第5話 怪鳥の襲撃と、秘伝のタレ
北へ向かう街道は、次第に険しさを増していた。 ゴトゴト、ゴトゴト。 車輪が石を噛む音に混じって、奇妙な会話が風に乗る。
「あの、ボルグさん……やっぱり代わりましょうか? 私、こう見えても力仕事には自信が……」 「気にするな。これはトレーニングだ」
御者台に座り、恐縮して身を小さくしているリズ。 その前方で、馬の代わりに革ベルトを肩にかけ、黙々と馬車を引くボルグ。 元・帝国軍人の足腰は異常だった。積載量が増えたキッチンカーを、軍馬並みの速度で引いているのに、息一つ乱れていない。
『貴様、そのうち「ヒヒーン」とか鳴き出すんじゃないだろうな』 「黙ってろ。馬車馬のように働く、というのは比喩ではない。実践だ」 『意味がわからん! もっとこう、覇王らしく輿に乗れ! 民草にかつがせろ!』
魔剣グラムのいつもの文句を聞き流しながら、峠に差し掛かった時だった。
キィェェェェェッ!
空気を切り裂くような甲高い鳴き声が、頭上から降り注いだ。 リズが弾かれたように空を見上げる。
「! ロックバード(岩怪鳥)です! 三羽います!」
翼開長五メートルを超える猛禽類が、太陽を背にして急降下してくる。 岩をも砕く鉤爪は、明らかに馬車――いや、馬車を引いている「馬」を狙っていた。
「くっ、迎撃します!」 リズが腰のショートソードを抜こうとする。 だが、ボルグは馬車の引き具を外しながら、冷静に呟いた。
「慌てるな。ちょうど昼時だ」 『ほう! ようやく血祭りか!』 「向こうから『肉』が飛んできただけだ」
ボルグは地面を蹴った。 逃げるのではない。真正面から、降下してくる怪鳥に向かって跳躍したのだ。 人間離れした跳躍力。空中で怪鳥と交差する一瞬、魔剣グラムが紫色の弧を描く。
ザンッ。
音もなく、先頭の怪鳥の首が胴体とサヨナラした。 鮮血が舞うが、ボルグは空中で体をひねり、返しの刃で二羽目の翼を根元から断つ。 三羽目が恐怖で急旋回しようとした時には、すでにボルグは着地し、手近な石を拾って投擲していた。 ドゴォッ! 石礫が眉間を正確に撃ち抜き、最後の一羽が墜落する。
「……ふむ」
ボルグはドサドサと落ちてきた巨大な鳥の死骸を見下ろし、満足げに頷いた。
「ロックバードは筋肉質だが、首周りの肉は脂が乗って美味いんだ」 『……貴様、戦いの最中に「どこの部位が美味いか」しか考えてなかったな?』
*
街道脇の開けた場所で、焚き火がパチパチと爆ぜていた。 ボルグは慣れた手つきで怪鳥を解体すると、一口大に切り分けた肉を、削り出した木の串に刺していく。
「今日は『焼き鳥』にする」 「焼き鳥……串焼きですね!」 「ただ焼くんじゃない。こいつを使う」
ボルグが荷台から取り出したのは、黒光りする小さな壺だった。 蓋を開けると、甘辛く、濃厚な醤油と砂糖の香りが漂ってくる。
「これは……?」 「俺が軍隊時代から育ててきた『タレ』だ。基地が変わるたびに中身を継ぎ足し、果実や酒、魔獣の骨から取った出汁を加えて煮詰めてきた」
それは、ボルグの軍歴そのものだった。 三十年の戦火を潜り抜け、彼が唯一守り抜いた財産。 ジュウッ……!
タレに潜らせた肉串を、網の上に乗せる。 タレが炭火に落ち、煙となって立ち上る。その香ばしさといったら! 砂糖が焦げる甘い匂いと、肉の焼ける匂いが渾然一体となり、リズの空っぽの胃袋を直撃した。
「ま、待ちきれません……!」 「焦げる寸前が一番美味い。……よし、食え」
渡された串には、こんがりと狐色に焼けたロックバードの『もも肉』と、間に挟まれた『ネギ(街道沿いで採取)』。 リズは熱さを堪えてかぶりついた。
「はふっ、あふ……! んーーっ!!」
弾力。 空を飛び回っていた筋肉は強烈な歯応えがあるが、噛みしめるたびに濃厚な旨味が染み出してくる。 そこに絡みつく、秘伝のタレ。 甘いのに、くどくない。醤油のキレと、複雑な深みが、淡白な鳥肉を極上の御馳走に変えている。
「美味しい……! タレが、タレが凄いです! これだけでパンが食べられます!」 「だろう。次は『皮』だ。カリカリに焼いてある」 「『砂肝』もコリコリして最高です!」
二人は夢中で串を貪った。 魔剣グラムだけが、焚き火のそばに突き刺され、虚無感を漂わせている。
『……我の刀身についた鳥の脂、早く拭いてくれんか』 「あとでな。今は忙しい」 『我、魔剣ぞ? 神話の武器ぞ?』
文句を言いながらも、どこか諦めの色が濃くなってきた魔剣だった。
満腹になった一行は、再び北を目指す。 馬車には、保存食として加工されたロックバードの燻製肉がたっぷりと積み込まれていた。 旅の空は青く、道はまだ遠い。




