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ダーククリムゾン  作者: amo
ダーククリムゾン
14/16

悪魔

ゼダンが完全に説明役になってます。大人の事情です。

 突然の訪問者に、三人はまだ頭が追いついていなかったが、ゼダンが敵である事だけは何となく理解していた。そんな渦中のゼダンは、涼しい顔で部屋の中を闊歩しながら、それぞれの顔を見比べていた。そして、水夜の前で立ち止まり、品定めするように顔を覗き込む。


「あなたがカトレアのクローン体ですか?あなたが逃げ出してくれたおかげで、私の計画が、今まさに成就しようとしています。」


「貴様は誰だ?計画というのは何の事だ?」


 不躾な視線に嫌悪感を丸出しにしながら、水夜はゼダンを睨みつける。だが、睨まれたゼダンはどこ吹く風で、そのまま大護の方へと足を運ぶ。


「『血染めの死神』。あなたのおかげで、王室警備隊と事を構えずに済みました。その上、貴方の連れのおかげでこれの入手も楽に出来ました。」


 ゼダンは大事そうに持っていた球体を、大護に見せつけるようにかざす。大護にはそれが何か分からなかったが、どこかで見た事があるような気もした。どこで見たかを思い出そうとしている大護を見て、ゼダンは愉快そうに笑みを浮かべ説明を始める。


「これが何か分かりませんか?あなたならよく見た事があると思いますが?」


 いきなり話を振られ、水夜はかざされたそれに目を凝らし、それが何か分かった途端、目を大きく見開く。


「…それは、歪曲玉か…?」


 水夜の言葉で、ようやく大護もそれが何かが分かった。彼岸の門(フリークゲート)の天蓋に付加され、異次元との境界を取り払う魔具。


 それを、なぜ今ゼダンが持っているのか。そんな疑問が顔に出ていたのか、大護の方を見たゼダンはふっと口元を緩める。


「この魔具が何に使われているかぐらいは知っていますね?だからこそ、なぜ私がこんなものを持っているのか解せない、と言った顔ですね。今回のお礼として、特別に説明しましょう。」


 手の中で歪曲玉を転がしながら、機嫌よさそうにゼダンが語り出す。


「疑問の思った事はありませんか?人間界では殆ど見た目が変わりない人種ばかりが住んでいるにもかかわらず、魔界には亜人種、鬼人種、巨人種、小人種、獣人種など、見た目や大きさだけを取ってもかなりの違う人種が数多く存在している。更に、その数にもかなりのばらつきがある。この二つの世界の違いは何なのか?」


 演説家のように語るゼダンの言葉は、三人に違和感を植えつけるものだった。


「ここで、私はある一つの仮説を立てた。世界はまだ他に存在するのではないか。そして、魔界は人間界と亜人種の世界の狭間にある世界なのではないか、と。」


「…?ど、どういう意味だ?」


「……お前は黙っとけ。」


 話に水を差した水夜に、大護は溜め息交じりにこれ以上話さないよう釘を刺しておく。


「邪魔が入りましたが、話を続けます。」


 邪魔扱いされた水夜は額を波打たせるが、ゼダンはそれを見て見ぬ振りをした。


「私はその仮説と証明するために、魔界中の本を読み続けた。そして、召喚士にその可能性を見たのです。」


「召喚士だぁ?おまえは魔導士だろ?」


 茶々を入れてきた大護の方へ、ゼダンはにやついた顔を向ける。


「確かに私は特異魔法の魔導士ですが、同時に召喚士でもあるんです。その証拠に、あなた達が倒したドラゴンを呼ぶ研究を立案し、協力したりしたんですよ?まあ、あの研究自体、私にとってはただの実験だったんですがね。」


「!!貴様のせいで秀治が…!」


 今思い出しても心が痛む出来事が、目の前にいる男の引き起こした事だと知り、水夜は動く足をもがかせる。だが、力も強くない水夜がどうあがいても、ゼダンの拘束から逃れる事は出来ない。


「これも一度は疑問に持った事があるんじゃないですか?魔獣はどこから召喚されるのか?私の仮説が正しいならば、魔獣の存在する世界が人間界と魔界の他に存在し、その世界から召喚している事になる。」


 ゼダンは説明している最中に、気絶していたガイアが目を覚ました。ガイアは周りの様子を確かめるように左右を見た後、自分を見下ろしているゼダンの所で視線を止める。


「お前はどこかで…?」


「ほう。もう二十年ほど会っていなかったんですが、私の顔を覚えていましたか。」


 目覚めたばかりで頭が正常に働いていないのか、ガイアは自分を取り巻く今の状況がどのような物なのか理解していないようだった。呆けたようにゼダンを見上げながら、自分の記憶の中で一致する顔を必死に探している。


「さすがにどこで会ったかは覚えていませんか。私の名前はゼダン=ローゼス。第二魔造生命体研究の際、魔力提供をした者です。」


 ゼダンの言葉は、誰よりも水夜に衝撃を与えた。それまでもがかせていた足を止め、絶望の色を顔に覗かせる。そんな彼女の表情の変化を楽しむように、ゼダンは声も高らかに語る。


「安心してください。この研究に関しては、私は魔力提供をしただけですから。と言っても、このクローン体の中に私の魔力が含まれているという事が、これから行う計画の一番の要なんですがね。」


 そう言ったゼダンは、手の中で転がしていた歪曲玉を、また見せつけるようにかざす。


「ドラゴンを召喚する研究の失敗した原因は、召喚の魔力、紋章を他人任せにしたからです。ですが、この歪曲玉にはクローン体の魔力、つまり私の魔力が混じった魔力が溜められている。そして、私は召喚士なので、紋章も自前です。」


 ゼダンの言葉が途切れるのと同時に、彼の足元に真紅の紋章が現れる。


「な、何をする…気だ…?」


「おや?もう動けるようになったんですか?意外にタフなお方だ。」


 それまで黙って話を聞いていたルイスは、ゼダンを完全に敵だと判断したのか、足を震わせながら立ち上がった。上段に構える余力さえないのか、ルイスは中段ほどに刀を構え、前に倒れるようにゼダンに突きを繰り出す。


「……!?」


 先程までの勢いが見る影もないルイスの攻撃など、ゼダンには当たらないと思っていた大護は、目の前の光景に目を疑った。ゼダンは避ける事も防ぐ事もしなかった。何もせず、ただ正面から刀をその身に受けた。


 しかし、何も変わらなかった。ゼダンの体から血が噴き出す事もなく、その顔からにやついた笑みが消える事もない。


 傍から見ている大護にも分かる異変に、攻撃している本人であるルイスが違和感を覚えない訳がなかった。ルイスは血が噴き出さない事以上に、刺した手応えがない事の方に違和感を覚えた。


「まともに動く事も出来ない分際で、無駄に魔力を消費させないでください。」


「なっ!?ぐっ…!」


 自分の刀で刺し貫いている筈のゼダンの声が横から聞こえてきたのと同時に、ルイスの両足に激痛が走る。痛む部分を見てみると、水が針状となり、ルイスの両太腿を刺し貫いていた。


「く、そ…!」


 大護との戦闘で魔力のほとんどを消費していたルイスは、今度こそ完全に力尽き、その場にうつ伏せで倒れ込む。


「……蜃気楼か。」


「ほう。さすが『血染めの死神』。今まで伊達に数々の死線をくぐってきた訳ではありませんね。今のを一度見ただけで魔法だと見破ったのはあなたが初めてですよ?」


 ゼダンは珍しく驚いたような表情をするが、それでもまだ余裕がある様子だ。


 目の前で起こっている事を見て、ようやく状況が呑み込めたガイアは、ゼダンの足元に跪くようにしがみつく。


「お、お願いじゃ!何でも言う事を聞く!…そ、そうじゃ!金を取らずにどんな研究でもしてやる!じゃから…」


「ほんの少しでも長生きがしたいなら、少し黙っていてください。」


 一言一言を強調する様なゼダンの言葉に、ガイアは壊れた人形のように、何度も頭を上下に振る。


「貴様はそんなものを使って、一体何を呼び出す気だ?目的は何だ?」


 そんな二人のくだらないやり取りに嫌気が差したかのように、水夜が話の先を促す。


「おっと。話が逸れてしまいましたね。話を戻しましょう。」


 ゼダンはまた真紅の紋章の中心に足を運びながら、水夜の方を見下ろす。


「あなた達が前に戦った最強の魔獣であるドラゴンと対をなす、もう一つの最強の存在の話は聞いた事がありますか?」


 投げかけられた質問に、大護は頭の片隅にしまわれていた知識が蘇る。そして、これから行われる事がどれほど恐ろしいものなのか、ようやく理解する。


「お前、まさか…」


「さすがに察しがいい。そう。私は悪魔を呼び出したいのですよ。」


 ゼダンの言葉は、その場にいた全員に激しい衝撃を与えた。

 大護は昔孤児施設で読んだ、絵本の内容を思い出す。


 悪魔。強靭な肉体と、ドラゴンと同格の魔力を持ち、魔法を思いのままに操れるだけの頭脳さえ持ち合わせた、ある意味ドラゴン以上の脅威。五百年前に魔界へと姿を現した悪魔は、魔族の人口の約八割に当たる、およそ三十億人もの魔族を理由もなく殺した。二十年にも及ぶ悪魔の殺戮は、災厄としか言いようがなく、その後悪魔は急に姿を消した事によってその終端を迎えた。


「貴様、悪魔を呼び出して何をするつもりだ!?そんな事をすれば、一体何人の人々が犠牲になるか…」


「そんな事、私の知った事ではない。」


「な、何だと!!」


 大勢の人が死ぬ。水夜にとって何よりも避けなくてはいけない事を、ゼダンはまるで何の事でもないように語る。


 価値観の相違。言葉にすればそれだけだが、明らかにゼダンの価値観は狂っていた。


「そんな事をして、お前に何の得があるんだよ?へたすりゃ、お前だって殺されちまうんだぜ?」


 意外に冷静な大護の態度に、ゼダンは少々感心しながらも、今までにない、純粋に興奮しているような笑みを浮かべる。


「理由は簡単ですよ。ただ、悪魔について知りたい。五百年前、悪魔はなぜ魔界に現れたのか、なぜ急に姿を消したのか。そして、悪魔はどれだけ強いのか。それだけ知る事が出来れば、自分の死さえ受け入れられる。」


 狂気に魅入られたゼダンの瞳。それを向けられた大護は、もう言葉で説得するのは無理だと知った。価値観が、という訳ではない。ゼダンという人格そのものが狂っているのだ。


「それだけの理由で悪魔を呼び出すのか!?それだけの理由で大勢の人々を殺すのか!?」


 水夜は怒り狂って体を暴れさせるが、やはり拘束が解ける事はなかった。それでも、水夜は何とかしようと魔力を放出するが、魔力が唯一外へと出る手の平が水で覆われているため、炎を生み出す事さえ出来ない。


「無駄ですよ?あなたの体の仕組みは、魔力を提供する際に聞いていますから。手の平さえ水で覆ってしまえば、あなたは魔法の使えない非力な魔族だ。」


 水夜は悔しげに唇を噛み締めるが、現状は何一つ変わらなかった。


「…?随分と静かですね、『血染めの死神』。さすがのあなたでも諦めがつきましたか?」


 何処かあらぬ方を見て呆けている大護を見て、ゼダンは勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべる。声を掛けられた大護ははっと我を取り戻したようにゼダンの方を見て、今度は神妙な顔をする。


「お前、さっき俺の連れてきた友人がどうとかって言ってたよな?健一は……そいつはどうしたんだ?」


彼岸の門(フリークゲート)の前で戦っていた彼ですか?彼なら始末しておきました。私の魔法を何の前情報もなく避けようとした事には驚きましたが、完全に避けきることは不可能だったようです。最後に見た時は、無残に左腕と別れた体を血の海に浸して…」


「貴様っ!!よくも平気でそんな事を!!」


 もう何度目かになる、水夜の無駄な足掻き。壁に打ち付けて痛む身体を顧みず、水夜はゼダンを睨みつけながら暴れまくる。そんな彼女の健気な態度を、ゼダンはまるで見せ物でも見るような目で見ていた。


 大護はゼダンの言葉を聞き、がくりと肩を落とし、顔を俯かせてしまう。


「彼を巻き込んで後悔しているんですか?慰めにはなりませんが、魔界に足を踏み入れている以上、私が召喚する悪魔に殺されていたでしょう。遅かれ早かれ、こうなっていましたよ。」


 人が絶望する様を見るのがよほど楽しいのか、それまで以上にゼダンは口角を吊り上げる。だが、不意に上げられた大護の顔を見て、その笑みは消える。


「……いい事を一つ教えておいてやるよ。」


「………何…?」


 健一の死を聞いた大護は笑っていた。大護の絶望した表情が見られると期待していたゼダンの顔から笑みが消え、忌々しげなものへと変わる。代わりに、大護が口角を吊り上げている。


「お前、詰めが甘いぞ。」


「…?何のこ、っ!?」


 大護の言葉の意図が分からず、一瞬呆けたゼダンの耳に、何かが風を切っているような音が届く。反射的にその音から遠ざかろうと、横へと体を捻ったゼダンの顔を掠めるように、何か銀色の物体が飛んできた。


「これは…!?」


 飛来してきた銀色の物体が健一の大剣だと分かり、ゼダンが大剣の飛ばされてきた方を見ると、そこには左半身を包帯で覆った健一が立っていた。


「ヒーローは遅れてやってくる、ってわけじゃないけど、なかなかいいタイミングだろ?」


 予想していなかった事態に、一瞬焦りのようなものが頭をよぎったゼダンも、すぐに冷静さを取り戻す。落ち着いて周りの状況をよく考えれば、まともに戦えるのは自分と健一だけだ。そして、唯一の頼みである健一は、まだ自分の魔法が水を操るものだとは知らない筈だ。


 ゼダンは謳歌師団に研究の協力をしていた時も、自分が召喚士だとしか言っていない。更に、先程健一と会った時も、自分の事を召喚士だと思い込んでいるような発言もあった。落ち着いてみれば、奇襲をかわした時点で、恐れる様な既に脅威は去っていたのだ。


 ゼダンは部屋の入り口で立っている健一に向き直りながら、いつも通りの笑みを浮かべる。


「まだ生きていたのは驚きですが、そんな身体で私と戦う気ですか?しかも、武器も今手放してしまったご様子だ。」


 ゼダンはそう言いながら魔力を練り始めるが、健一はそれを明らかに感知している筈なのに、僅かも構えようとしない。先程会った時に魔法をかわそうとしたのだから、今魔法を立ち上げようとしている事に気付かない筈もない。


 何もせず立っているだけの健一が、ゼダンには不気味で仕方ない。何か企んでいるのではないか、何か対策でもあるのではないか。そう思わせる健一の態度が、ゼダンに魔法を使う事を躊躇わせる。だが、健一は何も出来ない筈だ。先程よりも体調が悪い今、先程かわせなかったものがかわせるとは考えづらい。


 ゼダンがそんな思考を何巡かした後、健一は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ゼダンの後ろへと視線を移す。


「いいのかぃ?後ろに『血染めの死神』がいるってのに、俺みたいな重体の男と向き合ってて。」


「何を言って…?……なっ!?」


 健一にそう言われて、ゼダンは彼を警戒しながらも、後ろで大護と水夜に施した拘束の魔法へと意識を持っていく。


 そして、やっと気付く。二人を拘束していた筈の魔法が解除されている事に。


「ば、馬鹿な…!」


 慌てて振り返ったゼダンの視界に、目の前まで迫る大剣が入る。


「おおおおおおおおおおお!!!」


 ゼダンが避けようとするよりも早く、大護の振った大剣がゼダンの側頭部へと到達する。視界がぐるりと回り、何を見ているのか分からない世界が続いた後、急に全身に衝撃が走る。


「が、はぁ…!」


 壁に叩きつけられたゼダンは、額に生温かいものが流れているのを感じながら、自分を吹き飛ばした張本人を睨みつける。


「どうやって私の拘束を?」


「俺の大剣は防魔法コーティングがされててねぇ。さっき投げたのはあんたを狙ったんじゃなくて、大護を拘束してた物を狙ったんだ。どんな魔法かは知らないけど、魔力を感じたからねぇ。」


「くっ!おのれぇ…、厄介な物を!」


 ゼダンは健一に魔法を放とうとするが、全身を襲う痛みで、一瞬魔法の立ち上げが遅れる。その一瞬の隙に、健一との間に水夜を抱えた大護が割り込んできた。


「残念だったな、ゼダン。こっからは、思いっきりやらせてもらうぜ。」


「『血染めの死神』…!よくも!!」


 数十年ぶりに感じた痛みを全身で味わいながら、ゼダンは大護へと魔力を開放した。

 大護達に庇われるように立っていた健一は、そこで力尽きたように座り込み、大護へと声を掛ける。


「ちょいと疲れたから、後は任せるとするよ。」


「おう、任せとけ!」


 視線はゼダンに向けたまま、大護は軽い口調で返事を返す。ゼダンに魔力を向けられながら、僅かに構えていた大護は、不意に脇に抱えている水夜へと声を掛ける。


「水夜。あいつは『不特定多数の人を殺す可能性のある更生不可能な生物』だな?」


「ああ、そうだな。」


 水夜が頷くのを確認してから、大護はおもむろに右手の手甲を口に咥える。いきなりの行動に、ゼダンは当然、水夜や健一もそちらに目を凝らす。大護は注目されているのを知ってか知らずか、ゆっくりと勿体ぶるように手甲を手から外す。


 そんな大護の行動を見て、ゼダンは機嫌悪そうに眉間に皺を刻む。


「何のつもりだ?敵前で防具を外すなど、愚の骨頂だぞ?」


 今までの丁寧な口調から一転し、ゼダンは低い声で唸るように声を出す。だが、大護はそんなゼダンの不機嫌な態度とは対称的に、笑いながら手甲を外した手を開閉している。


「これは防具じゃねえんだよ。お前相手に手を抜くなんて出来ねえからな。」


 それを聞いて、ゼダンは前回戦った時にことを思い出す。前回の戦闘時、魔法を見破ってから、大護は急に手甲を外していた。前回と今回の行動で、その手甲で何らかの制限を付加しているが窺い知れる。


 だが、ゼダンは大護の魔法を警戒はするものの、自分の魔法が負けるとは思っていなかった。今まで魔法で負けた事はなかったし、これからも負けるとは思っていなかった。だから、ゼダンは特に小細工をする事もなく、ただ魔法を大護へと向けた。


「『ウォーターカッター』。」


 空気中に漂っている水分がゼダンの魔力で集中し、詠唱によって鋭い刃と化して大護へと飛んでいく。前に一度見ている魔法だったせいか、大護は別段慌てる事なく、剥き出しとなった右手に魔力を込める。


「まずは小手調べといくか。『マジックナックル』!」


 大護が右手に込めた魔力はごく微量。ゼダンでなくても、首を傾げてしまいそうなほど、少ない魔力量だった。


 だが、水夜だけは別の違和感を覚えていた。いつも感じていた大護の魔力より、僅かだが歪んで感じた。四年以上側にいた水夜ですらその認識でしかない変化に、他のものが気付く筈はない。水夜以外がそれに気付いたのは、大護とゼダンの魔法がぶつかり合ってからだった。


 激しい衝突音、次いで肌に響くほどの衝撃。周りにそれだけのエネルギーを発散しながら、二人の魔法は同時に打ち消された。


「ば、馬鹿な…」


 目の前で起きた事を理解するのに、ゼダンは普段以上に時間が掛かった。それほど、今起きた事はゼダンには信じがたいものだった。


「おいおい、何ぼけっとしてんだ?敵前で立ち尽くすなんて愚の骨頂だぜ?『マジックナックル』!」


「しまっ…!?」


 目の前まで迫った大護の声で、やっと視界に拳が入っている事に気付いたゼダンは、反射的に魔法で水の壁を作る。再び激しい音がした後、大護の拳はゼダンへ当たる寸前で勢いを止める。


無言詠唱(サイレントマジック)か。やっぱり厄介だな、それ。」


「ずいぶんと余裕だな?『血染めの死神』。お前の魔法はどうあがいても俺には…」


 大護の魔法を防いだ事により、幾分かの余裕を取り戻したゼダンは、薄ら笑いを浮かべたが、大護の左脇に抱えられている水夜を見て言葉をなくす。


「水の魔法か……貴様も珍しい魔法を使うんだな。」


「くっ!?」


 完全に頭の外に存在があった水夜を見て、ゼダンは慌てて水の壁を作る。だが、水夜は軽く握り拳を作ると、それを目の前の水に押し当てる。


 ゼダンは大きく目を見開いた。水夜が触れただけで、魔力で固められた水はただの水へと戻り、ぱしゃりという音とともに床に水溜りを作る。


「忘れたのか?手の平以外には防魔法コーティングが施されているんだぞ?『我は望む、灼熱の矢を』!」


「ぐうっ!?くそ!!」


 ゼダンは体を覆った炎を水で消火し、その場から離れるように跳躍する。大護は跳躍したゼダンを見て、右手を大きく引く。


「『フライマジックナックル』!」


「図に乗るな!『ウォーターブロック』!」


 先程よりも魔力量の少ない、しかし硬度の増した魔法は、大護の飛ばした魔法を弾いてみせた。


無言詠唱(サイレントマジック)じゃねえと、やっぱり張り合えねえか。」


 ゼダンの前に形成された水の壁を見ながら、大護は呟くようにそう言うと、今度は靴を脱ぎ出す。


「大護、さっきから何をしてるんだ?」


「ああ、これか?実は手甲と靴には薄く防魔法コーティングされててな。これで全力で戦えるだろ?」


 大護はそう説明しながら、不意に大きく足を振り上げる。振り上げられた大護の足から、その勢いを引き継いで靴が飛んでいく。


「一体何のつもり…っ!そうか!」


 ゼダンがその行動の意図に気付いた時には、既に靴は水の壁にめり込んでいた。大護は靴が水の壁の中に入り込んだのを見ると、そこへ向けて魔力を放つ。


「『フライマジックレッグ』!」


「がはっ!」


 僅かではあるが、魔法を打ち消す力を持った靴を起点に、水の壁が真っ二つに割れ、大護の魔法がゼダンの腹部を襲う。


 大きく吹き飛んだゼダンは、壁にぶつかる寸前に魔法で水のクッションを作り出し、何とかその場で勢いを止める。だが、口から少し吐血し、自身を受け止めた水の一部を赤く染める。


「余裕こいて、魔力を少なく使うからそうなるんだぜ?」


「どれだけ魔力を使った魔法でも、私が触れれば無効化されるがな。」


 大護と水夜の言葉を聞きながら、ゼダンは自分の迂闊さを激しく後悔していた。


 大護の言葉を聞いて魔法が強化されるのは分かっていた、水夜の体の表面に防魔法コーティングが施されているのも分かっていた。それでも、自分の魔法は絶対に破られないという過剰な自信が油断を生み、結果は自分が無様な様を晒している。


 そう頭では分かっている今現在でさえ、心の奥底に刷り込まれた過剰な自信は消えない。ただでさえ、異常な威力の魔法を持つ大護と、防魔法コーティングで覆われた水夜が相手では相性が悪い。そこに自分の油断が加われば、間違いなく負けてしまうだろう。


 どうしようかと考えあぐねていたゼダンは、不意に自分が今何を持っているのかを思い出す。そして、これを使えば大護達に負けるという屈辱から逃れる事が出来る。


「少し予定とは違うが、もう構っていられないか。『カッターレイン』!」


 ゼダンの叫びにも似た詠唱により、ルイスが魔法で開けた天井の穴から、鋭い刃と化した雨が大量に降り注いてくる。


「そんな小さな雨粒で私の炎が消せるか!『我は望む、業炎の壁を』!」


 水夜の魔法で生まれた炎の壁が、降り注ぐ雨粒をことごとく蒸発させていく。


「ふはははは!こんな魔法、私には…」


 自慢げに胸を張って威張って、ゼダンに向き直った水夜の表情が凍りつく。水夜の視線の先で、ゼダンは手中の歪曲玉を、今まさに握り潰そうとしていた。


「素直に時間稼ぎに乗ってくれて感謝するぞ、カトレアのクローン。『魔力を代償に、招来せよ』。」


「やめろおおお!!」


 水夜の叫びも空しく、歪曲玉はゼダンに握りつぶされ、そこから溢れだした空間が歪むほどの魔力は、ゼダンの足元の紋章の中心へと吸い込まれるように消えていった。少しの間を空けて、紋章の中心にひびが入り、そこから形は人間と同じだが、肌が幾分か紫色の腕が飛び出してくる。


「遂に、遂に悪魔の召喚に成功したぞ!これでお前達もお終いだ!」


 高らかなゼダンの笑い声に反応するかのように、紫色の腕に引き続き、山羊のような角を生やした頭、蝙蝠のような翼を生やした胴体が姿を現す。そして、遂に足も次元の狭間から飛び出し、全身が日の目に当たった。


 最強の存在、悪魔が魔界へと降り立った瞬間だった。

今までの伏線を、ここぞとばかりに回収していますね。実は自分でも忘れてたものも結構ありました(汗)

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