決戦前
少し行間を多めに取りました。見にくかったら、コメントで教えてくださると助かります。
竜次の依頼を受けてから数日経ち、ようやく大護の怪我が治った日。事前に今日出発すると告げておいた華田姉妹が、送り出しをしようと請負所に来ていた。
「みぃちゃん、危なくなったら逃げてね!無理しちゃ駄目だよ!歯ブラシ持った?お金は二つの財布に分けて持つといいよ!念のためシャンプ‥」
「えぇい!離れろ!それと、私は観光に行くんじゃないんだぞ!貴様は私の母親か!」
「相変わらず、仲がいいですね。」
「そろそろ出発したいんだけどな‥‥」
騒がしい二人を遠目で見ながら、大護と香織はゆったりとお茶を口にしていた。出発の予定時間はとうに過ぎていたが、今回の仕事は詳しい情報がないため、帰りがいつになるかも分からない。よって、今の内に思いっきりじゃれつかせてやろうという、二人の老婆心だった。
だが、絡まれている水夜は堪ったものではない。決して同性愛者ではない水夜にとって、同性の沙織にこうも激しく抱きつかれる事は、大護に抱えられるよりも堪える。それまで大護以外の人と接点があまりない事も相まって、どう断っていいのか分からない水夜は、無理矢理離れようと懸命に力を込める。だが、一回りは大きい沙織の身体を退かす力など、普段から大護に力仕事を任せている彼女にはない。結局、沙織が落ち着くまでこの状態から逃げる事は出来なかった。
しばらくして、ようやくどこか肌がつやつやした沙織が、ぐったりと床に伏せている水夜を開放したので、大護は荷物の詰まったバッグを持って立ち上がる。それが出発の合図だと分かり、沙織は少し顔を曇らせる。
「もう行っちゃうんだ。もっと話したい事があったのに‥‥じゃあ、最後に‥‥‥ぐふふ‥」
雲っていた顔はすぐににやつき、涎を垂らさんばかりのだらしない顔になる。大護はぐったりしている水夜を見て、彼女がそこまで疲労するほどべたついても満たされない沙織の欲望に、思わず身を引いた。既に大護の予定では、魔界についている時間だ。かなりゆっくりしたつもりだったが、沙織はまだ満足していないらしい。また水夜に抱きつこうと構えを取る。だが、もうお腹一杯の水夜は、大護が立ちあがったのを見て、慌てて自分の荷物を持って玄関まで走る。
「だ、大護!さっさと行こう!先に行っているぞ!」
口早にそう言いながら、水夜は請負所の玄関を目指して走り出す。
「あっ!?みぃちゃ~ん!いってらっしゃ~い!」
「大護さんも、気を付けていって来てくださいね。」
「慌ただしくて悪いな。あいつももう少し素直な性格ならなぁ‥」
大護は走り去っていく水夜の背中を見ながら、申し訳なさそうな口調でそう呟く。その呟きが終わると同時に、突然周りが急に静かになる。それまで音を鳴らしていたものが、動きを止めたのだ。
「‥貴様‥‥今、なんて言った‥?」
ギギッと音がしそうな動作で、水夜はゆらりと振り返る。大護は、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
「あ、あっれ~?もしかして‥‥今の、聞こえてらっしゃいましたか?」
「ああ、しっかりとな‥‥」
まるで操り人形のような動きで、ゆっくりと近づいてくる水夜に、大護はおろか、華田姉妹も動く事が出来ない。
「は、話し合おう!話し合えばどんな事でも‥」
「素直じゃなくて悪かったな!『我は望む、赤き破壊を』!」
請負所の応接間に、大護の断末魔と爆音が響き渡った。
請負所を出て、タクシーで十分ほど行った場所で二人は降りた。そこには重武装をした四人の衛兵の中心に、今回行く魔界へと繋がっているものがある。
『彼岸の門』。高さ20メートル、幅7メートルはありそうなその巨大なアーチは、その中に何かがある訳でもないのに、向こう側が見えない。更に特徴的なのが、次元の歪を安定化させるための魔具である、『歪曲玉』がアーチの天辺に嵌めこまれていることだ。
そんな厳重体勢が敷かれている門の前に、見知った顔があった。
「ずいぶん遅か‥‥どうしたんだ、その顔は?」
彼岸の門の前に立っていた竜次は、一風変わった大護の見た目に言葉を詰まらせる。大護の顔全体を、まるでミイラのように包帯が覆っていた。
「何でもねえよ。ただ、ちょっとした小火騒ぎがあっただ、ぶふぉっ!?」
「何でもない。貴様には関係のない事だ。」
余計な事を言わないように、水夜は大護の脇腹に肘を突き刺す。予測もしていなかった痛撃に、大護は脇腹を押さえて、のた打ち回って悶絶する。
「で、何で貴様がここにいる?私達がちゃんと仕事に行くかの確認か?」
水夜は悶絶している大護を、追い打ちとばかりに踏みつけながら、依頼主である竜次がこんな所にいる理由を聞く。
「いや、たまたま魔界へ観光にでも行こうと思ってな。」
「お前も来るの、ぶげぇ!?」
何か言おうとする大護を、水夜は更に強く踏みつける。そんな彼女の顔は、怒りに歪んでいた。
「貴様が行くなら、私達は必要ないだろう!なぜこんな依頼をした?」
竜次の実力から考えても、一人で事を済ませられるだろう。魔界に行きたくなかった水夜が怒るのも仕方なかった。怒りを大護にぶつけている水夜をどうどうと落ち着かせながら、竜次は説明する。
「お前達に来てもらうのは、お前達が人間界の住人だからだ。」
「は?なんだ、それは?」
竜次の言っている意味は分かるが、その意図が分からない。それが、今回一緒に行く事とどんな関係があるのか、水夜には図りかねた。だが、水夜の八つ当たりから逃げ出した大護は、埃を払いながら納得したように頷く。
「なるほど。俺達は餌ってわけか。」
「身も蓋もない言い方だな。まあ、違ってはいないが‥」
竜次が今回大護達にこの依頼した理由は、大護の言う通り、魔界で武力を行使する為の餌だ。人間界の警察でも、魔界ではただの旅行客と変わらない。武力を行使していいのは、人間界の住人が身を危険に晒されている時だけだ。簡単な話が、武力を行使する理由が欲しかったのだ。
「相変わらず、警察は汚い手を使うな。」
「‥‥賄賂の事は言うなよ。あれは警察ではなく、総統個人の問題だ。」
賄賂で犯罪を見逃す総統の事を、正義感の強い水夜はよく思っていない。大護や竜次も良くは思っていないが、ここまであからさまな態度は取らないようにしている。だが、水夜はそんな事はお構いなしに、その後もぶつぶつと文句を垂れていた。
「侘びと言う訳ではないが、今回の旅費は俺が持とう。」
「マジでかっ!?宿泊費から食事代まで全て持つと言うのか!?さっきは気が悪くなるような事を言って悪かったな。さあ、行こう。」
水夜の変わり身の早さに、大護と竜次は呆気に取られている。そんな二人を置いて、水夜はさっさと必要な手続きを取る。
魔界へ行く時には、外国へ行く時と同じ手続きと合わせて、意志証明を書かなくてはいけない。次元の壁を通ると言う事は、飛行機や電車に乗るよりも危険な物なため、自らの意思で魔界へ向かう証明が必要なのだ。
呆気に取られていた二人も、水夜に遅れて手続きをする。そして、いよいよ彼岸の門の前に立つ。
「ふぅ‥‥魔界か‥」
「まだ戻れるぞ?」
まだ踏ん切りがつかないと言った水夜に、大護は問い開けるが、すぐに彼女の首を横に振られる。
「いや、大丈夫だ。」
「そうか‥‥」
これ以上言っても、強情な彼女には意味がないだろう。そう思って、大護は彼岸の門へと足を踏み入れていった。
彼岸の門の中に入った三人の全身を激しい騒音が包み、水に浮いた時に似た浮遊感を味わいながらも、その流れに逆らう事なく身を任せる。そして、騒音が止み、足が地に着く感触を感じた時には、目の前には先程までとは打って変わった風景が広がっていた。
まず初めに目に付くのは、少し離れた場所に建造されている、洋風の城だ。魔界では、種族ごとに統治が行われ、魔族の中でも特に多く、その約七割を占める『魔族亜人種』の王がいるのが、その城だ。魔族亜人種は人間界とは違い、王が全ての政を執り行っている。完全な独裁社会だが、その王は民衆に決して重税などを掛けず、人々からは人格者と言われているため、この制度に不満を訴える者は少ない。
他の景色も、人間界とは多くの点が違っている。科学の発展が遅れている魔界では、住宅のほとんどが木造で、街中では自動車の代わりの馬車が走っている。その馬車も人間界のものとは違い、騎手はいない。魔科学の技術で、馬に着いている装置に行き先を告げるだけで、そこまで勝手に行ってくれるものだ。道もコンクリートで整えられる事はなく、土を均してできたものだ。唯一ある共通点は、時折自転車が通る事くらいだ。
無事魔界へと付いた三人は、自分の荷物がなくなっていない事を確かめる。無事に魔界へ着いても、持っていた物が次元の狭間に置き去りにされることも少なくないからだ。
「三人とも無事みたいだな。」
「ああ、荷物もな。でも、包帯がどっかいっちまった。」
「残念だったな。せっかくいい男だったのに。」
「ああ、誰かさんのおかげでな。」
とりあえずの無事を確認した三人は、移動用の馬車を選ぶ事にする。今回は竜次の情報で動く事になり、その情報では、ここから馬車で三日掛かる場所に謳歌師団の本拠地である、神崇教の教会があるらしい。そうなると、途中に宿で寝泊まりする事になる。
今回は旅費の心配をする必要のない大護だったが、新たに水夜が竜次に何を求めるかを気にする必要がある。いくら旅費を払ってやると言っていた竜次でも、水夜がねだってくる物の値段を見て考えを変えるかもしれない。だが、心配そうな大護の心配を余所に、水夜はもう今から乗る馬車の選別をしていた。
一番安い馬車は、木製で屋根もなく、何とか三人乗れるくらいの大きさだ。それに比べて、平均的な馬車は屋根もあり、接合部に金属が使われており、大きさも優に六人は乗れるものだ。そして、一番目を引く煌びやかな装飾がされている最高級の馬車は、馬車と言うより、馬がテントを引っ張っているような状態だ。大きさも段違いで、五人が寝られそうな部屋が二階建てになっている。
勿論、水夜が目を向けているのは最高級の、もはや馬車と呼べるのかも分からないようなものだ。
「おい、大護!あれに乗‥」
「駄目に決まってんだろうが!お前は少しは遠慮ってもんをだな‥」
「いや、気にするな。それで移動しよう。幸い、この馬車で寝泊まりも出来るようだしな。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
全く容赦のない水夜の言葉を窘めている大護の横を通り過ぎた竜次は、全く迷いもなく水夜御指名の馬車へ乗りこむ。普段から質素な生活を送ろうと心掛けている大護は、目の前の光景が信じられず、目を瞬かせている。そんな大護の足をわざと踏みつけて鼻を鳴らした水夜も、竜次に続いて馬車の中に入っていく。一人外に取り残された大護は、自分の何が間違っているのかを考えて、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
軽快な足取りで進む馬に曳かれる馬車に揺られながら、竜次は放心している大護にこの馬車を選んだ理由を教えていた。
「お前は自分が誰なのかを忘れたのか?」
「‥‥‥‥‥‥‥っは!?‥‥え?」
「ん?大護は大護だろう?言っている意味が分からん。」
竜次の言葉で、ようやく現実に帰って来た大護は、呆けたように声を漏らす。水夜も言葉の意味が分からず、大護同様頭の上に疑問符を浮かべている。そんな二人を見て、竜次は深く息を漏らす。
「お前は『血染めの死神』なんだぞ。人間界では黒河大護でも、魔界ではそうじゃない。お前は目立つんだ。」
「‥あ。なるほど。」
「‥?分かるように言え!私だけ仲間はずれは許さんぞ!」
自分の分からない話し方をされて、水夜は駄々を捏ねる子供のように怒鳴り散らす。大護はそれを押さえながら、補足説明してやる。
「お前と会うより随分前の俺は、魔界で今と同じような事してたんだよ。で、魔界の裏社会じゃ『血染めの死神』なんて呼ばれて恐れられてた。そんな俺が魔界に来たっていう情報が漏れれば、謳歌師団も警戒してくるだろ?」
「そう言う事だ。あそこにあった馬車で、中の様子を見られないような造りはこれしかなかったから、これを選んだんだ。」
「そ、それくらい‥‥分かっていたぞ‥‥‥ほ、本当だぞ!」
二人に事細かに説明されている自分が恥ずかしくなったのか、水夜は何度もそうだそうだと呟きながら頷いていた。二人は疑いの目を水夜に向けるが、せっかく借りた馬車を炭にしたくないので、水夜の沸点に達する前に話題を変える。
「今回、注意するような奴はいるのか?何も、お抱えはこの前の奴だけじゃないんだろ?」
先程までの和やかな空気とは一変し、三人の顔は真剣なものになる。竜次は持ってきたバッグを引き寄せ、中から何かを探し出す。
「ああ。構成員は特に問題ない。表だけとは言っても、宗教の教会だ。そんなに武器を多く持ってはいない。」
「ならば、構成員以外は気をつけろと言う事か?」
竜次がバッグから引っ張り出した物が手配書だと分かると、水夜は引っ張りだされたそれを見ながら呟く。一枚は少年の顔が、もう一枚は男の顔が描かれていた。
「子供の方が『近藤秀治』。懸賞金1800万。もう一人は『山本健一』。懸賞金3800万。この二人には気を付けろ。」
懸賞金を見て、水夜は少なからず驚いた。こんな少年に、これだけの懸賞金が掛けられている事は稀だ。事実、今までに戦ってきた犯罪者の中でも、1000万を超える少年犯罪者はいなかった。だが、大護は手配書に違った感想を持っていた。
「やっぱり人間界の犯罪者か。魔界の警備隊が手を出しづらい訳だぜ。」
「そうだな。これが、謳歌師団の急激な成長の理由の一つでもある。」
前に戦った章吾も、この手配書の二人も、どちらも人間界で懸賞金を掛けられた犯罪者だった。人間界には人間界の、魔界には魔界のルールがあり、魔界で人間界の犯罪者を捕えるには、現行犯以外は警察に手続きを取らなければならない。そして、そんな手続きをしている間に、犯罪者は姿を暗ますのだ。
「はぁ、何をするにも手続き手続きと、面倒臭い奴らだな。」
「‥‥返す言葉もないな。」
水夜のぼやきに、竜次は耳が痛いと言わんばかりに、肩をすくめて見せる。
「なにはともあれ、教会に着き次第、冬馬と合流。その後、一般人を何らかの方法で遠ざけて、一網打尽にする。」
「げっ!?やっぱりあの野郎と一緒に戦うのかよ‥」
「別に良いだろう。あいつの魔法は綺麗で好きだ。何より珍しいしな。」
「本人は魔法じゃないと言っていたが?」
「う、うるさいっ!魔力を使っているのだから、ほとんど変わらないだろう!」
水夜が暴れるのを押さえながら、三人を乗せた馬車は魔界の僻地へと進んでいくのだった。
魔界に入ってから二日目の夜。大護達を乗せた馬車は、目的地へと辿り着いていた。宿泊もできる馬車だったのが幸いし、予定より早く到着した一行は、事前に連絡しておいた冬馬に会いに行く。待ち合わせの場所である人通りの少ない路地裏には、もう冬馬の姿があった。竜次に会える事でそわそわしていた冬馬は、まず近付いて来る竜次に気付く。そして、その両隣りに余分な二人がついて来ている事にも気付き、その中にいる大護と目を合わせた途端、二人同時に顔をしかめる。
「よう、金魚の糞野郎。金魚がいなくて、さぞかし寂しかっただろ?」
「何だと、この貧乏男。金もねえのに社員なんか増やしていいのか?」
威嚇するように両者が睨みあいながら、今にも殴り合いを始めそうな気配を漂わせている。そんな二人のやり取りに慣れている他の二人は、面倒臭そうに溜め息をつく。この二人は、いつも会うなりこれだ。いつもなら二人の気が済むまで、言い争うのを見守っている竜次だが、今回はどこに敵の目が光っているか分からないので、早々に仲介に入る。
「二人とも止めろ。ここじゃあ目立つ。言い合いもいいが、まずは宿泊先に行くぞ。」
竜次は大護から遠ざけるように冬馬の襟を引っ張り、そのまま引きずっていく。大護はしばらくその場で引きずられていく冬馬を睨みつけていたが、水夜に弁慶の泣き所を思い切り蹴りつけられ、目に涙を浮かべながら竜次達に着いていった。そんな四人の姿を、建物の蔭から覗き見ている者がいる事にも気付かずに。
宿に着いた三人は、明日決行する、竜次が考えた作戦の説明を受けていた。
「俺と黒河が正面から、冬馬と水原は裏から乗り込む。冬馬たちは一般人を遠ざける為に一役買ってもらうぞ。」
「何で俺と竜次さんじゃないんですか!?」
「何だ、貴様!私といるのが不満だと言うのか!?」
「だから、それについてはこれから説明すると言っているだろう。」
せっかく会えた竜次と、また離れて行動するのが嫌だったのか、冬馬は時間も考えずに声を荒げる。そして、冬馬の言葉が気に入らなかった水夜も怒声を発し、二人とも立ち上がり睨みあう。そんな冬馬の反応を予想していた竜次は、騒ぐ冬馬を鋭い目で窘める。睨まれた冬馬は、それ以上何も言わず、仕方なく腰をおろし、水夜も大護に頭を軽く小突かれて、ようやくその場に静けさが戻る。
「一般人を遠ざけた後は、教会内で合流する。おそらく大聖堂があるだろうから、そこで集合だ。」
「途中で、お抱えのお二人さんと遭遇したらどうするんだ。」
「そのために二人ずつで行動するんだ。合流した後は、俺と冬馬、黒河と水原に分かれて行動する。」
その後も、しばらく部屋に話し声が続いていたが、その声が止むと、それぞれが自分の部屋へと引き返していった。
大護達が宿で騒いでいる頃、神崇教の教会の地下にあるだだっ広い部屋に、誰かが話す声が響いていた。話し声の主は、謳歌師団お抱えの剣一と秀治だ。
「健一さん。『血染めの死神』が魔界に来たらしいよ。」
「あらら。もうここがばれたのかぃ。」
大護達が馬車を降りた時に、たまたま謳歌師団の諜報員が見かけたらしく、既に謳歌師団は厳重体勢に入っていた。だが、緊張感高まる周りをよそに、二人は大きな動揺を見せていない。秀治に至っては、楽しそうに声を弾ませている。章吾に対してあれだけ険悪な態度をとっていた秀治だが、健一には懐いているようだった。病室ではあれだけ冷酷に章吾を殺した人物とは思えない程、今の秀治は年相応にあどけない表情をしていた。
「章吾の奴があっさり負けたんだから、『血染めの死神』の相手は健一さんに任せるよ。」
「はぁ、厄介なもんを押し付けられちまったねぇ。じゃあ、連れのお譲ちゃんは任せるよ。」
面倒臭そうに溜め息をつきながらも、健一は仕方なく承諾する。甘えてくる秀治の姿が、ある人物と重なるのを感じながらも、それを悟られないように。
「それにしても、どうしてここがばれたのかな?」
「過ぎた事を言ってても仕方ないさ。今はどうやって『血染めの死神』様を追っ払うかを考えなきゃねぇ。」
健一はそう言うと、壁に立てかけてあった木刀を手に取り、それを軽く振って見せる。秀治はそれを見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「今日は稽古に付き合ってくれるの?」
「ま、今回は事情が事情なだけに、特別だよ。」
立ち上がった健一がテーブルを壁へと蹴りつけるのと同時に、激しい衝突音が響き渡った。
三話目にして、ようやく魔界に入りました。でも、戦闘シーンは‥‥




