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ダーククリムゾン  作者: amo
ダーククリムゾン
13/16

招かれざる客

前連絡のないチャイムの九割は勧誘。

 魔界の城の門の前にいた門番は、いつもと変わり映えのしない風景を見ながら、面倒臭そうに自分の槍にもたれかかり、隣同士で話をしていた。


「はぁ。今日も退屈だな‥‥‥」


「全くだ。なんでこんなに警備を厳重にしたんだろうな、ルイス様は?」


 ルイスが人間界から久しぶりに帰って来てから、なぜか警備の量は倍以上になり、その分働く時間が多くなってしまった門番は、不満そうに溜め息と愚痴を漏らす。そんな事をしていたせいもあってか、すぐそばにまで見知らぬ男が近づいてきている事に気付けなかった。


「『対の魔拳』!」


「なっ‥!?」


「誰‥っ!」


 急に路地から飛び出してきた大護の攻撃に、門番はほとんど対応も出来ずに意識を奪われる。力無くもたれかかってきた門番の体を地面に置きながら、大護は目の前にそびえる城へと視線を移す。


「ここまでは楽に来たけど‥‥本番はここからだな。」


 大護はそう呟いて、大きな木製の城門に左手を添え、右手に魔力を込める。


「『魔剛拳・影』!」


 勢い良く突き出された右手が扉に触れた瞬間、破裂音とともに扉が弾け散り、木片を飛び散らせながら倒れる。大護は体に降りかかってきた木片を払いながら、城の中へと足を踏み入れていくのだった。







 ガイアは自分の研究室にルイスを呼びつけ、今後どのように水夜の研究を進めていくのかを話していた。ルイスは相変わらず無感情にそれを聞いていたが、城門の方で大きな破裂音が聞こえると、その顔を少し険しいものに変える。


「『血染めの死神』、やはり来たか‥!」


 ルイスは腰に下げていた刀の柄に手を掛けて、そのままガイアの研究室を出ていこうとするが、それを見たガイアが慌てて彼を呼びとめる。


「ま、待て!お前はここにいてわしを守るんじゃ!勝手に動くんじゃない!」


「しかし、王の身に危険が‥」


「大丈夫じゃ!王は安全な場所におる!じゃから、お前はここでわしを守っておればよい!」


 ルイスは尚も部屋を出ていこうとしたが、ガイアがそれを更に止める。


「王にわしを守れと命令をされているのを忘れたのか!?お前はここにおればよいのじゃ!」


「‥‥‥分かりました。しかし、王に危険が及べば、私は貴方を許さない。」


 僅かにルイスの瞳の奥に怒りが見え、ガイアは体を震わせたが、それでもルイスがここからいなくなったのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。そんなガイアには目もくれず、ルイスは大護の魔力がどちらにあるのかを感知しようと、集中するために目を閉じた。


 大護がこちらの方へと向かってきているのを感じ、とりあえずは王に危険が及ばない事を確認し、今度は刀に魔力を込める。


「ルイス。何をする気‥」


「『サンダ―ソード』!」


 ガイアの言葉を掻き消すように、紫電の迸る音が鳴り響き、刀から生み出された電撃がルイスの前のドアを焼き切る。


「な、何をしておるんじゃ!?よくもわしの研究室を‥」


「私は貴方から離れていませんよ?安心してください。ただ、侵入者をここに呼び出しているだけですから。」


 ルイスの言葉にガイアはわなわな震えるが、怒り狂った頭では何を言い返そうかも纏まらず、結局舌打ちをして部屋から飛び出していく。


「わしについて来るんじゃないぞ!侵入者は殺しておけよ!」


 杖を使ってふらつきながらも、ガイアは地下の方へと早足で逃げていく。そんな彼の後姿を見送りながら、ルイスは刀を持ち直し、大護の魔力が感じる方へと歩き出した。







 大護は僅かに漏れている水夜の魔力を頼りに、城の地下へと向かっていた。その途中、何人かの王室警備隊と戦闘があったが、どの戦闘もあっさりと切り抜けていた。


「あいつの他に誰かいるみてえだな。」


 自分の進行方向に水夜以外の魔力を感じ、大護は慎重に足を進めながら、もう一つの魔力の位置も探っていた。先程電気が爆ぜたような音の方から、ルイスの魔力を感じていた。おそらく、自分の位置を知らせるためにわざと魔法を使ったのだろう。


「‥‥‥あの魔具ちゃんと機能してんだろうな?もうちょっと高いのを買えばよかったか?」


 先程使用した魔具の事を思い浮かべながら、大護は水夜の魔力の方へと歩みを進めるのだった。







 大護が不安で頭を悩ましていた頃、大護の魔力を辿っていたルイスは、その魔力の発生源近くにいた。だが、その発生源を見て、彼にしては珍しく顔を歪める。


「‥‥‥くそっ!蓄積玉(ストックボール)か‥!」


 大護の魔力を発していたのは、魔力を溜めておく事の出来る魔具である蓄積玉(ストックボール)だった。大護はルイスが自分の事を誘っているのを知ると、蓄積玉(ストックボール)に魔力を溜め、その場に置いて囮にしたのだ。


 ルイスは大護の思惑通りに動いてしまった事に怒りを覚え、その当てつけのように蓄積玉(ストックボール)を踏み砕き、もう一度大護の魔力を探す。そして、それが地下へと向かっているのに気付き、踵を返して走り出す。







 思ったように動かない身体を引きずるようにして、ガイアは水夜のいる部屋まで辿り着いた。既に息も乱れ、脇腹辺りがきりきり痛んだが、侵入者から逃げるためだと自分に言い聞かせ、ガイアは何とか扉を開ける。


「‥‥‥‥何の用だ?」


 ほとんど開けられる事のない扉が開き、水夜は顔をそちらに向けるが、部屋に入ってきたのがガイアだと分かると冷めた口調でそう言う。ガイアは僅かに怯えたような表情をするが、すぐに弱みを握っている事を思い出し、険しい表情をする。


「し、侵入者じゃ!お前も行って、侵入者を殺してこい!」


 ガイアの命令に、水夜は更に冷めた目をするが、何か考えるように顎に手をあてる。そして、顔を上げてガイアを睨み上げる。


「その侵入者を追い返したら、これから歪曲玉への魔力供給は私がする。これが条件だ。」


「ぐっ!‥‥分かった、ええじゃろう‥」


 背に腹は代えられぬと、ガイアは苦虫を噛み潰したような顔でその条件を呑んだ。水夜はそれを聞き、してやったりとしたり顔で部屋を出ていこうとし、懐かしい魔力を感じて足を止める。その魔力の位置は部屋の前で止まっていた。


「見つけたぞ、くそガキ。」


 少し前に別れた筈の男が、目の前に立っていた。その男は、自分の事を色違いの両目で不機嫌そうに、だがどこか嬉しそうに見下ろしていた。

 大護と向き合った水夜の頭には、色々な考えがよぎった。


 もう、一生会う事がないと思っていた。せっかく、ここで生きていく覚悟が固まったばかりだったのに、どうしてこの男は、こうも簡単に人の覚悟を壊してしまうのか。


 だが、そう思っても、心の奥では嬉しいと思ってしまう自分がいた。


「お、お前は‥‥『血染めの死神』!?」


 そんな怯え震えたガイアの声で、やっと我に返る。そして、同時に自分の分身の事を思い出す。


「何をしに来た?貴様にはもう、私は関係ないんだろう?さっさと人間界へ帰れ。」


 もっと言いたい事があったのに、今すぐにでも縋りつきたいのに、口から出たのは素直になれない言葉ばかり。視界がぼやけているのを隠すために俯いても、おそらくこの男にはばれているのだろう。それでも、自分には背負っている物がある。だから、自分勝手に手を差し伸べてはいけない。


 壊された覚悟をもう一度決めて、崩れそうな足に力を込めた。なのに、この男はそれさえも壊し、崩してしまう。


「あぁ、関係ねえな。お前の事情なんて知ったこっちゃねえ。お前は黙って、俺の側にいりゃいいんだよ。」


「‥‥‥っ、ぅ、うわあああああああああ!」


 水夜がその場に崩れて嗚咽を上げ始めると、ガイアは焦ったように声を荒げる。


「お、おい!早くそやつを始末せんか!これがどうなってもよいのか!?」


 ガイアは自分の後ろの、クローン体が入っている培養器を指さすが、それに反応を返したのは大護だった。


「なるほどな。それが人質ってわけか、じいさん。いい趣味してんな、おい。」


「お前には関係な、ぎゃっ!?」


 一瞬だった。ガイアが何かしようとする事さえも出来ないほどの短い時間で、大護はガイアまで詰め寄り、言葉を続けようとしていたガイアの顔面に拳を炸裂させる。殴られたガイアはもんどりうって壁に激突し、そのまま力無くずるずると床に座り込む。


 だが、大護はそんなガイアには目もくれず、部屋の入口の方へと振り返る。


「久しぶりだな。良かったのか、止めなくて?」


「何の事だ?私は今ここに着いたばかりだ。何も見てはいない。」


 先程から入口の前にいたルイスは、そうしらを切りながら部屋へと入ってくる。だが、その手には魔力を帯びた刀が握られていた。


「やっぱり素直に帰しちゃくれねえか。しゃあねえな。『魔剛拳』。」


「ここまで侵入しておいて何を言う。『サンダーソード』。」


 ルイスの詠唱とともに、二人は一気に間合いを詰める。拳と刀がぶつかり合い、一瞬の後に拳が弾かれる。大護は弾かれた勢いに身を任せ、そのまま後ろへと飛ぶ。だが、ルイスは距離を空ける事なくそれについていき、返す刀に魔力を込める。


「『サンダ―ソード』!」


「っ!『対の魔剛拳』!」


 大護は迫りくる刀を両手で受け止めながら、更に右足に魔力を込める。今度は魔力を感じたルイスが距離を空けるが、大護はそのまま魔力を開放する。


「『魔翔脚』!」


「‥‥ほう。」


 魔力の塊が大護の足から飛び出し、後ろへ飛んだルイスへと襲いかかる。だが、ルイスは僅かに目を大きくさせたものの、冷静にそれを切り裂く。一旦構え直した大護は、また地を蹴って間合いを詰めるが、ルイスはその場で大護へと手をかざす。


「『サンダースピア』!」


「魔導士でもあんのかよ!?『魔翔拳』!」


 ルイスの手から発生した電撃に自身の魔力をぶつけながら、大護はさらに距離を詰めようとするが、それ以上の速度でルイスはまた後ろへと跳躍し、また魔力を大護へと向ける。


「『サンダースピア』!」


「芸がねえな!『魔翔拳・影』!」


 先程同様に魔力同士がぶつかり合うが、今度は大護の魔力が勝り、色が薄れた魔力がルイスへと向かっていく。だが、今度はそれを切り裂く事もなく、ルイスは最小限の動きでそれをかわして大護へと一気に詰め寄る。


「芸がなくて悪かったな。『サンダ―ソード』。」


「がはっ!」


 攻撃をした直後の大護はルイスの攻撃に対応できず、肩から胸に掛けて大きく切りつけられ、血飛沫を上げて片膝をつく。ルイスは負傷した大護の前に立ち、刀をそのまま振り下ろそうとする。


 だが、それを止める声が掛かった。


「ルイス、待て!」


「‥‥‥‥何ですか?」


 水夜に声を掛けられて、ルイスは不満げに振りかぶっていた刀を止める。


「私の前で人殺しは許さんぞ!剣を引け!」


 水夜は何とかルイスを止めようとするが、それに一番不満そうな顔をしたのは、命を救われた大護だった。


「おい、‥‥口出し、すんじゃねえ‥!」


「なっ!?貴様、何を言っているんだ!?こんな時に意地なんか‥」


「カトレア様、この者はこのように申しております。それに、この場所を見られた以上、生きて帰す訳にはいきません。」


 ルイスはそう言うと、今度は水夜に止められる前に始末をつけようと刀を振り下ろす。だが、大護も黙ってそれを受け入れはしない。


「『暗幕』!」


「くっ!?小細工を‥!」


 視界が黒く染まったルイスは、攻撃を受ける前にその場から離れる。だが、大護はそれを追う力もないのか、その場に片膝をついたまま動かない。


「大護!私の事はもういいから、早く逃げろ!本当に殺されるぞ!」


 水夜は大護の方へと駆け寄ると、傷を押さえる。付けられた傷は深いのか、なかなか出血が治まらないが、これで死ぬと言うほどではなさそうだ。水夜は傷の具合を見ながら、大護の身体を支えようとするが、大護がそれを振り払い、身体に鞭打って自力で立ち上がる。


 水夜が心配そうに見上げてくるのを、大護は安心させるように彼女の頭をくしゃくしゃと掻きまわす。


「誰がお前の為にここまで来るかよ。」


「‥‥‥え?」


 急に言われた言葉に、水夜は一瞬意味を理解しかねたが、意味を理解しても頭が混乱するだけだった。だが、大護は頭を撫でている手はそのままに、言葉を続けていく。


「考えてもみろよ?誰がお前みたいにがさつで、浪費癖があって、性格がひねくれてて、甘い事しか言わねえ奴の為に命を掛けるんだ?」


「なっ!?急に何を、ぅっ!?」


 水夜が顔を真っ赤にして文句を言おうとするのを、大護は頭を強めに押さえつけて黙らせる。そして、頭を掻きながら明後日の方向を向く。


「いいか?俺がここに来たのは自分の為だ。俺は、お前がいなきゃ生きていけねえんだ。分かったか、水夜。」


「ぁ‥‥‥」


 この一件以来、初めて大護に名前を呼ばれた。たったそれだけの事が、水夜の心を満たしていく。思えば、二人の関係に亀裂を入れたのも、大護が水夜をカトレアと呼んだことから始まった事だ。


 だが、そんな些細な事だからこそ、大護はもう一度確認するように名前を呼ぶ。


「お前が誰のクローンだろうと、魔界の姫だろうと関係ねえ。お前は俺にとっちゃ相棒で、水原水夜だ。」


「‥‥ぅん‥!」


 また目の端に浮かんだ涙を、今度は堪える。ここで素直に泣くのが癪だからだ。それに、大護も素直でないのが自分だと言っていた。ならば、自分らしさを貫こう。何が自分らしさなのかは分からないが、これから大護の隣で見つけていこう。そう心に決め、水夜はルイスを見つめる。


「そう言う訳だ。すまんな、ルイス。私は帰るぞ。」


 そう言った水夜の瞳には、何処にも迷いはなかった。

 迷いのない水夜の目を見て、ルイスは眉間に皺を寄せ、険しい表情を作る。


「それがあなたの答えですか。‥‥‥‥王に逆らうというのであれば、私は貴方を斬る。」


「王のためか‥‥ふっ、ははははは!」


 ルイスが魔力を放つのに警戒して水夜も身構えるが、大護はなぜか肩を震わせて笑い始めた。いきなり笑い出した大護に、水夜は唖然とし、ルイスは険しかった表情を更に険しくする。大護はひとしきり笑い終えると、ルイスの方へと向き直る。


「お前は王がしてる事を間違ってると思わねえのか?」


「王を侮辱する気か?王は魔族を統べるお方だ。その王が間違っている筈などない。」


 ルイスの声に、初めて怒りの感情が混じる。電気を纏った刀がその怒りを代弁するように、バチバチと周りに破裂音を撒き散らしている。だが、大護は口元を歪めたまま、言葉を重ねていく。


「こんな研究を隠れてやっといて、間違ってねえ訳ねえだろ?おまえは王が死ねって言ったら死ぬような操り人形なのか?」


「違う!私は王の手足であり、王の命令が全てだ!知ったような口を聞くな!」


「手足だぁ?そうじゃねえだろ?おまえは手足になりたかったんだ。」


 ルイスの表情に動揺が走る。大護が不敵に笑い、ルイスの核心を言い当てる。


「でも、そうなれてない。お前はただの臆病者だろうが。」


「っ!?」


 大護の言葉に、ルイスは表情が固まる。大護はそんなルイスを真っ直ぐに見つめる。


「自分が判断した事が間違ってんのが怖えから、自分で動いて失敗するのが怖えから、言われた事だけを無感情にやって、全部の責任を王に押し付けてんだろ?お前は王のために働いてんじゃねえ。お前は、ただ王っていう盾に守ってもらってるだけだ。」


 大護の言葉に言い返す事も出来ず、ルイスは刀の柄を強く握りしめる。


「‥‥‥確かに‥‥王は昔とは変わってしまった‥‥‥だが、孤児だった俺を拾ってくれた恩は返さなければならない!だから、王が間違っていようと、俺は王の前に立ち塞がる者を全て壊す!」


 ルイスは大護の言葉を振り払うように一度刀を振り、大きく跳躍して大護へと斬りかかる。大護もそれを迎え撃つために左手に魔力を込める。


「『魔剛拳』!」


 甲高い金属音が部屋に響き、大護とルイスは近距離で睨みあう。だが、不意に大護は口元を緩める。


「俺と戦った感想はどうだ?『血染めの死神』なんて呼ばれてる割には随分弱い、なんて思わなかったか?」


「‥‥‥何だと?」


 急な問い掛けにルイスは眉間に皺を刻むが、確かに戦いを通じて違和感を覚えていた。以前、あれだけ魔界で恐れられていたと言う割には、魔法の威力がそこまで高い訳でもなく、ましてや体術が自分より優れているという訳でもない。いくら殺さないように戦っていっても、今の大護は明らかに名前負けしていた。


 ルイスはその理由を、大護自身が弱くなったと思っていた。人間界へ移住してからは、初めこそ魔界同様の噂は聞いていたものの、それもほとんど聞かなくなった。実力のない犯罪者ばかりを相手取り、腕が鈍ったと思ったのだ。


 だが、それは勘違いだと思い知らされる。


「不自然に思わなかったか?俺はもともと魔界にいたのに、人間界の詠唱を使ってるなんて変だろ?」


「貴様‥!まさか‥‥」


「そのまさかだよ。『マジックナックル』!」


「くっ!?」


 魔力量は先程の魔剛拳よりも劣る、魔法。ルイス自身は、その程度の魔力なら抑え込めると思っていた。


 だが、ルイスの刀は大きく弾かれる。魔力の劣っている筈の魔法が、それ以上の魔力を消費した魔法よりも威力が高いという事実に、ルイスの思考が混乱する。その混乱で出来た隙を突き、大護はさらに左手に魔力を込める。


「『ハイマジックナックル』!」


「くっ!『サンターソード』!」


 再度金属音が鳴り響くが、またルイスの刀が弾き返され、その勢いで体ごと後ろに吹き飛ぶ。ルイスは空中で体勢を整えるが、大護はそれを追う事はなかった。大護はその場で口の端を吊り上げ、まるで極悪人のような笑みを浮かべる。


「俺の詠唱は本来こっちの言葉だ。人間界で人間の振りしてんのに、魔族の詠唱を使うのも不自然だろ?だから無理矢理直したんだけど‥‥‥まぁ、結果は見ての通りだ。」


「俺相手に手を抜いていたという事か‥!ずいぶんな余裕だな!『サンダ―ソード』!」


 ルイスは舐められていた事を知り、怒りに任せて大護へと踏み込む。大護が間合いに入ると、ルイスは刀を横に薙ぐが、大護はそれを下がってかわす。だが、ルイスはそれを予測しており、大護に向けて手をかざす。


「『サンダースピア』!」


「やっと表情が顔に出てきやがったな。『フライマジックナックル』!」


 大護の魔力とルイスの雷がぶつかり合い、一瞬の均衡の後、破裂音とともに二つの魔力が弾け霧散する。魔力が弾けたのと同時に、二人は地を蹴って前に飛び出し、また拳と刀をぶつけ合う。


「『ハイマジックナックル』!」


「『サンダ―ソード』!」


 大護とルイスがぶつかりあい、床が揺れるほどの衝撃を生み出した後、二人は部屋の壁まで吹き飛ばされる。


「大護!大丈夫か!?」


「おう、平気だ。だから、お前は手ぇ出すなよ?」


 瓦礫を退かしながら大護は起き上るが、その足元は出血のためか、少しふらついている。対するルイスは、壁に激突する前に受け身を取ったのか、服に汚れが付いているだけだ。


「ずいぶん舐められたものだな。確かに魔法の威力は並んだが、体術は俺の方が上。更に、貴様は手負いだ。」


「だからなんだよ?それで俺が諦めるとでも思ってんのか?」


 大護はふらつきながらも何とか構え、魔力を手に集中させる。


 ルイスは何度も立ち上がって来る大護に、理由の分からないいらつきを覚えた。今の状況ではどうあがいても自分に勝てない事を、なぜこの男は分からないのか。あれだけ傷付きながらも、どうして勝てない相手に向かっていくのか。


 そんな思考の渦を振り払うようにルイスは大きく息を吐き、鋭い眼光で大護の方を見る。


「いいだろう。貴様がそこまで歯向かうというなら、俺も本気を出してやろう。」


 直後、ルイスから大量の魔力が放出され、大護は警戒するように距離を取る。ルイスはそんな大護を一度だけ見ると、天を仰ぐように上を見上げる。


「これが俺の全力だ。『サンダーボルト』。」


 呟くような詠唱とともに、天井の更に上から何かを壊しているような音が大護の耳に届く。大護がその音の意味を理解した瞬間、右手に一瞬で込められるだけの魔力を込め詠唱を叫ぶ。


「『フライマジックナックル・ダーク』!」


 大護の詠唱が終わったのと同時に、天井から眩いほどの光を帯びた雷が降ってくる。大護の魔力と雷が衝突すると、金切り声に似た音が部屋を覆い尽くし、側にいた水夜は思わず耳を覆ってしまう。雷は僅かにその動きを止めたものの、じわじわとその高度を下げていく。


「死ね!『血染めの死神』!」


 ルイスは動きが鈍った雷に更に魔力を流し込む。雷はルイスの魔力を受けて、その直径を更に大きなものにして、大護を呑みこもうと迫っていく。だが、大護はそれを避けようとはせず、更に魔力を右手に込める。


「『ハイマジックナックル・エボニー』!!」


 大護の拳が漆黒の闇に覆われ、その拳が先程の大護の魔法を打ち負かした雷と衝突する。僅かに拮抗を見せた両者は、悲鳴のような甲高い音を上げ、同時に破裂音を上げて弾けた。


「ば、馬鹿な‥‥」


 自分の最強の魔法を撃ち消された光景を見て、ルイスは大きく目を見開いた。そして、この戦いは大護の勝ちだと悟る。今の魔法で、ルイスはほとんどの魔力を消費しきり、もう自力では立てないほどに疲労しているが、大護は息切れこそしているものの、予備の魔法を待機させていたのか、まだ魔力を左手に纏わせていた。


「はぁ、はぁ‥‥お前、水夜まで殺す気か、よ!?‥‥っ、はぁ、加減もなしにこんな魔法使いやがって‥!」


 大護にそう言われて、ルイスははっと冷静さを取り戻す。水夜は先程の衝撃で壁際まで吹き飛ばされていたが、もし大護が素直にその技を避けていたならば、彼女の身も危険だっただろう。


 完全な敗北だった。守るべき筈の水夜の事さえも考えずに、ただ大護を殺したいという衝動に負け、あの魔法を使った挙句、それさえも破られてしまった。


「くそっ‥!」


 自身の情けなさと負けた悔しさにルイスは毒づきながら、その場に仰向けで倒れ込んだ。だが、どこかすっきりもしている自分に、ルイス自身が驚いていた。


 心の何処かでは、こんな研究をしている王を止めたかったのかもしれない。だが、恩義を受けた身でそれを口にするのは筋が違うと、それが出来ずにいた。だから、自分の心のままに動く事の出来る大護が疎ましかった。


 自分がどこか、大護に嫉妬していた事を今更ながらに気付き、ルイスは自分を嘲るように笑った。笑った事によって、また心がすっきりしたような気がした。


「で、水夜。こいつはどうすんだ?」


 戦闘の余波で吹き飛ばされて打った頭を擦りながら、水夜はルイスを見下ろす。ルイスは申し訳なさが先に立ち、まともに顔を合わせられなかったが、水夜はそんな事は気にしていない様子だった。


「ルイス。王に会う事は出来ないか?」


「‥‥‥分かりませんが、なんとかしてみ‥」


 そこまで言って、ルイスの言葉が途切れる。部屋の入口に、何者かの気配を感じたからだ。


「皆さんお揃いですね。」


「っ!‥‥お前は、がっ!?」


 男の姿を見た大護は戦闘態勢に入ろうとするが、強力な力を受けて、水夜とともに部屋の壁に磔にされる。大護は壁に縫い付けられたようになった自分の手足を見てみると、そこを覆うように水が集まっており、水夜は水に両掌を押さえつけられていた。


「‥‥‥貴様は誰だ?」


 見覚えのない顔に、水夜は男の顔をよく見るが、男は水夜には目もくれず、床で気絶していたガイアの方へと歩みを進める。ガイアの側まで来た男は、目の前に浮かんでいる何人ものクローン体を見ながら、口元を大きく歪めた。


「彼には感謝しなくてはいけませんね。まさか、ここまで研究を進めてくれるとは。」


 培養器を労わるように撫でながら、男は磔になっている大護へと向き直る。


「あなたにも感謝していますよ。ここまで警備を崩してくれるとは予想外でしたが、嬉しい誤算です。」


 大護は動かない手足に力を込めながら、目の前の男を睨みつけた。


「何しに来やがった?‥‥‥ゼダン‥!」


 部屋の中に唯一自力で立っている男、ゼダンは手中の球体を遊ばせながら、更に笑みを深くした。

自分の英語力の無さが露見してしまうくらい、簡単な英語しか使ってません。わ、分かりやすくていいよね!?

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