分。今日は誰かさんのせいで苛々しててな。」


 大きな音を立てて倒れる扉を見ながら、水夜は軽く頬をひくつかせているが、大護は中の様子を見て顔を真剣なものにする。


 これだけ大きな音を立てたのにもかかわらず、騒ぐどころか、物音一つないのはおかしい。てっきり焦った顔をしたシンの手下たちが出迎えてくれると思っていた大護は、警戒しながら倉庫の中へと入っていく。


「おい、大丈夫なのか?そんなに堂々と入って行って。」


 水夜も大護の後について来るが、水夜が大護の隣に追い付いたのと同時に、周りから光を当てられる。


「っ!?な、何だ!?」


「‥‥‥はぁ、やっぱりか‥‥」


 いきなりの事態に水夜は慌てるが、大護は驚きもせずに、倉庫の二階部分に目を移す。しばらくは逆光でよく見えなかったが、目が慣れてくると、光の向こう側に男が立っているのが見える。


「はっはっは!待っていたよ、『血染めの死神』君。」


 そこには、周りに何十人と武装させた部下を置いている、今回のターゲットのシンがいた。

 倉庫の二階で、部下の後ろに隠れるように立っているシンは、勝ち誇ったように笑い声を上げる。


「やっと来てくれたね。君にこの依頼をしたのは、実は僕なんだ。警察を押さえこんでいる今、邪魔なのは君くらいだからね。」


 すっかり罠に掛かった獲物を見下ろしながら、シンは部下に銃を構えさせる。無数の銃口を向けられた水夜は身構えるが、大護は何事もないように足を進める。


「おい!止まらねえと撃つぞ!」


「八人目だ。」


「‥‥‥なに?」


 シンの部下が警告を込めて大護の足元に向けて発砲するが、大護の足は止まらない。全く動じていない大護の言葉に、僅かに怯えたシンが眉根を寄せる。


「八人目というのはどういう事だい?」


「この手を使った奴が、お前で八人目だってことだよ。ま、こんなに部下を連れてる奴はいなかったけどな。」


 大護はある程度距離を詰めた所で、その歩みを止める。とりあえず動きを止めた大護を見て、シンは少し余裕を取り戻す。


「あなたこそ、そんな少女を連れて、どんな風の吹きまわしですか?」


 シンは倉庫の入り口で固まっている水夜を指さしながら、いやらしい笑みを浮かべる。今まで一人で活動していたと聞いていた大護が、場違いな少女を連れている事が、シンに僅かな余裕を与えていた。


「ああ、あいつか?あいつはただの居候候補だ、気にすんな。」


 大護は水夜を振り返って軽口を叩くが、そんな態度がシンの神経に障ったらしい。いくつもの銃口を向けられている状況で、それでも自分のペースで話を続ける大護が、シンには気に喰わなかったのだ。


「お前ら、こいつを殺せぇ!!」


 語調を荒げたシンの合図で、部下の銃口が火を拭き、そこから飛び出した弾丸が大護に向けて飛んでいくが、大護は慌てた様子もなく、右手を前にかざして魔力を開放する。


「『魔剛壁』。」


 魔力が大護の前に壁となってそそり立ち、襲い来る弾丸を全て防ぐ。大護は銃弾の雨が止むと、またシンの方へと歩みを進め始める。


「くそ‥!く、来るな!それ以上近づけば、そのガキを殺すぞ!」


 シンは自身の懐から銃を取り出すと、それに魔力を込めて、銃口を水夜に向ける。大護はそれを見て動きを止め、シンの顔にまた笑みが蘇る。


 この時、人質を取る事に成功したと勘違いしているシンには、水夜の表情の変化に気付けなかった。


「誰がガキだ!『我は望む、灼熱の槍を』!」


 水夜の放った魔法が、シン達のいた二階部分に直撃し、二階の床を破壊する。それに伴って、シン達は大護の前に落ちてくる。


 水夜の放った魔法を見て、大護は僅かに目を見張った。魔力自体も相当な量だったが、それ以上に驚いたのは、あれだけの魔法を放っておきながらも、誰一人死人が出ていない事だった。


「おいおい。甘いにもほどがあんだろ。お前を殺そうとした野郎だぞ?なんで‥」


「『魔力を代償に、招来せよ』!」


「くっ!?」


 不意に聞こえた詠唱に、大護は本能的にその場から後ろに飛びずさる。大護が後ろに飛んだ直後に、大護の立っていた場所に何かが叩き付けられる。


「よくもやってくれたな!二人とも殺してやるぞ!」


 身体を起こしたシンの顔は、先ほどまでとは打って変わり、怒りに歪んでいる。シンの傍らには、二メートル程の魔獣が立っており、大護に再び瓦礫を投げつけようとしていた。


 だが、大護はそれを待つような事はしない。魔力を右手に込めると、瓦礫を投げつけようとしている魔獣に手を突き出す。


「『魔翔拳・闇』!」


 大護の手から放たれた魔力が、魔獣の体を貫き、魔獣はその場に膝をつく。それを見た水夜は、大護に怒りをぶつける。


「おい、貴様!なにも殺す事はないだろう!」


「はぁ!?お前、魔獣にまで甘いのか。」


 自分の事を非難してくる少女を、大護は溜め息交じりに見返す。


「お前は何のためにここに来たんだよ?この野郎を捕まえにだろ?」


「がっ!?」


 大護は尚も魔法を立ち上げようとしているシンの首筋に手刀を当てて意識を奪うと、水夜の方へと歩み寄っていく。水夜も大護の方へと足を運び、両者の距離がほとんどなくなった頃、二人同時に足を止める。


「私が言っているのは、何も殺す必要はなかったと言っているんだ!誰かを救う為に誰かを殺したら、本末転倒だろう!」


 水夜は目の前の大護を睨み上げているが、大護はその発言を聞き、呆れたように溜め息をつく。


「傷付ける覚悟もねえ奴が、誰かを救えると思ってんじゃねえよ。」


「‥!」


 大護の言葉に、水夜は言葉を詰まらせる。


 誰かが傷付くのを止めるには、話し合うか力で押さえつけるしかない。前者なら大護の言った覚悟はいらないが、水夜はその覚悟もなしに後者を取った。大護の言うように、その覚悟がなければ、この方法では誰も救えない。


「‥‥‥私は、間違っていたのか‥?」


 すっかり落ち込んでしまった水夜を見て、大護はなぜか申し訳ないような気持ちになる。自分は何も悪い事はしていないのに、何故だか落ちこませてしまった事に罪悪感が付き纏う。


 しばらくは目を背けていた大護だったが、ついに耐えきれなくなり、俯いている水夜の頭を軽く小突く。


「‥‥気にすんなよ。これから学んでいけばいいだろ?」


「‥‥‥‥いいのか?」


「ま、足は引っ張らないくらいの実力はあるみたいだし、居候させてやるよ。」


 ぶっきらぼうな大護の言葉に、水夜は嬉しそうに頬を緩める。


「じゃあ、これからよろしくな。大護。」


「せいぜい足引っ張るなよ。水夜。」


 大護は照れくさそうに、水夜は少し嬉しそうに手を差し伸ばし、二人は握手を交わす。


 こうして、大護と水夜の二人は一緒に生活する事となったのだった。






 昔話を終えた大護は、空になったパフェの器にスプーンを突っ込む。結局、話している事と、見るだけで胸焼けする見た目のせいで、大護はほとんど手を出していなかった。


「へぇ。昔は大ちゃんも荒んでたんだねぇ。」


「でも、魔族が嫌いなんて初めて聞きました。」


 話を聞き終えた香織と沙織は、それを回想して会話を弾ませていたが、そこに水夜が割って入る。


「いや、大護が魔族嫌いってのは、私の勘違いだ。」


「へ?そうなの?」


 水夜の言葉に、大護が嫌そうな顔をする。


「でも、どうしてそんな勘違いを?」


「俺がたまたま魔族の犯罪者ばっかり捕まえてたからだよ。知らねえ間に、そんな噂が広まっちまってたんだ。」


 溜め息をつく大護を見て、香織がくすくすと笑っていると、急に水夜が立ち上がる。


「いたぞ!あの犬だ!」


 三人が水夜の指さす方を見ると、窓の外には、依頼で探していた犬が歩いていた。


「逃がすか!おい、追うぞ!」


「オッケー!」


「あっ!?待ってくださいよ!」


「おい、待てよ!会計は‥‥」


 大護も三人を追おうとしたが、レジ前に立っている店員の視線に射抜かれ、仕方なく財布を出すのだった。


 大護を置いて店を飛び出した水夜は、まだ自分に気付いていない犬に目掛けて、出来るだけ音を潜めて走り寄る。だが、犬しか目に入らなかった水夜は、前から来る通行人にぶつかってしまう。


「おっと!?すまん、よそ見をしていた。」


 水夜は振り向いて謝ると、また犬の方へと走り出そうとする。だが、ぶつかった男に腕を掴まれ、その足を止めて振り返る。


「すまんといっただろう。話なら後にして‥」


「やっと見つけましたよ。」


「え‥?」


 見覚えのない男にそう言われ、水夜はもう一度男の顔をよく見るが、やはり知らない顔だ。


「どうしたんですか、水夜さん?」


「その人、誰?知り合い?」


 追いついて来た香織と沙織も、その男を知っている様子はない。水夜は何とか思い出そうと、記憶の引き出しを探るが、どうしても思い浮かばない。


 だが、男の言葉で水夜の表情が固まる。


「ずいぶん探しましたよ、カトレア様。」


「カトレア‥?」


「みぃちゃんの事‥‥なの?」


 男に腕を掴まれたまま、水夜は目を見開いて男を見上げている。


「き、貴様‥‥なぜその名を‥」


 男は水夜の腕を離すと、そのままの状態で動けない水夜の前に跪く。


「申し遅れました。私は魔界の王室警備隊隊長、ルイス=ライ。貴方様をお迎えにあがりました、カトレア様。」


 ルイスの言葉に、水夜は更に目を大きく見開き、僅かに後ずさる。勝手に話を進めている二人についていけない華田姉妹は、ただ困惑して二人を見る事しか出来ない。


 そこへ、会計を終えた大護も合流する。


「おう、水夜。お前、そいつに何したんだよ?随分とお前に従順な奴だな。」


 状況を知らない筈の大護は、なぜか驚いた顔をしていない。ルイスは立ち上がり、大護の方へと向き直る。


「貴様か。カトレア様を誑かし、魔界から連れ去ったのは。」


 腰に下げていた刀を抜くと、ルイスはその剣先を大護へと向ける。だが、大護はそれを無視して、固まっている水夜へ声を掛ける。


「おい、水夜。やっと迎えが来てよかったな。これでお前も、金持ちの仲間入りじゃねえか。」


「貴様、カトレア様に何という口の聞き方を!」


 ルイスは怒りに顔を歪め、刀に魔力を込めるが、そこで水夜がやっと口を開く。


「大護。貴様は知っていたのか?」


「ああ。魔界でお前が寝てる間に、魔界中でお前の事を探してたぜ。」


 大護の言葉に、水夜は諦めたように肩を落とす。そして、自嘲気味な笑みを浮かべて華田姉妹に顔を向ける。


「香織、沙織。黙っていてすまんな。私の本当の名前は‥‥水原水夜じゃないんだ‥」


 いつもとは明らかに違う、辛そうな水夜の顔を見て、華田姉妹は何も言い返せない。


「私は魔界王室正統後継者、カトレア=ジェーン。‥‥‥いや、正確にはそのカトレアのクローン体。魔造生命体No.32834だ。」


 水夜の言葉に、香織と沙織は言葉を失った。

物語も、かなり強引に展開してきました。ここからは、シリアスが多くなってしまいそうですが、頑張ります!

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