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ダーククリムゾン  作者: amo
ダーククリムゾン
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10/16

過去と因縁

今回、水夜の出番がありません。前回は主役みたいなものだったから仕方ないね。

 水夜が魔界へ帰ってから数日経ったある日、竜次が請負所を訪れていた。いつも通り訪れた請負所に、大護の姿しかいない事に少し違和感を覚えた竜次だったが、それ以上に違和感があったのは、二つの色違いの瞳をそのまま晒している大護の姿だった。


 水夜が帰って以来、大護はコンタクトをしていない。事情を知らない竜次が不審がるのも仕方のない事だった。


「もうハーフというのは隠さなくてもいいのか、黒河?それに水原の姿が見えんが‥‥」


「あいつなら帰った。」


 言葉少なにそう言う大護を見て、竜次は何となく大護の心の内を悟る。そして、これから頼む依頼内容も、大護に気付かれているのだろうと思った。


「水原は帰ったか‥‥なら、俺の依頼も分かってるな。」


 いつもは注意される喫煙が出来ると、竜次は煙草に火を付けながら、大護の向かい側に座る。


「おいおい、俺の前だからって吸うんじゃねえよ。臭いが残るだろ。」


 僅かに強がっているように見える大護に心の中で苦笑しながら、竜次は依頼料の入った封筒を手渡す。


「前払いたぁ、随分気前がいいじゃねえか。この前の依頼か?」


「ああ、前から言っていた事だ。そろそろ実行に移そうと思ってな。」


 竜次の真剣な顔を見て、ようやく大護も真剣な表情を作る。


「となると、今度の人間界と魔界の合同軍事会議でか?随分思い切った事するな、お前。」


 大護の言う合同軍事会議とは、五年に一度行われる、人間界と魔界の軍部の合同会議だ。そこでは、王室警備隊や警察の重鎮が顔を揃える。


「そんな厳重体勢の中では不可能に決まっているだろ?その直前を狙う。」


「直前?っつう事は、護送中か。ま、そっちの方がいくらかましだな。」


 大護は何度か納得するように頷くと、にやりと口元を吊り上げる。


「じゃあ、今まで好き勝手やってた総統様に、そろそろ現役を引退してもらうか。」


「そうだな。」


 こうして、下剋上の案を二人で話し始めるのだった。







 請負所を出た竜次は、ホルダーから古びた拳銃を取り出し、それを労わるように撫でる。この拳銃の元の持ち主の事を思い出し、少し憂いを含んだ遠い目をする。


「‥‥‥もう少しで、お前が望んだ世界に近付けるぞ。だから、見ていてくれ‥‥」


 竜次の寂しげな呟きは、誰の耳にも届かず、風に流されていった。







 警察署本部の最上階、その最奥の部屋に、警察の総統、近郷重盛はいた。高級感漂う総統専用の部屋の中で、ある男と向かい合って座っている。


「日時は分かっておるかの?」


 重盛は少ししゃがれた声で向かいに立つ男に問うが、男はそれに返答もせず、ただ口元を吊り上げるだけだった。不気味な男の笑みを見て、重盛の背筋に悪寒が走る。


「‥‥‥報酬の用意は?」


 男は笑みを絶やさず、重盛を見下ろす。男のただならない雰囲気に気圧された重盛は、少し慌てて、傍らに置いてあったアタッシュケースをテーブルの上に置く。


「ま、前金として、半額の二億と偽のパスポートじゃ。これさえあれば、魔界にも行ける筈じゃろう。」


 重盛が開いたアタッシュケースの中身を確認した男は、更に口元を散り上げると、それを重盛から受け取り踵を返す。


「報酬は確かに受け取りました。では、合同軍議の日に。」


 男が部屋を出て行くのを見届けた重盛は、大きく息を吐いて、ソファに深く座り直す。額や背筋に冷や汗が浮かび、流れ伝うのを感じる。


「不気味な男じゃ。じゃが、金さえ渡せば何でもやると聞いておるし、大丈夫じゃろう。」


 掴みきれない男の性格に、まだ心の中はざわめいていたが、とりあえず契約を結んだことに安堵し、重盛は忌々しげに拳を握る。


「竜次め!奴さえ大人しく従っておればよかったのじゃ!そうすればこんな出費は‥!」


 つい先日の事になるが、竜次に軍議への護送の指揮を任せようとした所、どうしても抜けられない用があると言われ、断られてしまったのだ。


 この用が、まさか自分を襲う事とは知らず、重盛はそれを渋々了承し、他の者に指揮は任せたのだったが、竜次という大戦力を欠いた警備に不安を覚えた重盛は、秘密裏に護衛役を一人雇ったのだ。


 予定になかった出費に、重盛は顔が渋くなるのを止められず、しばらく部屋の中を苛々と歩きまわるのだった。







 様々な思惑が交差したまま、合同軍議の当日を迎えた。警察署本部の前では、厳重な装備をした警察官が大勢集まり、護送車の周りを囲んでいる。


 重盛はすでに護送車の中に入っている。顔を知られたくない重盛は、警察官が集まる前に護送車に乗り込み、彼らが集まってから護送車を移動させたのだ。


 そんな護送車を、そばのビルの上から見下ろす二人の男がいた。大護と竜次だ。


「たいそうな護衛の数だな。ざっと三十人は居やがる。」


「当然だな。普段でさえ外出しない男だ。外出するとなれば、これくらいの護衛は付けるさ。」


 指揮を執っている男の方を見下ろしながら、紫煙を吐いた竜次は懐からある物を取り出す。


「大護。どうすればいいかは分かっているな?」


「分かってるよ。殺しはせずに、気絶だけさせろ、だろ?全く‥‥お前も甘い野郎だぜ。」


 溜め息を漏らしながら、大護はその身をビルの窓から外に出した。竜次はそれを合図に、持っている物を群衆の中へと投げ込む。


 これが下剋上開始の合図となった。

 

 多くの警察官はビルから飛び降りた大護に目を奪われ、すぐには投げ込まれた物が何かに気付けなかった。そして、それが何か分かった時には、もうそれは役目を果たしていた。


 辺りの何かが弾ける音がして、それと同時に白い煙が辺りを覆い隠してしまう。スモークグレネードによる煙幕だ。


 突然煙に巻かれた警察は浮足立ち、つい先ほど目を奪われた者の存在を忘れていた。


「『対の魔剛拳』!」


 詠唱が聞こえた時には、側にいた者の意識はもう奪われていた。未だに何が起きているのか分からずに混乱している警察官の意識を、大護は次々に刈り取っていく。


 相手が一般市民ならば、このまま全員の意識を難なく奪えただろう。だが、相手は日頃訓練された警察の実戦部隊員だ。辺りに響く打撃音を聞いて、やっと何者かに襲撃を受けていると悟り、音の聞こえる方へ銃口を向け構える。


 だが、銃を構えた手に強い衝撃を受け、銃をその手から弾き飛ばされてしまう。


「『白雨』。」


 大護が飛び出したビルの窓から放たれた無数の白い弾丸が、雨のように降り注ぎ、次々に警察官の手から銃を奪い取っていく。銃を奪われた警察官はすぐに警棒に手を伸ばし、煙幕が晴れて見え始めた大護へと殴りかかろうとする。


「煙幕晴れんの早いな、おい!『暗幕』!」


 白い世界の次に黒い世界。大護の魔法で再び視界を奪われた警察官たちは、仲間に攻撃が当たらないように動きを止めてしまう。


 だが、周りに味方のいない大護は、気配がある方へと拳を突き出していくだけでいい。そして、大護の魔法が解けた後には、立っているのは大護一人になっていた。


「ずいぶんと味気ねえな。そこのお前もそう思うだろ?」


 その場にいた警察官の気配は消えていたが、護送車の裏側に誰かの気配を感じる。それが気のせいではない事を確認する為に、大護はそう問いかけると、その問いに答えるように、初老の魔族の男がその姿を現す。


「誰だ、お前?見た所、警察じゃなさそうだ‥」


「大護!下がれ!」


「っ!?」


 竜次の声とほぼ同時に、男から魔力が放出され、大護は反射的に後ろへと跳躍する。その直後、大護が立っていた場所が大きく切り刻まれる。


「さすがですね、『血染めの死神』。貴方には前々から期待していたんですよ。」


 鋭い何かで刻まれたような跡を残す地面を見ながら、大護は注意深く構えをとる。


「そりゃ有難い事なんだが、どっかで会った事でもあったか?」


 流暢に構えながら、男が口元を吊り上げる。


「おっと、申し遅れました。今回総統の護衛を務める事になったゼダン=ローゼスです。はじめまして。」


 どこかで聞いた事のある名前だと、大護が記憶を探っていると、竜次もビルから飛び降りて、大護の横に並び立つ。そして、右手に持った古びた銃を構えながら、ゼダンを睨みつける。


「探したぞ、ゼダン‥!貴様をこの銃で殺す為に!」


 今まで聞いた事もない、憎しみを込められた竜次の声を聞き、大護の記憶の中で、ようやくゼダンの名と一致する人物に思い当たる。


「久しぶりですね、『最強の閃光』。お会いするのは、彼女を目の前で殺してやって以来ですか?」


 この言葉で、大護は確信した。ゼダンは昔、竜次の恋人を殺した男だと。


「お前がゼダンか。話は聞いてるぜ。」


 警戒を解く事なく、大護はじりじりと距離を詰めようとする。だが、またゼダンの魔力を感じ、大きく横に飛ぶ。それに遅れること数瞬、先程と同様に大きく地面が切り刻まれる。


「さすがですね。私の魔法をかわせる方は数えるほどしかいないんですが、貴方はその一人のようだ。」


「奇怪な魔法だな。詠唱無しにばんばん使いやがって。」


 大護は魔力を両手に込めながら、竜次の方を見る。


「おい、竜次!こいつの‥」


「大護。ここは俺に任せてくれ。『光弾』!」


 大護が竜次に顔を向けた時には、竜次は既にゼダンに向けて引き金を引いていた。光を放つ弾丸が、ゼダンに向けて放たれるが、ゼダンはそれを避けようとせず、ただ魔力を放出するだけだ。


「なっ!?」


 ゼダンに迫っていった光る弾丸は、見えない何かに当たったかのように、先端から潰れてその場に落ちる。


「学習しない人ですね。私にそんなものは通用しませんよ?彼女の殺した時もそうだったのを忘れたのですか?」


 ゼダンの言葉を無視して、竜次は更に何発か撃ち込むが、全て同じ結果に終わった。竜次はそれを見て、苦々しげに顔を歪める。


「竜次。あいつの魔法は何だ?」


「分からん。分かっているのは詠唱もなしに魔法を使うという事だけだ。」


 二人とも手出し出来ずに膠着している様子を、ゼダンは楽しそうに眺めている。よほど自信があるのか、ゼダンの方からは手出しをする様子がない。ただにやついて立っているだけだ。


「ずいぶん余裕だな。自分の魔法が見破られないとでも思ってんのか?」


「ええ、そうですよ。今まで見破った者はいませんから。」


 言葉が終わると同時に、また魔力が放たれ、大護と竜次が立っていた地面を切り刻む。その場を立ち退いた竜次は、またゼダンに銃弾を何発か放つが、それも何かに潰され落ちる。


「物質が駄目なら、魔力はどうだ!?『魔翔拳』!」


 右手に込められた魔力が、手甲を離れてゼダンへと飛んでいくが、それもゼダンに届く事はなかった。


「魔力を防ぐって事は、やっぱり何かの魔法だな。見えないってなると風か?」


「いい線いってますね。ですが、風ではないんですよ、これが。」


 大護に向けて魔力を撃ち出しながら、ゼダンは歪んだ笑みを浮かべる。攻撃の合間を見て、竜次は空になったマガジンを拳銃から抜き取ると、それをゼダンに向けて投げつける。


「おやおや。打つ手がなくなって、ついに自棄ですか?」


 投げつけられたマガジンを、ゼダンは首を捻ってかわし、口元を更に吊り上げる。竜次はその言葉に答える事なく、憎き仇を見据えながら、マガジンを拳銃に差し込む。


 未だに憎しみに表情を歪めた竜次を見て、ゼダンは嬉しそうに口を開く。


「彼女の遺言さえ忘れてしまったのですか?『憎しみに生きないで』と言われたでしょう?このままでは彼女との約束さえ‥」


「黙れ!お前の口から、その言葉を聞きたくはない!」


 ゼダンの言葉を遮るように、竜次の銃が火を噴くが、弾丸が標的に着弾する事はない。


「怒りで思考が鈍れば、僅かにある勝つ可能性すらなくなってしまいますよ?」


「おいおい。相手は竜次だけじゃねえんだぜ?『魔剛拳』!」


 背後を取った大護の拳は、ゼダンの直前まで迫るものの、やはり何かに阻まれてその動きを止めてしまう。ゼダンは大護へと振り返ると、魔力を大護に向けて放つ。


「ぐっ!?」


 攻撃をして隙の生まれた大護は、完全には避ける事が出来ずに、肩から胸に掛けて斬りつけられ、血飛沫をゼダンに噴きかける。血を掛けられたゼダンは嫌そうに顔をしかめるが、すぐに顔に笑みを張り付ける。


「闇雲に攻めても無駄です。まずは謎解きを解いてからでないと、ますます傷を増やす事になりますよ?」


 傷を押さえてうずくまる大護を見ながら、ゼダンは嘲笑うかのように肩を揺らしている。だが、大護は殴りつけた手甲を見つめた後、竜次と意味有り気に笑って目を合わす。


「おい、竜次。頭は冷やせたか?」


 不敵に笑う大護を見て、ゼダンは不審そうに竜次の方に顔を向けると、そこにもう一つの不敵な笑みがあった。


「お前より早く気付いていたさ。」


 ゼダンを挟んで笑い合う二人の中で、反撃の火蓋が切って落とされた。

 

 不敵に笑い合う二人を不気味に思ったのか、ゼダンは警戒するように魔力を放つが、二人はそれを大きく横に避けると、一カ所へと固まる。


「で?タネが分かったとして、どう対処するんだ?」


「対処法はどうであれ、止めは俺に任せてもらうぞ。あいつの銃で、ゼダンを殺すと誓ったからな。」


 話し合う二人の会話を聞いて、ゼダンは僅かだが顔を強張らせる。おそらく、二人に魔法を見抜かれたのが分かったのだろう。


「どうやら私の魔法が何か分かったようですね。」


 ようやく危機感を持ったように顔を歪めるゼダンを見て、今度は大護がにやりと笑う。


「ああ。お前の魔法は水、だろ?」


 大護の言葉に、ゼダンは諦めたように笑みを浮かべて目を伏せる。


「初めてですよ、見破られたのは。」


 ゼダンの魔法は、大護の言う通り、水を操るものだ。ゼダンはウォーターカッターと同じ要領で、空気中の水に圧力を掛けて斬撃を生み、銃弾などを防いでいたのだ。目で見えなかったのは、水として使用した後、すぐに霧散させて水蒸気に戻していたからだ。


 マガジンを投げつけられた時、それを水で防がなかったのは、ただ勢いを止めていると悟られないようにする為だったのだが、竜次はその意図に気付いた。そして、大護は止められた手甲が僅かに湿っているのを見て、その正体が水だと確信したのだ。


 ゼダンが素直に認めた事に満足した大護だったが、まだ腑に落ちない事があった。


「水の魔法なんて初めて聞いたんだけど?そんな魔法あんのか?それに詠唱もなしに魔法が使えるのか?」


 訝しげに問う大護に、ゼダンも諦めがついたのか、ふっと口元の力を抜く。


「魔法には三種類あるのを知っていますか?」


「三種類?」


 未だに銃口を向けて、敵意隠そうとしない竜次に苦笑しながら、ゼダンはその問いに答えてやる。


「名称は私が勝手につけたんですが、一つは皆さんがよく知っている、エネルギーを扱う通常魔法。もう一つは貴方、『血染めの死神』が使っている反魔法。これは通常魔法とは対を為す魔法です。光に対して闇、炎に対して氷、といった魔法です。」


 名指しされた大護は、僅かに目を見開いたが、氷と聞いて顔をしかめる。


「なるほど。あの野郎の魔法も反魔法ってわけか。」


「‥?ま、その方がどうかは知りませんが、私は最後の一つ。特異魔法。私が水を扱うように、エネルギーという概念を無視した魔法です。」


 その言葉が信じられないといった表情をしている大護だったが、目の前でそれを扱う魔導士がいるので、それを否定する事が出来ない。そして、もう一人の魔法が頭をよぎる。


「‥‥‥特異魔法ってやつの中には、蒼い炎ってのもあるのか?」


 大護の言葉に、竜次は少し心配そうな顔をし、ゼダンは不審そうな顔をする。二人のそんな反応に、大護は慌てたように手を振る。


「た、例えばだよ、例えば!で、どうなんだよ!?」


「さあ?特異魔法というのは、世に知られれば文献に残るほど希少なものですが、特定の概念がないので何とも。まあ、そう言った魔法もあるかもしれませんね。」


 ゼダンはそう言うと、魔力を圧縮し、自分の周りに水を生み出す。


「そして、もう一つの質問ですが、私はこれを無言詠唱(サイレントマジック)と呼んでいます。」


「無言詠唱(サイレントマジック)?何だ、そりゃ?」


 目の前で水を発生させたゼダンに警戒しつつ、大護は軽口のようにそう言う。ゼダンも攻撃の意はないようで、水はゼダンの周りを浮いているだけだ。


「詠唱とは、魔力にイメージを乗せるのを手助けするためのもの。手助けは補助であって、それがなくても魔法自体は使えるという事ですよ。まあ、魔力消費量の増大、威力の軽減といったデメリットがありますがね。」


 言葉が途切れるのと同時に、ゼダンから魔力が放たれ、大護と竜次は反射的に身構える。


「話はここまでです。では、続きといきましょうか?『ウォーターフォール』。」


 初めて唱えられた詠唱を聞いた瞬間、二人は大きくその場から飛び去る。ゼダンの周りに浮いていた水が一つの塊となって、今までの魔法とは比べ物にならないほどの衝撃となって地面を襲い、二人が立っていた場所を大きく抉る。


「くっ!?今までのは力のほんの一部だったって事かよ!『魔翔脚』!」


「ふふ、その通りですよ。」


 大護の魔力は水の壁に阻まれ、ゼダンの眼前で霧散する。竜次は大護とは反対側に走り、ゼダンの死角に回り込むと、そのまま腕と銃、弾丸に魔力を込める。


「合成魔法『閃光』!」


 眩い光を放つ弾丸が銃から飛び出していくが、それも水に止められる。


「水は圧力を加えれば、ダイアモンドですら加工できるのですよ?いくら強化された鉛玉でも、強化された水の前では紙くずも同然です。」


 ゼダンは水を竜次に向けて撃ち出しながら、余裕の表情を取り戻していた。逆に、大護と竜次は余裕がまるで無かった。攻撃にも防御にも長けている水を操る魔法は、厄介この上なく、正に為す術なしだった。


 このままではじり貧だと感じた大護は、手甲を手から外し、その手に魔力を込める。


「おい、竜次!防壁を崩すから、その隙を逃すなよ!」


「‥!ああ、分かった。」


 大護が何かしようとしているのを見て、ゼダンは魔力をさらに開放する。ゼダンの周りには更に水が生み出され、それが大護へと向かっていく。


「『ウォーターカッター』。」


 大護はその水流を、体を捻ってかわし、詠唱を唱えようとする。だが、そこで大護の動きが止まる。そして、止まった大護の身体から、夥しい血が噴き上がる。


「な‥‥に‥?」


 脱力する身体が地面に突っ伏すのを感じながら、大護は状況を必死に理解しようとしていた。そして、薄れて行く意識の中、先程聞かされた無言詠唱(サイレントマジック)の事を思い出す。


「無言詠唱(サイレントマジック)の良い所は、通常の詠唱魔法と組み合わせると、ほぼ感知できない事なんですよ。」


 倒れ込む大護を見下ろしながら、ゼダンは勝ち誇ったように笑みを零す。そして、残った竜次の上方へと水を集中させると、それを細かく分散させる。


「しまっ‥!?」


「遅いですよ。『カッターレイン』。」


 雨のように降り注ぐ無数の水流を見て、竜次はかわしきるのは無理だと感じ、一瞬で出来るだけ魔力を全身に行き渡らせるが、詠唱が間に合わなかった。


 だが、その水流は竜次の頭上で止められた。降り注ぐはずだった水のことごとくが凍らされ、勢いをなくして地面に落ちて行く。


「竜次さん!御無事ですか!?」


「なっ!?冬馬か!?」


 声のする方に立っていたのは、冬馬だった。

 

 勝負が決まると思っていたゼダンは、いきなり介入してきた冬馬を睨むように鋭い視線で射抜く。だが、冬馬はそれを無視して竜次の方へと駆け寄る。


「竜次さん、怪我は‥‥‥ないみたいですね。良かったぁ‥‥」


 冬馬はいろいろな角度から竜次の体を見て、怪我がない事に安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。だが、なぜここに冬馬がいるのか分からない竜次は、ゼダン以上に彼の登場に驚いていた。


「冬馬、どうしてここに?」


「どうしても何も‥‥合同会議の護送車が襲われたって、もうニュースになってますよ?中継で竜次さんの姿が見えたから、急いで駆けつけてきたんです。」


 冬馬に言われるまで気付かなかったが、遠巻きにマスコミらしき集団がカメラを回しているのが見えた。


「話に夢中で気付きませんでしたね。このままでは私の計画が狂ってしまう。それは少し不都合ですね。」


 聞こえた声の方へ顔を向けると、ゼダンは護送車の方へと歩み寄っている所だった。何をする気か測りかねて警戒していた竜次だが、目の前で信じられない事が起きた。


「『ウォーターフォール』。」


 金属がひしゃげる音が辺りに響き渡り、護送車が水に包まれて潰れる。


「な、何のつもりだ!?」


 まだ中に重盛がいる筈の護送車を潰したゼダンの真意が分からず、竜次は警戒して銃口を彼に向けるが、ゼダンは薄ら笑みを浮かべて振り返る。


「警察実戦部隊のトップがクーデターを起こしたとなっては、人間界が混乱してしまうでしょう?それは私の望む所ではない。だから、私が総統を襲った、という事にしておきましょう。では、また。」


 言葉を終えた彼の周りを白い霧が覆い隠し、それが晴れた時には既にゼダンの姿がなくなっていた。


 こうして、竜次の意図しない形ではあるが、下剋上はなり、重盛をなくした警察は、竜次を総統へと戴く事で事態を収束するのだった。







 大護は夢を見ていた。遠い昔の事で、自分がまだ魔界で一人だった頃の夢だ。


 父親は家を出て行き、母親も自分を育てようと重労働に勤しみ、幼い大護を残して過労で亡くなった。ハーフである自分を引き取ってくれる親戚は魔界にはおらず、孤児院でも虐められていた大護は、段々一人で生きて行く為に力を手に入れる事に固執し、僅か十歳の時にはもう一人で生きていけるほどの強さを手に入れていた。


 一人で暮らすようになってからは、手当たり次第に犯罪者の魔族を潰していき、生きる糧を得ていた大護の前に、一人の女性が現れた。


『どうして貴方はそんなに悲しそうな目をしているの?』


 既に魔界では『血染めの死神』と呼ばれていた大護にとって、そんな風に声を掛けられたのは初めてだったし、ハーフである自分を見下さない魔族も初めてだった。


 そんな珍しい女性は、一人でいようとする自分にやけに自分に構ってきた。犯罪者を捕まえる事はいいけど、殺すのは駄目だときつく言われ、何故かそれを大人しく受け入れている自分に、大護自身が驚いた。


 どうしてこの女性は自分に構ってくるのだろう?どうしてこの女性を自分は振り切らないのだろう?


 そんな疑問を持つ大護に構わず、その女性は勝手に大護の心の中に入り込み、その存在を日に日に大きくさせていった。大護はその事を必死にごまかそうとしたが、どうしてもそれを嫌だと思えない自分を自覚していた。


 だから、その女性が目の前で犯罪者に傷付けられた時、怒り狂う自分に驚いた。憎しみが体を突き動かし、その犯罪者を半殺しにした。だが、その犯罪者に止めを刺そうとしていた時、その女性は自分の事を叱り、そして、そのまま息を引き取った。


 大護は大声を上げて泣いている昔の自分を、どこか他人のように見ていた。『血染めの死神』と呼ばれて恐れられ、力を手にしたと勘違いしていた自分の無力さを思い知った。自分は、大切な女性を、大切だとも気付かずに、いや、気付こうともせずに、そのまま失ってしまった。


『大護君は強いから、これからは人を守っていってね。』


 最後に彼女の言葉を胸に刻んだが、彼女がなくなった魔界にはもう居られなかった。だから、人間界に来た。そして、誰かの救いになるように請負所を開いた。


 だが、どこか孤独を望んでいる自分のもとには、誰一人寄りつく事はなく、自分もそれでいいと思っていた。感謝されなくてもいい。仲良くならなくてもいい。また失う苦しみを味わうくらいなら、一人でいた方がましだと思っていた。


 だが、ある日突然、昔救えなかった女性に似た、少女が請負所を訪ねてきた。その少女はその女性同様、少し強引に自分に構ってきて、甘い事ばかり吐いてきた。


 もう誰とも深く関わるつもりもなかったのに、少女は自分の心に勝手に入ってくる。そして、それをまた振り切れなかった。







 

 眩い光と全身の痛みを感じ、大護はうっすらと瞼を開いた。見知らぬ、真っ白な天井が自分の前に広がり、大護は痛む身体をゆっくりと起こす。


 どうやら、ここは病院のようだった。清潔感が漂い、生活感のないここは、ついこの間まで、自分に付き纏っていた少女が入院していた場所に酷似していた。


「何でここに‥?‥‥‥あぁ、そう言えば‥‥」


 ぼやけていた記憶を手繰り寄せると、自分が気を失う前の事を思い出した。ゼダンの小細工に引っ掛かり、重体を負ったのだったな、と思っていると、部屋の扉が開く。


「なっ!?お前は‥!」


 てっきり看護師が来たのかと思っていた大護は、現れた人物に目を見開く。


「意識が戻ったんですね。良かった。」


 部屋に入ってきたのは香織だった。香織は大護が意識を取り戻した事に安堵しながら、いつものように柔らかい笑顔で、ベッドの横にある椅子に腰を降ろす。


「何しに来たんだよ?怪我だらけの俺を嘲笑いにでも来たのか?」


 先程見た夢のせいだろうか、つい口調がきつい物になってしまう。だが、そんな風に言われても、香織は笑顔を絶やさずに、見舞いとして持ってきた林檎の皮を剥き始める。


「テレビ中継、見ましたよ?大護さんが大怪我したのを見て、私も沙織も凄く心配したんですから。」


「心配だぁ?何で俺の心配なんかしてんだよ?もうお前達と俺は関係ねえ、ただの他人だろ?」


 表情を険しい物にしながら香織の方を見るが、彼女は手元の林檎に目を落としながら笑っている。そして、ひどく優しい口調で話しかけてきた。


「竜次さんに聞きましたよ?今回あの騒動を起こしたのは自分で、大護さんを巻き込んだのは自分だって。」


 大護は言葉を失った。竜次がそんな事を言うとは思えなかったが、今回の事件の事実を知っているのは、おそらく自分と竜次、ゼダンだけの筈だ。だから、その言葉を信じざるを得なかった。


「‥‥‥それがどうかしたのかよ?俺はただ、いつも通り依頼を受けただけだ。」


 自分の声が、動揺で震えているのが分かる。心の中を悟られないように顔を背けるが、香織には意味のない行為だった。


「おかしいと思ってたんですよ。あれだけ水夜さんに甘かった大護さんが、急に冷たい事を言うなんて。大護さんは、水夜さんに危ない仕事をさせたくなかったんですよね?それまでも危険な仕事をさせないようにしたかったのに、水夜さんはそれを断った。だから、水夜さんが魔界に帰ると言った時、ちょうどいいと思って、あんな突き放すような事言ったんですよね?」


 香織の言葉に、大護は何も言い返せない。それを肯定だと受け取った香織はそのまま言葉を続ける。


「竜次さんも言ってましたよ?大護さんはまだ水夜さんの事を気に掛けてるって。」


 香織は皮を剥き終わった林檎を大護に差し出す。大護は少しそれを眺めていたが、素直にそれを口の中に放り込む。


「‥‥‥で、それを聞いてどうするんだよ?」


 まだ素直に慣れない大護の言葉を聞いて、香織は吹き出すと、今度はすこし意地悪っぽい笑みを浮かべる。


「私って、水夜さんや香織みたいに我儘言ってませんでしたよね?」


「‥?まあ、そうだな。あの二人に比べれば‥‥」


 急にそんな事を言い出した香織の言葉に、大護は少し面食らったような顔をするが、香織はその返事を待っていましたとばかりに、更に笑みを深くする。


「じゃあ、少し依頼を請負ってもらっていいですか?」


「‥‥‥‥‥‥は?」


 突然の提案に眉根を寄せる大護だったが、香織はそれに構わず言葉を紡ぐ。


「実は先日、誰かの心ない言葉のせいで、私と沙織の友達が魔界へ帰ってしまったんですよ。その友達も、望んで魔界に帰った訳じゃないんです。だから、彼女を魔界から連れ帰ってきて下さい。」


「はぁ?」


 珍しく皮肉を言ってくる香織にも驚いたが、それ以上に依頼の内容に驚かされる。だが、すぐに冷静さを取り戻し、ふんと鼻を鳴らす。


「あほらし。そんな危険な依頼、依頼料がいくらになるか分かってんのか?少なくとも三千万は貰うぞ?」


 皮肉を皮肉で返されても、香織は慌てなかった。むしろ、嬉しそうに笑っている。


「じゃあ、一括で支払えないので、また大護さんの所で働かせて下さい。勿論、今度も四人で、ね。」


「なっ!?金が払えないっていう奴の依頼なんか‥」


「ねえ、大護さん。」


 言葉を遮った香織の表情が真剣なもので、大護も荒げていた口を閉ざす。


「水夜さんも香織さんも、私だって我儘を言ってるんですよ?たまには、大護さんが我儘言ったって、誰も悪く言いませんよ。」


 真剣な彼女の言葉を聞いて、大護は思わず目を背けたくなったが、何故だか目を反らせずにいた。それはきっと、大護もあの少女に帰ってきてほしいと思っているからだろう。


 それは我儘だと思っていた。自分で帰れと言ったくせに、危険な仕事が終わったから帰ってこいなど、我儘以外の何物でもないと。


 でも、それを許してくれる人が、少なくとも目の前に一人、そして、彼女の妹もそうだろう。


 大護はふっと口元を緩めると、すっかり癖になった照れ隠しの、頭を掻く動作をする。


「はぁ。ったく、面倒臭い奴らと知り合いになっちまったぜ。もともとは、あいつの浪費癖が治れば、ぐらいの気持ちで雇ったってのによ。それを直さないどころか助長しやがる上に、今度はただ働きしろときたもんだ。」


「大護さん、あいつって誰ですか?」


 香織の言葉に、大護はまた頭を掻きながらそっぽを向く。


「‥‥‥‥‥‥水夜だよ。」


 消え入るような大護の言葉は、しっかりと香織の耳に届いていた。







 大護が目覚める数日前、まだ警察が総統の入れ替わりでごたごたしている中、人間界から魔界へと足を踏み入れる初老の魔族がいた。


「ふふ。やっと歯車が動き出しましたね。」


 初老の魔族の男、ゼダンは誰にともなくそう呟くと、魔界の人込みへと姿を消した。

本来はもっと出番がある筈だった冬馬と重盛の出番が少なく、一発キャラの予定だった華田姉妹の出番が多くなってますね。キャラの一人走りが止められないorz

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