二人の声は、空と海に響き渡った。
空と海が見える港町。
十歳の少年と少女がいた。
学校の帰り道。
夕方になっても、空気は熱と湿気を孕んでいる。
少女は、前を歩く同じクラスの少年に聞く。
「引っ越しするって、本当?」
少年は、面倒臭そうに答える。
「お父さんの仕事の都合でな」
「いつ?」
「来月の十日」
「夏休み入って、すぐだね」
「おう」
「どこに引っ越すの?」
「海外」
「遠いね」
「そうだな」
「また、戻ってくる?」
「わかんねー」
会話が途切れた。
少年は少女の足音がしないことに気づいて、後ろを振り向いた。
「どうしたんだよ」
少女は俯いていた。
「会えなくなっちゃうんだね」
「なに言ってんだ?」
少年に言われ、少女は顔を上げた。
「だって……」
少年は少女から顔を背ける。
「大人になったら、また会える、だろ」
少女は、少年の顔を覗きに行く。
「ねぇ、どうしたの?」
少年は腕で顔を隠す。
「恥ずかしいこと、言わせるからだろ」
「わたしの方が背が高いから、顔見えるよ?」
「おまえの背なんて追い越すからな」
「大きい海斗くんか。想像できない」
少女は顔を曇らせた。
「わたしたち、大人になるのに十年は待たなきゃなんだよ?」
「それがなんだ」
「海斗くんに恋人ができたら、会えなくなるよね」
「恋人ができるとは、決まってねーし」
「……いやだ」
少女の口から漏れ出た言葉に、少年は硬直する。
「それって……」
「海斗くんの、彼女さんや彼氏さんの邪魔したくない」
「一人としか付き合わねーよ」
「えっ、もしかして恋人がいるの? 彼女? 彼氏?」
「どっちもいねーよ」
少年は拗ねた表情を浮かべた。
少女は、少年の表情に気づかない。
「十年後、海斗くんに会えるのかな」
「お、おれが、会いに行くから、いいだろ」
再び少年は少女から顔を背けた。
「忘れない?」
「おまえこそ」
「電話、してもいい?」
「……おう」
「あまり長電話はできないけどね。お母さんに怒られちゃうから」
「わかってる。おれの家もそうだし」
少女は空と海を見つめた。
空に大きな雲。
海の穏やかな波。
風が潮の匂いを運ぶ。
空と海の青い地平線。
「離れていても、空と海は繋がっているよね」
少年も空と海を見つめる。
「同じ空と海は、見れないけどな」
「海斗くんは、ロマンチストじゃないね」
「悪かったな」
「わたし、海斗くんのこと待っているね」
「おれが行くまで、ここにいろよ。み、美空」
少女は少年に名前を呼ばれ、笑った。
「うん。約束だよ」
「ああ。約束」
十年後。
港町に一人の青年がやって来た。
とある民家に訪れる。
青年は深呼吸をしてから、民家の呼び鈴を押す。
「どなたか、いらっしゃいますか?」
「はーい。あら、どなたかしら?」
出て来た女性は、美空の母親だ。
「美空さんと同じクラスだった海斗です」
「ああ、海斗くん。久しぶりね。こんなに大きくなって。元気だった?」
「はい。父と母も元気です。その節は、大変お世話になりました」
「いいのよ。こちらこそ海斗くんのお父さんとお母さんにお世話になったもの」
海斗は緊張した表情を浮かべる。
「あの……美空さんいますか?」
美空は、空と海が見える場所にいた。
見上げるほど大きい雲が浮かぶ空。
穏やかな波を繰り返す海。
潮の匂いを運んでくる風。
世界の果てまで続いているような青い地平線。
「なにしてんだ?」
声をかけられ、美空は振り返る。
美空の頭一つ分、背の高い青年がいた。
「えっと、海斗くん?」
「ああ」
「久しぶりだね」
「そうだな」
「会いに、来てくれたんだ」
海斗は美空から顔を背ける。
「おう」
美空は顔を両手で隠した。
海斗は美空の様子を伺う。
「どうした?」
「だって……」
「連絡しないで来たからな。悪い」
海斗と美空は、十年前から連絡を取り合っていた。
美空は首を横に振る。
「そうじゃないの」
「なんだよ?」
美空は両手を退かした。
「私より背が低かった海斗くんが、こんなに大きくなるなんて聞いてない!」
「再会して言うことが、それかよ!」




